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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 後編】
43/74

叛逆の漂砂2





 《祭りの準備》というのは、往々にして閉鎖的なものだ。

 《(まつり)》の起源は《(まつり)》であり──つまるところ、禍事(まがつごと)を治め、福禄を齎す《神事》である。

 信仰が絡むと、信心深い人間は排他的になるものだが。

 その点、この村は懐が深い。





 村に着いて数日が経過した。

 手放しの歓迎を受けているとは言い難いが、反乱軍のリーダーが女に甘いのが功を奏し、キッカとジゼルは、彼の取り巻き(ハレム)を中心に世話を焼いてもらっていた。

 男三人はといえば、こちらも踏み込まない程度に祭りの準備を手伝うことで、徐々に受け入れられている。

 直接彼等の信仰に触れるような行動を慎めば、レックスは狩りや力仕事が得意だし、ルカは人が好くなんでも手伝ってくれるし、ディスカードは口が上手い。

 そう疎まれる要素はなかった。

 ただ相変わらず、ルカの望みに関しては、どうにもならないようだが。



「外に出るくらい良くない?」

「同感です」


 祭りの当日はあっという間にやってきた。

 しかし、何故かキッカは留守番を命じられている。


「ぜ〜ったい夜は参加するもんね!」

「確かに、本番は陽が落ちてからと言っていましたね」


 そう言いながら、ジゼルは不満そうだ。

 ともすれば、キッカより現状に納得いっていない顔をしている。

 それもそのはず。キッカの不満は、言ってしまえばただの退屈だが、ジゼルは自分だけ安全圏に匿われているのが嫌なのだろう。──正確には、ルカが外に出て、自分は守られている現状が。


 実際、引きこもりは面倒を避けるのにうってつけだ。

 祭りの前日から、人々が浮足立っているのを感じる。それは気が立っていると言い替えてもいいほどに。

 外にはこちらを敵視している人間がたくさん居て、まあそういう人たちの根城に自ら飛び込んでいってるのだから当然だなのだが。

 ルカは、ジゼルを危ない目に合わせたくないのだろう。

 しかしそれは、逆もまた然り。



「……まあ、キッカはお祭りだけ楽しめればいいけど」

「あの、」


 ルカの気持ちを汲んでやるか、と肩を竦めたキッカに、ジゼルが、おずおずといった調子で口を開いた。

 

「こないだのアレって……」

「アレ?」

「短剣の、」


 ああ──

 ここ数日、チラチラと身体に視線が刺さるのは感じていた。

 ずっと気になってはいたのだろう。やっとその件に触れるようだ。


 キッカは軽くスカートを叩いた。


「いるよ〜? 短剣のままだけど」

「自由に形を変えられるわけではないんですか?」

「やろうと思えば出来るけどぉ……」


 魔力を使うからな、と口には出さず、眉を顰める。

 先日使い過ぎで寝転けたばかりだ。無理はしたくはない。

 それに短剣と言っても、ジゼルに渡した時より小さくなっている。今は小振りな果物ナイフサイズだ。スカートの下に隠しておくにも問題はない。


「あの、アレって、なんなんですか?」


 酷く抽象的な質問だが、実のところ、ジゼルが一番聞きたかったのはそこだろう。

 何故ならキッカも、教えてもらえるなら知りたい部分だ。


「……スライム?」

「それはわかりますけど。従魔ではないんでしょう?」

「そもそもスライムを従魔にしたがるような人は居ないだろうしねぇ」


 魔族と話していた内容を、横でしっかり聞いていたらしい。

 しかし、この質問は相変わらず、答えに困る。


「何故攻撃してこないんです?」

「そういう……呪い?」

「呪い? 魔術の類ですか?」


 ジゼルが首を傾げる。キッカは頷く。

 狭義には異なるかもしれないが、魔術師以外にとっては、それくらいの認識が普通だ。

 斯くいうキッカも大して詳しくない。

 ただ、魔術師の言う《呪い》や《呪術》は、大抵《今と形態を異にした魔術》のことを指す。

 つまり現代では構造の解析が難しい古い魔術の総称だ。

 なので、キッカが言った《呪い》も、この意味で使った訳だが。


「魔物に言うことを聞かせられる魔術なんてあるんですね……」

「呪われたのはキッカだよ?」

「アナタが!?」


 ジゼルが慄く。

 キッカは、「今はもう呪われてないよ」と答えたが、更に変なものを見る目で見られた。


 現状をわかり易く説明するのは、キッカにも難しい。

 《シュン》の受けた呪いの名残を、何故か未だに受け継いでいるというのが、現状最も納得のいく推測だが。原理は定かでないし、我ながら、どこに呪いが刻まれていたのか不思議である。


「呪われたことがあるのは本当なんですね……」


 ジゼルはいっそ感心したような顔で呟いた。

 シュンだって好きで呪われたわけではない。文句は魔術師に言ってくれ。


「でも、そんな……魔物が言うことを聞くような、都合のいい呪いがあるのですか?」

「魔物が言うことを聞く呪いじゃないよ」

「? ではどんな──」

「命を繋ぐ呪い」


 今までで最も正解に近い答えを言ったキッカだが、ジゼルはいまいちピンと来ないようだった。

 それはそうだ。キッカだって、冗談のような呪いだと思う。

 異なる命を繋ぎ、生死を共有する呪い。

 未だに互いを己の一部のように感じているのは、間違いなくこの呪いの名残だろう。

 実際そのおかげで、風属性(ソード)が己の剣に魔力を流すように、別の生命体(スライム)を武器として扱えている。



「……キッカさんは、魔術にも詳しいんですね」

()()? キッカなんにもわかんなぁ〜い」

「それ、今更じゃないですか?」


 それ、というのが何のことか解らず首を傾げる。

 詳しくないのは本当だ。そも使う側の魔術師と、対策のために知識を入れただけのキッカとでは、理解の深さが天と地ほどに違う。


「その力で、魔物も、魔族も……みんなどうにかできたりしないんですか?」

「…………」


 ──そういうことか。

 結局、彼女が聞きたかったのは、スライムの正体なんかじゃない。

 ただキッカの持つ力が、先の戦いを切り抜けることが出来るのか──ルカを救えるのか、知りたかったのだ。


「……できないよ」

「それは、隠してるからですか?」

「んーん? キッカがか弱いから」

「じゃあ、()()()は、どうしたんですか」


 キッカは微笑った。


「あ! ジゼルさん、陽が傾いてきたよ」


 キッカが窓の外を見て、呟くと同時に、コンコン、と戸を叩く音がした。

 夜が来る。

 祀が始まる。





#





 広場の中央には石の台座と鳥の像。その周りを蓆敷が囲んでいる。

 その上に、見たことのない料理がたくさん並んでいて、それを運んで歩き回る者や、座って歓談する者たちで賑わい、村はいつにない活気を見せていた。


「なんで鳥が神様なんでしょう?」

「神様というか、依代じゃない?」


 小さな声で尋ねるジゼルに、キッカは適当に答えた。

 この国の信仰なのだから、ルカに聞いたほうが手応えある回答が貰えるだろうに、人攫いの一件から、ジゼルはとりあえずキッカに聞いてみるようになってしまった気がする。


「依代……教会にある、御神体みたいなものですか?」

「知らないよぉ……まあ、台座に雨がどうとか書いてあるから、そうなんじゃない?」


 それだけ答えると、頬袋に食べ物を詰め込んでいく。

 神なんかより、目の前の食事を楽しむ方が優先だ。

 それを置いても、炎に照らされた台座には、処々欠けた文字が刻まれていた。

 何も起こらないと解ってはいても、見ていて気分の良いものではない。

 ディスカードなんかは好きそうだが。


 キッカがもくもくと頬袋を膨らませていると、不意に頭上に影が差した。


「食べているところも可愛いねお姫様」

「ほおえほうえ!(そうでしょうね)」


 見上げると、ヘーゼルと目があった。

 襟足を短く刈り上げた薄い金の髪に、陽に焼けた大きな身体は、いかにも武闘派といった見目だが、キッカやジゼルに向ける顔は、いつも砂糖がけの果物くらいに甘い。

 そこだけ見れば、これから王都を戦場に変えようとしている男とは、とても思えなかった。


「それは《ザハタルサマク》といって、サーリヤの伝統的な魚料理なんだ」


 男はキッカとジゼルのそばに腰を下ろして、「口にあったかな?」と問いかけた。

 そんな名前だったのか。

 昔食べたとき、めちゃくちゃ美味しかった記憶があり、似た料理を口に運んでみたのだが。

 やはり記憶通りの味で、つい詰め込み過ぎてしまった。


「これ大好きですわ!」

「キミに食べてもらえるなんて、作った人間も光栄もだろう」

「はい。嬉しいです」


 思わぬ方向から返事が来たようで、男の表情(かお)が固まった。


「……なんでてめェが返事をする」

「僕が作ったので。このお祭りのザハタルサマクは全部僕作です」

「やっぱり王族なんて嘘だな」

「えっ! なんでですか?」

「王族や貴族が料理なんて出来るわけねェ」


 清々しいまでの偏見である。

 しかし、男も半ばそうと解って発言しているのだろう。忌々しそうに舌打ちまでつけて、徹底的にルカに視線を向けないようにしている様は、まるで認めたくないものから目を逸らすようだった。


「まあ……普通の人より機会は少ないかもしれませんが。コレは街の宿屋の奥さんに、作り方を教えてもらったんです」


 大抵のものは作れますよ、とルカは誇らしげに笑った。

 確かに、ここ数日、キッカたちの食事は殆どルカが作っている。レックスもディスカードも、料理をしているところは見たことがないし、キッカだって、最低限切ったり焼いたり煮たりは出来るが、彼のように味を配慮した料理となるとなかなか難しい。

 そう考えると、男が言うのも、あながち偏見ではない。寧ろルカが特殊な例だろう。


「ルカくんのタジン蒸し、みんな美味しかったもんねえ」

「王子辞めて飯屋で働いた方がいいんじゃねえか?」

「それはいいですね。第四王子なんて居ても居なくてもわかんないですし、街でご飯屋さんをやるのも楽しいかもしれません」

「わーい! キッカ遊びに行くね!」


 ルカは「是非」と言って笑った。


「全部終わったら、宿屋の奥さんに弟子入りでもしましょうか」

「戦場に出る前に帰った後の話をするやつは、だいたい戦場で死ぬけどな」

「お約束というやつですね」


 男の皮肉にも、ルカは微笑うだけで、祭りで賑わう人々を楽しそうに眺めていた。

 男は明らかにルカを避けているが、ルカもルカで、会話を盛り上げようという気はなさそうだ。

 言うべき時には刃をチラつかせられても発言を恐れない癖に、それ以外になると遠慮がちな男だ。この状況を利用しようという頭が端からないのだろう。


(大丈夫なの……?)


 キッカが内心困惑して、何気なくジゼルを見ると、彼女もこちらを見ていた。

 お互い同じ気持ちのようだ。



 反乱軍は、【祭りが終わるまで此処を動かない】と言っていた。

 つまり、今夜が、彼等の意志を変える最後のチャンスになる。そうなってもおかしくない。

 彼等の叛逆に待ったをかけるには、信頼や利益──もしくは、脅迫か武力が必要で、

 となると、どちらを選ぶにせよ、情報(カード)を揃えるのに会話は不可欠だ。


「……リーダーさんは、昔からこの村に住んでたんですかぁ?」


 言ったあとで、柄にもない事をした、と思った。

 実際、そんな話に興味もないし、そこまでルカに協力する義理もない。

 昔の約束を果たすため、魔物退治までは力を貸すと決めたが。しかし、国民同士のいざこざは、キッカの手の範疇外である。自分たちで決着をつければいいし、どんな決着になっても、それがサーリヤの意思だとキッカは納得出来るだろう。


 ただ、隣でジゼルが力強く頷いているのが見えて、吐いた言葉を引っ込めることは出来なかった。


「オレのことが知りたいのかい? 嬉しいな。あとは君の美しい声で名前(セテカ)を呼んでくれたらもっと嬉しいんだけど」

「セテカさん」

嗚呼(おぉ)女神よ(プシューティア)!」


 感嘆の声を上げたあと、「でも残念ながら面白い話は何もないんだ」と、男は静かに答えた。

 感情の波が激しい男である。

 けれど追い討ちをかけるように、「私も、聞きたい……ですわぁ!」と、ジゼルがあからさまに引き攣った笑顔で言うと、セテカは容易く絆された。


「本当につまらない話しかないけど……生まれた町はここよりずっと田舎で、ホルス村に来たのも、わりと最近のことだよ」

「? 育ったのは別の場所なのですか?」

「うん。西の貧民窟(スラム)──今では、《死人の貧民窟(マクバラスラム)》と呼ばれてる。そこがオレの育ての町」

「……セテカさんも、スラムの出身なのですね」

「オレも?」


 男が、片眉を上げて聞き返す。

 黙って二人の会話を聞いていたキッカも、その話するの? と目を瞬いたが、ジゼルの表情(かお)が気紛れで口にした様ではないので、ひとまず静観に回ることにした。


「──いえ。少し前に滞在していた街で、私たちを攫った人間が、スラムの出身だったので」


(わ、わあ)


 キッカは目を覆った。

 涼しい顔で答えるジゼルだが、キッカには解る。

 コイツは喧嘩を売っている。

 その情報を伝えたのはキッカだが、人攫いを捕まえるために共有したのであって、まさかこのような皮肉に利用されるとは思っていなかった。


 ジゼルは馬鹿ではない。

 無意識に、こんな危うい発言はしない。



「同じ穴の狢と言いますし……」


 つまり、実は、かなり──


「お友達ではないのですか?」


 ──腹に据えかねてるのではないか?



(……いや、間違いなくそうだ)


 考えてみれば、己の主を罵倒されて大人しくしている女ではない。現に、ディスカードに対してよくピキッているし、現在進行系で嫌っている。


 キッカがハラハラしながら成り行きを見守っていると、キレるかと思っていたセテカが、思いの外冷静に口を開いた。


「……辛いことを思い出させるようだけど、そいつはどんなヤツだった?」


(どんなヤツ──)


 ──言われて思い出すのは、火属性(ワンド)だけれど、近接も悪くないところ。力で押すより、考えて敵を攻略するタイプだ。攻撃を避けるのも上手い。焦れた相手の隙を突き、必殺するのが得意に見える。一対一より集団戦や奇襲により活きるタイプ。


 ……なんてことは、誰にも伝えていないので、ジゼルはその見た目についてのみ答えた。


「え? ええと……背が高くて、髪色が奇抜で、赤と黒の半分の……」

「アイツか」

「えっ」


 貧民窟(スラム)といっても広いし、サーリヤに関しては、国に複数箇所ある。

 ジゼルだって、同じ貧民窟育ちでも、本気で面識があるとは思っていなかった筈だ。


 それが予想外の反応である。

 まさかのこれだけの特徴で特定が出来るとは。意外と世間は狭い。

 キッカたちは目を丸くして見つめ合った。


「誤解しないで欲しいんたが、アイツはオレたちの仲間じゃないし、オレだってアイツの仲間じゃない。虫酸が走る」


 そう言い置いてから、男は「念のため聞くんだけれど、そいつの心臓に赤い刺青はあったかい?」と尋ねた。

 ジゼルがキッカを見る。

 キッカは無言で首を横に振る。

 そこまでは……とジゼルが答えた。流石に服の下までは見ていない。


「……確信とまではいかないけど、キミたちの挙げる特徴に近い男は知ってるよ」


 でも、そうなら厄介だな。とセテカは眉間に皴を寄せた。


「厄介?」

「そいつが主犯なんだろう? 捕まってない筈だ」


 反乱軍が、花街(アルワルド)で守衛の真似事をしていたのは知っている。

 そして、シャオレイが彼等の居場所を知っているあたり、二人に繋がりがあり、当然、人攫い事件の顛末も耳に入っているのだろう。


 ──しかし、ジゼルは、挙げた男が主犯だとは、一度も言っていない。


「何故その男が主犯だと?」

「オレの知ってる男なら、誰かの下につくタマじゃねェ。貧民窟でも浮いてた個人主義ヤローだ」

「ほんとに知り合いなんですね……」

「オレはその街の中じゃ、年少のまとめ役みたいになってたから。ソイツは後から来た余所者だったし、様子見も兼ねて、何回か衝突したことがある。……あと、酒があれば稀に会話するなどもした」

「あ、お友達だったんですの?」

「友達じゃない!」


 思わずキッカが声を上げると、男は息巻いた。

 過去に友人関係にあったとしてもキッカは構わないが、男は嫌なようだ。

 とても非道いことを言われたと言わんばかりの悲壮な顔をするので、キッカは「そおなの〜」と適当に相槌をうって流した。


「寧ろ、ほんとにソイツなら尚更取っ捕まえてやりたいところだ」

「お知り合いなら、どこに逃げたか検討はつくのでは?」

「範囲が広すぎるんだ。あの男はクズの割に顔が広くて、その上、どこから来たのか誰も知りやしない。そもそもサーリヤの人間じゃないだろう」


 確かに。男は、容姿からして生粋のサーリヤ人ではなさそうだった。


「知ってるのはそこそこ腕が立つことと、容赦がねぇこと。名前もほんとか知らねェし、」

「なんと呼ばれていたのですか?」

「…………《シン》?」

「……呼び名も忘れたんですか?」

「初めはフルネームで名乗られた気もするが、男の名前なんて覚えてられねェし……いや、ほんとに。隠してるとかじゃないんだよお姫様。あと、聞き慣れない名前だったのもあるかな! 確か、シャオレイと同じ、大陸の名前だったと思う!」

「とことん正体不明ですね」


 ジゼルが肩を竦めた。

 キッカは、わりと人攫いに関してはどうでもいい。捕まればそれが一番いいが、正体に興味はないし、今後二度と関わることもないだろう。正直このまま忘れてしまいたいところだ。

 しかし、ジゼルはただの話の種としてではなく、結構本気で捕まってほしいらしい。真面目である。


「あ。あと手がかりといえば、人捜しをしているって話だが……肝心の相手を知らないからな」

「? そうなのですか」

「酒に酔ったヤツから、一度聞いただけの話だが」


 自分を捨てた女を探してるらしいぜ、と言ってセテカは嘲笑(わら)った。いい気味だというような調子で。本気であの男を嫌っていることが窺える。ルカといい勝負だろう。


「【アイツに全部やったのに、オレのこと捨てやがった!】 ──ってな具合でな。あのイカレ野郎の過去なんか興味はねえが、ま、嘘を言っている剣幕じゃなかったし、少なくともヤツの中ではそういう認識なんだろ」


 セテカの言に、キッカは意外に思った。

 女と別れることがあったとして、それを「捨てられた」と表現するタイプの男には見えなかったが。


 キッカの見た人攫いは、セテカの言う通り容赦がなく、躊躇もなかった。

 女を殴るのになんの戸惑いもない男。というか、実際、顔色一つ変えずキッカの内臓を潰す勢いで腹に蹴りを入れてきた。なのでこれは想像ではなく事実である。



「──オニーサン。うちのかわいー妹と、なに話してるんですかねぇ」


 背後から降ってきた軽薄な声に、キッカは思考を止めた。

 見上げると、ディスカードとレックスがこちらの薦敷を覗き込んでいる。


「妹ォ?」


 足音を忍ばせていたわけでもないので、セテカに驚いた様子はかった。しかし別のところが引っ掛かったらしい。

 低い声を上げ、背後を睨め上げる。「全然似てねェじゃねーか」


「キッカちゃんはお母さん似なんですぅ〜」

「こんなに可愛いお姫様と、テメェの血が繋がっているとは思えねえ」

「ところでアレ、何やってんの?」


 男の悪口雑言を見事に無視して、ディスカードが指したのは広場の中央──台座の周りで、何やら大掛かりな舞台が準備されていた。


「興味があるなら参加すればいい」


 セテカは、片眉を上げ、嫌な感じに口角を上げた。


 ──曰く、神賑(かみにぎわい)

 水の女神と風の男神に舞踏を捧げ、祭りの最後に、最も素晴らしい踊りを見せた人間の願いが叶えられるのだとか。


 とはいえ、実際叶えるのは人なので、村人たちで協力して叶えられる程度の願いに限られるそうだ。

 現実なんてそんなものである。


「それともお貴族様はクソ田舎のだせえ踊りは踊れねえか」

「知らないもんをどう踊れっていうのさ」

「ダンスは貴族の教養だろ?」

「社交ダンスでも覚えたいなら付き合うけど?」


 互いに煽る煽る。

 ディスカードも、初めの時点でルカが矢面に立ってしまったから、もう繕って取り入る考えはないのだろう。

 なんとなくで眺めていると、ディスカードと目が合う。


「踊りならキッカちゃんが出れば? そういう授業取ってるでしょキミ」


 キッカはハッと目を瞬いた。

 ──確かに。

 舞踏は貴族令嬢の教養の一つで、一通り習っている。

 母が踊るのを間近で見たことも、数え切れないほどだ。あの人は機嫌がいいとキッカと踊るし、キッカと居る時はだいたい機嫌がいい。


(……この催し、もしかして、わたしにお誂え向きなのでは?)


 正式に社交界に参加するのはまだ先だが、それまでに練習を兼ねて人前で踊るのは悪くない。踊りなんて社交ダンスもそれ以外もそう変わらないだろう。


 ──あと、これはついでだが。

 愛らしいキッカの、優雅な舞踏を見れば、誰だって要望を聞く気になる筈だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最初から、願いを叶えてくれると、報酬が提示されているのだ。ルカにディスカードのような人心掌握を期待するより、余程可能性がある。


 キッカは口の中のものをゴクンと飲み込み、立ち上がった。


「任せて。いっちばんかわいく踊ってみせますわぁ〜!」



 キッカは意気揚々と、輪の中に混じった。





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