叛逆の漂砂1
乳香を纏った腕が、キッカの身体に纏わりつく。
色とりどりの布が天蓋のように頭上を覆い、地面に敷かれた絨毯は、赤銅色のメダリオン。目に痛い色のクッションが散乱した絨毯の上に、所狭しと集まった女達もまた、花のように鮮やかだった。
「やぁッだキッカちゃんお肌つるつるぅ〜」
「若いって良いわねぇ」
「ジゼルちゃんも綺麗な目してるわぁ」
「おねえさん、食べちゃいたいくらい!」
つんつん。すりすり。ふにゃふにゃ。
四方八方から手を伸ばされて、キッカは固まっていた。
「キッカさん、」
「……なに?」
同じく困った声のジゼルが、隣で袖を引く。
視線をやると、もみくちゃにされたまま何も出来ないでいるキッカには目もくれず、「あの人、大丈夫でしょうか……」と、窓の外を見て眉を下げていた。
なんと。
自分たちの現状ではなく、今ココに居ない男を心配していたらしい。隣でぐちゃぐちゃになっているキッカには何にも感じていないようだ。こっちも心配して欲しいのだが。
「わ、わかんない」
混乱する頭でキッカは答えた。
ディスカードとレックスが一緒なのだから、滅多なことは起きないだろうが。
ジゼルの質問に対して、考えようとすると、あちこちを触ってくる女たちに気が削がれる。
キッカは、胸を触っていた女の手を、やめて、の意でやんわり押し退けたが、そんな些細な抵抗、モノともしない女たちだ。
こうも細腕の彼女らが相手となると、こちらは偶然を装って殴り倒すわけにもいかず、キッカは途方に暮れていた。
ジゼルは触られても、心ここにあらずという様子で反応がないため、それが面白くないのか、女たちは余計、反応するキッカによく構った。
「かんわいい〜」
「あのコたちのこと心配?」
「大丈夫よぉ。よっぽどじゃなければ、すぐに殺されたりしないから」
「セティと話してた子、結構可愛かったよね。死んじゃってたらショック」
「あーね。必死でさあ。確かにちょっと好みかも」
「後ろの二人も、特に長髪の方はとんでもなく顔が良かったけど。ああいう顔の良い男って地雷が多いのよねえ」
矢継ぎ早なお喋りに、キッカはついていけなくて目を回した。
女たちの姦しい歓談は続く。
キッカとジゼルが二人きり、どうして女達にこねくり回されているのかと言うと、時は半刻ほど前に遡る。
#
砂漠の国の祀る神といえば水の女神だが、古くは移民の受け入れが盛んだったこともあり、実際は所により、わりと様々な神が祀られている。
例えば英雄信仰などは首都の辺りで盛んだが、あとからやって来た移民にとって、さほど熱心に信仰するものではない。
国の中心から離れた小さな村落では、英雄は祀るものでなく、子供たちの寝物語に聞かせる話のネタに過ぎなかった。
《ホルス村》は、そういった、小さな集落の一つにあたる。
小規模な隊商による交易で、細々と食いつなぐ、赤茶色の岩肌が剥き出しになった、乾いた岩山に囲まれる小さな村だ。
丁度今は祭りの時期で、隊商も帰還し、村人は出揃っているが、それでも人数はそう多くない。
砂の荒れる季節になると行われる《祭り》は、《鎮砂祭》と呼ばれ、砂嵐という名の神の息吹を鎮めるための祭りだった。
ようは自然崇拝の一種だ。
村民にとって、それはそれは大事な祭りなのだとか。
「──テメェらか? シャオレイが寄越した男ってのは」
男は、鋭い眼差しをこちらに向けた。
──この男がボスだ。
まだそう歳はいってないだろうが、身体の厚みと、眉間に深く刻み込まれた皴のせいで、存在感が凄い。
身なりは他の男たちと変わらないし、豪奢な持ち物もなく、適当な木箱に腰掛けただけの姿だが、他の男たちが彼の一挙一度を伺っているため、非常にわかり易かった。
「オレに会いたいって命知らずはどいつだ?」
ルカの喉が、緊張でか、ゴクリと鳴ったのが聞こえた。
傭兵のナリをした凶悪な面構えの男が、ツイ、と五人を視線でなぞる。
「ハイハ──」
「僕です」
ディスカードが手を上げかけたが、ルカが一歩前に出た。
「僕が貴方と話したくて、今日は席を設けていただきました」
ディスカードが隣で驚いた顔をした。
それはそうだろう。一寸前まで足を震わせていた男が、今は気丈な態度で、皆の前に立っているのだ。
良く考えずとも、交渉事なら、ルカより次兄のほうが適任だろう。
口巧者であるし、いざとなれば腕も立つ。人の感情の機微に敏く、相手の誤魔化しも効かない。普段は確かに腹の立つ言動も多いが、その気になれば取り繕える事を知っている。
でなければ、学園でもっと悪い噂を聞いているはずだ。
だから、ルカが交渉にあたるのは、最善とは言い難い。
しかし、キッカはどこか、こうなる予感がしていた。
「オレは設けたつもりはねえ」
「この国について、お話がしたいんです」
「生憎こっちに話したいことはねえ。どう見てもお前ら世間知らずの坊っちゃんだろうが」
まあ、そこの男はかなり鍛えてそうだが──
男はレックスを警戒混じりの目で一瞥し、またルカに視線を戻した。
「国政側に居そうな連中が、こんな辺鄙な場所で観光か? それで、ついでに貧乏人に挨拶でもして行こうってか。運のねえ思いつきだな」
「確かに僕はこの国の第四王子ですが、したいのは挨拶ではなく話し合いです。この国を脅かすモノについて、貴方がたの意見を聞きたい」
「第四…………ハ?」
祭りの準備で忙しいところに来てしまったのはすみません、と頭を下げるルカに、男はポカンと口を開けた。
周りを囲む男達も同じ顔をしている。
キッカ達も同様だ。
「この国の現状を、貴方がたに知ってもらいたい。そして、可能ならば、協力していただきたいのです」
「オイ、」
男が手を振ると、呆けていた男たちが、武器を一斉にこちらに向けた。
大した統率だ。
「オイオイオイ……お前の巫山戯た話が嘘ならオレたちは怒りのあまりお前を殺すだろうし、本当に王族ならこれは好機と思って殺すだろう。なんたって反乱軍だ。知っててノコノコやって来たんだろ?」
「死ぬつもりで来たわけではありませんが、せめて殺すにしても話を聞いてからにしていただけませんか」
「それはオレらに利のある話か?」
「この国を苛む魔物を、どうにかする方法についてです」
「ハッ……今まで散々放っておいて、どういう風の吹き回しだ? ついに貴族にも被害が出たか? オレ達市民の救恤は、いつも教会任せだったじゃねぇか」
男は、皮肉交じりに吐き捨てた。
これが国民の認識か、と再確認できる言葉であった。
なるほど。これは確かに、根を断ったところで終わらない。
毒を吸った枝葉は、遠からず枯れるだろう。まさか、彼等の味方であるはずの教会が、この国の衰退、全ての原因とは思うまい。
しかし、ルカの頑固さも、男の皮肉程度で怯むようなものではなかった。
「王族を殺しても魔物は消えません。人を殺し、田畑を腐らせ、国は死にます」
幾つもの刃の前に身を晒されようと、ルカの鮮緑の瞳は曇らない。
それは、真っ直ぐ男を射抜いた。
「反乱の動機が革命ならば、民に利のある選択をしてくださいますね」
彼等の掲げる《赤旗》は、古くから《革命》を意味する旗印だ。
つまり彼等の反乱は、大義の許に行われている。
各々の考えがどうであれ、表向きはそうだろう。
男が目を伏せるのと、キッカが勝利を確信したのは、どちらが先か。
男は、一瞬だけ目を瞑ると、すぐ「着いて来い」と言って、顎をしゃくった。
ルカがホッと息を吐く。
しかし、一緒に足を踏み出そうとしたキッカとジゼルを見留めると、男は立ち止まった。
「──やあ、会えて光栄だよ美しいお星さま。キミたちは地上に降りてしまった女神かな? 今頃天上は大慌てだろうね」
「なんて?」
「キミたちはうちの天使が案内するよ。物資の乏しい村だ。あまり手厚い歓迎は出来ないけど……必要なものがあったら何でも言ってくれ、お姫様」
彼がウインク一つ飛ばすや否や、大勢の女達が二人の手を引いた。
身体つきを見るに、戦闘員ではない。普通の村娘だ。
どうやら、手厚い歓迎というのは、全員でリンチにしたりすることの意ではないらしい。
そうして目を白黒させている内に此処まで連れてこられ、現在に至る。
《ホルス村》は、花街で聞き出した反乱軍の根城だ。
数日前、キッカが疲れて寝ている間に、事態はかなり進展したようで、起きてみれば、反乱軍の居場所は判明し、二日後には出発するとディスカードに告げられた。
半ば寝惚けて強請った言葉であったが、シャオレイは本当にキッカのお願いを聞き入れてくれたらしい。
ディスカードが言うには、彼女は、ここ暫く頭を悩ませていた事件が解決して、ご機嫌だったとか。
ならば、身体を張った甲斐はあったのだろう。
ただ、もう、ああいうのはこれっきりだ。
ディスカードやレックスがいるのだから、荒事は、キッカが放っておいても勝手に解決するだろう。
「──まあ、話し合いが上手くいくかは約束できないけど、」
ジゼルの髪を解いて梳きながら、女が言った。
キッカは顔を上げる。
「なんで?」
「セティ、男の人に厳しいから」
「男の子ってだけでまずは脅しから入るだろうし、なかなか話聞いてもらえないかも」
周りの女たちも頷いた。
それはなかなか厄介な話だ。
ルカは迎合的に見えて、その実めちゃくちゃ頑固である。
ディスカードの無礼千万に怒ることはないが、その代わり脅しが彼の行動を変えたこともない。
つい先日の人攫いとの一件も、本を正せばルカが切欠だった。今回はそれが良い方に転んだが、納得した顔をして、しれっと次兄の裏をかこうとしたり。
かなり好意的に表現しても、《善良なトラブルメーカー》である。
譲らないところは、頑として譲らないのだ。
十日ほどの短い付き合いで、彼を理解したつもりはないが、この手の男は拷問されても折れないし、セティとやらがどこかで妥協しない限り、話し合いは永遠に続くだろう。
チラ、と隣を見ると、ジゼルは見るからに気もそぞろだった。
まあ主君の首元に刃が突きつけられるのを見たばかりで、無理もないだろうが。
「あの、」
そんなジゼルが、突然口を開いた。
なあに? と女たちは甘い声で聞き返す。
「……さっきの男性は、どういった人なんです?」
「わたしの恋人よ」
「アラ、わたしの恋人でもあるわ」
「わたしもよ」
「? どういう……?」
次々と挙がる手に、ジゼルは困惑の声を上げた。
キッカも同じ気持ちである。
近くにいた女が笑った。
「フフ。あの人手が早いし、節操もないから」
「すっごぉ〜く大事にしてはくれるんだけど」
「集落の女ほとんど全員と付き合ったことあるんじゃないかしら」
「最初の頃何十股かけてたんだっけ?」
「修羅場になるかと思いきや、【全員本気】で乗り切ったのよね。それから彼と付き合う女は、他にも女がいることを承知済みなの」
気が狂いそうな集落である。
反乱軍のボスがすごい女好きということはわかった。寧ろそれしかわからなかったが。どうやら去り際の言葉は幻聴ではなかったようだ。
(それなら、着いていったほうが良かったかな……?)
荒事ならキッカは役に立たないので、誘われるままこちらに来てしまったが。武器を持った男たちに囲まれることがないのなら、着いて行っても良かったかもしれない。
それこそ、こんなに可愛いキッカの要望なら、何でも通るだろう。
「肩書の話なら、もう知っているんでしょう?」
言い加えて、女の一人が、首を傾げてコロコロと笑った。
ジゼルが男について探りを入れようとしているのは、丸わかりだったらしい。
「噂をすれば──」
窓を覗いていた女が、こちらを振り返った。
「我らのかわいい恋人がお帰りだわ」
我慢できずに飛び出したジゼルを追うと、半刻ほど前に別れた三人が、五体満足で立っていた。
分かってはいたが、キッカもホッと息をつく。目に見える範囲じゃ怪我をした様子もない。つまり──
「話し合いは上手くいったのですか?」
しかし、ジゼルが尋ねるのに、三人は微妙な顔をした。
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結論から言うと、ルカたちの言葉が、手放しの信用を得ることはなかった。
「でも、《投影魔道具》を見せることは出来たので」
「ま、これぐらいの反応は予想してたしね」
二人の反応は思いの外軽かった。
「思ってたより、教会の信用って厚いみたい」と、ディスカードがごちる。
鍋の蓋を取って中身を混ぜながら、ルカは苦い笑みを溢した。
「流石に、この村まで直接関わることはないでしょうが。それでも、寒村が駄目になって、人が都へ流入した時、あぶれた人間を掬い上げるのは教会です」
そういった事情もあり、今の王家に比べれば、ずっと信頼は厚いですよ──
言いながら、味見しようとしたルカのスプーンに、横からキッカが食いついた。
水はほとんど使わず、油と野菜の水気だけで蒸し煮された鍋だ。野菜の甘さがギュッと出ていてとっても美味しい。
ルカは怒らず、「どうですか?」と聞いてきたので、キッカはニコニコ頷いた。
「祭までにどうにかできればいいけど、」
ディスカードが肩を竦める。
少なくとも祭りが終るまで、反乱軍がここを動く気はないらしい。
つまりこちらは、それまでに反乱の意志を削ぐか、ディスカードの言うように、別の場所に矛先を曲げなければならない。
「あと、ボク達だけでどうにかするにしろ、反乱軍に協力させるにしろ、魔族の正体は突き止めておきたいとこだね」
「? どうして?」
レックスが不思議そうに首を傾げるのを見て、ディスカードはげんなりした表情をした。
「【みんな殺してしまうのに正体なんて必要……?】 みたいな顔しないでよ。何にせよ情報は多いに越したことないでしょ」
しかも今回、魔物の動きが異常ときてる。
胡座をかいた足に肘を置き、ディスカードは思案げに唇をなぞる。
「普通、魔物は人間社会で姿を偽って生活なんてしないし、出来ない」
教会の内部がどれだけ魔物にすげ変わっているか知らないが、口ぶりからして、確かに異常事態なのだろう。
キッカにも少し、思い当たるところはあった。
戦場では士気を下げるだけだと、誰かに語ったことはないが──
一つ戦いを超えるたび、誰もが、【魔の種族は残虐で暴力的だ】と叫んだ。
それはそれで間違いない。
しかし、戦争をしていたからこそ、我々はその側面しか見ていなかった。というか、見れる状況ではなかった。
それこそ、キッカだって、スライムと繋がってから判った部分も多い。
しかし以前から、魔族や魔物は、人間に比べて単純──或いは、純粋なのではないかと、考えることが度々あった。
無論、それは善良であることを指しているのではない。
欲望に忠実なのだ。
彼等は基本的には偽ることをせず、己の本心を隠し謀ることもしない。
だから勿論、戦争ならば憎い人間をどれだけ残酷に殺してやるかと考える。
単純なのだ。人間のように多層的ではない。
少なくともキッカは、人は基本的に騙るもので、謀りをしないというのは、そこに人の強い意志が必要になってくると思う。
しかし、魔族や魔物は逆だ。
生存本能に紐付く欲を満たすため、罠を仕掛ける生態をしている魔物はあっても、大掛かりな権謀術数を繰る魔物は記憶に無い。
まあそもそも、キッカのかつて生きた時代では、魔物も魔族も姿を隠す必要などなかったのだから、そういった知識に疎いのもあるが。
普段、この手の話題になると物言わぬ石像と化していたキッカだったが。
今回ばかりは口を開いた。
「そういえば、教会でお話した人、なんか様子がおかしかったような気がするかもですわぁ〜…こわぁい!」
そう言って、キッカはジゼルの腕に縋る。
ディスカードが眉を顰めた。
慣れてきたのか、ジゼルの表情は無である。
「そーいや誰か一緒にいたっけ。なんか話した?」
「ん〜とぉ……教会をどう思うとか、神についてとか、教会を信仰しているかとか? 聞かれましたわぁ」
「……それで、なんて答えたの?」
「どうでしょお〜? って」
ディスカードは凝と、キッカの目を見つめた。
なんとなく逸らさない方がいい気がして、キッカも見つめ返す。
少しの間そうしていたが、やがて深いため息を合図に、ディスカードの方から視線を外した。
「さいっあく」
ディスカードの声はかなり忌々しそうで、キッカは一瞬、何かまずい回答でもしただろうかと不安になった。
しかし、当の本人がすぐにそれを否定した。
「不幸中の幸いだね。キッカちゃんの答えは悪くなかったよ」
「……そおなのぉ?」
「そうなの。たぶんだけど、教会に紛れ込んでるの、《無貌》の眷属じゃない?」
サラッと告げられた言葉に、反応したのは、ルカとレックスだった。
「……大魔族では?」
「あ、ルカくんも知ってるんだ。そういや王族だもんね。二人はどこまで知ってんの?」
「……俺は、あまり詳しくはないよ。謀の得意な魔族としか」
「僕も、伝承程度の知識ですが……《闇夜の時代》に蛮勇を奮った、魔王に親しい魔族──ですよね? 魔王の死後、魔族が衰退した後も、活発に行動していた数少ない魔族だとか」
──通称、《無貌の王》
「そうそう。どっちも合ってるよ。魔族には本来、魔王以外の王は居ないんだけど、」
「そうなんですか?」
「ウン。統率が取れる種族じゃないから」
ただ、コイツばかりは例外だ──ディスカードは続ける。
「《無貌の王》は、その身を自在に変えられる。洗脳も得意だし、暗躍するのにコイツほど向いてる魔族はないよ」
「詳しいですね」
「……ま、噂で聞いた程度の信憑性だけどね。ハッキリした正体は解らない。でも、伝聞には事欠かないヤツだから」
「その魔族が今、サーリヤに?」
「本人が出てきてるとは思いたくないけど、少なくとも、近いものが裏で糸を引いてるんじゃない?」
キッカは、テンポよく繰り出される会話を、ポカンとした顔で眺めていた。
知らん魔族だ。
(わたしは聞いたこともないけど……)
しかし、活躍したのが魔王の死後で、かつ擬態の天才と言われたら、もう己の記憶は当てにならない。
やはり、この手の情報は、ディスカードに委ねるので正解だろう。
「でも、それならなんで城の人に化けないのぉ……?」
「キッカちゃんにしてはまともな質問だ」
ぼんやり吐いた疑問が、意外にもディスカードに拾われた。
教会なんかでチマチマ魔物を呼び寄せて国力を落とすより、城の人間に直接化けて、王位を簒奪する方が簡単だろう。
しかし、これにはルカが首を振った。
「それは出来ないんです。サーリヤの王城には、古の魔法がかかってますから、魔が入り込めば、すぐに正体が顕れます」
「そうそう。城の四方にかーなーり厳重に、禁足の結界が埋められてるからね。例え無貌でも、一步足を踏み入れれば擬態は解けるよ」
「……どうしてディスカードさんはご存知なんですか? 一応、国家機密なんですが……」
「え"っ」
ディスカードが珍しく動揺を見せた。
まあキッカからすれば、次兄なら他国の機密情報を握っていても不思議ではないが。ルカとしては、国の中枢を守る大事な魔術が、どこに埋められてるか普通に知られているのは不安だろう。
「え〜…と、それも噂で聞いた程度なんだけど、ほんとにそうなんだ〜…」
「……どこの噂か気になりますが、あまり知られると良くないものなので、秘密にして下さいね」
「ウンウン。秘密にする〜!」
めちゃくちゃ信用ならない返事だが、ルカはそれでよしとしたようだ。「建国の時代に、もう二度と国が魔族に蹂躙されないよう、施された結界なんです」と、言葉を続けた。
「どうせなら魔物が入れない結界にすればよかったのにねぇ」
「そりゃ出来ないことはないけど。それが出来る魔術師は一握りなんだから、そんなの作ったところで、何代にも渡って維持出来るワケないじゃん」
キッカの適当な発言に、ディスカードは間髪入れず答えた。
キッカは素直に「へえ〜」と相槌をうつ。
魔術師からするとそういうものなのか。まあ、永遠に維持できるものではないとは思っていたが。今掛けられている結界は、そういった事情を考慮された、その時代の魔術師の力で、ある程度永続使用出来るものらしい。
というか、ほんとになんでも知っているなこの男。
「また厄介なのに目をつけられてるんだね、キミの国」
「アハハ……まあ、なくなりかけるのは、これが初めてではないですから」
レックスの他人事のような言葉に──実際他人事だが──ルカは、自分の国が大魔族に狙われているかもしれないとは思えぬ、あっけらかんとした様子で答えた。
キッカは若干呆れた目でルカを見る。
──コイツも、変なところで肝の座った男だ。




