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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【プロローグ:いにしえの英雄は今】
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「雰囲気のある森ですね……」


 沈黙が嫌で、マリーは呟いた。

 人気の疎らな街道を暫く歩けば、森の中に分け入る小路があった。

 お嬢様に言われるまま──今更だが、彼女の道案内というのはちょっと怖い──森に入り込めば、翠蓋が頭上を覆い、昼間だというのに、何処か薄暗く翳っている。


「本当に出そう……」


 森独特の静けさに耐えかねて怖々呟くと、お嬢様が突然、「ふえぇ〜!」と甲高い声を上げた。

 マリーは飛び上がって驚いた。


「な……なななんですか!?」


 バクバク弾けるような音を立て、喚く心臓を押さえながら問いかける。

 お嬢様は大きな目を潤ませて、マリーを見上げていた。


「キッカおばけこわいのぉ……マリーったら、おどかさないでよぉ……」

「へ? や、おばけじゃなくて魔物……」

「まもの?」


 脅かされたのは私の方だと思いながら、訂正すると、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 ゴーストなんかより、現実に現れる可能性が十分ある魔物の方が怖い。

 お嬢様は暫く怪訝な顔をしたあと、突然ハッとして、マリーの手を両手で握った。


「マリーったら、知らないのね」

「えっ?」

「魔物はね、斬れば死ぬのよ!」

「あ、はい」


 その致死の一撃を与えるのが困難だから、これほど恐れられているのだろう。

 ただ、そんなこと、荒事を遠ざけているお嬢様に説明したところで理解は難しいようだ。

 マリーは苦笑いで誤魔化した。


 暫く歩いて、途中の空き地で昼を摂った。あまり進んでないが。元々お嬢様の寄り道のせいで、だいぶ道程が遅れている。

 太陽は中天を過ぎ、既に傾きかけていた。

 厨房の者から渡されたウィッカーバスケットには、斜めに二等分されたジャンボン・ブールと、トマトやパプリカ、レッドオニオンなどの野菜と香草を、たっぷり挟んだバケット、そして小ぶりなチェリーパイが入っていた。

 どおりで重たいわけだ。マリーは別で軽い携帯食を持ってきていたが、お嬢様が心底不思議そうな顔で、「何故こんなに美味しいのに食べないの?」と尋くのと、オリーブオイルとバタアのとても良い香りが鼻腔を刺激するのとで、素直にいただくことにした。ラームス様はともかく、お嬢様が食べ切れる量でなかったのもある。

 思っていた通り、分厚い生ハムが美味しかった。野菜を挟んだ方は、オリーブオイルと胡椒の香りが良かったし、ナイフを入れるとドロリと流れてくるサワーチェリーのチェリーパイも、絶品だった。


 そこからまた暫く歩いた。

 お嬢様は華奢な体躯をしているが、存外、森歩きに文句を言うこともなく。自然が好きだからか、道中もずっと楽しそうで、それもまるで何度も通った道のように、迷いなく進んでいた。


 やがて、茶と緑ばかりだった視界に、青色の絨毯が広がった。





「わ……」


 すごい。

 一面の青色だ。

 薄暗い森の中で、その空間だけが、惜しみなく陽光を浴びていた。

 遠目で見ると、青色に染まった大地が空に溶けて、天地が無くなったようだった。


(奥様には、とんだ厄介を押しつけられたものだと思っていたけれど……)


 実際、道中面倒は多かった。けど、さっきのランチと、この光景で相殺していいくらいだ。

 想像していた花畑の様子とは随分違ったが、マリーは素直に、その景色に見惚れていた。


「すごいな」


 ラームス様からも感嘆の声が上がる。

 これはマリーの偏見だが、普段草花を愛でそうにない彼にとっても、目を丸くするような光景だったようだ。

 しゃがみこんでよくよく見れば、その青は見知った花で、マリーは再び驚いた。

 ──《オリアナの花》だ。

 王家の紋章にも入っている有名な花で、昔は鎮痛剤や治療薬に使われ、癒しの花とも呼ばれていた。医学が進歩し、殆ど使われることのなくなった現在でも、平和の象徴として、押し花やドライフラワーがよく売られている。

 ただ、押し花やドライフラワーが多いのにはもう一つ理由があって、なんと《ユグエン》は、オリアナの栽植には向かない気候なのだ。紋章にもあるのに。

 だからこの国では、どうしても加工済みのものばかり流通する。実際に咲いているところを見るのは、久々のことだった。


「こんな群生地がハイネンヴァルトにあるなんて……キッカ様、よくご存知でしたねえ」

「えへへぇ〜」


 お嬢様がヘラヘラと笑う。銀色の髪が、花畑の中に沈んでいった。

 随分と楽しそうだ。先程のちょっとした兄妹喧嘩なんて、もうすっかり頭になさそうだった。


 ラームス様は手持ち無沙汰になったのか、花畑の周りを散策している。

 彼がお嬢様に無関心だったのは確かだろうが、しかし、街にしろ、この花畑にしろ、ラームス様はまるきり用がない様子。

 つまり、元はご両親からの指示にしても、こうして文句一つ言わずお嬢様に付き合っているのは、百パーセント彼の善意である。

 癖は強いが、根は優しい子なのだろう。


 マリーは少し迷って、お嬢様の方に近づいた。

 二人ともそう歳は変わらないが、何かあった時に、ラームス様の方がまだ一人で対処出来そうだからだ。お嬢様はダメだ。人攫いに遭っても、「はわわ〜」とか言いながら着いて行ってしまいそう。


「キッカ様、それは?」

「おはなかんむり!」


 わっさわっさと茎が飛び出した輪の成りかけを手に、お嬢様が元気よく答えた。

 マリーは内心、おおぅ……となりながら、黙って笑った。下手くそだなほんと。


「これはゆびわ」


 もう一つ、膝の上に転がしたのは、オリアナの花で出来た小さな輪っかだった。

 作りが単純だからか、花冠よりは出来がいい。今度はマリーも、「かわいいですね」と言うことができた。


「いつか王子さまにつけてもらうんだあ」

「おうじさま」


 思わず、鸚鵡返しにして瞠目する。

 もうそういうことに興味があるのか。知識はあったが、本当に女の子は早熟だ。淑女教育に熱心なのも、花嫁修行だと思っている節があるのかもしれない。


「……きっと真面目で、しっかりした人を選んで下さいね」

「うん! かっこよくて、強くて、やさしくて、キラキラした王子さまを見つけるの!」

「まぁ……」


 果たしてその完璧超人は、キッカ様のことを選んでくれるだろうか……? マリーは困った顔をした。

 夢みたいな特徴を挙げるなと思ったが、よくよく考えてみれば、父親があの侯爵様だ。かっこよくて強くて、顔の造形なら充分キラキラしている。優しいどうかは別として。

 それに慣れて目が肥えているとしたら、お嬢様の婿探しは大変なことになりそうだ。

 ……まあたとえ本当に、「かっこよくて強くて優しくて、好みの女は顔の可愛い阿呆」という男性が現れたとして、私的にはその男、かなり事故物件の臭いがするので止めておいた方がいいと思うが。


「この前のぱーてぃで、かわいいフリルがい〜っぱいのドレスをすすめてくれた従僕(フットマン)のひと、やさしくてかっこよかったんだぁ〜!」


 お嬢様が、胸の前で両手を組み、夢見る乙女のようなポーズでそんなことを言う。

 ──どうしよう。お嬢様、見る目もない。

 家を出た瞬間やばい男に騙されて、拐かされたと聞いても、私はきっと「だろうな」と思うばかりだろう。

 彼女の夫になる男は、誠実で、面倒見が良くて、逐一彼女を見張っておいてくれる男でないとダメだ。じゃないと任せておけない。それくらい、彼女には危機管理能力が欠けていた。

 とりあえず、先日の晩餐会で悪夢のドレスを選んだ従僕(フットマン)なんかは、完全に論外である。そいつはきっと、センスか性格に大きな欠陥がある。


「何してるんだ?」


 ラームス様がとことこと戻ってきたのを見て、お嬢様は満面の笑みで、「おはなかんむり!」と己の頭に乗ったものを誇示した。

 やはり街でのやり取りは、すっかり記憶の彼方に飛んでいったらしい。ラームス様は首を捻った。


「はなかんむり……?」

「もぉ〜おにいさまったら、おはなかんむり知らないのぉ〜?」


 たぶん、花冠に見えないだけと思うが。


「お帰りなさいませラームス様。周辺の様子は如何でした?」

「池があったぞ。花がぽこぽこ浮いていて、変わった池だったな」

「まあ、花が……オリアナの花弁が飛んでいったんでしょうか?」

「いや。青くなかったし、花弁ではなく花が浮いていた」


 想像がつかなくて首を捻る。

 ここら辺で飼育できる水上の花など、あっただろうか。


「マリー、行こ!」

「……それもそうですね」


 お嬢様が立ち上がる。

 ラームス様も何も言わないので、おそらく危険な場所ではないだろう。

 マリーがどんな場所か聞いている間に、お嬢様はどんどん勝手に進んで行くので、慌てて追いかけた。場所もわからないだろうに。

 しかし、どうやらその当てずっぽうで合っていたらしく、池には間もなく辿り着いた。

 そこは、鮮やかな翠苔の池だった。


「浮かんでる花、って──」


 正確には、浮かんでいるのではなかった。これは、水の中に生えているのだ。

 それは見事な、睡蓮の池だった。


此処(ユグエン)は、自然に育つ気候ではないはずですが……」


 オリアナといい、この森の気候はどうなっているのだろうか。

 睡蓮に関しては、実際に見るのも初めてだ。王都に居た時、本で見たことがあるくらい。


「知っているのか?」

「はい……ここよりもっと、温暖な気候で自生する花です。最近では寒耐性のある種も開発されているようですが、ハイネンヴァルトはユグエンの中でも寒い地域です。なかなか、こんな見事には咲かないでしょう」

「キッカ、お前それ苦しくないのか?」

「は? なんでしょう、ラームスさ──お……お嬢様ァ!!」


 マリーは何故か目を離した隙に、水の中に顔を突っ込んでいたお嬢様を、慌てて引き起こした。


「ま、まさか飲んでないですよね? こんな何が浮いているかわからない水! 飲まれてお腹でも壊したら、私、奥様に顔向け出来ませんわ!」

「まあマリー。れでぃはね、そこらへんにながれている水をのんだりしないの」


 淑女(レディ)は、苔むした池に頭から突っ込んだりしない。


「……いくら見た目が綺麗でも、あまり近づくのはよしてください。キッカ様、気づいたら落ちてそうですし……」


 なんだかこの森に来てから、お嬢様がやたらハイな気がする。本当に変なモノを食べていないだろうか。中毒性のある実とか……

 マリーはしくしく痛む胃を抑え、空を仰いだ。

 ──もう陽が、かなり傾いている。

 街道まで戻る時間を考えると、屋敷に着く頃には暮れてしまいそうだ。


「キッカ様、そろそろ……」

「えぇ〜っ! もお〜?」

「屋敷からは少し離れていますが、領内ですし。また、いつでも来れるんですから」

「……そうねっ」


 お嬢様はプルプルと犬のように顔を振って、水気を飛ばした。典型的なお嬢様ムーブを好んでする彼女だが、なんだか、たまに野性味が覗く。


 マリーたちは元来た道を辿った。

 昼食などを挟まなかった分、帰りは行きより早く進んだ。

 それでも、街道近くまで進む頃にはもう黄昏時だ。辺りは赤く沈み、視界も悪くなっていった。

 あの時、帰るのを選んで正解だった。夜の森歩きなんて、魔物が居なくても危険である。


「待て」


 すると突然、ラームス様が立ち止まった。

 歩みを止めるように、彼の腕がスッと二人の目の前に伸びる。


「……? ラームス様、」

「声がする」


 彼は、耳を澄ますように黙り、街道の方を見つめた。

 言われて、同じように耳を澄ませてみるが、平凡なマリーの耳では、木の葉の擦れる音ぐらいしか聞こえない。


 そういえば、これも使用人たちから聞いた話だが。

 ラームス様は、上の兄たちに比べて、圧倒的に考えが足りない──いや、急に悪口を言い(ディスり)たくなったわけでなく、上の出来が良すぎるのだ。二番目の兄は、既に王都のカレッジで頭角を表すほどの天才だそうだし、一番目の兄も、文武両道で有名だ。比べて、ラームス様は地頭が悪いわけではないが、思慮深さの真逆を行っている。


 ──しかし、その不足を補うように、優れた感覚を持つという。


 彼が、常人には聞こえない音を聞き分けているように見えるのは、その一環だろうか。


「大勢だ。血の匂いもする。二十人近く……いや、」


 ラームス様は怪訝な顔で、そちらへずんずん進んでいった。

 ──えっいや待てなんで進んでいく。

 不穏な言葉が聞こえた気がするのだが。


 街道が見える位置まで進むと、人影があった。

 ラームス様の言った通り、二十人ほどの男たちが、草臥れた乗り合い馬車のような、粗末な車の周りに集まっている。

 彼等は往々に帯剣しており、錆色のような──まるで、風化した血の跡のような──染みがあちこちについた、ボロい服を着ていた。農民のような薄衣でなく、衣服の質は丈夫そうだ。膝や肩、胸にかけて、革のプロテクターが乗っている。


「お前たち、どこの者だ!」


 ラームス様が叫んだ。

 男たちが皆、こちらを見る。

 ──いやなんで叫んだ??


 ギョッとした。が、一方で納得もした。

 領内に現れた怪しい集団を前に、彼がコソコソ隠れてやり過ごせるとは、端から思っていなかった。そんな柔軟性があれば、往来でお嬢様と言い合いなんてしないだろう。撤退も戦略の内とか、そういう言葉は知らなそうだ。

 納得はした。しかし同時に、着いて来たことをまためちゃくちゃ後悔した。花畑がなんだ。命の方が大事である。


 男たちが、視線で何やら言葉を交わす。

 やがてニヤリと、厭らしい笑みを浮かべた。

 しかし、彼等が一歩こちらに踏み出した瞬間、周りの木々がガサガサと揺れた。

 ──屋敷の兵士たちだ。


 そりゃそうか。

 常識的に考えてみれば、幼い御子息御令嬢を、なんの力も持たぬガヴァネス一人に任せまい。

 兵たちは、屋敷からずっとあとを尾けていたのだろう。そしておそらく、気配に敏いラームス様は、それに気づいていたわけだ。

 まあ彼は気づいていなくても、声を上げてた気がするが。


 兵士はマリーたちの前に立ち塞がった。

 とはいえ寡兵だ。奥様も、まさか盗賊集団じみたものに襲われるとは、予想だにしていなかったろう。そして兵達も、御子息が自ら危険に飛び込んでいくとは、微塵も思っていなかった筈だ。

 男達は伏兵の存在に一瞬怯んだが、兵の数と、兵に守られる子供という、美味しそうな獲物を天秤にかけ、結局、舌舐めずりしながら、こちらに向かう足を止めなかった。

 それもそう。兵等の行動は、明らかにここに座すは高貴なお方、と言っているようなものである。なるべく華美でない服装を選んできた意味がない。


 兵は剣を抜き、盗賊はナイフを構えた。装備ならこちらに分がある。

 しかし、敵の先頭の男が手を上げ、何かを言った瞬間、兵達は戦慄した。

 前触れもなく突然、大きな旋風が巻き起こり、木々に鋭い傷をつけたのだ。



「──《火属性使い(ワンド)》!」





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