砂籠の乙女2
「明日から調べると言われていませんでした?」
「え〜? キッカ知らなぁい!」
──夜。
すっかり沈んだ太陽の代わりに、仄明るい街灯が、三人の影を地面に伸ばしていた。
キッカは再び、歓楽街にいる。
ただ夕方と違うのは、隣にディスカードとレックスが居ないということだ。
理由は数刻前に遡るが──あのあと、今夜の宿に向かおうという時に、ルカが突然、「別の宿に泊まって情報を集めた方がいいのではないか」と提案した。
そしてディスカードが、それを二つ返事で快諾したのだ。
あとはなんやかんやあって、女性がいるから、という理由で、キッカはルカの方に泊まることになった。キッカもこれには異存なく、むしろ有難い申し出だったのだが……
「ルカくんすごい渋ってたけど、キッカと一緒やなの?」
「そういうわけでは……」
「おにいさまとキッカのこと押し付けあってたじゃない!」
「いえっ! その! 僕と一緒だとキッカさんに危険が及ぶ可能性があると……」
ルカが慌てて首を横に振る。自分はまだ、魔物の標的から外れたわけではないので……と、しどろもどろに付け加えた。
ということは、キッカが言い出さなくても、彼は一人で此処へ来ていただろう。
何故なら彼は、自分が危険な立場にいることを自覚しながら、ディスカードと離れたのだ。
「……まあ、あの話を聞いた後じゃ、おにいさまより先に反乱軍と接触したいよね」
「ッ!」
ルカが目を見開く。
やはり、そういうことだろう。
キッカは尋ねた。
「おにいさまの案は受け入れられない?」
「……彼の言っていることは、正しいです。正しい、けど」
ルカはそれ以上何も言わなかった。
それで、彼の意に沿わないことはわかった。元々わかっていたが。
キッカは頷いた。
「じゃあやっぱり、先に反乱軍とお話するしかないよね」
ディスカードおにいさまは口が上手いから、きっと、あの人が話したら、さっきの言葉通りになるよ。
そう言うキッカを、ルカは真ん丸な目で見下ろした。
「キッカさんは……いえ……あの。その歳で、随分しっかりしてらっしゃるのですね」
「もちろん、キッカはもう立派な淑女ですもの!」
ドン、と胸を張ると、ルカは苦笑した。
──彼の立場は厄介であるが、ディスカードと違って、存在自体が危険人物なわけじゃない。
そして、ここ数日共に過ごして、口の軽い人間でも無いと分かった。
キッカとて、今の自分に出来る範囲のことなら──まあそれが殆ど無いのだが──ルカに協力する気は、あるのだ。
だから、彼になら、ある程度、考えていることを正直に伝えてもいいと思った。
(何より、こんな無茶をする王子を、三人と知らない)
二人と知らない、でない理由は、ルカの他にもう一人だけ知っているからだ。
──王族なのに、騎士に守られるでなく、前に出ようとする、護衛泣かせの大馬鹿者。
自国のみならず他国の市井にまでお忍びで訪れ、
しかもそこで他国の騎士と一悶着を起こした末に仲良くなるような、
そんな、無茶苦茶な男を。
「……おにいさまの案は、ルカくんの言う通り、国の崩壊を防ぐには正しい選択だと思う」
「そう思っているのに、僕たちに協力していいのですか?」
「正しいとは言ったけど、別に賛同はしてないよ?」
殺すなら殺される覚悟をしろと言われても、かつてキッカは、殺される覚悟なんてついぞしたことがなかった。
正しさと、それを肯定するかどうかは、また別の話だ。
「あのね、ルカくん。反乱軍を教会との争いに巻き込む話だって、なにも、難しく考える必要はないんだよ」
「……どういうことです?」
「簡単な話──誰も、殺させなければいい」
万を救うために、千の犠牲を出す必要などないのだ。あれは馬鹿の考えだとキッカは思う。
万を救い、千も救う。
一番いい選択肢を、なぜ誰も選ばないのか。
万民が口にする正しさというのは、大抵の場合耳触りの良い諦めの言葉である。
今回の話だって、難しくする必要はないのだ。反乱軍を巻き込まざる負えないのなら、彼らの喉元に魔物が齧り付く前に、凡て倒し尽くしてしまえばいい。
「それは……まったく簡単な話ではないですね」
「そう?」
ルカが困った顔をした。
まあ確かに今回、キッカが戦うわけでなし、キッカに何か成し遂げたいことがあるわけでもない。
それがあるのはルカで、実際に戦うのはディスカードとレックスだ。
だから、最終的にはルカの好きにすればいいと思う。
キッカは己の考えを伝えようとは思ったが、余計な口を挟むつもりはなかった。
(──でも、あの二人なら、やろうと思えばそれくらい出来るんじゃないだろうか)
本気で戦ったところを見たことはないので、確かなことは言えないが。上手く立ち回れば、並の魔族相手に力不足とはならないだろう。
(それとも、今回の魔族が、それほどまでに強力なのか?)
キッカは苦手なタイプだが、奸計を弄す魔族なんて、ディスカードとは相性良さそうなものだが。
そこで、そういえば教会で起きたことを、誰にも伝えていないことに気づいた。
例の男の話をすれば、もしかするとディスカードなら、魔族の正体を突き止める一助に出来るかもしれない。少なくとも、キッカの記憶の中にコレというものはなかった。次兄の知識に託したほうが良さそうだ。
(明日、合流したら上手いこと伝えてみよう)
その為には、ディスカードに伝えても怪しまれない言い回しを、捻り出さねばならないのだが。
#
──ところ変わって《海月楼》
「……明日から調べるんじゃなかったの?」
「あんなん子供たちを寝かせるための方便に決まってんじゃ〜ん」
時刻は良い子の寝静まった未明。
夕に訪れた時は色を控え、喧々たる酒場の様相を保っていた暗宿も、流石にこの時間になると、どこか淫らな雰囲気が漂ってくる。
客と女が交互に咥える水煙草の紫煙が、視界を薄く覆っていた。
「……彼は、きみの案に素直に従うかな」
席に着くや否や、レックスはそう言った。
ディスカードは「どうだろうね」と気のない答えを返す。
すると男は、横目で非難の眼差しをくれた。
「効果は認めるけど、教会の人間を犠牲にしようって話に俺はは賛同しないよ」
「あらま。反対しないから賛成してるのかと思った」
「あの場で言うとややこしくなりそうだったから……」
「ふぅん。それこそルカくんなんかは援護してほしかったと思うけど?」
「? 俺に、わざわざ彼の味方をする理由はないだろう?」
「…………ソウネ」
不思議そうに首を傾げるレックスに、ディスカードは曖昧な返事をして微笑った。
レックスの口から出る言葉は、基本的に【善】だ。
ともすればディスカードは辟易してしまいそうなものだが、しかし頭が良いせいか、それとも王族という生まれがそうさせるのか、効率に重きを置く彼は、時折酷薄なことを言う。
ディスカードは彼のそんなところを気に入っていた。
が、しかし。
「…………」
「? どうかした?」
「いや……」
気づいているだろうに、慣れているのか、何にも気にしていない顔をするレックスに溜息が漏れる。
効率の良い頭がどうもこの、情緒への鈍さに繋がっている気がする。
ディスカードは、わざわざ奥の席を断り、見晴らしの良い席に通してもらった成果を早々に実感していた。
「流石ロイくん、人目を集めることにおいて右に出る者はいないな〜って」
「他国の人間が物珍しいのかな?」
そうじゃないだろ。
それならディスカードにも平等に、この刺すような視線が向けられていないと不自然だ。
この衆目は、十中八九レックスの容姿によるところである。
別に、ディスカードの容姿だって悪いわけではない──というか寧ろ、整った方だが。しかし、元々華やかな見目の多い貴族の中では、十人並みだと自覚していた。その中でも埋もれぬどころか、一際目立つ隣の男がレアである。
「いやぁ、罪な男だね」
「?」
「どんだけ秋波を送っても、キミには既にハイレベルな婚約者がいるわけじゃん?」
男と恋バナ咲かせる趣味はないが、この朴念仁のような男の色恋沙汰なら、ディスカードもちょっとは興味がある。スペックは高すぎるほど高いのに、浮いた話一つ聞いたことがないのだ。
まあ、婚約者がいるのに不誠実なことしなさそうな男ではあるが。
──いい機会だ。
女の子が来るまで、まだ時間はある。
本来この時間帯は、接客の指名が可能なようだが、入口で『誰でも構わない』と答えたせいで、どうやら熾烈な争いが起こっているらしい。遠目で見えた。主に隣の男のためだろう。
(他者へ向ける感情は、何かと材料になるからな)
女の趣味嗜好に探りを入れておいて損はない。それでなくとも、レックスが強い感情を向ける相手というのは、とんと思い浮かばないのだ。彼は優しいが、どこか薄情な男である。
──御誂え向きの場所にいるわけだし、幾らか女をあてがってみるか?
レックスが聞いたら怒り出しそうなことをつらつら考えていると、当の本人が「ハイレベル……?」と不思議そうな声を上げた。
「ん? いや、エリザベス嬢レベルの婚約者がいると、やっぱそこらの女に食指動かないのかなぁ〜って。実際、どうなの?」
「どう、って……」
照れている、という反応ではなかった。
困惑、が最もそれらしい表情である。
ディスカードは眉を顰める。
「エリザベス嬢、かなりレベル高いでしょ。可愛いよね?」
可愛いし、美人だ。
まあ、貴族が集まるEKCにおいて、顔だけなら同等の生徒もいるだろう──実際、キッカも顔だけなら見劣りしない──が、トータルで見て敵うものはいないと思う。
家格、品格、頭脳、容姿。それらを鑑みれば、女として一二を争うスペックである。
ディスカードの問いに、レックスは「うん、そうだね」と素直に頷いた。
特殊な好みではないようで、ディスカードはホッと息を吐いた。
キッカの好意を断っているあたり、大丈夫だろうと思ってはいたが。
「女性はみんな、可愛らしいと思うよ。なんか、小動物みたいで、小さくてか弱いし。守るべき人たちだと思う」
「……はい?」
大丈夫じゃなかった。
「え──えぇ? 小動物みたいって、そんなふうに思ってたの? エリザベス嬢見て? ちんこある?」
「喧嘩売ってる?」
「はえ〜…もったいな……あ、じゃあロイくん好みの女のコとかないの? この店の中では? てか好きなタイプは?」
「きみ、何しに来たんだい……」
レックスは、「何この話」とセクハラを受けた女の子のような顔をしたが、根が律儀なので渋々答えてくれた。
「えっと……強いて言うなら、強い子、かな?」
「あ〜…ま、確かに。自立してる子はいいよね。なるほど。エリザベス嬢もいい線いってると思うけど、流石にまだ幼いか。いやでもわかるよ。ボクは多少バカでも可愛きゃいいけど、学があって、男の不在時は家のこと取り仕切ってくれるコのほうが、最近は結婚相手として人気だよね〜」
「……?」
「…………待ってまさか物理のはなししてる?」
「いや、勿論全てにおいて強いほうがいいと思うけど……」
精神も身体も強くあれと。
どこの軍隊の理想だ。
「ロイくんドM?」
「なんでそうなるの?」
「いやキミ超強いのに奥さんにまで力求めるの何目的さ……最強の夫婦でも目指してんの?」
「だって……女性って小さいし、脆いから」
ディスカードはこれに、なるほど、と思った。
コイツ、もしかして己が強すぎるあまり普通の女は壊れ物に見えて欲情できないのか。
「ロイくんカワイソ。宝の持ち腐れ。イイよ、ボクがなんとかしたげる。シェリーちゃん、いいゴリラ紹介して〜!」
「喧嘩売ってる?」
レックスが拳を握ったので、ディスカードは慌ててソファに腰を下ろした。
「罪な男だねぇ」
ディスカードはさっきとまったく同じ台詞を口にする。
今度は揶揄いではなく、本心からの言葉だ。
この男の前に、少女らの涙ぐましい努力は全て無に帰す。
どれだけ他の女より、女として秀でていようと、その価値に磨きをかけようと、レックスの前では押し並べて同列の、「可愛らしい小動物」にしかならないのだ。
(キッカちゃんが振られるのも当然か。《強い女》の対極だアレは)
こうなると女で懐柔するのも難しそうだなこの男、と今のところ奸計を巡らす予定はないものの、半ば趣味で頭を悩ませていると、息を切らせた女が二人、にっこり笑顔で卓の前に駆け寄ってきた。
顔は流石にすこぶるカワイイが、圧がすごい。
どうやら、彼女らが本日の勝者のようだ。
ディスカードは笑顔で二人を招いた。
「こんな可愛い子とお話出来るなんて、嬉しいな。なんでも好きな物頼んでね?」
女はわぁいと喜んだ。
無論、こういう店の人間だ。演技は入っているだろうが、印象はそう悪くないだろう。不細工じゃない、金を使う、ベタベタと触ってこない──隣の男なら、触ってきてもプラスになりそうだが。
隣を見ると、レックスは困った笑顔で「こんにちは」と挨拶していた。もの慣れないのがまる分かりだが、そんなところも女の琴線に触れるのか、彼女らの目は釘付けであった。
「おニィさんたち、どこから来たの?」
「え〜? ボク達なんかより、キミらのハナシが聞きたいな。ご趣味は〜? ってやつやろうよ」
「ふふっ、お見合いごっこですかぁ?」
いいですよぉ〜? と言われて、ほんとにご趣味は? から質問を始めた。
会話はそこそこの盛り上がりを見せた。
彼女らはそれが仕事であるし、話の上手いディスカードと、朴訥な返事しか返さない代わりに頗る顔のいい男がいるので、当然の結果だろう。
当たり前の話だが、情報を集める時は大抵、こちらの聞きたいことは対象にとってどうでもいいことで、彼等が話したいことは別にあるのが常である。
だから、無駄な話でも、親身になって聞いてやるのが結局は近道だ。
半刻ほど辛抱強く雑談を続け、やっと気になる情報が出てきた。
「──ここ最近、町の治安が悪くて」
「ね。まあこういう町だから、多少は仕方ないところもあるんだけど」
「へえ、何かあったの?」
わざと平坦な口調で問いかける。
女達は少し言い淀んだが、結局、「最近、店の女の子がよく消えるんですよぉ」と、内緒話するような仕草で教えてくれた。
「うちだけじゃなく、街全体で──」
女の話を聞くに、どうやら最近この町では、商売女の行方不明事件が相次いでいるらしい。
曰く、《人攫い》だとか。
「あくまで噂、ですけど……攫われた女は、そのまま奴隷市場に流されるんですって」
「海月楼は結構売れてるし、主様が良い人だから、この町ではかなり綺麗な仕事をさせてもらってる方なんだ。他の店だとね、こうはいかないんだけど」
「それでも奴隷を知っている人はみんな、口を揃えて『奴隷よりマシ』……って言うの」
「うちにも数日前から行方のわからない子が居て……」
立て板に水。
内心、不安もあったのだろう。
「人攫いねえ」
人攫いが出始めた時期を聞くと、ルカから聞いた、反乱軍がここを訪れるようになった時期と合致する。
これが反乱軍の仕業ならば、この後の作業が一気にやりやすくなるのだが。どうだろうか。
「──マディラ、ロゼ」
その話について更に聞き出そうと、ディスカードが口を開いたとき、丁度、凛と響く女の声が、目の前の二人の名前を呼んだ。
「「はぁい、マダム」」
「アナタたちのお得意様から、お呼びがかかっているの。行ってくださる?」
そう言うと、彼女はにこやかな表情で、別の卓を指した。
女達は名残惜しそうにしながらも、「また来てね?」とそっとこちらの手に触れ、すぐ彼女の指す卓へ向かう。
二人は商品だ。まあ見るからに此処らの人間ではないディスカードと、常連らしき男とじゃあ、前者が客として劣るだろう。金を落としたとて一夜のことだ。
見れば常連も悪くない容姿であり、これで話の上手い男なら、観賞用のレックスでは勝てないこともあるか……とディスカードは肩を落とした。
視線を上げると、シャオレイと目が合った。
「また来てくださったんですのね」
「酷いな、シャオレイさん。せっかく仲良くなれた女の子たちを取り上げるなんて」
「あら、気に入って下さったの? 嬉しいわ。ごめんなさいね。指名がなかったようだから、色んな子をつけたほうがいいかと思って……お詫びに如何かしら?」
そう言って彼女は、料理を一皿、ディスカードたちの前へ置いた。
酒のアテになりそうな魚料理だ。
「シャオレイさぁん……」
「なぁに?」
「最初から出すつもりだったでしょ、コレ」
「あら、バレちゃった? 日に二度も来てくれるなんて、嬉しかったからサービスですの」
シャオレイが赤い舌をペロリと出す。
妖艶な見た目のわりに、茶目っ気の多い女だ。そりゃ最初から手に持っていたらわかるだろう。
「あっ」
「なに?」
今度はレックスが声を上げた。
急になんだと振り返ると、彼は「ザハタルサマクだ」と言った。無邪気な声であった。
ディスカードは頷く。
「好きなの?」
「うん、好きだよ」
ディスカードは目を瞠る。
レックスは、どこか懐かしむような、柔らかい表情を浮かべた。それは先程の恋バナではついぞ目にすることがなかった、恋人でも見るような、甘やかな微笑であった。
「昔、これを食べさせてきた人がいてね。食べてみたら、意外と美味しくてさ」
「……キミ、笑うとめちゃくちゃ可愛いね」
「わあびっくりした。急にゾッとするようなことを言わないでくれ」
「ごめん」
思わずマジマジと見つめてしまった。本当にこの男、顔のパーツが美少女である。一つに括った長い髪から覗く刈り上げと、太ましい首が繋がってなければ、男でも惚れそうな顔である。
「ふふっ」
吹き出す声が聞こえて、そちらを見る。
シャオレイが楽しそうに笑っていた。
「仲がよろしいんですのね」
──お好きなようで、何よりですわ。
彼女はそう言って、また別の酒を注いだ。どうやらその魚に合わせたものらしい。
なんだか一気にほのぼのした空気になってしまって、ディスカードは気勢を削がれた。
「……ボクも知ってるよ、コレ。あんま食べたことなかったけど」
「そうなの? 美味しいよ」
「お客様の国では珍しい料理なのかしら?」
「まあ、確かに見かけないかも。いや、ボクの知り合いもコレ好きでさ。粗方平らげちゃうから、残らなかったんだよね」
「その人とは気が合いそうだ」
「……そうだね」
ディスカードはフォークに魚を突き刺して、口に運んだ。
うん、美味しい。こんな味だったんだ。
「そういえば、お連れの可愛らしい方たちはどうしたんですの?」
「え、ボクたちがかわいくないってこと? お子様は寝る時間だから、置いてきちゃった」
「あら残念。あの可愛らしい妹さんに、もう一度お会いしたかったんですけど……」
「売らないよ? 売りたいけど」
ヤケクソ気味に答えると、シャオレイはクスクス笑った。
「あら悪い人。でも、そうですわね。ほんとうに、礼を欠くつもりはないんですけれど……あのお嬢様、磨きようによっては、常人の手に負えない珠玉になりますわよ。それはもう、うちに欲しいくらい」
──わたくし、人を見る目は確かですの。
黒く長い睫を瞬かせ、パチ、と女がこちらを見た。
ディスカードは苦笑いして、「既にボクの手には余りまくってるけどね。それ、オーケー出したら弟が面倒そうだから」と、答える。
「ご兄弟が多いんですのね」
シャオレイは、にっこり笑って首を傾げた。
ディスカードが、ヒクリと口角を引き攣らせる。
──言葉の真偽の掴めない女だ。
流石、会話の玄人である。言葉一つで金を生む彼女は、言葉一つで世界の理を揺らす魔術師と、遜色ない口巧者であった。
あのキッカを褒めそやすあたり怪しいと思っていたが、どうも先程から、気づいたら些細な情報を抜かれている気がする。
「……そーいえば、新しい女の子は? それともシャオレイさんが相手してくれんの?」
「あら、光栄ですわ。勿論、好みを挙げていただければ、そういう娘を連れてきますけど……あまりうちの娘を、問い詰めないでくださいまし」
「えぇ? なんの話かなぁ〜」
ディスカードがすっ惚けると、シャオレイの赤い唇が、弧を描いた。
「──ここは、一夜の花を愛でる街。俗世の事柄を持ち込むのは、不粋というものですわ」
烟るような睫の下で、大きな瞳が爛々と光っている。
牽制されているのは、目に見えてわかる。
問題は、それがどの側からの発言か、だ。
「え〜…? 一介の旅人が、ちょっと立ち寄った国で正義の味方に憧れるくらい、別にかわいい夢じゃない?」
「マァ! 王位継承権のあるお方を、一介の、なんて。わたくし、とても畏れ多くて言えませんわ」
「あはは」
「うふふ」
彼女が反乱軍側の人間なら、難敵かもしれない。
ディスカードはどうしたものか、とソファに沈む。
「……そりゃ、元宗主国か。わかる人にはわかるよねぇ」
「何を仰るんです」
シャオレイは首を傾げた。
「かの国を宗主として仰いだのは、もう何十年も昔の話ですわ。わたくし、昔話に特別な関心はありませんの。そんなもの、今を生きるのに大して役に立ちませんもの」
「ふーん。それにしちゃ、よく判ったね」
「関心はなくとも、知識はあって困りませんし。彼に限らず大国の貴人は、だいたい頭の中ですわ。それでなくとも、目立つお顔をしてらっしゃいますし」
王族と知っていながら、随分あけすけな物言いをする。
度胸があるのか、もしくは、言えるだけの後ろ盾があるか。
そのどちらもか。
彼女にとってレックスの美貌も、覚えやすいだけで、特に惹かれるものではないらしい。
「それは違うよ」
背後の男が、静かに呟いた。
シャオレイの視線がそちらに向く。
「そもそも初めから、この国は、三つ首の大狼を仰いでなんかいない。きみ達が見ていたのは、建国から、ただ一人の男だけだ」
「……生憎と。昔話にも、伝説にも、宗教にも、わたくし興味はありませんの」
──何の用でございましょうか。
シャオレイが言った。
こちらの真の目的を、真正面から尋ねている。
「王子様と……アナタも従者ではなさそうね。他国の貴人かしら? でもわたくしが知らないということは、社交活動はしていない。まだ若いものね。学生かしら? そういえば、かの大国の一等大きな学校で、ちょうど今の時期、課外活動があるのだったわね」
「花街での課外活動を許可する学校なんてあると思う?」
「他国の反乱を治め、王様に恩を売って帰れば、学校の課題なんて一発でクリアしちゃえるんじゃないかってわたくし思いますけれど」
「確かに。そんなことがもし出来るんなら、教師どころか国の偉い人からも褒めてもらえそうだよねえ。もし出来るんなら」
「逆にそうでなければ、アナタたちはどんな利害関係で此処にいるのかしら?」
「利害だなんてそんなそんな。純粋な友達関係ですよ。彼の地位は後から知りましたし」
「それはただ単に、きみが浮世の地位に価値を感じないだけだろう」
何故か味方の筈のレックスから突っ込まれ、ディスカードは一瞬表情を無くした後、更に笑みを深めた。
「まあ地位なんて関係なく、ボクは彼と心から仲良くなりたいと……それで時にちょっとしたボクの話し合いに同席してもらったり……何かあった時に対処してもらったり……」
「間違いなく俺の腕力的な面に価値を見出しただけだよね」
「ちょっと。どっちの味方なの?」
ディスカードの反駁に、「というかきみ、腕力的な問題も自分でどうにかできるだろう」と、レックスが呆れたように返す。
その時、慌ただしい音とともに、入り口のベルが鳴った。




