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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 後編】
36/74

砂籠の乙女1

章を分けました。詳しくは活動報告に。





「そういえば、シュン=イルには懸想している相手がいたそうです」



 それは、ルカが徐ろに語りだしたのではなく、旅の手慰みに、キッカが話をねだった(すえ)に出た言葉だった。

 過去の己の話が出れば、未だ複雑な気持ちにはなるが。第三者目線でロウやアニスの話を聞くのは、なかなか愉しかった。


「……えっ」


 キッカは一瞬、反応に遅れた。

 そうか。かつての自分、好きな人がいたのか。初耳だ。

 というか、ファジュルがシュンの恋愛事情をわざわざ書き留めているのも、本当ならかなり面白い。

 自分の国にしか執着がなさそうな男が。意外と、周りに興味があったのだろうか。



「え〜とぉ……」


 キッカは周りを見る。

 ジゼルとレックスは元々寡黙だし、普段饒舌なディスカードは、何故かこの手の英雄トークには混ざってこない。気になる所があるならば、質問するのは自分しかいなかった。

 それを確認して、好奇心に勝てず、キッカは口を開く。


「誰ですの?」

「それが相手はわからないんです。名前を書いてなかったので……でもまあ、あの五人の中でしたら、アニス姫か、もしかしたら女性と噂のD様か、どちらかかと──」

「女性!?」


 Dが女性。それも初耳だった。

 シュンの目に、Dは男に見えていたが。体感で十年以上、実際には数百年も昔の記憶なので、忘れているだけかもしれない。


「なに。それも日記とやらに書いてあったの?」


 ここでやっと、不機嫌そうな顔をしたディスカードが、声を上げた。

 いつもの饒舌さが嘘のようだ。


「いえ。日記に性別の記載はありませんでしたし、正直僕も、その話に関しては、あくまで後世の創作だと思っています。ほら、英雄譚って、恋愛語がつきものじゃないですか? 歌劇や、最近ご令嬢たちに人気の小説でも、そういったものは好まれやすいですし。アニス姫は史実でロウ王子と結婚してますから、他に恋愛物語を描くなら、D様が都合が良かったんじゃないですかね?」


 英雄譚を読み漁ったルカならではの見解だった。そして相変わらず、この手の話題になるとやけに早口になる。

 なるほど確かに。そういう事情なら、史実の揺らいだ後世で、性別などどうとでも変えられるだろう。

 しかし、都合がいいから女にされたDも災難だが、キッカも酷く動揺した。


「え、あ、で、でもなんでD……さま、なのでしょう?」

「それはまあ、キリエ・エレイソンと、シュン=イル・ディエスは戦歴というか、逸話が雄々しいですから。まさか創作でも女性にはしにくいじゃないですか」


 ルカが笑う。

 キッカも、口許を引き攣らせて笑った。

 ──Dに女らしさで負けた。



 そんな取り留めもない話をしながら、《シャムス・アリシュ》から乗合馬車に揺られること半日ほど。

 辿り着いた街は酷く華やかな装いで、特に目に見える範囲で女性の割合が多く、そして、どの女もきらびやかだった。

 サーリヤきっての歓楽の街、《ハーディ()カト・ア()ルワルド()》──

 ルカがキッカたちを案内したのは、反乱軍の根城(アジト)ではなく、サーリヤ随一の花街であった。





#


 



 酒精の香りと麝香の香り、それに多種多様なスパイスと食物の匂い。それらが混ざり合った店の空気は、外と比べて、密度が濃く感じられる。

 それでも誰からも文句の声が上がらないのは、(ひとえ)にこの店の客たちが、舌を楽しませる食事ではなく、目を愉しませる花を愛でに、この場所を訪れるからだろう。


(ラームスが居たらキツかったろうな……)


 キッカは、ここに居ない鼻のきく兄のことを思い出しながら、卓に並べられた《何かの豆を潰したものに何かの生地をディップして食べる料理》や、《ローストした肉を挟んだパン》、《薄いパイ生地を何層も重ねナッツを包んで甘いシロップをかけたもの》などを、吸い込むように口に運んだ。

 名前は知らない。初めて食べるものばかりだ。


 人によっては匂いに酔うような場所も、キッカの食欲を後退させるには至らない。

 そうしてひたすら皿の上を綺麗にしていると、天幕が割れた。


「さっきは、うちの()がゴメンナサイねぇ」


 たっぷりとした長い黒髪を、ゆるく編んだ女だ。

 彼女は、酒瓶を片手ににっこりと現れ、空いた杯に酒を注いで周った。

 キッカだけ、なにか別の飲み物だ。


「これはサービスですわ」


 彼女は片目を瞑り、長い睫を震わせる。

 周りの女達に比べると、幾らか年嵩に見えるが、しかし誰と比べても遜色ない、美しい女性だった。

 ディスカードは爽やかに笑い、「いえ、こちらも誤解させるような面子で来てしまって……」と手を振る。外面の良い男だ。


 彼女が謝るのにはワケがある。


 街についたキッカ達は、少し早いが、夕飯を済ませようとこの店を訪れた。ちなみに選んだのはディスカードだ。

 入口を潜ると、店内は食事処とは思えないきらびやかさで、キッカ達は目をパチパチと瞬かせた。

 店内もやはり、女性が多い。

 そして、キッカたちの来店に気づいた一人が、すぐ駆け寄って来て──


『──金額交渉でしたら、店主が承っております。裏口へどうぞ』


 みんなぽかんと口を開けていたが、ディスカードだけはどうやら予期していた展開のようで、「いえ、妹です」と淀みなく答えた。

 ──後から聞けばどうやら、キッカが売り物に見えたらしい。


 そこからはアワアワする女と、それを見兼ねて現れた、どうやら店の偉い人とで謝罪が始まり、最終的に偉い人が、少し離れた良い席にキッカ達を案内した。


「そう言ってもらえると助かりますわぁ……」


 女は、頬に手を当て、眉尻を下げる。

 ちなみに(くだん)の偉い人というのが彼女である。


「あ、でも頼めるなら頼みたいことあるんだけど」

「まあ、なんでも仰って」

「この街で情報通の人とか知らない?」

「情報、ですの? まあ、特別この人、というのは思いつきませんけど……」

 彼女は暫し考える素振りをすると、「……この街の女は、誰も彼も、多少は人の秘密に通じておりますが」と付け加えた。


「それもそうだ。んじゃ、今サーリヤを騒がしてる《赤旗》について、知りたいんだけど。繋がりありそうな()、いない?」

「……やだ。加入希望ですの?」

「ンー…そんな感じ?」

「確かに、この辺に立ち寄った噂は聞きますわね。でも、知ってるコがいるかどうかは……気にはしてみますわ。結果はわからなけど、よろしくて?」

「ウン、おねがい」


 女は、名をシャオレイと言った。

 ここら辺で聞かない名前だと言えば、どうやらずっと東の大陸の出身らしい。


「他にも困ったことがあれば、この街にいる間は、どうぞわたくしを頼ってくださいな」


 そう言って、可愛らしい微笑みを残してシャオレイは離席した。

 席の周りを覆う厚い布の壁が、再び閉じられる。

 

「……流石です。情報を得るためにこのお店を選んだんですね」

「いや、好みのコが多かったから」

「…………」


 ディスカードは周りの冷めた視線を気に留めず、呑気に卓上のグラスを引き寄せた。

 懐から取り出した瓶の中身を、サラサラと注ぎ──毒々しい色は、どう見ても調味料には見えない──バー・スプーンでぐるぐると掻き混ぜ、雫のついたスプーンを引き上げる。

 勿論口には運ばず、周囲を遮る天幕を、それで行儀悪くなぞった。──否。おそらく、()()()()()()()()

 


「一応聞くけど──教会に乗り込んで、陣も魔物もちゃちゃっと殲滅しちゃうのは、ダメなんだよね?」

「それが出来るかどうかは置いておいて──」


 ──丸くは収まらないでしょう。


 ルカが声を潜めて答えた。

 キッカはもう、余程大きな声を出さない限り、外に声が漏れることはないだろうと気づいていたが、しかしより一層隅の方で、石のように黙り込んだ。

 この手の話が始まれば、キッカは壁と同化するしかない。

 旅の中で堂に入ってきた特技だった。


「だよね〜」


 ディスカードが足に片肘をついて笑う。

 予想していた答えなのだろう。


「魔物がいなくなったところで、反乱は止まらない。原因が判明したところで、熱意冷めやらぬ状態になっている、と……」


 現状の確認である。

 そういうわけで、一行は、反乱軍を探しているのだ。



 ルカの目的は内乱の鎮圧であり、その解決方法に教会の摘発を挙げているが、魔物退治は目的ではない。過程というか、前提である。

 しかし、ルカは肝心の反乱軍の根城(アジト)を知らなかった。 

 そりゃ彼等にとって敵である王族(ルカ)が、容易に情報を手に入れられるような相手なら、鎮圧もたやすかったろう。流石にそうはいかなかった。

 その代わり、顔が表に出ていないのを良いことに、市政に忍びまくっていたルカの人脈が役に立った。

 そこで得たツテが、偶々、彼に反乱軍の目撃情報を運んだのだ。


 それがここ──《花の都(アルワルド)》である。


「重ねて聞くけど、国民の補償に充てられる余費は?」

「おそらく、難しいでしょうね。魔物によって生産率が落ちているところに、余費をミスティリオンに充てました。その後の税は、民を守るための軍事費に充てられています」

「そのこと喧伝してる?」

「してますが……騎士がいようが、魔物は人を殺しますから」

「そりゃそうだ」


 ディスカードが頷く。

 魔王が死に、魔族や魔物が数を減らして随分経つと聞く。

 アレらと戦うための訓練をしてこなかった人間が、恐怖で逃げ出さないだけ大したものだ。

 全て取り零しなく守れというのは、無茶な話である。


「ふぅん……オーケイ。改めて整理するけど、ルカくんの目的はサーリヤの崩壊を止めること。この認識で間違いないね?」


 まるで一緒に解決策でも考えてくれそうな口ぶりだったので、キッカは思わず、次兄をまじまじと見つめた。

 本物だろうか?


「はい。……出来れば、戴冠式までに」

「あ、代替わりすんの?」

「現王は、心労からか最近、体調が優れません。それに、この苦しい時代だからこそ、サーリヤには何か大きな変革が──新しい風が必要だと、お考えなのでしょう」 

「ふ〜ん……ま、確かに。それまでに全部解決して、最高のタイミングで戴冠式を迎えられれば、国民へのパフォーマンスとしては悪くないね。多少、王族への好感度リセットにもなるでしょ」

「ふふ……お見通しですね。おそらく、その通りの狙いです。だからこそ国民には、なんの曇りもない状態で、新たな王の誕生を迎えてもらいたいのです」


 第一王子は優秀な方なので、国民と共に歩むことが出来れば、サーリヤはきっと、かつての豊かさを取り戻せるでしょう。

 ルカははにかむように笑って、言った。


「りょーかい。んで、そのために癌である魔物を倒したいし、内乱も止めたい。コレもオーケイ?」

「はい、間違いありません」


 そこの問題が等号で繋がらないのが厄介なのだろうな──と、キッカは杯をちびちび傾けながら、心の内で独りごちた。中身はどうやら林檎水だ。


 魔物を殲滅すれば勿論、国の状況は良くなっていく。

 しかし、目に見えて変化が出るには時間がかかるだろう。

 崩れた日常は、そう簡単に元には戻らない。

 今を苦痛に生きる人々にとって、分かり易い変化──つまり、ディスカードの言ったような補償でもなければ、突然、原因を取り除いたとて、納得するのは難しいのだ。


 ──ならば、民の心を癒やすのは何か?


 ディスカードがふむふむ、と唇をなぞった。


「なら、憎しみを他にスライドすればいい」

「……は?」

「教会の責任者は?」

「え? は、ええと……教会で一番偉い人という意味なら居ませんが。何事も指示を出しているのは、おそらく年長者だと思います」


 ルカが語るに、サーリヤの宗教組織には序列のようなものがなく、信徒を導く意味で《導師》という職務があるばかりだそうな。

 業務内容に種別はあれど、神の下に皆平等というわけだ。

 ディスカードの口から、「なら都合のいい人間を数人見繕えばいいか」と漏れ聞こえてきて、キッカは嫌な予感がじりじりと肌を焼くのを感じた。


「なに、簡単な話。内乱は止まらない。なら無駄な労力を使わず、利用したほうが賢いんじゃない? ってこと」

「……それは、どういう意味ですか?」


 ルカが困惑の声を上げる。

 彼は内戦を止めるために、今こうしてこの場にいるのだ。

 わざと戦を煽るような案に、簡単に賛同するはずないだろう。

 ディスカードは噛んで含めるように、言葉を続けた。


「戦争は、教会と反乱軍に任せておけば良いってことだよ」


(……なるほど)


 事もなげに吐かれた言葉に絶句するルカ。

 そして、それを後目に、キッカは納得した。

 というか、それが一番現実的だ。

 事実を詳らかにしたとて収まらない不満が、国民に渦巻いていているのなら、その向かうべき場所を正しく導いてやればいい。

 反乱軍が国民の不満の代弁者と言うのなら、彼等が動けば民意もそちらに傾くだろう。


「反乱軍を、魔族討伐の駒にするつもりですか?」

「人聞き悪いなぁ。反乱軍は戦う相手が変わるだけ。彼等も殺される可能性を理解した上で戦争なんて始めてる筈でしょ」


 ルカが口を開けて、また閉じた。

 反論が出てこなかったのだろう。

 殺すなら殺される覚悟をしろ。ディスカードが言っているのは、戦場じゃよくある話だ。


「王族と反乱軍が戦えば、どちらも少なくない被害を被る。それが一方の損失で済むなら、そっちをとらない手はないでしょ」

「数の問題では……」

「数の問題だよ」


 ディスカードは、ハッキリ言ってのけた。

 戦場で、戦士は人でなく数である。

 百を犠牲に千を殺せるなら、千を殺して万を救えるなら、取る選択としては正しいのだ。


「寧ろ何が不満なの? 自殺がしたいだけなら城に帰って一人でやりなよ。キミの遣り方じゃサーリヤは救えない」


 ディスカードはソファの背に体重を預け、居丈高に酒を呷る。

 そして、ルカから反論が出ないのを見るに、打って変わってにっこり笑顔を浮かべた。


「反乱軍も、やることが同士討ちから魔物退治に変わるんだ。本望だろ?」


 ボクたちは教会を叩く味方が出来て、反乱軍も鬱憤を晴らせて、魔物は国から消える──

 ディスカードは、自分の案にしみじみ頷いた。

 レックスもジゼルも、何も言わないのを見るに、二人はこの遣り方に異論ないのだろう。

 確かに、魔物の討伐に反乱軍の手を借りるのは、悪くない案だ。

 人手も増えるし、なにより反乱軍の誤解も、その目で見れば解ける筈。


 ただ、ディスカードという男の案が、それだけであればの話だが。

 ……この男が、わざと計画の穴を見過ごしているとは思えない。


「まッ……て、下さい。確かに、反乱軍には、覚悟があるでしょう。彼等が首を縦に振ってくれるなら、手を借りるのも、一つの手段かもしれません。

 でも、それは……そのやり方では、何も知らない教会の人達が、被害を被る可能性があります!」

「そうだね?」


 ディスカードが笑顔で首を傾げた。

 ルカが呆けた顔をする。

 しかし、彼は善良故に机上の空論を語ることが多いが、その実、頭の回りは悪くない。

 案の定、すぐに察しがついたのだろう。「まさか、」と顔色を変えた。


 ──そもそも、魔物(げんいん)だけ憎んでいればいいのなら、反乱なんて起きないのだ。


「全員、じゃないよ? 敵を懐に入れた愚かな民でも、国民は国民だ。それに、人の数は国力に繫がるからね。ボクは平和主義だから、犠牲は少ない方がいいと思う。だから、()()()()()()()()()()


 ──それでも、遣り方を考えれば、十分国民の気も晴れるだろう。



(……この男、本当に学生か?)


 悠々とソファに足を組み、甘言を弄するよう王子に囁きかける兄の姿を見て、キッカは杯の下で、苦々しく唇を歪ませた。

 それは悪魔の声であった。

 そうして、正しく人間を理解している言葉であった。

 罪には贖いの銀を。

 叶わぬのなら、民の心を癒やすのは何か?


 ──罰である。


 罪には凄惨な罰を。

 惨たらしくあればあればこそ、民の胸もすくことだろう。

 今のサーリヤには金が無く、ならば血を流すしかない。


 ディスカードはそれを、教会に担わすつもりでいる。


「今回、反乱を止めたところで、同じような輩はまたいつでも現れる。英雄関係の本、たくさん読んだんでしょ? なら、魔王が倒されたあとの話も、たくさん知ってる筈だよね? それともファジュルの日記には、そのへんのことは書いてなかったかな?」

「……いえ、承知しています」


(…………?)


 あれだけ不服そうな顔をしていたのに、ルカがとりあえずであれ理解を示したことに、キッカは内心首を傾げた。

 魔王の死後というのは、キッカにとってまるきり空白の知識である。

 歴史の中に、納得に足る前例でもあったのだろうか。


 キッカが思考に沈む前に、ディスカードが「ま、どちらにせよ──」と声を上げた。


「反乱軍との接触は必須だろうね。彼等を懐柔しないまま教会を叩けば、ボクらが国賊扱いされかねないみたいだし」


 ルカは何も答えなかった。

 それが利口だろう。今ディスカードの舌戦に応じて機嫌を損ねるより、反乱軍に接触してから、彼らを含めて話し合うほうがいい。

 ルカがディスカードの案に納得しているとは思えないが、反乱を止めるにも、煽るにも、会わないことには始まらないのだ。


(……意外だな)


 キッカは思った。

 遣り方はとんでもなく()()()が、そもそも、ディスカードにサーリヤの問題を解決する気があった事に驚きだ。

 魔術師(ディスカード)のことだ。てっきり同行を受け入れたのも、今生ではなかなか出会すことの稀な魔族の存在に興味を唆られただけで。だから、国の問題など、ルカに丸投げするものとばかり思っていたのだ。


 視線だけちらりとディスカードに向けると、同時に彼もこちらを見ていた。

 キッカは思わず視線を逸らす。

 しまった、と思ったところで後の祭りで、無常にもディスカードは、「キッカちゃんさあ、」とこちらに水を向けてきた。


「あんま喋らないよね」

「……えっ、なんですのぉ?」

「いやこれだけ血腥い話してて、状況が理解出来ない頭でもない──昨日あんだけ地団駄踏んでたんだから、解ってるよね。

 でも、なんにも聞かないし、話さない」


 ホラ、この年頃の女の子ってお喋り好きなイメージあるからさ。


「気にならないの?」


 ディスカードの黒い瞳が、真っ直ぐキッカを見る。

 キッカはどうにか、顔が引き攣りそうになるのを抑えた。


「……だって、おにいさまの話、難しいからぁ」

「納得いかないって暴れたばっかなのに、解らない話は聞かなくていいんだぁ〜?」


 そりゃ聞きたくないからだ。


(……って、答えていいのか)


 だめな気がする。

 聞きたくないというのは、つまり、前提として聞きたくない理由が──知識があるということになる。

 淑女が魔物や戦争云々の知識を持っているのは、おかしなことじゃないだろうか? というかそれ以前に、次兄の前では、なんにも知らない令嬢でいたほうが賢明な気がする。


 キッカは元々、口が立つ方ではない。

 答えあぐねて沈黙していると、ディスカードは詰問に飽きたのか、興味が失せた顔で息を吐いた。


「ま、いーや。お互い当面の目標は、反乱軍の居所を知ること。ってことで、ボクたちにも期限はあるけど、急がば回れっていうし。今日はゆっくり休んで、明日から調査始めよっか」


 丁度、卓上の料理も粗方綺麗になったところだ。

 ディスカードの一声で、夕食の席はお開きになった。





 彼が先に天幕を出て、席を立ったキッカは、小さく安堵の息を吐いた。


「……お兄さんは、何も考えていないわけじゃないと思うよ」


 ──と、それを見計らったように声をかけられ、キッカの肩が跳ねる。

 魔力もおそらくぞろと動いたが、レックスは指摘しなかったため、気づかなかったのかもそれない。

 代わりに、言葉が続く。


「彼の態度はいつもああだけど、好奇心だけで動いているわけでもないみたい。何か、別の考えがあるんだと思う」


 確かに、キッカは魔術師の生態について、普通の人より詳しいと思っているが。

 それは、ディスカード個人について知っているわけではない。

 きっとそちらに関しては、レックスのほうがよく知っているだろう。


「君が思うより、性格が悪いのも確かだろうけど、」


 キッカが思うより性格の悪い魔術師なら、それはもう災害である。


「だから、あんまり警戒しないで……っていうのは、余計なお世話かな」

「……お兄さまとの仲を、心配してますのぉ?」

「うーん……そうだね。俺がこの国に残ることを提案してしまったから、それで君たちの仲が拗れるのは、申し訳ないと思うよ」


 美しい貌で困ったように微笑うレックスを見て、元々拗れる仲もなかったので杞憂だが、優しい男だな、とキッカは思った。

 道中、彼の言動に慄いたこともあったが、所見でアラン王子と見紛うたのは間違いではなかったらしい。


(──よし、この旅で隙を見て告白しよう)


 キッカは容易に決意を固めた。

 ちなみに、ディスカードと歩み寄れるかは、一旦脇に置いておく。その判断ができるほど、キッカはディスカード自身をよく知らないのだ。





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