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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 前編】
35/74

砂中偶語8





 かつて魔王の勢力圏は、今よりずっと広範囲に渡っていた。

 現在、ユグエンやカターリナの国土となっている、あちこちの土地が、過去には魔王の支配した土地である。


 今や崩れた廃墟だけが遺る、魔王の居城──

 それが栄華を誇っていた時代、その建造物が僅かでも視界に入る所まで近く、辿り着いた頃には、既に仲間の数は大きく減っていた。

 見回せば、そこにいたのは、たったの五人。


 ……騎士の人数が、目に見えて減っていたのは確かだが、流石に全員死に絶えたわけではない。

 逸れたのだ。

 のちに、《黎明の英雄》と呼ばれる、隊を逸れた迷子たちの旅は、そこから始まった。


 旅の途中、ロウが酷い傷を負ったことがあった。

 盾役を担っていた男だから、いつも誰よりも傷を負いやすかったが、その時は殊更に酷かった。

 アニスが魔術で傷を覆ったものの、残りの皆も酷く疲弊していた。

 どこかに休めるところはないかと、辿り着いた村で、民家を訪ねて周ったが、しかし、既に村は魔王に支配されて久しく、人間の兵士に手を貸せば、どうなるかわからない。

 そんな、疲弊した民草の、誰もが門前払いをする中、一つだけ屋根を貸してくれた家があった。

 それがファジュルである。


 ──しかし、真実はこのあと、絵本とは違ってくる。

 助けてくれた男は、あろうことかロウに短剣を突きつけ、【助ける代わりに、俺を祖国へ連れていけ】と脅したのだ。

 致命傷を負った怪我人に対し、とんでもない男であるし、このギリギリの状況で、時間を無駄にするのは痛い。

 しかし、目の前で友が死にかけている。

 考えるまでもなく、答えは出た。



 こうして、王子と五人は、彼の国に辿り着くまでの僅かな時間を、六人で旅することになった。

 ちなみにそのあと、なんやかんやで辿り着いたファジュルの故国が魔族に支配されているのを見て、ロウが放っておけないと手を出し、全員で巻き込まれ──

 というのが、懐かしきサーリヤでの、事の顛末である。





#





(──既視感の正体は、それか)


 キッカは、ルカの()を見つめた。

 わたしはこの草原の瞳を知っている。

 ルカは初めて会ったときから紳士的で、柔和であったから、まったく気が付かなかった。

 あの時──

 路地の間で、魔物たちに向けられた、鋭く睨みつけるような()だけが、記憶の中の面影と重なった。





「なるほど……そりゃ王族なら、狙われる理由にも事欠かないか」


 ディスカードが引き攣った顔で笑う。

 所作が上品(ノーブル)なのもそりゃ納得だ。上流階級中の上流階級である。


反乱軍(テロリスト)との話し合いも、急に現実味を帯びてきたねえ。王族に上奏も何も、キミが王族なわけだ」

「はい。なので、私がこうしているのは、特別なことでは……末席ではありますが、王族の一員ですから。国のために働くのは、当然です」

「……ルカくんは、王族だから、こういうことしてるの?」

「…………いえ」


 キッカの質問に、ルカは暫し沈黙したあと、照れたようにはにかんだ。


「私は、そんなに責任感の強い男ではありません。けれど、憧れに恥じないよう──」

 ルカは一瞬、迷うように口を止めた。

 しかし、キッカと目が合うと、直ぐにふわりと微笑んで、「──恥じないよう、生きたいと思っています」と静かに答えた。


(憧れ、って……)


 キッカが口を開くより早く、うんざり顔のディスカードが、「あ〜〜そういえばルカくんて英雄サマの熱心なファンなんだっけぇ?」と、誂うように尋ねた。

 そういえば、《ミニュイ・ノワール》の墓場でそんな話をしていた。

 ルカは素直に頷く。


「はい。皆さんは、《五人の勇者とサーリヤ家の紋章》というお話を、ご存知ですか?」


(……知ってる)


 結構有名なようだし、キッカも過去に読み聞かせられた。

 だからディスカードも知ってるんじゃないだろうか。

 そう思っていたら案の定、ディスカードは、「絵本でしょ。御伽噺みたいなもんだよね。エッまさか信じちゃってる?」と答えた。

 全てを煽りに変える天才かコイツは。


(──確かに、有翼の蛇(ドラゴン)の話とか、ルカが英雄に脚色強めな憧れを抱いているのは事実だけど)


 でも絵本に関しては、わりと真実(ホント)の話だ。


「……ふふ。兄たちも、そう言って笑いました」

 ルカは、ディスカードの態度に機嫌を悪くした様子もなく、面白そうに微笑った。

「あの物語は、英雄人気にあやかろうと、どこかの代の王様が作り上げた創作に過ぎないと」

「へぇ〜…それ解ってファンやってるんだぁ〜凄ぉ〜い」

「いいえ」


 ルカが首を振る。


「流石に、絵本一つでここまで強く憧れるほど、子供じゃないです」


 ──そりゃそうだ。

 モデルが自分の祖先なわけだから、多少思うところはあるかもしれないが。それでも実際、あの童話はそんな大した内容ではない。

 そもそも絵本だ。にしては分厚いが、史料に比べれば情報量も少ないし、ありきたりな英雄譚である。


「でも僕は、絵本の話をだいたいは信じてます。なんでだと思います?」

「え……? 好きだからじゃないの?」

「それじゃあさっきの話に戻っちゃうじゃないですか。まあ僕は絵本を読んでから他の文献も手当たり次第漁ったので絵本一つでというわけではありませんが」

「あ、そう……」


 英雄の話になってからというもの、やたらと口が回るルカに、ディスカードの煽りも押され気味だ。

 その美化された文献の中身としては複雑な気持ちだが。彼が英雄をよほど好きらしいことは、理解出来た。


「日記があるんです」


 ルカが言った。

 脈絡がなかったもので、三人は揃って首を傾げる。

 それを見て、ルカは言葉を加えた。


初王(しょおう)様が、旅の途中で書いていた、日記があるんです」


(……そんなの、書いてたっけ?)


 キッカは言葉の意味を理解すると同時に、思わず記憶を辿った。

 何か書きつけているのは見たことがある。けれど、確かその時彼は、【魔物の記録だ】と、鬱陶しそうに答えていたような。

 ここまで魔物と肉薄する旅はまず無いから、今後のために、書き残しておくのだと──

 日記なんて、眉唾ものだ。

 キッカには、とても本物とは思えなかった。


(……だって本物なら、ルカの態度がおかしい)


 一番信じられない理由がそこだ。

 本当にファジュルが書いた日記なら、読んで憧れを抱くような内容が書いてあるとは思えなかった。


 旅の途中、あの男とは何度も喧嘩した。

 アニスに近づいた彼を怪しんで、少し手荒な真似をしたこともあったし、あとでアニスにこっぴどく怒られて、無理矢理頭を下げられたが、ファジュルから返ってきたのは無論赦しの言葉ではなく、罵倒だった。

 あの口も態度も悪い男が、旅の途中の我々を、良く書いているとは思えない。

 故郷のため、力を奮った後ならまだしも、比較的穏便な関係だったロウとアニスはともかく、シュン含め、他三人については悪口雑言書き散らされていても不思議ではない。


「史実のように、公式な記録ではありません。本当に、ただの日記ですし……兄たちも、馬鹿馬鹿しい偽物だと一笑にふしました」

「実際、本物である確証はないんだろう」


 珍しく、レックスが口を挟んだ。


「いいんです。僕が憧れたのは、日記の中の英雄ですから」


 否定的な言葉に、しかしルカの笑顔は崩れなかった。

 上に兄がいるという話だから、もう散々否定され尽くして、こういう言葉には慣れているのだろう。


「……ま、いーんじゃん? 自ら命の危険に飛び込むほど憧れてるわけだし、さぞご立派な英雄譚が書かれてたんでしょ〜ね」

「英雄譚と言うには、かなり私的な内容ですが……そうですね。僕にとっては、そうです」


 ルカが何度も頷く。ディスカードの皮肉めいた口調にも、ちっともダメージを負っていないようだ。

 黙って話の成り行きを見守っていたキッカも、ここで少し、口を開いた。


「……私的っていうのは、英雄サマの悪口なんかも、書いてあったりぃ……?」

「ハハ……や、あの。初王は少々、口が悪かったようで、」


 ルカが弁明するように答えた。

 ──ひょっとして、ひょっとするのか?

 ルカが美化しすぎているだけで、日記は本当に、本物なのだろうか。


 キッカの考えと裏腹に、ルカはやはり信じて貰えてないと思ったのか、諦念の滲んだ顔で苦笑した。


「……偽物かもしれないのは、重々承知です。史実とは、やはり違いますし。例え本物だとしても、日記の中の英雄は、僕のご先祖様の目を通した英雄であって、本当の本物とは言えないでしょう」


 それはそうだ。

 しかし、それは公的な文書にだって言えることで、本物は所詮記録には宿らない。その時代に生きた、当人たちのみが知り得ることだ。

 史実で男とされたシュンが言うのだから、間違いない。


「でもその、あてられてしまったというか、そうならざる負えない内容だったというか……」


 突然言い淀むルカに、キッカは首を傾げた。そうならざる負えない……?

「……どんな内容ですのぉ?」

 少し間をおいて、キッカは尋ねた。何故なら、真っ先に口を開くと思っていたディスカードが、何も尋かなかったからだ。

 ルカは、少し気恥ずかしそうな顔をした。


「初王様はその、ちょっと、いえだいぶ……」


 ──一人の英雄に、傾倒していたようで。


「……えぇ?」


 キッカの口から、完全に素の声が出た。慌てて口を閉じる。


(英雄に、傾倒……?)


 それこそ、日記の存在より信じられないが。

 無論実際、王子の内心を、キッカは知り得ない。共に過ごした時間が圧倒的に少なかったのもあるが、そもそも、仲良くするのに適した旅ではなかった。

 だからこそ、尚更ルカの話に首を傾げてしまう。


(……不仲エピソードなら、幾らでも思い出せるんだけど、)


 旅の始まりが不穏だったこともあり、初めから友好的とはいかなかった。

 考えられる範囲で、一番有りそうなのは《アニス》だろうか。辛い戦場で優しくされ、コロッといく人間は軍にも多くいた。

 しかし彼女も、あれでいて言うことは言う。

 負けん気も強く、王子の攻撃的な態度に、軽い口論は頻発していた気がする。


 懸想という話でなければ、《キリエ》なんかも理由を挙げやすいが。

 王子は祖国を守るための力を欲していた。その点、奴の強さに憧れを抱くのは自然に思える。

 問題があるとすれば、二人の空気がめちゃくちゃ悪かったことだろうか。

 お互い憎まれ口すら叩かず、二人きりにすると、互いの存在を無いものとしているレベルで無言だった。あれを照れ隠しと言うのは特殊すぎるだろう。


(……まあ、殴り合いまで発展した《シュン》に比べれば、みんなマシだろうけど)


 でも、()()と表されるほどの感情は、どうしたって思い当たらない。


「その英雄って──」


 ディスカードが口を開き、思わずキッカは顔を上げた。

 ──気になる。

 今更、聞いたところで、どうなる話でもないが。単純な好奇心である。今回ばかりは、キッカもディスカードの好奇心を否定出来まい。

 しかし、

 

「──やっぱいーや。言わないで。オーケー。わかった。なるほどね」


 ディスカードは言葉を止めた。

 何故、とそちらを見ると、微妙な表情(かお)した次兄が、両手を上げて降参ポーズをしている。

 それならば、とほか二人を見るが、質問を引き継ぐ気配はなく、そもそも、日記の話自体信じてなさそうだった。

 こうなってくると、キッカも言い出しにくい。

 そも必死になって聞き出すほどの情報でもないし、日記の真偽なんて、魔族の情報に比べれば、今のキッカたちにとってどうでもいいことだ。


「……その憧れが、今回の話にどう結びつくのかな?」


 話を戻したのは、レックスだった。


「初めに言った通りです。憧れに恥じない生き方をしたい、と」

「国の象徴である王族が、前線に出るのは最善かな」

「そこは第四王子だから許されるとこですね」

「浅慮に変わりはないと思うけど」

「僕が日記に見た英雄は、手遅れになるのをただ待つより、可能性が低くとも、自らが動くことを選ぶ人でした」

「…………」

「…………」


(……え、なにこの雰囲気?)

「なにこの雰囲気」


 まったく同じことをディスカードが口に出した。やはり兄妹、似ていることを認めるしかないのだろうか。


 レックスの口数が突然増したかと思えば、口調は穏やかであるものの、内容はルカに喧嘩を売っているとしか思えなかった。

 急にどうしたというのだろうか。

 それに対し、怯まず受け答えできるルカも、胆が据わっているが。


(まあ、護衛騎士をやっていた身としては、レックス様の言い分はかなりわかる……)


 けれど、無茶する王子に関しては、かつての友でもう慣れた。

 やらずに後悔するより、本人がそうしたいなら、やったほうがいいんじゃないだろうか。しかも、今回は事が事である。誰かがやらなければ、取り返しのつかないことになる。


(まあ、わたしは、わたし以外がどうにかしてくれ〜って思うけど、)

 思うけれど、してくれないのなら自分でやるしかない。



「……わかったよ、仕方ないね。アウティングついでに、教会の陣と、今いる魔物を全て殺していこう」

「何がわかったの!?」


 レックスが突拍子もないことを言い出した。

 全然ついでじゃないですけど……? とディスカードが目を丸くする。


「いや、ちょ……急になに? そうは見えないけど、実は英雄に憧れてたりする?」

「そうじゃないけど。彼の言う英雄も、魔王を殺す旅のついでに、サーリヤを救ったんだろう? 同じことをするだけだよ」

「状況が何もかも違うでしょ……」 


 ディスカードが肩を落とす。

 確かに、前の旅では盾役(タンク)一人に、前衛の攻撃役(アタッカー)二人、後衛に遠距離支援(サポート)回復役(ヒーラー)という、偶然残った五人にしてはかなりバランスの良い配役であった。

 それに比べ今回は、非戦闘員三人に魔術師二人──レックスを魔術師で括っていいかわからないが、一応魔導科(セレマクラス)らしいので──だ。


 まあ、ディスカードが言いたいのは、そういうことではないだろう。

 珍しく、兄が押され気味だ。

 なぜか知らないが、ディスカードはレックスに弱いところがある。レックスがあまり自己主張をしないので、それで困ったことはなかったが。

 その弊害が、今出ようとしていた。

 彼の提案なら、このまま通ってしまいそうだ。


 キッカは眉を顰める。

 レックスの提案に──ではない。

 その提案に、迷っている自分に──だ。


「いい案ではないですか」


 ジゼルが声を上げた。

 視線が彼女に集まり、ルカは顔をしかめる。


「ジゼルさん、僕は、彼等を巻き込むつもりは……」

「ここまで知られて今更では? 彼等も自分の意志で知ったのでしょう。無理矢理聞かされた話があるとすれば、それは貴方が英雄の厄介信者であることくらいです」

「うっ……」


 厄介信者……と、ルカが打ちのめされたように復唱する。

 確かに、この国の現状は、ディスカードが脅しかけて聞き出したようなものだ。


「えぇ……? ボク、ジゼルさんは反対する側だと思ってたんだけどォ……」

「信用はしていませんが、反対もいたしません。あなた方への信頼と、魔物から襲われた際の生存率を秤にかけただけです」


 この人の無事に勝るものはありませんから。

 ジゼルは、無愛想にそう答える。


「で、でもですね……」


 とはいえ、ルカも引き下がらない。

 ここまで打ち明けておきながら、本当に巻き込むつもりはなかったのだろう。

 キッカには理解し難い考えだ。

 キッカなら、やると決めたら全力を尽くす。

 それはつまり、目の前に明らか有効な手があれば、それが例え初対面の魔術師でも、騎士でも、何でも利用するということだ。

 ファジュルのように脅せとまでは言わないが、もう少し、狡猾になってもいいんじゃないかと、キッカは思った。


「…………おにいさまは、《ハイネンヴァルト》ですもの。手を貸さないわけにはいかないんじゃないですのぉ……?」

「……なんの話?」

「だってぇ。魔族を野放しにするんですのぉ?」


 ──そう。

 《ハイネンヴァルト》は、誇り高き騎士の家系である。

 ディスカード個人がどうかは置いておいて、こういう事態を、見て見ぬふりの出来ない家系だ。

 まさにラームスなんかは、その《ハイネンヴァルト》を体現したような男である。


「……あっれ〜…キッカちゃんも、暴れて嫌がる側だと思ってたけど」

「まっ! キッカみたいなか弱い淑女(レディ)が、そんなはしたない真似しませんわぁ〜」

「今朝の記憶失くした?」


 ディスカードは深い溜息を吐いて、だらしなくソファに沈んだ。


「…………報酬、弾んでくれるんだよね?」

「決まりだね。話を詰めよう」


 レックスが頷いた。

 ルカが往生際悪くアワアワしているが、どう見ても三対一では分が悪い。




(いや……四対一か)

 キッカは、耳だけルカの方へ傾け、話の輪から外れた。

(──やってしまった)

 誰も見ていなければ、頭を抱えたい気分だ。


 これで、本当に良かったのだろうか?

 確かに今回、狙われているのはルカで、それを護るのはディスカードやレックス。

 キッカが矢面に立つ気は微塵もない。

 ただそれでも、そもそも魔族討伐についていくこと自体、普段のキッカなら床に張り付いて拒否していた筈だ。


 しかし、今キッカはそうしていない。

 寧ろディスカードを焚き付けた。


(……いや、これはわたしの現在(いま)にも関係することだ。危険の芽を早いうちに摘んでもらえるなら、それに越したことはない)


 キッカは、ギュッと拳を握った。

 そしてついでに、本当に、ついでの話ではあるが。



 ──既に相手は死に、約束は果たされないと知っていながら、かつて誓いを守った男に、

 これで少しは、報いてやることが出来るだろうか。





同じ場所から延々と動かない話を見せて申し訳ない……

次回やっと移動します。

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