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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 前編】
33/74

砂中偶語6





 ──国で二番か、三番目には大きい教会です。建物は古いですが、幾つかの複合施設のようになっているので、だいぶ広いですよ。


 そう言ったルカの顔を思い出した。

 とはいえ、教会というから、町の中にポンと尖塔があって、中には礼拝堂が……というような、ハイネンヴァルトの領内でもよく見るような建物を想像をしていたのだ。



「…………でッッッか……」



 キッカは歩きながら、小さな声でぼやいた。


 外から見上げた時も思ったが、中に入るとまた実感する。

 二階のバルコニーから入り込んだのだが、部屋の扉を開くと、そこは階下のホールをぐるりと周る回廊になっていた。

 気配を手繰り、かなり慎重に、壁に張り付くようにして進むと、更に奥へ続く廊下が現れる。

 ホールを離れ、そちらの通路に入ると、間もなくまた廊下は折れて、それからもくるくると回転する。

 もう、どちらが建物の正面か、判別するだけで一苦労だ。

 廊下の左右にはサイズも材質も違う扉が不均等に並び、途中には階下に繋がる階段もあったし、上に伸びる階段もあった。

 本当に迷路のようだ。


 ちなみに、二階から入り込んだのでお察しだろうが、忍び込んでいる。

 見つかっても、「まいごになっちゃってぇ〜!」と泣きつけばイケるだろう。あの二人じゃそうはいかないだろうが、カワイイキッカだからこそ為せる技である。


(まあ、相手が普通の人間なら、って話だが……)


 キッカは地階へ進みながら考える。

 完全に当てずっぽうだが、何か隠すなら地上より地下に、と思うのがセオリーだろう。

 だから、おそらく、二人もそう考えて下に向かったのではないかと思ったのだ。


 ──ディスカードはいったい何をしているのだろう。

 確かに驚くべき広大さだが、半日も彷徨うほどではない。広範囲の索敵は、火属性(ワンド)の得意とするところだ。

 ルカの心配を尻目に、キッカは、あの男のことだから、どうせ気になる魔術跡でも見つけて道草をくっているのだろうと考えていた。

 そのせいで、キッカまでこんなところに来る羽目になってしまったのだと思うと、来ることを選んだのは自分であるが、元はといえば原因はあの男なので腹が立つ。

 万が一、キッカが件の魔物やら魔族やらと出会ってしまったら、どうすればいいのだ──


 そう考えながら、半ば反射的に、キッカの右手はスカートの大腿骨あたりに触れていた。

 すぐ思い直し、パッと手を離す。


「……最悪」


 キッカは唸った。

 癖は抜けないものだ。そうは使わないと思ってはいても、無意識にソレを武器として認識してしまってる。

 不安に思えば尚更、それはキッカに主張してきた。


 ──そこにいるのは、昨晩キッカの腕にじゃれついていた魔物である。


 スライムをそのままの姿に戻したのは、アウティングが始まってから、昨日が初めてのことだった。

 それまで、今のように革帯(ベルト)にして、スカートの中に潜ませていたのだ。

 外気に触れる装飾より、多少身じろいでも、スカートのふうわりした生地と、土地柄欠かせない砂よけの外套とが、その動きを隠してくれる。多少スライムが暴れたところで、キッカもじたばたすれば気づかれまい。

 それに、淑女のスカートの中を覗き込もうという痴れ者も、なかなかいないだろう。

 実際、これまての数日間、上手くいっていた。

 魔力に関しては、キッカほど完璧な管理を、スライムに強いるのは不可能であるが。

 これも、意外に問題なかった。

 スライムの魔力はキッカと同化している。

 キッカが魔力を持つことは、ディスカードも知っているだろうし──没交流でも同じ家に生まれ育った以上、魔術師が気づかないはずがない──スライム自身の魔力など、元々微々たるもの、というのも相俟って、漏れた魔力は、キッカの魔力の揺れと判断されているようだ。

 ディスカードが、キッカの属性(スート)まで知っているのか定かでないが。どの属性でも、未熟な魔力ほど、よく揺れる。

 キッカとしては、そう勘違いしてもらうのが、一番望ましかった。


(そういえば、ラームスと話したときは、確実な方法があるとか思ってたけど……)


 口に出さなくてよかった。

 学園でのやりとりを思い出して、少し、自分の迂闊を恥じた。

 忘れていたが、今現在、こと魔術師相手にその方法は意味をなさない。

 というのも単純な話、スライムを隠すのが難しいのは、自由に動いてしまうからだという話だったが──


 実のところ、それは、魔力を流し続けることで、容易に解決できる。

 どういう仕組みか知らないが、スライムは、魔力を流している間、常の比でなく完全にこちらの意思に同調するのだ。無論、動くこともない。

 ギブアンドテイクということだろうか。

 スライムは雑食だが、しかし、何より好むのは、やはり《魔力》である。

 これも、ラームスには伝えなかったが、奴の主な餌は、キッカの魔力だ。

 過去の生でもこの魔物は、持ち主(シュン)の魔力を食らって生きていた。

 もしかすると、スライムのこの特性も、本来生き物に魔力を流すことのできない風属性(わたし)との、魔力の遣り取りに、一役買っているのかもしれない。

 何せ前例のないことなので、確証はないが。


 ともかく早い話、何が問題かというと、《魔力を流せばスライムは勝手に動かないが、魔術師に魔力の動きが気取られる》──ということである。

 ラームスと話した時には、このことを失念していた。

 あちらを立てればこちらが立たず。ままならないものだ。


(昔は、《隠蔽》の術式を使って、魔力の流れを隠してたからな)


 だから、自然とその方法を思い出してしまったのだ。少し考えればわかることだったが。

 出会ってすぐ、ひっくり返してくまなく体中を確認してみたが、スライムの身体に、当時の術式は綺麗サッパリ残っていなかった。

 あるのはスライム自身の能力と、呪いの名残だけだ。 


()()()がいれば──)


 思いかけて、キッカは頭を振った。

 そも今生で戦うつもりはないのだ。ならば必要あるまい。

 しかもそいつは、魔物(スライム)風属性(キッカ)の魔力を受け入れるという奇跡を齎すと同時に、キッカへ魔術師への偏見を植え付けた張本人である。


 ──つまり、キッカを好奇心で殺しかけた男だ。


(ただ、魔術について奴ほど造詣の深い人間を知らない)


 この無害なスライムが、魔王殺しとなった結果に、間接的に奴の成果があったことは否定出来まい。



(……にしても、人がいないな)


 キッカは最早堂々と廊下の真ん中を歩いていた。

 警戒するのも馬鹿らしいほど人気がない。いっそ誰かと出会して、その人間に探りを入れた方が早い気さえしていた。


 地図もなく、ルカに出来る限りの話は聞いたが、記憶を頼りに口頭でだ。どこまで当てになるかわからない。

 それに、彼も地下深くまで入り込んだことはないだろう。この感じ、まだ下がありそうで、キッカは段々辟易としてきた。

 一人、建物に入ってから、半刻は経っただろうか。

 建物の広大さに対して、人の数が釣り合わない。古い建物をそのまま使っているようだから、今は用の無い部屋なんかもあるのだろう。

 二人も、この教会内にはいると思うのだが。孤児院やら別の建物のほうへ足を伸ばされていたら、お手上げだ。


(……どうしよう)


 キッカは、己の身体の内に意識を向ける。

 風属性は、火属性ほど広範囲の索敵は出来ない。意識を向けられていたり、ある程度近くにいる人間相手なら分かるが。

 そもそも、キッカは今、その魔力すら使っていなかった。

 死にたくはないが、魔力を使うところを見られるのも嫌なのだ。

 特に今は、近くにディスカードがいるかもしれない。魔力を使っているところを見られたくない相手暫定一位である。


(嫌だなぁ〜…)


 一応、歩きながらずっと、頭の中に地図を描いてはいるが。そろそろ限界だ。

 敵の規模もわからないのだ。逃走経路の確保は必至である。

 しかし、キッカは人並み外れた記憶力を持つわけではない。ここまで複雑な作りをしていると、完璧に把握することは不可能だ。

 これ以上進むなら、帰り道も怪しいだろう。


「…………」


 キッカは、今度こそ自分の意志でもって、腰の下あたりに手を当てた。


 今、側にラームスはいない。

 彼が強くなるために必要なことだと、キッカが遠ざけた。

 だから、いざとなったら、覚悟しなくてはいけないだろう。


(……まあ、慣れてるといえば、慣れた状況だ)


 味方は一人もいない(ノーバディ・ノーウェア──あの頃は、それが常であった。


 腹を括ったキッカは、瞳にだけ魔力を集めた。

 これなら体外の魔力に大した影響はない。相手が風属性でもなければ、気づかれないだろう。

 そうしてジッと、次の扉の向こうの気配を探る。


 ──誰もいなさそうだ。

 外開きの扉を微かに開き、まだ先へ続く廊下の様子を窺う。

 視界の中に怪しい人影はない。魔力を通しても、魔力の跡はない。ディスカードが何らかの魔術を行使していればまだ跡を辿れるのだが、あちらはあちらで警戒しているのだろう。ここでは何も見当たらなかった。



「──どうかされましたか?」



 耳朶に男の声と、微温い呼気が触れて、キッカはぞわりと身を震わせた。


「ッ……!」


 反射的に武器(スライム)を抜かなかったことを、己の行動ながら褒めてやりたい。

 キッカは、ゆっくりと背後を振り返った。

 そこには初老の男が、少し距離を空けて、邪気のない笑顔を浮かべ立っている。


「お嬢さん、孤児院の子かね?」

「……ううん。キレイなだなって見てたら、迷子になっちゃったのぉ」

「そうかそうか。おいで、出口まで案内してあげよう」


 白い髪と髭を蓄えた男は呵呵と笑って、キッカを促した。

 キッカは開こうとしていた扉を閉めて、素直にその後に続いた。


(……なんだコイツは)


 キッカは密かに眉を顰めた。

 気配がなかったのはまあ、自分の意識が扉の向こうにいっていたせいだと納得するにしても……


(この男、魔力が気持ち悪い)


 元々、誰かと会えたら、上手いこと言いくるめて、ディスカードの向かいそうな施設がこの建物にないか、聞き出そうとしていたのだ。

 しかし、キッカは、目の前の男相手に、それをしようとは思えなかった。

 男の魔力は、今まで見てきた、四属性のどれとも似つかない。

 体外に魔力が漏れていないのを見るに、一番近いのは風属性か、手練の地属性だろうが……


 こんな、体内で生き物のように蠢く魔力を、キッカは、今も昔も見たことがなかった。

 


「どこから来たのですか?」


 声に、ハッと顔を上げる。

 気づけば、男は歩きながら、キッカを振り返って見ていた。


「……外の国から来たのぉ」

「それはそれは。ここに来ることは、キチンとご家族に伝えてありますか?」

「うん。わたしのお父さま、偉い人だからぁ、この国の人とお話ばっかりでぇ……だからわたしだけ、カミサマ見に行ってくるって。でもぉ、迷っちゃったのぉ」

「そうですか。……それは無事に帰らなければ、心配しているでしょうねえ」


 ここで一先ず会話は途切れた。

 ……まずいことは言っていないはずだ。家名なんかを突っ込まれたら答えに困るが。そこは、知らない人に教えちゃいけないって言われてますぅ〜! で乗り切ろうと思う。


 そして、もう一つ、気になることがある。

 先程、耳元で聞いた声──

 それと、今彼の口から聞こえる声が、どうも違うように聴こえるのだ。

 ただ、彼を目にする前に聞いた声は、たった一言だけなので、気の所為と言われればそれまでだが。

 あのとき、キッカの耳を震わせたのは若い男の声だった筈だ。

 でも、今彼の口から聞こえるのは、年相応に嗄れた声だ。


(…………なんだコイツは)


 本日二度目の自問であった。

 しかし、男はキッカの予想に反するように、特に何事もなく歩を進めていった。どこかへ連れて行こうという素振りもなく、彼の辿る道は、確かにキッカも見覚えのある道だ。

 ──気にし過ぎだろうか?


 魔力がおかしいというのは、単純な話、人ではないということの証左である。

 そう思って身構えたが、男が何か仕掛けてくる様子はない。

 本当にただ、特殊な魔力を持つ風属性かなにかなんだろうか。


「あとは、この扉を開けば中央ホールで、階段を下れば外に出れますよ」


 男が一歩下がる。

 それは、キッカも覚えのある扉であった。

 ここを出れば吹き抜けのホールがあり、正面玄関は通っていないから解らないが、確かに、そこらへんに入口があったような気もする。


 男はこれ以上ついて来るつもりはないのか、扉を開く気配はなかった。

 正直有り難い。出口まで一緒にと言われたら、色々誤魔化して正面から出なくてはならなくなる。ここで別れるなら、またバルコニー伝いに降りていいだろう。

 

「……はぁい。ありがとうございまぁ〜す!」


 キッカはにこやかに答えた。

 結局ディスカードは見つからなかったが、そもそもキッカは、どうしても二人を見つけたいわけではない。問題はルカである。

 しかし、そろそろ二人も出てくる頃だろう。建物の周りで待って連れ帰れば、ルカとの約束は違えない筈だ。というか、最初からそうすれば良かった。外から見たときは、ここまで広いとは思わなかったのだ。


(──本当に、ただ案内してくれただけか)


 ホッと息を吐き、キッカは、扉のノブに手をかけた。



 ──瞬間、骨張った大きな掌が、手首をがっしり掴んだ。

 男の気配が、背中にひたりと当たった。





#





「──いいの?」


 急に声をかけられ、ディスカードは驚いて足を止めた。

 背後の、少し離れたところから、レックスが伺うようにこちらを見ている。


「何が?」

「妹さん。素性の知れない人間に預けてしまって」


 そのことか。

 彼は、ディスカードの妹を心配しているようだった。

 確かに己も、それを考えて、危険な場所ではあるが、当初は三人で教会に行く予定でいた。

 で、結果がアレだ。


「いいよもう。めんどくさいし」


 ディスカードは、前に向き直ってそう答えた。

 再び足を動かし始め、だんだん薄暗くなっていく通路を行く。

 

 こちらの行動を邪魔するなら、置いていくだけだ。他に家族がいる以上、なるだけ無事で返そうという気持ちはあるが、個人的には大した情もない。

 とはいえ、ルカ達が裏切り、牙を剥く可能性は極めて低いと思っている。流石にその気配があれば連れて行ったし。侯爵はともかく、ロッカ夫人は娘を溺愛しているのだ。


「ほんと、我の強い妹だよ。貴族らしいといえばらしいけど」

「キミはあんまり貴族らしくないものね」

「そーう? 実力主義ではあるけど。あ、ロイくんも甘やかさなくていいからね。迷惑なら迷惑って言いなよ」

「いや、妹がいたらあんな感じかな、と思って」

「いる? あげるけど」

「ははは」


 めちゃくちゃわかりやすい愛想笑いをされた。


「このやり取り、前にもした気がするよ」

「あ〜…」


 キッカを婚約者にどうかと推した時の話だろう。

 アレも、あの二人の間に産まれただけあって、容姿は悪くない。

 しかし、もう望みがないことは十分解った。執拗(しつこ)くしてレックスの不興を買うのも御免なので、既に、本気で縁を結ばせるつもりはなかった。


 ただ、そうなってくれればラッキーくらいの気持ちはあるので、アピールするに越したことはないが。


「キッカちゃん、そんなに莫迦ではないみたいだよ〜?」

「俺は莫迦なんて言ったことないけど……」


 レックスが顔を引き攣らせる。

 でも思ってはいそうだ。ディスカードも能天気な彼女を見て、そう思っていた。

 しかし、最近は、案外まともな思考能力がありそうだと考え直している。成績も、振る舞いも、だいぶ悪いので、その判断が正しいのかよく怪しくなるが。


 そもそもアウティングに彼女を誘き寄せたのは、前回同様、ラームスが執心する理由を確かめるためだ。そして、キッカに感じた違和感を解消するため。全て好奇心での行動だった。レックスにも、そのことはバレているだろう。

 そのために、キッカがこの状況を、侯爵の頼みだと勘違いするよう誘導した。まあ嘘言っていないが。

 そうして様子を見ていた感じ、


「特別目を引くところはないけど、あの妹、ボクのこと警戒してるみたいなんだよねえ」

「それは確かに、まともな感性だね」

「ちょっとぉ〜、ロイくんてばひどくなぁい?」


 ディスカードは肩を竦めた。

 嫌われてはいないと思うが、レックスにはおそらく、イイヤツとも思われていないだろう。      

 仕様がない。彼には己の有用性を示すため、わりと素を見せた。

 類稀な力を持つレックスと、縁を結ぶためには、そうするしかなかったのだ。彼は金や地位に興味がないから、気を引くのに苦労する。

 だからまあ、妹と結婚でもして、家との縁を繋いでもらうのが一番楽なのだが。あの妹じゃ難しそうだ。

 ディスカードは、更に言葉を続けた。


「アウティングに誘ったときも……」


 おそらくあの妹は、ディスカードが善意を掲げて提案すれば、きっと頷かなかったろう。一緒に行くことになるのかと聞いたとき、かなり難色を示していた。

 しかし、こちらの利益を提示し、人質(ラームス)をチラつかせれば、まあ畳み掛けて口を挟ませなかったのもあるが、最終的には受け入れた。


「……あの妹、ボクに関しては、善意より利益を提示されたほうが安心するみたいだね」

「それは……兄妹としてどうなんだろう?」


 レックスが苦笑いで首を傾げる。

 案外、彼のほうが夢想家なのかもしれない。


「ボクはよく解るよ、ソレ。似てないと思ってたけど、やっぱり兄妹なのかな」

「どういうことだい?」

「利益で動く人間は、まあ信用出来るってこと」

「……善意より?」

「当たり前じゃん。利益があるうちは味方だと信じられる。逆に善意や信念で動くヤツほど怖いものはないね。そういう手合は自分の信念とやらですぐ裏切るし、言うことも無視する。しかもこっちでコントロール出来る手段がないときたら、取引相手としては最悪の部類だよ」


 それをキッカは意識して選んでるのか、無意識で判断しているのか知らないが。ともかく、ディスカードの言うことに関しては、その類の判断基準を据えているのだろう。


「キミらしい思考だけど……彼女もそうなのかな。ちょっと意外だな」

「あくまでボクに対してそうなだけで、他の人間に対してとか、キッカちゃん本人がどういうタイプかは知らないけど」


 ディスカードはそう答えたが、なんとなく彼女は信念で動くタイプだと感じていた。

 あの周りの見えてなさは、おそらくモノの価値を周囲ではなく、己の中に見出すタイプだ。

 一般的な損得ではコントロールが効かない、ディスカードの苦手とするタイプである。



 そんな話をしているうちに、二人は、おそらく最深部であろう場所へ辿り着いた。

 古い建物だというから、過去、儀式のためにでも造られた、迷宮じみた地下があるのはおかしなことではない。……しかし、それにしては、道の両脇を煌々と松明が照らしているが。

 普段から使われている気配があった。

 ──なんのために?


 ディスカードは、松明を一つ手に取り、壁面を照らした。

 壁一面に、女神と思しき彫刻が刻まれている。


「……すごいな」


 レックスが声を漏らす。

 確かに、壮観であった。

 ディスカードの胸中にも、呆れにも似た感心が湧いてくる。



 ──国の多くは、男が意思決定権を持つが、案外、女神崇拝は各地に存在する。

 それは最近あるような、女の地位向上のために、女が何某か活動したわけではない。信仰は所詮、男のものだ。今じゃ信徒は男女関係ないが、始まりは確かにそうだった。

 なのでこれは、男が女に対して、ある種の幻想を抱いているという話だ。

 これが面白いもので、信仰の中で、女は神にも悪魔にもなる。

 例えばディスカードは、こんな話を聞いたことがある。

【──女は生まれながらにして娼婦で、悪魔の罠である。女には理性というものがない。人間として欠陥品である……】

 これでもほんの一部抜粋しているだけである。今じゃくだらないと一笑に付されそうな話だが、昔はそこら中にあったし、今でもどこかしらにはあるだろう。


 しかし反面、国は男が地位を独占しているのに、その男達は女を神と崇めているような国もまた、よくあった。

 この国はそれにあたる。

 国教で、女神を一等大切にしている国だ。元より土地柄、水の女神の信仰はあったのだろうが。この国のように、かつて()()()に救われた土地では、尚更に──


「そういえば、妹さんと同室になってたのは、様子を探るためだったんだね」


 急にレックスがそんなことを言うので、ディスカードの思考は途切れた。

 彼の口からは時たま、脈絡のない言葉が出てくるが、これはさっきの話の続きだろう。


「そうだよ。他に何かある? てゆーかもうなんも出てこなさそうだし、そろそろ一緒の部屋で寝泊まりするのやめようかなって思ってるけど」

「いや、このあいだのホリデーで、夜中に部屋を抜け出していたから、心配したのかと思って」

「…………は?」


 今なんと言った、この男。


「や、待って。初耳なんだけど?」

「え? 気づいてると思って……火属性は気配を察知するの得意だし、」

「気配というか魔力ね……魔力感じたの?」

「いや…………勘?」


 ディスカードは脱力した。

 誰もがお前のように野生の獣じみた気配感知能力を持っているわけではない。

 しかし、ディスカードだって気配に疎いわけではないのだ。キッカに魔力があることは知っているし──この血筋で無い方がおかしい──常日頃から魔力は感じている。弱いものだが。

 それが隣の部屋から出て行ったというのなら、流石にディスカードも気づく筈だ。

 それが、どういうことだ?


「魔力は感じなかったの?」

「いや……どうだったかな」


 松明に照らされたレックスの顔が、困っていた。

 本人の能力が高すぎるせいで、魔力を使う癖がついていないのだ。惜しいことである。

 というか普通、妹が宿を抜け出したら、兄であるディスカードに言わないだろうか?

 キッカが心配なら、尚更。


(……口だけとは言わないけど、)


 本人は確かに、心配しているつもりなのだろう。

 実際、レックスのキッカに対する態度は、ディスカードよりよほど優しい。


(……この男、本当に色んなことに関心が薄いんだな)


 つまり、そういうことだろう。

 ディスカードは、「ま、いっか。今更だし」と言って、手をヒラヒラ振った。


「それより今はこっちだ。さて、魔が出るか竜が出るか」

「証拠はどうやって持ち帰るんだい?」

「そこらへんは抜かりなく、」


 イレギュラーが起こらない限りは、問題なく遂行出来るだろう。


 ──ただまあ、キッカとの同室解消は、まだ先になりそうだな。

 ディスカードはそんなことを考えながら、ぽっかりと口を開けた闇の奥へ、更に進んで行った。



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