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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 前編】
32/74

砂中偶語5





(聞きたくない話だったが、聞く価値のある話ではあった……)

 

 キッカは、暗闇の中で天井を見つめ、先程聞いた話を反芻した。



【アレは、人ではない──】

 ──少年の遺した言葉だ。

 ルカの話は、要約すれば、様子のおかしくなった少年が、教会の異常を訴えていたという話だった。

 急にそんなことを言われれば、気でも違ったかと思うのが普通だろうが、ルカは、真偽はともあれ、彼をそこから連れ出そうとした。

 少年の言葉を鵜呑みにしたわけではないが、彼の尋常でない様子に、落ち着けるのが先と判断したそうだ。

 しかし、それは拒まれた。

 少年は、「孤児院に姉がいるから、それを置いてはいけない」と答えた。

 そうして後ろ髪を引かれながら別れたあと、ルカが彼を見ることは二度となかった。

 そういう話だ。


 ここまでくれば、サーリヤに魔物がいるのは確かだろう。

 少年の言葉だけなら与太話だが、実際に魔物はルカの前に現れ、極めつけに先程、ディスカードの投げた万年筆(ペンデュラム)(くだん)の教会を刺した。


 ──まさかとは思ったけど……そのコの話、本当みたいだね?


 約束通りの魔術を披露したディスカードは、珍しく困ったような、面白がるような声色で言った。

 あとはその魔物が侵入者なのか、それとも教会の母体なのか、それによって、事態の深刻さは変わってくるだろう。



 むにゅ、と己の腕に何か触れる感触がした。

 正体は解りきっていたので、暫く腕を引かず、キッカはそのままジッと沈黙した。


(……こっちは今のところ、大人しくしてるな)


 ひんやりツルツルした感触に慣れてきた頃、キッカはやっと布団に頭を潜り込ませた。

 暗闇の中で己の腕に目を凝らすと、水宝玉を砕いて溶かしたような透き通った生き物が、乗り上げて蠢いているのが見えた。

 心做しか、機嫌が良さそうである。

 キッカは、ホッと息をついた。

 ──色も落ち着いたようだ。

 実は屋敷にいる間、色を変えられるようになったことをよく褒めたところ、気を良くしたのか学園で暫らく虹色になっていた。

 かなり目立つので、正直早く落ち着いてほしかったのだが。ようやっと気が済んだらしい。


 キッカはそろそろと、布団から顔を出す。

 相変わらず、隣のベッドから聞こえる寝息に変化はない。

 ジゼルはしっかり夢の中だ。


(ディスカードおにいさまって、意外と貴族らしくないのね)


 ジゼルが同じ部屋で寝ている理由だが、ルカが「昼間のお礼に」と部屋を一つとってくれて、ディスカードが建前の遠慮すらなく、喜んで厚意にあずかったおかげである。

 ディスカードについては、エリート中のエリート然とした評判を学園で散々聞いたおかげで、貴族らしい男だと思っていたが。まあ馬車で乗り心地に散々文句を垂れていたりはしたが、意外に倹約家である。


(わたしにとっては、願ってもないことだけど、)


 ごろりと寝返りをうって、安らかに眠るジゼルを見る。

 布団の中で、スライムもころんと腕から転がり落ちた。


 ジゼルはだいぶ渋ったが、キッカは同室になれて嬉しかった。

 そういえば、ジゼルを見ると、少しラームスを思い出す。どういう関係か知れないが、彼女もだいぶ過保護だった。ルカが以前、「姉みたいなもの」と言っていたのも頷ける。

 もしくは次兄がめちゃくちゃ嫌われているか。すごい渋りようだった。


 ルカが「女性同士のほうが気易いのでは?」と提案してくれたのだ。

 そのとおりである。

 いや。というより、性別云々が問題なのでなく──


(魔術師との旅が、こんなに面倒だとは……)


 思っていなかったのである。



 火属性(ワンド)は、風属性(ソード)のように直接魔力を見ることは敵わない。代わりに、魔力を感知するのに長けている。

 或いは地属性(ペンタクル)の魔道具を通せば、魔力持ちは誰しも魔力の視認が可能になるだろう。


 その二つを併せ持つのが、ディスカード(あの男)だ。


 厄介なことこの上ない。

 奴から本気でスライムを隠すとなれば、魔力をいっさい封じなければ叶わないのだ。強い人間は周りにいくらいてもいいと考えていたキッカだが、今回の旅で考えを改める羽目になった。

 同行者二人共が魔導科(セレマクラス)というのは、一切気の抜ける瞬間(とき)がない。


 レックスはまだいい。問題はディスカードだ。

 あの男は何故か、キッカを一人にしてくれなかった。

 ラームスのような過保護とも違う。同室になったとて会話するでもなく、監視されているようで居心地が悪い。

 ──もしかして、目を離したら何かしでかすとでも思われているのだろうか?

 大人しい貴族の令嬢がそんなことするはずないと、同じ貴族であるディスカードなら解っている筈だが。


 そして、《魔禩書》の一件がある以上、近くにいればこちらも警戒せざる負えなかった。

 おかげで、ここ数日は神経を削られる日々だ。

 しっかり眠っているし、例え数日くらい寝ないでも、日常生活に支障はないが。

 しかし、疲れるものは疲れる。幸い、魔力をまったく感じないルカやジゼルの隣なら、ぐっすり眠れそうであった。


 ミスティリオンに着くまでずっと、ジゼルと同室ならいいのに。

 話を聞くに、彼等はここら辺から動かないだろうが。残念だ。


(……そういえば、)


 ミスティリオンで思い出したが、そういえば彼処、魔物に排他的な国ではなかっただろうか?

 無論、これは数百年前の知識で、魔物の被害は今と比ぶるまでもなく、ミスティリオンのみならず、世界中で魔物が忌避されていた時代の話だが。

 中でも特に、ミスティリオンの魔物への姿勢は苛烈だった記憶がある。

 それはもう、魔物だけではなく、異種族全て──それこそ、先の大戦の折、人間に協力的だった獣人にすら、かなり厳しい対応をとっていた。


(少しは緩和されていればいいけど、)


 されてなければ最悪、数百年一匹で生き延びてきた胆力を信じて、人気のない叢にでも放すしかないだろう。それで帰り際に合流。回路(パス)が通った以上、離れていても互いにだいたいの位置はわかる。


 今思えば、ミスティリオンをアウティング先にしたのは悪手だったかもしれない。

 ディスカードの提案に、アメリアのこともあり、二つ返事で受けてしまったが。未だに何処で何をするのかも知らない。



 キッカは無理矢理目を閉じた。

 寝ようと思えばどこでも寝れるのは、昔からの特技である。 

 問題は多いが、休息を削れば、判断も、魔力も鈍る。

 時間はあるのだ。細かいことは起きてから考えてもいいだろう。





#





 ゴトゴトと尻が揺れる。

 ただ、昨日までに比べると、幾分かマシな揺れに感心した。いくら金を積めるかで、やはり乗り心地も変わってくるらしい。



「魔物がいるのはともかくとして、どの程度の規模かが問題だよねえ」


 ディスカードが、昨晩キッカが考えていたのと、まったく同じようなことを言った。

 最近、もしかしたらディスカードと思考が似ているのかもしれないと思えてきて、キッカは不快である。兄妹だからか? ツライ。


「可能なら、それも調べたいと思ってはいますが……あの、僕は、貴方がたを巻き込むつもりは、」

「巻き込まれたつもりはないよ。手を貸すつもりも」


 ディスカードは答えるが、ならば何故、キッカたちは同じ馬車の上にいるのだろうか。

 終着駅は《シャムス・アルシュ》──サーリヤの王都である。


(なんでだ!)


 心中叫んでも周りには聞こえない。というか、出発前に散々ごね済だ。軽くあしらわれて終わりだった。

 昨晩散々、「聞きたくなかった〜! けど聞いといてよかった〜! 近づかなければいいんだし!」と考えていたのにもう台無しである。

 ディスカードにとっては己の興味が優先なのだろう。こっちはアウティングに進級がかかっているのだが。

 頼みの綱のレックスにも、「アウティングに招待されたのはレックスさまなんですよね? いいんですの!?」と詰め寄ったが、「構わないよ。魔物が何か企んでいるのなら、それ以上の優先事項はないからね」と返された。立派である。

 王子様より王子様らしい。初見でアラン王子と見紛っただけある。でも今ばかりは自分の面子を優先してほしかった。


「えっと……じゃあ、何故?」


 ルカが、キッカの疑問を代弁した。

 今朝、ディスカードは突然「ボクも行く!」と手を上げたのだ。

 レックスがピクリとも動かないあたり、二人の間では昨夜何かやり取りがあったのだろうが、生憎キッカは別室だったので、何も知らないまま魔物のいる国へ連れていかれようとしている。

 そしてそれは、同室だったはずのルカも同じのようだった。


「何故って言うならキミもでしょ。孤児院の少年は見つからなかった。話がホントならもうとっくに死んでる。今更何しに行くの?」


 ディスカードはルカの質問には答えなかった。

 それに加えて容赦がない。

 けれど、少年のことはルカも解っているのだろう。少しも動じなかった。


「僕は、本当に魔物がいるのなら、その証拠が欲しいんです」

「アレ? 教会の魔物を倒すために行くんじゃないんだ」

「僕にそんな戦闘力(ちから)ありませんよ」


 ルカは柔らかく苦笑した。


「ソレ解ってるのに行くの? 死ぬよ」


 まあ、何もしなくても死ぬだろうけど──ディスカードは平然と、心無い言葉を吐く。

 しかし、ルカは柔らかい表情で、「それなら行動したほうがいいですね」と答えるだけだった。

 力いっぱい拳を握って、冷めた顔で怒りを隠せていないのは、その後ろのジゼルだ。

 キッカは心の中で、彼女が手加減なく次兄を殴り飛ばしてくれるよう応援した。


「てゆーか、よく考えたらキミら邪魔じゃない? ルカくんってサ、魔物に狙われてるワケでしょ? 一緒にいたらボクらまで警戒されちゃうじゃん。しばらく教会には近づかないでくんない?」

「随分と、勝手な話ですね」


 ジゼルが言う。

 その通りである。人の金で上等な馬車に乗っておいて、邪魔もなにもないだろう。


「というか、貴方がたこそ教会に入れるんです?」

「……? それはどういう──」


 ディスカードが怪訝な顔をする。

 対してルカは、「そういえば、そうだね」と困った顔をした。


「ディスカードさん、教会は昨日お話した通り、排他的です。他国の人間がおいそれと入ることは敵わない場所なんですが……あの、忍び込むつもりですか?」

「あ〜…侵入経路は考えてなかったな……」


 ディスカードほどの魔術師なら、忍びこめないことはないだろうが。

 魔物の規模が判らない以上、後が面倒である。


「……金で解決出来ないの?」


 案の定、ディスカードは忍び込むことに難色を示した。


「末端に握らせて手引してもらうことは出来るかもしれませんが、それでは忍び込むのと代わりないかと……」

「ん"〜…」


 ディスカードが唸る。


(諦めろ! 諦めろ!)


 キッカは心の中で声援を送ったが、他国の人間が入れないと言っても、家名を出して交渉すればなんとかなる可能性はある。

 ハイネンヴァルトの家名にどれだけ価値があるかは、ロクに家の話に参加してこなかったキッカより、ディスカードのほうが詳しいだろう。


 ただ、キッカの感情を抜きにしても、それはオススメ出来ない手段だった。

 これだけのことをやる魔族なら、こちらの素性が知れるのは避けたいし、今回は乗り込む場所が場所である。

 ハイネンヴァルトの名が関われば、最悪、国際問題に発展しかねない。


「うーん……どうしようねえ」


 ディスカードも家名を利用するのは避けたいのだろう。結論は出なかった。

 ここまで来ると、忍び込むのが一番マシな手段に思えてくるが。それをやるならキッカは家に告げ口するつもりであった。父親なら止められるかもしれない。


「……ルカ様。ここは一つ、ツテを貸してあげては?」

「えっ」


 ジゼルの言葉に、ルカが隣で驚きの声を上げる。

 その目の前にいるキッカとディスカードも、予想外の提案に目を丸くした。


「えーとぉ……ジゼルさ〜ん? どういう風の吹き回しかな」

「いえ、あなたが己から巻き込まれにいくというのなら、活用したほうが有用かと」

「ああ……なーるほど」


 ディスカードから納得の声が上がる。

 ルカも一拍遅れて、咎めるような視線をジゼルに投げた。


「ジゼルさん、それは……」

「いいではありませんか。強制しているわけではないのです。お互い利用し合ったほうが建設的でしょう?」

「ボクはいいよ。条件は?」

「そうですね。魔物の規模と……先ほどルカ様が言っていた、《教会に魔物がいる証拠》あたりが妥当かと」

「証拠集めてどうすんの?」


 これに対しては、ルカが答えた。


「あなたに、この件に関わる理由があるように、こちらにも色々あるんです」


 いっそ清々しいくらい、はぐらかされた。

 ディスカードもその目的を明確にしていない以上、そう答えられても仕方がないだろう。


「……オーケイ。じゃあこっちはキミのツテに対して、魔物の規模と現状を持ち帰ることを約束しよう」


 でも──、ディスカードが続ける。


「証拠は、それを何に使うのか教えてくれてからだ。これは後払いでいい。証拠を無事持ち帰れたら、話してもらおっか」

「……何故知りたいのです?」

「興味」


 ジゼルが鼻に皺を寄せた。

 しかし、ルカは少し考えたあと、素直に頷き、「わかりました。それが可能なら、願ってもない提案ですが……無理はなさらないでくださいね」とこちらの身を案じた。


(…………なんか、行くことに決まってしまった)


 話がまとまった彼等は、ルカの穴の空いた地図を広げ、頭を突き合わせて今後の動きを話し始めている。

 ルカの地図は、ディスカードの持っているような安価な大陸の地図と違い、サーリヤの詳細な地図であった。

 流石に王都は空白が目立つが、それ以外は珍しいほど詳細に描かれている。国防の面で地図は情報の宝庫であり、ここまでのものを入手するのは、一般人には難しいことだろう。

 ──そんな貴重な地図に、ディスカードは昨晩、躊躇なく万年筆(ペンデュラム)を放ったわけだが。

 おかげで教会の部分だけ、ぽっかり向こうが見えていた。


「僕の素性がどれだけ相手に知れているかわかりません。なので僕自身の紹介ではなく、ツテを頼ります。まず、王都に降りたらこちらへ向かいましょう」


 ルカが次々指さして、それをディスカードが熱心に覗き込んでいる。

 レックスも、みんなの頭一つ上から、地図をジッと見つめていた。こちらは相槌など打たないので、聞いてるか聞いてないのかよくわからないが。



「…………いきたくない」


 キッカは、ぼそりと呟いた。

 それが耳に入ったのか、レックスがこちらを振り返る。


「行きたくないッ!!」


 とうとうキッカは叫んだ。

 ルカとジゼルは驚いたのか目を丸くして、ディスカードはうんざりした顔でこめかみを押さえた。


「煩いなぁ。こんな狭いとこで騒がないでよ」

「や"ーっ!」

「ちょ、まじ暴れないで」

「い"ーーっ!!」

「人語を喋れ」


 ディスカードがチラと焦りの色を覗かせた。ルカの「やはりさっきの話はなかったことに……」と言い出しかねない表情が見えたのだろう。この調子で御者に突進でもすればこの馬車はサーリヤに行かずに済むのではないだろうか。

 ディスカードはキッカの胴に腕を引っ掛け、大人しくさせようとするが、これがなかなか矮躯に似合わず馬鹿力であった。


「ちょっとちょっとぉ〜! 別にキッカちゃんに何しろって言ってるわけじゃないじゃん!」

「たべられちゃう! キッカかわいいから! あたまからバリバリたべられちゃう!」

「どういう理屈? 魔物はともかく、好んで人を喰う魔族はいないよ…………そんなには」


 言葉尻が小さくなった。確かに少ない。少ないが、いるわけだ。そして好まなくとも悪意から人を喰う魔族はごまんといた。

 キッカは頭上の顔をしばし睨めつけた。

 ディスカードも睨み返していたが、その硬直が暫く続けば、やがて諦めたのか、「そこまで言うならルカくんたちと留守番してれば」と、大きな溜息を残して腕を放した。


「るすばん……?」

「うん。別に、キッカちゃんが着いてこなきゃいけない理由もないし」

「…………」


 それが一番穏当そうか。

 ディスカードはキッカの言葉じゃ己の意思を曲げないだろうし、逆も然りである。

 アウティングへの不安は残るが、ここら辺が互いの妥協点だろう。



「……わかりましたわ!」



 キッカが納得したので、馬車の上では再び今後の動きについて話が再開された。

 キッカは意図して耳を閉じる。

 己が巻き込まれなければ、別にディスカードが何をしようと、どうでもいいのだ。

 

 ──そうだ。せっかく王都に来たのなら、カワイイお洋服や、オシャレな食べ物なんかもあるだろう。いい機会だし、もう二度と来るつもりのない国だ。アメリアへのお土産に買っていくのはどうだろう。そうと決まれば急いで観光しなくては。ルカやジゼルはこの国の人間らしいから、そういった場所に詳しいだろうか? どうせ二人のことだ。数刻で戻るだろうし──





 そう、思っていたのだが。





「……戻ってきませんね」

「そうですね」


 心配そうにする二人の様子を──実際、心配そうなのはルカだけで、ジゼルの表情は無だが──カウンターの背の高い椅子に座って、キッカは足をぶらつかせながら聞いていた。


 二人を付き合わせて、一通り観光を済ませて、待ち合わせ場所に戻ってもう、かなり経つ。

 しかし、約束の時間になっても、兄たちは戻ってこない。


「半日は経ちますが……」

「あれだけ大言壮語を吐いておいて、まさか死んでしまったのでしょうか」

「ジゼルさん」

「あっ……」


 ジゼルが気遣わしげな表情(かお)でこちらを見た。

 彼女はキッカの兄を嫌っているが、キッカに対してはわりと優しかった。おそらくカワイイからだと思う。


「えーと……きっと無事です、よ?」


 ハテナがついた。正直な人だ。キッカは黙って笑顔を返した。

 実際気にしていないし、気を遣ってもらう必要もない。

 真正面から戦いに行ったならまだしも、潜入で次兄が下手をうつとは思えなかった。レックスも、直接戦っているところを見たわけではないが、先日の身のこなしからして、けっこう強いだろう。

 ついでに、ディスカードに関しては、流石に死んでいいとは思わないが、それなりに痛い目を見てもらって構わないというのがキッカの気持ちだった。



「……僕が行きましょう」

「…………へぇ?」


 ルカが椅子を引く。

 キッカは気の抜けた声を上げた。何の話かわからなかったからだ。

 補足するように、ルカは続けた。


「お兄さんは自分のためだと言ってましたが、僕が巻き込んでしまったのは確かですから」


 ──ジゼルさんは、彼女とここで待っていてください。

 ルカは大した葛藤も見せず、席を立ち、今にも店を出ようとしている。

 キッカは目を瞬かせた。──まさか、二人を探しに行くつもりなのか?

 だとしたら、キッカには理解し難い行動だ。

 誰より狙われている人間が何故、大して関係もない次兄たちのため、敵の根城へ乗り込むのだろうか。

 死にたがっている意外に理由が思いつかないが。


「あ、キッカ……ルカくんが行っても、どうにもならないと思うけどぉ……」


 キッカは何も考えず、思ったまま口にしていた。

 ルカは言葉に詰まる。


 ディスカードの煽るような口調は常々腹が立つが、言葉自体は間違ったことを言っていない。

 策もなしに飛び込めば、ルカは死ぬだろう。

 彼が教会へ行ったところで、二人の助けになるとも思えないし、二人が助けを必要としているとも思えなかった。

 ルカも、レックスが魔物を蹴散らすところを目の当たりにした筈だ。そのことは十分解っているだろう。


「でも──」

「いけません」


 案の定、ジゼルから静止がかかった。


「キッカさんの言う通り、あの二人に何かあったとして、今の貴方にどうかする力はありません」

「それでも……僕は、責任は取らなくちゃいけない。大丈夫。何回も行ってる教会だ。今日だって、問題なく潜りこめると思う」

「いいえ。駄目です。貴方がいなくては全て意味はありません。それなら、わたくしのほうが内部に詳しいのですから──」


 会話は平行線で、このまま行くと、二人して店を飛び出して行きそうな勢いだった。

 キッカは胸焼けのしそうな甘い飲み物を一口嚥下しながら、その様子を仰ぎ見る。

 そして、素朴な疑問を口にした。


「ルカくん、死にたいの?」


 キッカの見たところ、今二人の周りに魔術の気配はないが、魔族相手ならそれで安心はできない。

 そもそも彼等の魔術は、人間の使うものとは根底から仕組みが違う。従来の方法で全て看破出来るわけないのだ。

 キッカやディスカードの気づいていないだけで、追跡がつけられている可能性は十分にある。

 それなら、教会にノコノコ入り込んだルカは、魔族にとって鴨が葱背負って来たようなものだろう。

 町中でだって襲われないとは限らないが、魔族が人の国に潜んでいて、これからもそうするつもりなら、人目の多い場所で事は起こさないだろう。教会よりよほど安全だ。


 それでも尚行きたいというなら、キッカに、止めるつもりはなかったが。

 でも、ルカは何か目的があって、証拠集めを望んだ筈だ。

 それはもう、いいのだろうか? そう思ったのだ。


「それは……」


 ルカが言い淀んだ。

 ジゼルはそれを見て、ハッキリと「わたくしは許しません」と言い切った。


「……でも、キッカさんは、お兄さんが心配じゃないんですか?」


 ルカの双眸がキッカを見る。こちらを案じている様子だった。

 なるほど。ルカは兄たちでなく、キッカのことを心配して、ディスカードを探しに行くと言い出したのかもしれない。カワイイキッカが落ち込んでいればそりゃあ何かしてあげたくなるだろう。とはいえ別に、キッカはあんまり心配していなかった。

 ──いや。待て。


(これは、心配すべきか……?)


 そのまま「大丈夫」と口に出そうとして、ハタと口を噤んだ。

 か弱いお姫様ってのは、兄が魔物の棲家に乗り込んでもドンとかまえているものだろうか? だいたい心優しく色々心配している気がする。本で読んだ。


「お、と、とぉ〜っても心配ですわぁ……!」


 キッカは身を乗り出して答えた。


「それなら、やっぱり僕が教会に……」


 これに関しては、解決策が見えた気がする。

 キッカが寂しがっていると思って、ルカが気を揉んでいるのなら……


「キッカが行きますわ!」

「えっ!?」

「キッカ、カワイイから、まものもコウゲキしてこないですわぁ」

「さっきと言ってることが違う……」


「……いえ、」

 ジゼルがふむ、と声を上げた。

「いい考えです」


 ルカが困った顔でそちらを見た。


「そうでしょう。狙われているアナタが側にいるより、キッカさん一人のほうがよほど安全ではないですか? 魔族が人に擬態しているというなら、キッカさんは最も狙われにくい人種では?」

「それはどういう……」

「放っておいても害がありませんので」


 わざわざ手を下そうとしないでしょう。邪魔な貴方と違って、

 ジゼルは淡々と答える。

 その通りである。キッカのようにカワイく無害な生き物を、目的があって害そうとする魔族はいまい。これが森の中で出会ったのなら暇潰しや手慰みに殺されることもあろうが。どうも、教会は全てが魔族に乗っ取られているわけではなさそうだし、無駄な死体は出さない筈だ。


「でも、本当に一人で大丈夫ですか……?」

「ちょっとおさんぽしてくるだけですものぉ〜」


 キッカは、二人の護衛をする気はなかった。

 キッカは守られる側であって、守る側ではない。

 しかし、流石に目の前で襲われるのを見殺しに出来るかと言われれば、それは寝覚めが悪かった。

 だから寧ろ、一人がいい。

 一人でなら、教会でも、森の中でも、毒の沼地だって、


 キッカにとって、散歩することは難しくないのだから。




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