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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 前編】
31/74

砂中偶語4




 女は黙々と包帯を巻いていく。

 部屋は静かで、衣擦れの音がいやに響いた。

 やがて、鋏がパチンと音を立てる。それ合図にするように、少年は椅子の上で深々と腰を折った。


「あらためて……ありがとうございました」


 赤茶色の旋毛が喋る。

 怪我は幸いにも軽い打撲や擦り傷程度で、大事はないとのことだった。

 こちらに深く頭を下げたあと、「ごめん」と、少年は控えめに顔を上げた。

 その謝罪はキッカたちでなく、斜め後ろに控える女に向けられていた。

 彼女は、彼と目が合うなり、思いきり顔を顰めた。


「人目の少ない場所に行きませんよう、散々言いましたが」

「はい……」


 以前から、上下関係がどうも知れない二人だ。

 立ち振る舞いは少年の方が目上のように見えるが、こういうやりとりを見ると、尻に敷かれる亭主のようにも見える。

 キッカがそんな二人をぼんやり眺めていると、場違いに明るい声が沈黙を割いた。


「それにしても、偶然も二度目になると縁を感じちゃうよねえ〜」


 視線が、自然と声の主に集まった。

 しかし、そんな注目ものともせず、男は行儀悪く椅子の背凭れを跨ぐ形で逆向きに腰掛け、背凭れの上に乗せた両手に、ペタリと顎をつけた。


「──んで? ルカくんてばいったい何をやらかしたのかな?」


 ディスカードの目は好奇心に輝いている。

 キッカは内心、「これだから魔術師は」と、呆れながら窓の外に目をやった。


 昼間の活気は鳴りを潜め、街は暗い穴の中に佇むように、影を落としている。

 もうすぐ陽が落ちる。





#





 ほんの数刻前、ルカに覆い被さった男たちは、呆気なくレックスに蹴散らされた。

 喉のすぐそこのところまで可愛らしい悲鳴を用意していたキッカは、そんな隙もなかったのを、ちょっと残念に思った。


(でも、間に合わなかったらそれはそれで、どう誤魔化すか困るし)


 キッカはそう考え、己を納得させる。

 何も怪我をしたいわけではないので、か弱くあることはなかなかに大変なことだと、しみじみ思い知った。ナイフを叩き飛ばすだけでも言い訳が必要なのだ。世の御令嬢の苦労が知れる。


 それでも、結果として今回、キッカは上機嫌だった。

 だって、物語のお姫様のように、レックスに助けられたのだ。まるで本物の王子様のようだった。

 まあ物語にしては、剣も使わず、徒手空拳で殴り飛ばすのは珍しいことだろうが。


(……いやしかし、それにしても素晴らしい反応速度だった)


 レックスは、眼の前で聞いていた連中より、後ろから追いかけてきたディスカードより、誰よりも早くキッカの元に辿り着いたのだ。

 そもそも咄嗟にディスカードを呼んだのが、キッカの判断ミスであるが。反応速度うんぬん以前に、妹が助けを求めたところで、颯爽と助けに走る次兄ではない。


 ……と、そんなこんなで男たちは楽に撃退したものの、地面に引き倒され、呆然としている少年をそのままにしておくわけにもいかず。

 ディスカードが肩を貸して、彼をここまで運んできたのだ。

 珍しいこともあるものだと、キッカは意外に思っていたが、意外でもなんでもなかった。

 やはり、ディスカードの行動は、純粋な人助けではなかったらしい。



「なんで、とは?」

「そのまんまだけど。ルカくん、何したわけ? 隣国で内乱が起こって、テロリストが頻繁に行き来してる、今この場所でさぁ」

「……それと、僕が襲われたこと、なんの関係があるんですか?」


「──ああ、さっきのって、《サーリヤ》のテロリストだったのかな?」


 レックスがふと、呑気な声で首を傾げた。

 キッカは室内に視線を戻す。

 《内乱》《サーリヤ王国》──どれもつい最近、聞いた言葉だ。


「ん〜…どうだろうねえ」


 レックスの問いに、ディスカードは微妙な反応を返した。


「ルカくんはどう思う?」

「もしかしたら、そうかもしれませんね」

「ふ〜ん……じゃあ、なんでキミが襲われたんだと思う?」

「……僕の身に着けている装飾品が、結構値の張るものですから。それを目当てに襲われたのでは?」

「ほんとにィ?」


 ディスカードの口角が、弓形(ゆみなり)に吊り上がった。


「……何が言いたいんでしょう」


 ルカが問う。

 彼は至って平静だ。こんな調子で質問されたら、キッカなら横っ面を張ってしまいそうになるが。ディスカードの無礼千万な態度に、よく耐えている。

 初見では、人が良く、気の弱そうな印象があったが。見上げた忍耐力の持ち主だ。

 それより、後ろの女性の眉間の皺がすごい。


「そんなに警戒しなくてもいいよォ。ただの好奇心。なんなら別に、キミがテロリストでも構わないんだけど、」

「お言葉ですが、この方は──」「ジゼルさん」


 ルカが、我慢ならなくなったジゼルの言葉を、遮って止めた。

 乗り出しかけた身体を片手で押さえられたジゼルは、ルカに視線をやり、苦々しい表情(かお)で一歩退がる。

 そんな二人を、ディスカードは、口許に笑みを貼り付けたまま見上げていた。

 ──わざとだ、この男。


「仮に、テロリストならどうするんでしょうか」

「しつこいな。言ったじゃん。構わないよ、ほんとに気になってるだけ。

 あ、ロイくんは?」

「俺?」


 突然、水を向けられて、レックスは困ったように自分を指さした。


「ぇえ……? ……そうだな。俺は別に、どうでもいいけど」

「だそうだよ。良かったね」


 一番おっかない人が気にしないって言ってるんだから!

 ディスカードがそう言うのを、レックスはまるで意に返さず、壁に寄りかかって目を閉じた。

 眠いのか、ただ単に、興味がないのか。

 ディスカードの言動になんの苦言も呈さないあたり、よほど慣れていると見える。

 そういえば、レックスは何故ディスカードの友達なんてやっているのだろうか。弱みでも握られているのか? 彼ほど強ければ、どうにかすれば次兄を力でもって黙らせられそうなものだが。


「まあでも、テロリストにしては……」


 キッカがとりとめもないことを考えていると、ディスカードの鼻にかけた笑いが、耳を打った。

 彼は爪先から頭の天辺まで、ルカの姿を眺めて、首を傾ける。


「ずいぶん、金のかかった人間だ」

「……そうですね」


 ルカは、素直に頷いた。

 金持ちはこちらも同じだろうに。

 しかし、確かになんというか、お互い服装は地味なものなのだが、彼は身形ではなく所作の節々から上流階級(アッパークラス)の匂いがする。

 ──それに比べ、ディスカードはなんでこんなに俗っぽいんだろう。

 キッカは己を棚に上げ、首を捻った。


「僕なんて、ただの金持ちの道楽息子です。おおかた、さっきの奴等も金銭目当てで──」

「だから、それはないでしょ」


 腹立たしいことに、それに関しては、キッカも同じ考えである。



「だってあれ、人間じゃないもん」



 ──部屋の中が、水を打ったように静まり返った。

 キッカとディスカード以外の三人は、皆少なからず、驚いた様子であった。

 それを見たディスカードが、「あ、それは知らなかったんだ」と、のんびり首を振る。


 次兄が何をもって判断したか知らないが、キッカの場合、大抵の魔物は、魔力の感じで判別がつく。

 さすがに魔力まで人間に擬態する能のある魔物だと、難しいが。しかし、魔族でも、そこまでする奴は殆ど居ない。

 ──単純に、策を弄するより、力で押し潰したほうが早いからだ。

 今代では様子が違うのかも知れないが。数百年前まで、魔物にとって、人間は力だけで容易く屠れる脆い生き物であった。


 ただ、それだと一つ解せないのが、魔物は基本、金銭目当てで人を襲ったりしないということだ。

 光り物に目が無いような特性を持っているならまだしも、そもそも魔物は、人間と金銭のやり取りなんぞしない。

 この場合、考えられる可能性を挙げるとすれば……


「おおかた、有力な魔族の眷属とかかな?」


 ディスカードの声は、随分弾んでいた。


 ──その通りだ。

 先ほどの魔物は、一見してあまり知能が高そうではなかった。レックスが規格外に強いのもあるが、それにしてもおそらく、大した魔物ではないだろう。

 それが徒党を組んで、一つの目的に向かって行動しているとなれば可能性は一つ。

 傀儡子(コッペリウス)がいる。


「……ご愁傷様だねえ」


 ディスカードは、苦笑交じりに肩を竦めた。

 確かに、そう言うしかない状況だが、めちゃくちゃ他人事である。

 魔物の少ない現代で、ルカに実感はないかもしれないが、この推測が間違っていなければ、彼は、本来欲のままに生きる魔物に、徒党を組ませ、従わせることの出来る魔族に狙われているということになる。

 ゾッとしない話だ。

 元来力のある魔族が、更に奸計を企ててくるなんて、シュンの時でも相手にしたくない。


「アレが……本当に?」


 ルカはまだ、半信半疑のようだった。

 もしくは、信じたくないのかもしれない。無理もない話だ。


「うんまあ、おそらくね。ロイくんはどうだった?」

「うーん……俺はそういうのに敏感な方じゃないから」


 レックスはそう言って、窓の外に目をやる。

 まるで、そこに魔物の気配を感じられるか、確かめるかのように。


「──けど、魔物なら、始末しておけばよかった」


 背筋がゾワリと粟立つ。

 猫のように飛び退いてしまわぬよう、キッカは思わず、自身の肩を両手で押さえつけた。

 すると、窓際のレックスが、「寒い?」と問いかけてきた。キッカが曖昧に笑っていると、気を遣って、部屋の薄い膝掛けを渡してくれる。


(……優しい)


 レックスは優しい、とキッカは思う。

 けど、窓の傍に居たおかげで、彼の瞳に映った底冷えのするような殺気を、もろに見てしまった。

 この()には覚えがある。


(……魔族嫌いの過激派が、こんな感じだった)


 レックスのそれは、昔見たものほど酷くはないが。

 魔物の少ないこの時代に、どんな因縁があるというのだろうか。

 

「そりゃ困るね」


 キッカが鳥肌の立った腕を擦っていると、ディスカードがレックスに、悪戯めいた視線を投げかけた。


「奴らには、生きて御主人様のところに戻ってもらわなきゃ」

「……キミ、」


 レックスが瞠目する。

 そうして一瞬間を空けて、彼の口から深い溜め息がこぼれた。


「……何か、したんだね」


 一言だけで、レックスには意図が通じたようだった。

 斯くいうキッカも、次兄のことは知らないが、魔術師のことならよく知っている。

 (おおよ)そのアタリはつく。


「さぁて、ルカくん」


 道化のように舞台がかった仕草で、ディスカードは身を乗り出し、グッと口角を上げた。


「本当に、心当たりはないのかな?」

 ──ちょっと話をしてくれるだけで、ボクみたいな優しい魔術師は、キミの現況を打破する取っ掛かりくらいは作ってあげられるんだけど、

「……探知魔術(ペンデュラム)ですか?」

「なんだ。知識はあるんだね」


 まあ金持ちなら知ってておかしくないか、とディスカードは笑う。

 魔物の根城を交渉材料にするディスカードに、実質ルカは選択肢がない。

 彼が襲われたのが無差別でないのなら、元を叩かぬ限り、彼に安寧はないのだ。

 交渉とは形だけの、脅迫であった。


「……何故、そこまでして」

「好奇心、って言ったけど。てゆーか、理由なんてあってもなくても、結果は変わらないんじゃない?」


 ディスカードが鼻で嗤った。

 ルカは、グッと拳を握る。

 気持ちはわかるが、正直、キッカはもう慣れていた。

 魔術師は何であれ、知的好奇心を刺激するようなネタを好む。それさえ満たしていれば、ネタの傾向はわりとどうでもいいらしい。

 例えそれが、人の命の懸かったものだとしても。

 魔術師(かれら)は、そういう生き物だ。

 

 ルカはしばらく床を見つめていたが、やがて、口を開いた。


「……こうして助けられた以上、あなた方を巻き込んでしまったのは事実。確かに、事情を語らないのは不義理でしょう」


 ただ、僕は何も、あなた方を怪しんで口を噤んでいただけではありません。

 ルカは諦念の滲んだ表情(かお)で、そうぼやいた。


「それでも、聞きますか?」

「優しすぎて涙が出るねえ。安心してよ、かかる火の粉を払うくらいの力はあるから」

「俺も問題ないよ」

「……キッカさんは?」


 ルカの言葉と同時に、四対の眸がこちらを見下ろす。

 キッカは、それをジッと見返した。

 ルカの配慮した通り、キッカは物騒な話に関わりたくない。常ならば、話を聴くことすら避けただろう。

 しかし──


(サーリヤ……サーリヤかぁ)


 その名が耳に馴染んだ国でなければ、実際、そうしていた。


「……キッカ、よくわかんなぁい!」


 キッカはふい、と彼等の視線から逃れ、部屋の隅で荷物を検め出した。

 勝手にやってくれという態度である。

 同行者の二人は、互いに目を合わせると肩を竦め、またルカの方に視線を戻した。


「ひと月ほど、前のことになります──」


 部屋の中にルカの声が滔々と響く。

 キッカはそちらに見向きもせずに、荷物から取り出したキャンデーを口に入れた。

 ホリデーから学園に戻るとき、母が持たせてくれたモノだ。


 そうして、耳だけルカたちの方へ傾けた。





#





 ──ルカはその日、慈善事業(ボランティア)の集団に紛れて、教会を訪れていた。

 サーリヤには多く教会があるが、そこは王都にほど近く、国の中でも五指に入る大教会だ。

 少年一人紛れ込んだところで、少しの間ならバレないという寸法である。


「初っ端から悪いことしてるじゃん! そもそも何しに忍び込んだのさ」

「サーリヤの教会は、多くが孤児院の機能を有しています。そちらに用がありまして」


 最近、孤児が増えていると耳にしたものですから。

 ルカが苦笑混じりに続ける。


 サーリヤに教会が多いのは、環境が豊かで無い反動か、国民が信心深いのが一つ。

 そしてもう一つが、孤児院という、国に利のある機能を持つためであった。

 貧民窟(スラム)の生成を阻むため、教会は国家公認の下、行く宛のない人々を収容する機関となっている。

 国の浄化施策の一環だ。

 実際長らく、貧民の受け皿として、教会はよく機能していた。環境のわりに、サーリヤに荒れた街が少ないのもその証だ。

 それに加えて昨今、サーリヤには魔物の被害が急増している。

 身寄りを失くした子供が増え、教会の需要は日に日に増していた。


「ただ、大きな教会ですから。孤児院は奥まったところにありますし、迷子になってしまって……」


 規模だけで言うなら更に上もあるが、歴史で言うなら、そこは国で最も古い。記録が確かなら、建国の折に建てられた、女神を祀る教会だとか。

 古いせいか、どうも雑然とした建築で、中は迷宮のように入り組んでいる。

 閉鎖的なきらいもあり、教会内の簡単な案内図すら発行されていなかった。


「それで、入ってはいけないところに入ったり?」

「いえ、親切な男の子が案内してくれたんです」

「ふーん……しっかし厄介な組み合わせだねえ。本来対極にあってしかるべきモノじゃない」


 話の始まりが始まりである。教会と魔物。最終的にはそこに何らかの繋がりが出来るのだろう。


「仰るとおりです。政治を熟すのは王と貴族ですが、サーリヤで、教会はそれにほど近い力と財を持ちます。市政の意見を集め、王たちに進言する役割もありますから。市民の支持は高く、謂わば、民衆と権力者の橋渡し役ですね」

「ですね、って……」


 ディスカードも流石に頬を引き攣らせた。

 キッカにはあまり馴染みのない話だが、つい最近、宗教というのが、人によってはかなり重要な位置を占めると聞いたばかりだ。

 聞くに、サーリヤは国ぐるみでそんな感じなのだろう。

 だとすれば、内乱どころの話ではない。

 ルカは平然と話しているか、場合によっては国家存亡の危機である。魔物の目的が何か知らないが、タダですまないのは確かだろう。


 ルカは話を続けた。


「話を戻しますが……少年は孤児の一人でした。最近の魔物の被害で、教会に来る羽目になった子供達の一人。ただ、それにしては、もう教会内の道を知り尽くしているような変わった子で、」


 探検好きで、随分物覚えのいい子でした。

 ルカがその姿を思い出すように微笑を浮かべる。彼が少年と呼ぶということは、まだだいぶ幼い子供だろう。ルカだって、ディスカードと同じか、もう少し歳下の筈だ。


「彼はとても人懐こくて……その日は、可愛い友達ができたなって、それだけでした」


 ルカが含みのある言い方で、言葉を締める。


 ──おかしくなったのは、後日また、同じ教会を訪れた時の話です。



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