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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 前編】
28/74

砂中偶語1





 二学期(セカンド・ターム)早々、最悪の知らせがキッカを襲った。


 受け持ちの教師との面談が終わったのがつい先程のこと。

 二学期の大きな行事(イベント)を境に、学生は取得する科目を切り替えることが出来る。それに合わせて、取得科目の相談を兼ねた教師との面談が設けられているのだ。

 上級生になると、ここまで頻繁な面談はないそうだが、一、二年の内は自分に何が出来るのか、何をしたいのか、まだ把握できていない子供が多いことからそういう仕組みになっているらしい。


 まあそれはいいのだが。キッカの問題はそこで、「このままじゃ進級できませんね。というか進級する気ある?」という話を、時間をかけて丁寧に伝えられたことである。進級する気はあるよ。

 己を優秀とまではあんまり思っていなかったが──キッカの一番の長所は可愛さなので──そこまで出来が悪いとも思っていなかったため、青天の霹靂であった。

 三学期をまるまる残してはいるが、進級の可否は全学期の総合評価で決まる。今の成績は、何らかの方法で大きく挽回しない限り、足を引っ張り続けるのだ。


(まあスポーツ・デイも不参加扱いだったしな)


 参加扱いにされても困るのだが。成績不振とスポーツ・デイでのアレコレを知られること、どちらか選べと言われたら、迷うことなく前者を選ぶ。

 でもそれは、あくまで優先順位の話だ。

 憧れの学園生活を、瑕疵なく過ごしたいと思っているのは本心であり、留年はちゃんと嫌だった。淑女は留年しないだろう。たぶん。



「アナタ向いてないんじゃなくって?」


 居丈高な少女が、片手で摘み上げたキッカの成績表を指で弾いた。



 人も疎らな昼休み、ふわふわ輝く金色の髪と、真っ直ぐ切り揃えられた銀髪が、教室の真ん中で人目を引いていた。

 片や日頃から成績優秀、人の中心に立つ生徒であり、片やその家柄に似合わぬ奇矯な言動で、悪評の耐えぬ生徒であるが。

 どちらも、名が知れているという点では似通っている──

 楔石(スフェーン)の瞳と留紺(ミッドナイトブルー)の瞳を持つ二人は、タイプは違うがどちらも整った容貌をしているため、同科生(クラスメイト)は珍しい組み合わせだと遠巻きにしながらも、チラチラ視線を送らずにはいられなかった。

 何故なら、並ぶといっそう対照的で、そこだけ額縁の中を切り取ったかのような二人なのである。

 喋っている内容さえ聞こえなければ、そう。まさに《絵になる》のだ。


「そんなぁ……」


 眉を八の字にしてしょぼくれるキッカに、「今期からは選択科目を変えることをオススメしますわ」と、彼女は容赦なく言い放った。


 そんなわけでまだ寒さの堪える昼休みのこと。キッカのそばには珍しくアメリアの姿があった。

 というのも、キッカがずっと渡すタイミングを見計らっていた手土産が、やっとアメリアの手に渡ったのだ。

 《ヴィオレ・クリスタリゼ》──それは貴族御用達の嗜好品らしく、見たまんま言ってしまえば砂糖に漬けた花である。

 アメリアはそれをいたく気に入ったようで、「あなたのことは好きになれませんけど、厚意には厚意で返すのがマナーですわ。相談に乗ってさしあげましょう」と、わりあい機嫌良く、キッカの話を聞いてくれたのだ。

 ちなみに、店主の勧めと見た目可愛いさで買ったものの、キッカは口に入れた瞬間「ヴァ」となったので全て母にあげた。

 母は喜んでいたので、好みの問題なのだろう。


「でもキッカ、淑女教育(フィニッシング・スクール)の科目とりたい」

「百歩譲って志しは認めますけれど、《文学》《音楽》《芸術》は壊滅的、《マナー》《プロトコール》《社交術》も正直微妙……あら。基本科目の筆記は悪くないんですのね。暗記モノに強いのかしら」


 アメリアが上から下まで、キッカの成績表を睨めつけるようにして言った。


「喜びなさい。アナタ、馬鹿ではないようね。単にセンスがないだけですわ」

「ありがとう……?」

「褒めてません」


 睨まれた。

 アメリアはキッカの存在が気に食わないらしい。そう感じたというより、面と向かって本人から言われたので、一応キッカも認知している。

 というかそこまで言われないとキッカは気づかない。何故なら彼女たちには殺意がないので、髪を切られた時はちょっと肝を冷やしたが、やった本人たちには「怒りっぽいのね……」とわずかに困り顔をするだけだった。まさか嫌われてるとは思っていない。だって刃物を向けたり殴りかかってくるわけでないし。フィジカルが強すぎるキッカは被害者に向いていなかった。そして被害者足り得ないキッカには、乙女心を理解するのもむつかしかった。


 まあそも「嫌い」と言われたところで、キッカは気にしていないのだが。


 これは別にアメリアがどうでもいいわけでなく。

 というのも現在、数ヶ月前の第二塔裏での出来事から、多数の女生徒が示し合わせたようにキッカを避けている。話しかけても反応しないし、集団の中で居ないものとして扱われることが増えた。

 そんな中、相も変わらず声をかけてくる唯一の女生徒がアメリアなのだ。

 アメリアは貴族の儀礼(ルール)や立ち振る舞いを人一倍気にするくせに、案外周りの目にはそんなに頓着しないお嬢様だった。本人の意志が硬いともいう。

 実際、「あなたを気に食わないのはわたくし個人の素直な感想であって、周りの評判なんて関係ありませんわ」と本人から言われてもいる。

 

 だからなんだという話だが。

 つまりどういうことかというと、キッカがアメリアの「嫌い」を気にしないのは、そもそも嫌われていると思っていないからである。


 いや本人から直接言われているし、周りの評判など関係ないという話は要約すると、「社会的な評価とか関係なく私はお前が嫌いです」という意味なのだが。

 キッカはまるで信じていなかった。

 よく話しかけてくるのは自分に好意があるからだと思っている。

 恐ろしい認知の歪みである。


 そんなわけでキッカは呑気に雑談を振った。


「そういえばアメリアちゃん、ホリデー何してたの?」

「名前で呼ばないでくださる? 特に何も。領地に居ただけですわ」

「じゃ今度の休みは一緒にあそぼうね」

「なんの【じゃあ】よ。わたくし忙しいのでアナタと遊んでいる暇ありませんの」

「次のホリデーはうちにくる? それともキッカがいく?」

「話を聞きなさい……というかうちって、」


 アメリアがたじろいだ。


「ぁ。の、それってまさか、まさかですけれどラームス様のご実家のことを仰ってますの……?」

「へ? 兄妹だもの。そりゃキッカの家はラームス──おにいさまの家でもあるしょ」


 当たり前の話にキッカは首を傾げたが、尋ねたアメリアはその答えを聞いて、何故かわなわな震えだした。


「ッそ……そんな、ご実家まで。烏滸がましいですわ……ああでも、謝罪出来る機会かしら……お手間を取らせるのも申し訳ないですし、おうちにいれば何かの折にでも……でも直接の謝罪も済んでないのに訪問するだなんて無作法な真似……」


 アメリアの口から呪文のように言葉が溢れ出す。

 断片的に聞こえる言葉を繋げてみるに、どうやらラームスに何か謝りたいらしい。

 先日の件だろうとなんとなく分かってはいるが、既に謝罪の文書が送られてきたことはラームスから聞いている。アメリアがまだ満足していないのが不思議だった。


「…………まあ、それは、検討させていただきます」

「おお……」


 初めてアメリアから前向きな返事を貰って、キッカは感動した。ラームスが関わるとちょっと挙動がおかしくなるアメリアだが、それで遊びに来てくれるなら何も問題はなかった。


「キッカはホリデー、おにいさま達とカターリナに行ってきたよ。今度はアメリアちゃんも一緒に行こうね」

「な、そっ。それはラームス様もですの……?」

「そりゃラームスおにいさまもおにいさまの一人だからね……」


 アメリアの中で、ラームスだけ何か別枠で認識されているようだ。


「他にも二人いてね。ディスカードおにいさまの友達? と、ラームスおにいさまの……友達?」

「なんで友達が疑問形ですの」

「ディスカードおにいさまと友達なのが不思議なくらい王子様みたいで穏やかでかっこいい人だったから! ……あと、ラームスおにいさまのお友達は綺麗な女の人だったし……セレニアさんていう、」


 キッカの言葉はか細く消えていった。

 よく考えてみれば、本当にただの同科生(クラスメイト)なのだろうか。それ以上に、お互い気のおけぬ仲のような、遠慮のない物言いをしていたが。

 ラームスは、騎士になることと、強くなることにしか興味がないような男だ。

 だから、もし好きになるなら……ああいう強くて、綺麗な女の人が好みなのかもしれない。

 ロウと似ているから、それこそアニスのような──以前、廊下で擦れ違った完璧なお姫様のような──人を好きになるのだろうと思っていたけれど。


「セレニアってまさかセレニア・リエーフのことですの!?」

「えっ」


 突然、アメリアが大きな声を上げるので、キッカは肩を跳ね上げた。

 アメリアも知り合いなのかと記憶を探り、「たぶん……?」とキッカが答えたことで、何故かアメリアは怒髪天を突いた。


「あらあらまあまあ! あの淑女らしからぬ野蛮な女、今度は旅行先まで押し掛けたんですの? ご家族でもないのになんて慎みのない方なんでしょう……ッ!」

「ディスカードおにいさまのお友達もいたけど」

「以前からラームス様の周りをちょろちょろと! 学年も違うのに、いったい何を考えているのかしら? あまつさえ休み時間もラームス様に付き纏い剣を奮っている始末! ラームス様の貴重な時間を! 自分の都合で!」

「それはまあ、ラームスおにいさまも鍛錬好きだから……てかよく知ってるね?」

「誇り高き侯爵家の息女にも関わらず、剣ばかり振り回して! あなたもそう思うでしょう!?」

「え!? うん!」


 突然同意を求められ、キッカは特に何も考えないまま力いっぱい同意した。

 そして、今までのやり取りを整理して、だんだん胸にこみ上げるものがあった。


(も、もしかしてわたし今、アメリアちゃんと他の人の悪口を言い合っている……!?)


 と──友達みたい……!


 キッカは感動した。

 前の生ではもっぱら言われる側で、なかなかそういうやりとりに混ざれることがなかったのだ。仲いい連中というのは、「見ろよ。化け物の首で気持ちよくなるのが大好きな野蛮人の御出ましだ」「どうしても疼いて寝れないなら俺が使ってやろうか? 腹に穴増やしてそこで銜えさせてやるよ」とキャッキャ言い合うのがお決まりだった。勿論シュンに向かってそれを言った男たちはシュンの手によってその場で額を地べたに擦り付けるはめになったが、そんな男たちの背中を踏みつけ剣の手入れをしながらシュンは、「同じ思いを口にして共感し合えるって、なんか仲いい〜って感じだよな」と思っていた。


「……わ、わたしもッ! ええと。あの、ふみこみが! あの人、踏み込みが少々浅いと思いますわ!」


 キッカも負けじと言い募る。

 記憶を掘り起こし捻り出した悪口は、スポーツ・デイでのことだった。

 彼女、型は美しいのだが、次の動きに意識を割きすぎているせいか攻撃の入りが浅い。

 こういう時は続けて「花摘みと間違えて戦場に来ちまったのかお姫様おまえの仕事は化け物退治じゃなく這いつくばって咥えることだろうが跪け」と言って仲間内で笑い合うのがお決まりのようだったが、これは大抵新兵に使われる常套句で、女性に使われるのは見たことがない。このシチェーションで正しい悪口だろうか? というか口調も淑女(レディ)っぽくない気がするのでどう伝えるのがいいだろうか、と迷っているとアメリアが首を傾げた。


「なんの話ですの?」

「? えっと……んん?」

「コホン……まあ、ここにいない人間の陰口を言うなんて卑怯な行いでしたわね。ごめんなさい。忘れてくださいまし」


 人の悪口で喜んでいるキッカと違って、アメリアの態度は潔いものだった。

 しかし彼女の罵倒なんてキッカにしてみればそよ風で、【お気持ち表明】に過ぎなくて、「そっかぁ〜それは大変だね」でしかなかった。少なくとも殴り合いに発展するようなものではないからキッカの知る罵倒とは違う。

 キッカ自身はそのコミュニケーションの中にあまり入れてもらえなかったが、己が言われていたので、どんなことを言うかは知っている。前述のアレコレである。言われたところで殴れば静かになるし動かなくなるので、あまり気にしたことはなかったが。


(この程度の言葉でもお嬢様はダメなんだ……気をつけよ)


 キッカは気合いを入れ直した。

 ダメというか続く言葉をそのまま吐いていたら異常者として今後学園で過ごすことになっていたが、キッカは迷っていたおかげで助かった。過去輪の中に入れてもらえなかったおかげで反射で口に出なかったのだ。そこはかつて彼女をハブにした仲間たちに感謝すべきである。


「ですから、今度会ったら、あなたが直接言ってきてくださいまし」

「わたし!?」


 突如謎の要求をされて、キッカは動揺した。


「わたくしの家格で、リエーフ家に意見なんて言えませんもの」


 卑屈さもなく、アメリアは堂々と言い切った。

 立場には煩いアメリアであるが、それを理由に僻んだりすることもなく、この歳の少女が持つにしては高すぎる貴族の矜持は、素直にすごいものだと思う。


「とりあえず、選択科目は変えたほうがいいわ。嫌なら《アウティング》には慎重になるべきね」

「ちなみにアメリアちゃんは」

「……父の紹介で、付き合いのある他国の貴族のところへガヴァネスもどきをやりに行くわ」

「ガヴァネス! すごい!」


 家庭教師(ガヴァネス)は、貴族の子女に人気の仕事だ。

 皆学校に通う年齢になったので、もうハイネンヴァルトの屋敷には居ないが。昔はキッカもガヴァネスにお世話になっていた。優しいお姉さんだった。


 女性の権について言及され始めた昨今でも、貴族の女が定職に就くのは難しい。

 やはり結婚する選択肢が一般的で、夫の名声がそのまま女の価値になる。

 そんな中、同じ貴族や、金持ちの商家などの家にガヴァネスとして雇われるのは、稼ぎも外聞もよく、嫁ぎ先の決まらない貴族の息女にとっては美味しい仕事だった。


「家のツテで決まったアウティングよ。別に、凄かないわ」

「いいな〜! どこ行くの?」

「話を聞きなさい……《ミスティリオン》よ」 


 よく知った名前が出てきて驚いた。

 そうか。話に聞く限りじゃ、《ミスティリオン》は治安も良いようだし、安全である。


「いいな〜」


 キッカも行くなら治安がいい──は大前提として、お洒落な都市が良かった。

 ハイネンヴァルトも母の尽力があってか、国の最北にありながら決して王都に遅れているわけではない。

 しかし、力でのし上がってきた経緯があるためか、服飾や都市の景観はやや無骨だった。

 《ミスティリオン》をきちんと訪ねたことはないが、綺麗な国だと聞いている。一度行ってみたかった。友達のアメリアと一緒なら尚更だ。


「キッカも一緒行きたい!」

「《フロレンス(うち)》に頼られても無理よ。アナタ《ハイネンヴァルト》でしょう? 家のツテなら幾らでもあるはずじゃないの」

「それが……」


 母は実家と疎遠なのか、お家の繋がりのことはまったく話さないし、父に聞こうものならズラリと騎士団の名前を並べられそうだ。

 それを言うと、アメリアはううん、と悩ましい声を上げた。


「アナタの家は……そうね。確かに」

「キッカ、どこ行ったら進級出来るかなぁ」

「進級できるかどうかはわからないけれど、失敗を避けるなら地味な事務作業のほうがいいんじゃないかしら。あなた、センスを問われる仕事は向いてないんだから。あと、なるべく考える仕事も避けたほうがいいわね」

「そんなのかわいくないよぉ……」

「学校を辞めたいのなら好きにしたらいいわ。わたくし、まったく構いませんもの」


 寧ろせいせいしますわ、と成績表を突っ返されて、キッカは情けない声で唸った。



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