珪砂の剣4
──《三つ首の大狼》
それがカターリナ帝国の紋章だ。
狼を紋章に使う国は当時珍しかった。古くから、神性より死や恐怖の象徴として描かれることが多いからだ。
端的に言えば上品ではない。
しかし、それでよかった。あれは不屈の象徴。一つ首を落とせば他の首が噛みつき、二つ首を落とせば初めの首が再生する。どれだけ殺しても殺しきれない。そこに優しさも美しさも必要ない。
生きる。そして勝利する。
それが帝国の矜持であった。
#
「……そんな話、聞いたことない」
動揺を飲み込み、キッカが呟いた。
男は肩を竦めて、「魔王殺しの威光が永かった。それだけじゃろ」と答えた。そうして地面に転がった大きめの石を、小さな石で囲む。
「カターリナが強国だったのは、その軍事力によるとこが大きい。あちこちの国を支配下において、交易で成り立ってた。産業はそこまで強いと言えんし……それじゃ今の時勢厳しいのが一つ」
「まだあるの?」
「おん。もう一つが、軍の弱体化じゃ。別に今の軍が特別悪いとは言わんが、今代のカターリナには《一騎当千》がおらん」
一騎当千──
キッカは、口の中だけで呟いた。
つまり、それは《キリエ》のような存在のことだろう。
あんなのが何人もいてたまるかと思うが、男が言いたいのはきっと、そこまでいかなくともそれに準じた存在だ。
「今は戦力でも他の二国に後れを取ってる。《ミスティリオン》は国軍を持たない代わりに、教皇がえげつない食客を抱え込んどるって噂があるし。あと立地も良い。東の大陸との航路はあそこが握ってるからの。
《ユグエン》は考えるまでもなく、えらい有名なのがいるしなァ?」
「…………?」
「なんじゃ知らんのか」
嬢ちゃんくらいの年頃の女は、強い騎士とかに憧れあるイメージあったわ。と言われた。
なるほど確かに。恋愛小説には騎士物が多い。守ってもらうという一点に関して、これ以上の適役はないからだろう。
(《ドキ☆恋》でも、ヒロインは王子様のことを『私の騎士』って呼んでたしな……)
そりゃ本物の職業軍人がいればそれに越したことはない。
ただ、キッカがそれを読むには大きな問題があった。
よく出てくるのだ。◯◯の勇名に劣らず、とか。✕✕の再来と謳われ、とか──
(……だいたい、知った名前なんだよな)
その度水を差された気分になる。そりゃそうだ。知人の顔が浮かぶんだもの。
最悪自分の名前が出てくることもあるため、どうも食指が伸びなかった。
「……やっぱり王子様派ですわ」
「まあ嬢ちゃんの好みは置いといて、」
男は、大きな石の周りに集めた小石を雑に払いのけた。
「《ユグエン》には平和の象徴、今代の英雄、《荒くれの大鷲》──オドレんとこの騎士団長がおる」
「きしだんちょう」
「そんな感じで他国に圧されて、属国も昔に比べて減ってる。というか吸収されとるなコレ」
男は新しく大きめの石を二つ選び、その周りに払い除けた小石を寄せた。
「……でも、その一騎当千がいないだけで、国ってそう簡単に駄目になるもの? そういう存在がいる方が稀でしょう?」
「まあそうね。ただカターリナの場合、悪い条件が重なっとる。
軍事が国の柱になっとったのが一つ。
今代他の強国にそれがいてしまうことが一つ。
一騎当千が王子として生まれた……って話が一つ」
「? ダメなの」
「普通なら望むところじゃ。けど、どうも悪い方向に作用しとる」
男は石を一度散らし、大きな石だけ二つ並べた。
「今カターリナには王子が二人おる。そのせいで【他国に武の国の再興を知らしめるため、強い王を!】ってのと、【今の世に求められるは武に非ず。強き王子は軍に据え、民を導く賢明な王を頂くべきだ!】てので国が割れとる」
「それは……」
「今んとこ二人の王子に争う気配はないけど、どっちかがそん気になったら荒れるじゃろうな」
そうなったらユグエンに引っ込んどくことをオススメするわ、と男は笑った。
元よりそのつもりだ。争いの気配がある場所に近づくつもりはない。
それがかつての故国でも──今のキッカは他国の人間で、何より、守る理由はもう其処にない。
「……他には? 気をつけたほうがいい国ある?」
「傭兵から無料で情報抜こうとするその度胸は見上げたもんじゃのぉ」
「教えてくれないの?」
「……まあええけど。暇じゃし。そうじゃな……今ここらへんで一番避けたほうが良いのは《サーリヤ》か」
「……《サーリヤ王国》?」
「自国の騎士団長知らんのにそっちは知っとるんか。知識偏ってんな」
「絵本で見ましたの」
「ほーん……なるほど」
男は頷いた。覚えがあったのだろう。
ユグエンではよく見かけるから、有名な児童書だとは思っていたが。他国の人間も知っているなら、世界的に出版されているのかもしれない。もしくはただ、傭兵の知識が広いだけか。
「絵本の中の国も、そろそろ終わりかもね」
「おわり、」
「滅ぶ」
「戦争でもしてますの?」
「おん。内々でな。ここ数十年、ずっと。そう考えると今の時代、崩れるんはみんな内からじゃな」
こんな平和なのに、ようやるわ。
男が笑い混じりに言う。
「少し前まで、内戦て言っても派閥の小競り合い程度のもんやった。それがここ十年ほどで、急に立派な戦の体を整えてきた……まあ何かあったんやろね」
「……そう」
「なんじゃ。絵本に思い入れでもあったんか?」
浮かない面しとるのう、と言われて、キッカは自分の顔を擦った。
知った国だ。確かに、滅ぶと言われて何も思わないわけではない。
けど、カターリナと同じだ。
昔の言葉も、約束も。死んだ《シュン》のものであって、キッカには関係ない。
懐かしく思うだけで、それ以上のことはなかった。
「……ううん。むかし、ガヴァネスが読んでくれたから。覚えてただけ」
それより、探しものはいいんですの?
キッカは、話を逸らすように、男へ水を向けた。
サーリヤの話は、聞いたところで何をするわけでもないのだ。これ以上、聞く必要もないだろう。
男は首を傾げる。
「探しもの?」
「旅の目的はそれじゃないの?」
「……ああ!」
暫し間を空けてから、男はやっと合点がいったように頷いた。「ゆうてワシだいたいの方角しかわからんし」
「ふぅん? なにさがしてますの?」
「……ワシの子?」
「それどうやって失くしたの?」
驚きのあまり、キッカはポカンと口を開けた。
どういうことだ。家出でもされたのか。
「どっちの方向にいるかはわかるけど、近づいてるのか遠ざかってるのか、はたまたあとどのくらい距離なのか。さっぱり」
「呑気ですわね……」
聞くのも野暮だろうが、おそらく、というかほぼ確実に何らかの術を使っている口振りだ。もしくは探知魔道具の類か。
「えーと。おくさんも心配ですわねぇ……?」
「おくさん?」
「? 子供のおかあさん」
「あー…なるほど奥さん……」
──そんなん、とっくの昔に死んでるわ。
包帯の隙間から、黒黒とした片目がこちらを見下ろす。
キッカは息を呑んだ。
「えっ。何故」
「何故って」
男の目が呆れたように細められた。「普通ここは、【申し訳ないことを聞いてしまったわ……】って気まずくなるとこじゃないんか?」
……あ。そうなの?
キッカは目を泳がせた。
癖というか、習慣というか。「✕✕隊の○○が死んだってよ」「え、なんで?」と言う感じで、死因を聞くまでが一種の様式美だったというか。最終的に、「わたしたちも気をつけないとな」「対策をとらないといけないな」と仲間の死を次に繋げるのが故人への追悼でもあったので、特に考えることもなく口に出ていた。
(確かにここは戦場じゃないしな)
とりあえず淑女的には、何も聞かず悼んどくのが正解なのだろうか? でも、悼むって具体的になにを言えばいいのだ。生憎祈りには縁遠い生活をしてきた。ハイネンヴァルトもそんなに信心深い家ではないし。
朧げではあるが、追悼の言葉はなんとなく聞き覚えがあるのだが……え〜と。
「とっ。同胞の忠魂がヘルマンオルデンの墓碑銘に深く刻まれんことを……お祈り……申し上げます……?」
たぶん、己の記憶の限り最上の追悼の言葉である。間違いない。
しかし、男はキッカの顔をまじまじと見つめたあと、盛大に吹き出した。
「なんじゃあそりゃ。嬢ちゃんちは誰でもそうして死者を悼むんか? おもろいのう」
男は喉の奥でクッと笑いながら、キッカの頭をぐりぐりと押し込んだ。
傭兵ということを鑑みるに、これは撫でているつもりなのかもしれない。兵士のスキンシップってだいたいこんなのだ。しかし力加減が大味過ぎて、髪の毛がボサボサになるのでキッカはか弱く暴れた。
「淑女の祈りの言葉に対して、その反応は失礼だと思いませんの!?」
「淑女の祷文にゃ聴こえんかったからの」
もがくキッカを男が上から抑えつけた。
うーん、軍時代を思い出す……
「──何をしているんです?」
不意に落ちた硬い声に、二人は揃って振り返った。
立っていたのは、くせ毛の少年だった。どこか異国の顔立ちをしている。旅人のような装束だったが、目の前の大男のように不審な出で立ちではない。
少年は、異様に険しい表情をしていた。
「あ? なんじゃ?」
「そちらの女性と、どういったご関係ですか」
「……ワシ?」
男が自分自身を指さす。
それを見て、キッカはハッとした。
当初キッカが思ったように、男は傍目から見れば不審者にしか見えないのではないだろうか。隣にわたしのような美少女がいれば尚更だ。
男にとっては暇つぶしだったかしれないが、結果としてキッカは色々ためになることを聞けた。ご飯も貰ったし。傭兵に対して義理がある。
「あっ。あの。このおじさん、わたしが迷子になってたところに声かけてきて……」
だから誘拐犯とかじゃないんですのよ、と言おうとしたところで、大きな掌がガッと口を塞いだ。
「んぐ」
「迷子のところに、声を……?」
少年の眼差しが一層険を帯びる。
まあこの風貌ではフォローしたところで怪しまない方がおかしいだろうな。キッカもキッカで平民には見えない格好をしているし。組み合わせからして、誘拐犯と金持ちの娘でめちゃくちゃ納得のいく見た目だ。
頭の上で、男が唸りを上げた。
「嬢ちゃん、ワシに何か恨みでもあるん……?」
「いや誤解を解こうと……」
「火に薪をくべとる」
表情は窺えないが、苦々しい声だった。
そもそもそんな怪しい格好をしているのが悪いと思うが。ぼやきながらも頑なに顔を晒さないあたり、晒した方が不都合があるのかもしれない。傭兵なら、人目を憚る傷跡など、どこにあってもおかしくない。
「……迷子なら、僕が案内しましょうか?」
少年が腰を屈め、キッカと視線を合わせる。「お父さんかお母さん、どこにいるかわかります?」
幼女でも相手にしているような物言いだった。
(……確かに)
いなくなったラームスを探さなくてはと思っていたが、もしかすると先に宿に着いている可能性もある。そうじゃなくとも、他の人たちに伝えて一緒に探したほうが効率も良い。
「《狐の前足亭》ってところですわ!」
「そこならわかりますよ。送っていきます」
「え〜…嬢ちゃん。コイツが悪人じゃないって保証もないけど、大丈夫?」
「ちなみに、僕には同行者がいるのですが……」
彼は少し離れた建物の方を指した。
そこには、栗色の髪をひっつめた女性が立っていて、こちらと目が合うと、ぺこりと会釈をしてくれた。
「……少なくとも、僕は初対面の女性と二人きりになるような真似はしないと約束できますよ」
「……喧嘩ァ売りよる」
「いきますわ!」
キッカはぴょんと少年の方に飛び寄った。
目的地が分かるならそれでいい。道中襲い掛かられたところで、二人くらい問題ではないし。どちらからも、魔力の気配はない。
少年は、顔を顰めて男を一瞥したあと、「行きましょうか」とキッカを促した。
誤解させたままになってしまうが、どのみちこれきりの関係だ。男も構わないだろう。
「おじさぁ〜ん。色々ありがとぉ〜!」
キッカが手を振ると、男も肩を竦めながら小さく振り返してくれた。
結局強く引き留められることはなかった。良く言えばあっさりしているが、見ようによっちゃ冷めたものだ。口ではキッカを案ずる言葉を吐いていたが、あれは売り言葉に買い言葉だろう。悪人ではないが、人が好いわけでもない。まあ善き人は傭兵なんてやっていられない。
「おにーさんたちはなにしてるの? デート?」
「デッ!? いや……はは。そんなこと言ったら怒られちゃうよ」
「誰に怒られるんでしょう」
顔を上げると、エバーグリーンのカッチリしたワンピースを着た女性が、こちらを見下ろしていた。
デザインは地味だが、良い生地を使っているのか、暖かそうな服だ。見目も華やかさはないが整っている。農民ではないだろう。
彼女は一歩、キッカの方へ近いて立ち止まり、綺麗な最敬礼を見せた。
「はじめまして。わたくし、《ジゼル》と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「キッカですわ! よろしくですわ」
キッカは笑って応えた。ジゼルは無表情で少年の隣に戻る。
少年は、ジゼルの横に置いてあった荷物を拾って歩き出した。
「ジゼルは僕の旅の付き添い。心配だってついてきちゃったんですよ。過保護な姉みたいなものです」
「へぇ〜…」
ラームスとわたしみたいなものか。
その場合、過保護なのは妹の方だが。
言われたジゼルは、無表情から僅かに険のある表情に変わり、冷たく少年を睨みつけた。
「……私が過保護なのでなく、アナタがすぐトラブルに首を突っ込むのです」
「僕、いつも大人しいよ」
「…………」
ジゼルが「どの口が」という目で少年を見た。
キッカもこれは弁護できない。つい先程首を突っ込まれたところだ。
あの傭兵は運良く自制心のあるタイプだったが、暴力で生計を立てている人間は基本的に気の短いのが多い。少年の行動は実際リスキーだった。
「キッカさんは……大丈夫でしたか?」
「え? あ! うん。あのおじさん、別に悪いことしてくる人ではなかったですわよ」
「そうだったんですか? ……すみません。余計なことをしてしまったかもしれません」
「ううん。宿に連れてって欲しかったから、いいんだけど。なんか国の話とか、信仰とか? 宗教の話するだけのおじさんだったよ」
「それはそれで危ないのでは……?」
どう見ても宣教師には……いやそれも見た目で判断しちゃだめだよな……と少年が悩んでいるのを見て、キッカは頭を振った。
「そういうのじゃなくて。なんていうか……信仰って、そんな良いものじゃないよ……って、はなし? だったと思う。なんか、信用を得るのに便利、みたいな?」
キッカも宗教に詳しくないので、そこら辺は曖昧だ。
少年は首を傾げて、「そうでしょうか」と呟いた。
「僕は、信仰は人が生み出したものの中でも得難いものだと思いますが」
「そうなの?」
「はい。……どんなにちっぽけな人間にも、平等に背中を押してくれるし、力を与えてくれますから」
「かみさま、信じてるんだねえ」
キッカが呟くと、少年は薄く微笑んで、「一緒に来ている人たちも心配しているでしょうし、急ぎましょうか」と少しだけ足を速めた。
少年には、さっきの男と違い信仰心があるようだ。
「そんなに急ぐ必要はないと思うけど……」
「えっ……普段からやんちゃしてたりするんですか?」
そういうわけではないが。
レックスはディスカードの知り合いだし、セレニアはラームスの知り合いだ。キッカと直接関わりはない。
関わりがあるのは兄二人だが、ディスカードとは関係が良くない。キッカもあの手の魔術師は苦手だが、何故か向こうもキッカにいい顔しないのだ。こんなに可愛いのに。
そして、唯一仲が良いと言えるラームスは、キッカの力を知っている。
(心配する必要ないもんな)
もしレックスやセレニアが可愛さのあまりキッカの身を案じていても、ラームスがいれば上手くとりなしてくれるだろう。
ただ万が一ラームスが宿に辿り着いてなかった場合、探しに行かなくてはならないが。とはいえ彼も騎士の端くれなので、多少の荒事は一人で解決できるだろうし、急ぐ必要は──
(……いや。ディスカードの問題があったな)
キッカは急に心配になってきて、隣を歩く少年を追い越す勢いで足を早めるのだった。
#
数刻後。キッカは部屋に押し込まれ、閉口していた。
「──キッカ、」
後ろ手に扉の鍵を閉めたラームスが、キッカを見下ろして低い声を出す。
キッカは気まずげに目線を逸らした。
ラームスはそれを許さず、威圧するように言葉を続ける。
「もう一度、言ってみろ」
「……旅の最中は一人で出歩きません」
「それで」
「…………旅の最中はラームスのそばにいます」
「それと」
「………………外に出るときは、ラームスと手を繋ぎます」
「よし。ここまですれば迷子になることはないだろう」
「なんで!?」
キッカはベッドの上でジタバタと暴れた。
結論を言うと、宿に着いたキッカはハチャメチャ怒られた。
ディスカードはネチネチと文句を言うし、セレニアにも危機感が足りないと説教された。
しかし、一番酷いのはラームスだ。
彼はキッカを探しに外に出ていたらしく、最初は見かけなかったのだが、帰ってくるなりすごい剣幕で怒られた。ディスカードとセレニアがそちらを宥めに入るくらいだ。
そりゃラームスは元々声がデカいので、終始怒鳴っているような声量ではあるが。なんだかんだ、今までキッカはラームスに怒られたことがなかった。
なので酷く驚いた。驚いて、気圧されたキッカは、「え。あ、はい。うん。わかった」と首肯を繰り返すだけの生き物になってしまった。
そして約束させられたのがさっきの三つだ。
(てか流れで同じ部屋に押し込まれたけど、普通セレニアさんとキッカが同室になるもんじゃないの……?)
キッカは首を捻る。夜中に部屋を抜け出すとでも思われてるのだろうか。淑女がそんなことするはずないだろう。
まあ個人的にはディスカードが相手でなければ誰でもいいし、ラームスがディスカードと同室になるのも嫌なので、この部屋割に否はないのだが。
(……なんでこんなに怒られてんだろ)
改めて考えると、やっぱりおかしい気がする。
スポーツデイから、ラームスは余計に世話焼きが加速した。
屋敷にいたときはここまでじゃなかった。多少無茶なことをしても、「わたしの力で頑張りたいの!」とかなんとか言っとけば丸め込めた。ラームスはチャレンジ精神を大事にする人だ。根性論とも言う。
なのに、今はこれだ。
普通逆じゃない……? スポーツデイで散々キッカの力は見ただろう。
(……と、思ったけど。そういえば同じ学生相手にボコボコに負けるところを見られてるのか……)
歳上とはいえ学生に負けたのだから、大人に襲いかかられたらひとたまりもないと思われているのだろうか。いやあの学生異様に強かったんだけど。負けた以上、言い訳にしかならない。それに、この体格が戦いにおいて不利なことは確かだ。
魔力を込めた蹴りでも、相手を吹き飛ばすにいたらなかった。軽い身体だ。鍛錬も以前に遠く及ばない。
戦いも、痛いのも嫌いだが、キッカは同じくらい負けることも嫌いだ。勝つつもりで臨んでいたのだから当然、先の戦いの結果は不満だった。
しかし、今の身体に不満はない。
鍛えても筋肉のつかない脆弱な肉体。
女の子らしい小柄な体躯。
儚げな愛らしい顔立ち。
戦力は落ちるが、キッカにとっては理想そのものだ。
(……そういえば、)
「ラームス」
「なんだ?」
ラームスはもう落ち着いたようで、怒っている様子はなかった。腰に下げた剣の手入れを始めている。
「わたしがスポーツデイで負けた魔導科の人、誰か知ってる?」
「……なぜそんなことを聞く」
「う〜ん……」
強敵ではあったのだ。
膂力もスピードも尋常じゃない──なのに捌けた。
易くとは言わないが、なんとなく動きが読めた。だから突破口を掴めたのもある。
それは結局、実行しなかったが。
単なる経験値の賜物だろうか。今思うと不思議だ。一試合目のように実力が離れていれば無理矢理手合わせの様相に持っていくことは可能だが、それが出来る相手ではなかった。なのになんだか、慣れた相手と手合わせしているような──
「……やっぱり、なんでもない」
キッカはそれ以上尋ねることはしなかった。
考えてみれば、戦いやすかったのに負けたのかという話になってしまうし、なんかまたラームスの機嫌が悪くなったような気がする。
今は戦闘系の話全般地雷なのかもしれない。何がどうしてこんな過保護になってしまったのか……
部屋の外からディスカードの声がして、会話は途切れた。
そろそろ夕食の時間のようだ。




