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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 前編】
23/74

硅砂の剣3





「ッキッカ!!」


 夜は酒場として賑わいを見せる宿の一階だが、まだ早い時間帯の今は人影も少なく、見て回らずとも探し人の姿がないことはわかった。

 そもそも、そこに一人で座る見知った男の表情で、【もしかしたら先に帰っているかも】という一縷の希望は早々に潰えた。


「……ちゃんと見とけよ〜〜」


 血相変えて飛び込んできたラームスに、全て察したディスカードが唸る。


「……悪い」


 言い訳の余地もない。ラームスは素直に謝り、再び宿を出ようとした。

 ディスカードもそれを見て、「仕方ないなあ……」と腰を上げた。置いていくわけにもいくまい。



「──入れ違いになるわけにもいかないし、キミは宿に残っていたら?」


 声がしたのは、今まさに踵を返したラームスの目の前からだった。

 宿の入り口に、セレニアとレックスが荷物を抱えて立っている。


「あ、ロイくん。買い出しお疲れー」

「うん。明日の夜には着くだろうから、大した量じゃないけど」

 レックスは荷をディスカードの前に置くと、「俺も行こう」と、ラームスを振り返った。


「治安はそう悪くないけど、流石に夜に女の子の一人歩きは危ないよ」

「ロイくんてばやっさし〜! じゃボクは宿でゆっくり……しっかり、キッカちゃんが帰ってこないか見張っておくからね!」


 よろしく! とディスカードがキリッとした顔で片手をあげる。面倒臭いと顔に描いてあった。

 ラームスは舌打ちしたい気分だが、確かに誰も宿にいなければ、キッカはまたふらふらと外に出て行ってしまう可能性がある。なまじ力があるせいで、彼女には危機感が欠けているのだ。


「なら私も──」

「いや、セレニアはここで待て」


 ラームスが答えた。

 セレニアは、「何故だ」と些か不満げに首を傾げる。

 ラームスだって、レックスと二人で探しにいくのは気が進まない。セレニアと二人で行った方が、よほど気心が知れているというものだ。

 しかし──


「キッカはディスカードのことが嫌いなんだ。だからお前も一緒に待っていてくれると助かる」

「ラームスお前めちゃくちゃ失礼なこと言ってる自覚ある?」


 ディスカードが顔を顰めたが、ラームスはそれを無視して宿を出た。



 ──ラームスの言ったことは嘘ではない。

 実際、キッカがディスカードをよく思っていないことは、会話の端々から窺える。


 だが、本音を言えばラームス自身が、彼らを二人きりにしたくなかった。ディスカードには、賭けのためにキッカを使った前科がある。そして本当に、何かあれば簡単に手を出してきそうな男だった。端的に言えば倫理感が薄そうな男なのだ。

 キッカの強さはわかっているが、ディスカードもあれで、ハイネンヴァルトの名に恥じぬだけの力を持つ。

 そして何より──


 ラームスはもう、キッカが容易に自身を目的のための手段として使ってしまえることを知っていた。


()()を見れば、心配するなというほうが無理な話だ)


 ラームスはスポーツデイを思い出して嘆息する。

 ディスカードは外聞を気にしない男ではない。セレニアがいれば、滅多なことはしないだろう。



「意外だね」


 ラームスの後ろを黙って着いて来ていたレックスが、急に口を開いた。

 ラームスは背後をチラと一瞥し、また前を向く。


「何がだ」

「キミは、俺のことを嫌っていると思ってた。てっきり、行くならセレニア嬢と一緒に行くかと」


 その通りだ。

 宿にレックスではなくセレニアを残していったのは、ただただラームスの問題だった。

 ディスカードと違い、レックスはキッカに積極的に関わろうとする素振りはないし、キッカもこの男のことは気に入っているように見える。


 しかしラームスは──ラームスだけが、あの日(スポーツ・デイ)の戦いの真実を知っていた。


 レックスは、自分の戦った相手が誰かまったく気づいていないようだが、それでも気がかりに変わりない。

 ラームスは、実践塔の埃臭い地下室で聞いた男の話をよく覚えていた。

 そして、己に向けられた重い殺気も。


「……貴様こそ。俺が気に食わないんじゃないのか? 何を企んでいる」

「ただの善意だよ。もう日も傾きかけているし、子供が一人で出歩くには危ないだろう」

「なら何故──…」


 言いかけて、ラームスは口を噤んだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()──?

 それをされて困るのは、ラームスの方だった。

 この男とキッカが二人きりになるのは、ディスカード以上に避けたい。


「……ならいい。早く探すぞ」

「ところで、キミに聞きたいことがあるんだけれど」


 ──やはり、ただの善意じゃないじゃないか。


「なんだ? この前と同じ話なら、他に言うことはないぞ」

「ああ……うん。そうじゃなくて。キミが何故、彼に師事を受けるようになったのか知りたいんだけど」

「それは……」

「キミ自身のことだ。知らないはずないだろう?」


 ラームスは返事に困った。

 答えたくないからではない。何故、と言われて、コレといった理由が出てこなかったのだ。


 スポーツデイの鍛錬に関して言えば、キッカに聞けば実践的な知識を教えてくれるのではないかと思ったからだ。

 それは、屋敷で過ごした頃の経験に基づくものだった。

 なら最初は?

 屋敷で過ごしていた幼少期、何故キッカを鍛錬に連れ出した?

 切っ掛けは四年前の事件だろう。あそこで初めてキッカの戦う姿を見た。

 それで強いと知ったから? ──いや、ちがう。

 それは核心の部分ではない。きっと、おそらく、


「覚悟を、問われたからだ」


 ──覚悟?

 男が怪訝な顔で繰り返した。

 ラームスは、数年前の、とある事件の一日を思い出す。


「ハイネンヴァルトは騎士の家系だ」

「うん」

「そういう家に生まれた俺は、ずっと騎士になるために生きてきた。父も、兄も──まあディスカードは特例として──使用人も、兵士たちも皆、民を守るため、領を守るため、国を守るために我が家紋は存在すると言っていた。それがハイネンヴァルトの責務であり、誇りだと」


 幼い頃から幾度となく聞いた言葉だ。


「だから俺はそうしてきた。その家規に疑問を持ったこともないし、今も別に、不満はない。俺にとっては、そういうものだった。

 だけど、アイツは違った」



【──お前は、義務だから、騎士になるの?】



「言われてみれば、騎士になる理由なんて、考えたことがなかった。俺は、そうあるべきだから、そうしてきたんだ。

 答えられない俺を、アイツは苛立たしそうに見ていた」

「……それで、どうしたんだい」

「別に、どうもしない。今更他にやりたいこともないしな。それに、剣を振るうちに、家を抜きにしても強くあることは好ましいことだと思った。それで領民や国が守れるなら、それもいい。ただ……」


 ラームスの脳裏に浮かんだのは、しどけない姿で、己の腕の内に眠る女の姿だった。


「……俺は、民や国を守るために騎士になると言ったが。別に、それらを守りたいと思ったことはなかったと、最近気づいた」

「なるほど。いい話が聞けた」


 どこがいい話だったんだ? と背後の男を睨め付けるように振り返ると、「キミのことじゃないよ」と男は肩を竦めた。


「《鎧の男》が、俺の知っている通りの人間だって確認出来ただけ」

「……どこでそう思ったんだ」

「彼が気に食わなかったのは、騎士になることそれ自体じゃなく、キミが騎士をやる理由に他人を挙げたからだろう。人助けも、人のためも、彼は別に否定しないけど、【望まれたからそうした】なんて言い分は、酷く嫌うだろうから……彼自身、良くも悪くも自分本位だからね」

 彼にとって、民を守りたいから騎士になることと、民を守るために騎士になることは、まったく違う話なんだろう──


「……知ったような口ぶりだな」

「おそらくね」


 レックスはどこか仄暗い微笑いを浮かべた。

 嫌なものを感じて、ラームスは視線を逸らす。



 ただ──

 キッカとこの男が、ラームスの知らないところで本当に知り合っていたとして。

 キッカの容姿に反応しないのは、スポーツデイのように姿を隠していたのだろう、ということで理解できる。


 しかし、男の口ぶりは、キッカを《男》として認識しているようだった。


(……性格を把握出来るほど会話していて、そんなことがあり得るのか?)









 一方その頃。

 水場を見下ろす通りに腰を下ろし、キッカは半分に千切られたパンをもそもそと口に含んでいた。

 家の食事に慣れたせいか、乾いて感じられるが、旅人の食糧にしては上等なものだ。


「どっから来たん?」


 隣に座った男が、半分のパンをひと口で飲み込み、キッカに尋ねた。

 男は薄汚れた外套を纏い、グローブなどで肌をほとんど見せない格好をしていた。極め付けは顔から頭までをぐるぐると覆う布で、容貌は殆ど窺えない。布の隙間からボサボサと黒い髪が飛び出しているのがわかるくらいだ。


「ユグエンからですわぁ」


 キッカも口の中のものを飲み込んでから、素直に答えた。

 この男、見た目は怪しいが、腹を鳴らせたキッカに快く食糧を与えてくれるあたり、悪人ではないと判断した。

 キッカは己の力故か、わりと判定がガバい。


「おじさんはぁ?」

「おじ……ハア。ワシはしがない傭兵崩れの根無草じゃ。探し物がてら、商人の護衛なんかで日銭を稼いどる」

「ふぅ〜ん」


 問いはしたが、元々キッカはそうではないかと当たりをつけていた。

 浮浪者のような見た目をしているが、体質と言うにはあまりにもガタイが良すぎる。外套で着膨れしているとはいえ、おそらくレックス並かそれ以上──鍛えていなければ、こうはならないだろう。

 それに、男の語調にも聞き覚えがある。

 過去にも──かなり遠い過去の話だが──雇いの傭兵に、このような訛りをもつ者がいた。確か田舎の、山間部落の出身だった気がする。傭兵の中には限界集落出身の出稼ぎ勢が一定数いるらしい。


「それにしても嬢ちゃん、随分良い身なりしとるのう」

「おとーさまが侯爵さまだから」

「…………」


 布男は暫しの沈黙のあと、布の隙間から重たい溜め息を吐き出した。


「あのな……」

「? はぁい」

「確かにユグエンは平和じゃけえ、他所(よそ)もそうとは限らん。身分は簡単に明かさん方がええ」

「よその国は平和じゃないの?」

「さあなァ。《ミスティリオン》なんかは外界に対して閉じてるから、ある種平和かもしれんが。かわりに属国がバタバタしとるし」

「《ミスティリオン聖教国》?」

「おん。《神の庭》を謳う宗教国家だけあって、争い事には消極的じゃ」


 ──《キリエ》の国だ。

 キッカは記憶の懐かしい顔を思い出す。

 確かに、昔からあそこは《神》という存在に傾倒する国だった。それはキリエからも感じたことだし、それが原因でぶつかったことも、幾度となくある。


「ユグエンはそこんとこ緩いから、馴染みないか」


 キッカが黙っているのを理解出来ていないと捉えたのか、男はそう言った。


 ユグエン云々というより、キッカは昔から宗教にあまり興味がなかった。それも根底には、《カターリナ(神のいない国)》で生まれた影響があるのかもしれない。

 あまり意識していなかったが、ユグエンもそうなのだろうか? しかし、カターリナと違い、教会は多く見かけるが。


 男はキッカの疑問を察したように、言葉を続けた。


「ユグエンは信仰がないというより、信仰に縛りがない。各々の神さんを信仰して、国もそれを認めとる。だから移民も多い。この宗教の雑多さも平和に一役かってるんじゃろォな」

「ふぅん。でも、《カターリナ》だって神さまいないでしょ?」

「そっちは知っとるんか。まあそうね。でも、カターリナにも《聖女信仰》はあるじゃろ?」

「えっ?」


 ──なにそれ知らん。

 キッカは思わず頓狂な声をあげてしまった。初耳だ。

 かの国で過ごした時間は、ユグエンで過ごしたそれより長い。それに、一応王族に仕えていた身だ。さすがに、そんな信仰が旅人の口に上がるほど浸透していれば、知っているはずだが。

 キッカの記憶では寧ろ、軍事国家であった影響か、女の地位はそう高くなかったはずだが……


「そんな驚くことかァ? 勇者御一行の聖女が生まれた国なら自然じゃろ」

「あ。なるほどぉ」


 一言で納得させられた。──《アニス》の影響なら、ありそうな話だ。

 元々アニスは、国民に神聖視されていた。

 本人の性格といい、《水属性(チャリス)》という珍しい属性といい、聖女と呼ばれる素養は十分にあった。そこに魔王討伐の付加価値がつけば、後世に聖女信仰を残してもなんら不思議ではない。

 そして、己が知らないのも当然である。

 戦いが終わったあとのカターリナを、キッカは知らない。


「おじさん、宗教にくわしいのねぇ」

「旅するなら知っといて損はないからの」

「そうなの?」

「宗教やら神様云うもんは手っ取り早い信用の証になる。馴染みの無い場所で仕事を請けるには、ソレがないと始まらないからの」

「……ふぅん?」

「オドレ信仰なさそうじゃな」


 男が微かに微笑ったのを声色から感じた。

 キッカはギクリと顔を強張らせた。え。もしかして淑女って、信心深さ必要だったりするのか? 確かにアニスはカターリナにあっても、己の意思で《水の女神(ニミューエレイン)》に祈りを捧げていた。

 焦るキッカを尻目に、男は言葉を続ける。


「信仰ないもんには想像が難しいんじゃろうが……なんつったらいいか。要は、◯◯好きに悪い人間は居ません〜! ってやつな」

「あ〜! キッカも、かわいいもの好きに悪い人はいないと思いますわぁ」

「それじゃ」


 男は嗤って、騙し易そうなやつ──と、面白がるような声で言った。


「その国の王を知らんでも、信仰だけは知っとけ。信仰のある奴らはだいたい、宗教を善悪の──道徳の指標にする。ある種単純で御し易いが……逆に言えば、信仰を持たない人間には、()()がないように見える」

「……そんなことある?」

「言ったろ。【かわいいもの好きに悪人はいない】──つまり、悪人はそれ以外ってことじゃ。家族でも、友人でも、まして同じ国のもんですらなくても、唯一無二の信用を置ける共同体になる。それが宗教」


 便利じゃろ、と男が言う。

 男の話は、神の御心がどうこうと言われるより、すんなりキッカの頭に入ってきた。

 なるほど確かに。何か事件があったとして、敬虔な信徒が疑われにくいイメージは、キッカにもなんとなくわかる。


「人間は神に祈る手で同族を殺せるのになァ」

「おじさんは、かみさま信じてるの?」

「そうじゃな。信仰はないが、居るとは思っとる」


 存在を肯定しながら祈らないというのは、神に対して不思議な向き合い方だ。

 元々国を渡り歩いて戦場を探す稼業なだけあって、宗教に限らず、男は国の情報に精通しているようだった。


(……まあ、わたしが知らなすぎるだけかもしれないけど)


 ここまでの会話で思い知った。

 歴史については教養としてある程度学ぶが、国の現状について学ぶのは、大抵男の仕事である。

 昨今では女にも権が与えられる風潮にあるが、それでも国家運営・政治活動は男のお株というのが基本だ。

 女は望まない限り、その手の話にあまり触れることがないし、キッカも漏れなく望んだことはなかったので、まったく知らないことばかりである。

 

(でも、ラームスが騎士になったら、ラームスはそういうのに関わるんだよなぁ……)


 戦うだけが騎士ではない。

 いや、それで済めばいいのだが。あれはあれで政治の枝葉の内である。ラームスが自衛出来ればそれに越したことはないが、腕っ節はともかく、政治的な話に彼が強いとは思えない。

 そう思うと、あまり無知でもいられなかった。


「おじさん、この先は?」

「先?」

「うん。《カターリナ》は、どんな国?」


 キッカは男に尋ねた。

 いい機会である。この手のことを勉強するのは、王子様に守ってもらうか弱い淑女(レディ)として、避けたいところだった。キッカは戦争とか政治とかなーんにも知らない深窓の令嬢でいたいのだ。

 しかし、二度と会うことのないただの傭兵に、主観から見た国の話を聞くぐらいならいいだろう。


(特に、近づかない方がいい国とか、警戒した方がいい国とかだけでも聞いておきたい……)


 キッカには要らない知識だが、騎士であるラームスには必要なものだ。忠告したところで、彼は騎士の責務に忠実だから、あんまり聞き入れてくれるかは解らないが。

 

 《カターリナ》は、個人的に気になる国でもあった。

 嘗てキッカ──否。《シュン》が生まれ、育ち、戦い、そして守って死んだ国。

 その頃は今ほど大きな国ではなかったが、それでも軍事力は指折りだったと思っている。

 魔力に満ち、自然に近く、時勢もあって豊かとは言えなかったが、悪くない国だった。

 何よりこの国の兵舎は、《シュン》が最も長い時間を過ごした場所だった。厭なやつも多かったが……厭なやつばかりだった気もするけど、思い返せばそれもまた思い出深い。気の所為かもしれないけど。


「まあ、カターリナは言わずと知れた大国じゃな」

「うんうん」


 キッカはにこにこ頷いた。

 もう己に関係のない国とはいえ、かつての仲間たちの尽力を思えば、栄えていることをどこか嬉しく感じる。


「けど、それももう、長くないかもしれん」



 一瞬、何を言われたかわからなかった。





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