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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 前編】
21/74

珪砂の剣1





 時計の針は戻らない。



夜へと続く道(アル・タリーク・イル・アッ・ライル)》──王都から国境まで続く、長く永い道程だ。

 大地から立ち昇る熱が肌を焦がす。

 吐く息と、心臓の音だけが耳を打つ。


 暁は遠く。砂に残る足跡は孤独(ひとつ)。身勝手な英雄気取り(ヒロイック)の代償には(ぬる)い。断罪はこの先だ。


 それでも後悔はなかった。報われなくても構わなかった。


 気づけば地面が赤く染まっている。

 顔を上げれば、沈む太陽と、血を溶かしたような空が広がっていた。

 自然と唇が弧を描く。



 ──この暮れる空を、いつかアナタも見たのだろうか。









 学園全体に浮ついた雰囲気の漂う《土の初月》。

 寮棟までの回廊を歩きながら、キッカも例に漏れず、指折り(はしゃ)いでいた。

 

「おかあさまとティーパーティーするでしょ。休日用のかわいいお洋服も必要だし……あとひらひらの髪飾りとかぁ、ふわふわの小物とかぁ、とにかくいろいろ見にいくの!」


 回廊には腰壁くらいの高さの壁しかないため、この時期は寒風吹きすさび、たいていの生徒は防寒して尚首を竦めて此処を通る。

 が。キッカは冬の制服を着ているだけで、繻子(サテン)の大きなリボンを頭につけて元気にぴょこぴょこ歩いていた。擦れ違った生徒が二度見するが、本人は気がつかない。常人とは代謝が違うのである。


 明日から、学生たちの待ちに待った長期休暇(ホリデー)が始まる。

 一年生は特に、慣れない寮生活から開放される初めての纏まった休みだ。思う存分生家で羽を伸ばせる機会に、生徒たちは喜色満面で浮かれていた。


「帰りに隣町の花畑寄って、おかあさまにお花つんで帰ろうかなぁ」

 ──おにいさまは?

 隣を歩く男の顔を見上げ、キッカが尋ねた。


「ホリデー。何するの?」



 一学期(ファースト・ターム)も終わり、クラスは自然と仲の良いグループで固まるようになった。

 キッカを除き。

 本人は気づいていないが、キッカは呼び出しの一件から同科同学年の女子生徒に広く嫌われていた。それでなくとも奇矯な行動が目立つため、元々遠巻きにされていたのだ。アレがトドメとなったようだった。

 アメリアは友達だが──それを言うとアメリアは力いっぱい否定するが──しかし、彼女はみんなの人気者で、キッカと四六時中行動を共にできるわけではない。

 すると自然、キッカが一番長く過ごす相手はラームスということになる。


(……いや何も自然じゃないけど)


 キッカは心の中で思った。──学年も(クラス)も違うのに、どうしてこうなった?

 おそらくラームスは己で口にした「友達になる」という言葉を律儀に守っているか、はたまた「何者からも守る」という約束を気にしているのだろう。

 スポーツデイが終わってからというもの、時間があれば必ずキッカに会いに来るのだ。それこそ休み時間のたびに。思い返せばこのところ、殆どラームスとの会話しか記憶にない。今日なんてディスカードにまで、「ラームスがホリデーの予定気にしてたよ」と声をかけられた。


(そこまで四六時中一緒にいなくても……)


 あの日、完全に距離感を間違えて接してしまったせいだろうか。

 ラームスを「親友」と呼んだのは、アレは完全にロウを相手にする時のノリだった。たぶん、失言だった。

 ……浮かれていたのだ。

 ラームスは恐ろしいほど的確に、キッカの望む言葉をくれたから。


(まだ何も、安心しちゃいけないのに)


 ラームスが信頼に足る男だということは、短くない付き合いでキッカもそろそろ理解している。言った言葉を違えない男だとも。

 しかし、どれほどラームスが真摯に約束を守ろうとしても。

 まだ手放しに安心出来るほど、彼は強くない。

 キッカは気合を入れ直した。

 というのもあの日。キッカが試合後眠りこけてしまったあの後、驚くことに、ディスカードが訪ねてきたらしいのだ。

 別に、訪ねてきたこと自体はどうでもいい。次兄の考えなんて知ったことではないし。

 問題は、それでキッカが目を覚まさなかったことだ。


 次兄は魔力量が多いため、風属性(ソード)のキッカからすると、ずいぶん存在感が濃い。

 それが部屋に滞在し、あまつさえ言葉も交わしたというのに、覚えのないキッカはゾッとした。何か変な術でも浴びたのかと慌てて確かめたが、そんな気配はなかったことで余計に焦りを感じた。

 ──ラームスがいるから、安心して?

 それしか考えられないが、でもそれだと(まず)いのだ。まだ暫くは、気を引き締めて過ごさなくては。いやなんでか弱い令嬢がそんな気にして生きなきゃいけないのかと思うけど。

 現代、なんでか学生ですら破茶滅茶に強い。

 魔力の扱いは昔より遅れているように感じるのに。恐ろしい時代だ。身をもって思い知らされたキッカは、楽観的なばかりじゃいられなかった。

 この油断は、もうちょっとラームスに強くなってもらうまでとっておくことにしよう。



 そんな経緯で隣を歩くラームスに、キッカは休日の予定を尋ねた。

 実際、答えは解りきっていたが。


(どうせホリデーも修行でしょ)


 キッカの予定を気にしてたということは、そういうことだろう。さすがにお茶会に嬉々として参加しそうでないことはわかる。

 遊ぶ予定はそれとして、山籠りなどするわけでなければ多少は付き合う心算だった。守ってもらう側として、彼が強くなるのはキッカとしても歓迎すべきことだ。


 しかし、ラームスは予想外の答えを口にした。


「俺は暫くディスカードと出かけてくる」

「ええ、ええ、やっぱりそうですわよね。休日(ホリデー)はディスカードと──」


 ディスカード。と──は?


「ん。は? や。ラームスおにいさま……えっ。ディスカードおにいさまと?」

「同行者は他にもいるが」

「あ……そなの……」


 ──居たところで安心出来るかッ!!!

 キッカは呆然と沈黙した。

 目の前の男は、キッカがあれほど口を酸っぱくして言い聞かせたことをサッパリ忘れてしまったのだろうか。それとも、二人きりでなければ大丈夫だと思ったのか?

 ──馬鹿が。共に外出するなら道中幾らでも機会はある。そもそも他の同行者が魔術に疎ければ、周りに何人いようが関係あるまい。疎くなくても二重属性(ダブルスート)の魔術師をどれだけの人間が止められる?


「……わ゛。わたしもい゛ぐ……」

「は?」


 ラームスが聞き返した。彼女の声はほぼ唸り声に近かったので、一瞬何と言ったかわからなかったのだ。


 基本的に、キッカはやりたくないことは何がなんでもやらない。

 そもそも前の試合に参加したのだって、別にラームスのためでも、騎士科の少年のためでもない。ラームスに見せる試合にしたのはついでで、自分の感情に則って行動した結果、ああなっただけだった。

 キッカ自身が、なんか嫌だったから。

 キッカは他人のために動かない。それは幼少の頃にラームスと言い合いになった折から、ずっと前より変わらない性質だ。

 けれど──否、だからこそ。


 己がやると決めたことは、必ずやり通す女だった。


「わたしも! 行くッ!!」


 ラームスが守ってくれるというのなら、生きてもらう必要がある。

 傷つけられては困るのだ。まして、クソの魔術師(偏見)になど──

 唇を噛み締め立ち止まったキッカを、ラームスは目を丸くして振り返った。


「お前、さっきまで夫人との予定を立てていただろう」

「気が! 変わったの!!」


 キッカは「殺すぞ」と言わんばかりの剣幕で怒鳴り返し、不満を全身に漲らせ、ノシノシと令嬢にあるまじき威圧感でラームスを追い越した。

 ──仕方ないじゃない。言っても聞かないんだもの。わたしが見張っとくしかない。


「待て! ……来ても、特に楽しいことはないぞ」

「楽しくなかったら楽しくするもの。……それに、まあ。あくまでついでだけど? もし、もしも。すっごーく暇だったら……おにいさまの鍛錬に付き合ってあげないこともないし?」

「だが距離も距離だ。少なくとも、ホリデーの半分を使っての長旅になる。向こうの滞在時間が長ければ、もっと……道中危険がないとも言い切れんし、お前は来ない方が──」


 キッカは驚いてラームスを見上げた。

 鍛錬の話を出せば、ラームスは嬉々として己の同行を歓迎すると思ったのだ。

 なのに、反応が芳しくない。

 まるでホリデーを一緒に過ごすことを拒絶されているようで、キッカはたちまち頬を膨らませた。


「なにそれ。わたしがそんなんなんでもないってこと、じゅうぶん知ってるくせに……!」


 完全に八つ当たりだった。

 確かにキッカにとって並の野盗なぞ屁でもないが、少し前に戦いたくないと、それらから守ってくれとラームスに言ったばかりである。

 なので、ラームスの言う方がもっともだ。


「でも今回は……」

「行くったら行く!!」


 しかしキッカに理屈は通用しない。その時その時、自分の我を通すタイプの人間なので、ぶすくれた顔で言いきった。

 ──そんなに来てほしくないのだろうか。

 キッカは胸がもやもやした。

 心配は有難いが、学園内でやたらと会いにくるの然り、キッカの望んでいた以上の過保護である。

 キッカの想像では、ラームスは真っ直ぐではあるが、それ故もっとドライというか、実力至上主義というか。弱者をそう気遣える男だとは思っていなかった。まったく予想は外れたが。


「いつ()つの?」

「……二日後には」


 なら母に挨拶する時間くらいはあるだろう。

 とはいえ、長旅になりそうなので、その準備に明日いっぱいかかりそうだが。

 ──遠出する時、ご令嬢の荷物ってのはいったい何を持っていけば良いんだ?

 旅には慣れているが、貴族のそれはよくわからなかった。

 なので、あまり猶予はない。


「あ、」


 そもそもな話を聞いていなかったことに気づき、キッカはラームスを振り返った。


「それで、どこ行くの?」


 いったい何を目的で遠出をするつもりなんだろうか。それも、ディスカードと一緒に。

 ラームスは暫く間を空けて、渋々、といったような苦い顔で口を開いた。



「カターリナ帝国……うちの隣国だ」









 二日後。

 天気は良好。幸先の良い旅立ち日和である。


「可愛いキッカちゃんもこうして一人で旅に出るような歳になったのね……えぇえぇ、わかっているわ。可愛い子には旅させよって言葉が異国にはあるんでしょう? キッカちゃんくらい可愛かったら旅もたくさんさせなきゃいけないんでしょうね……」


 ロッカ夫人は娘が旅に出たいと言うと、瞬く間に必要なものを揃え出した。

 キッカはしくしくと倒れ伏す母の手を取って、「キッカも寂しいですわ! 帰ってきたらたくさん一緒に遊びましょうねぇ〜!」と同じように膝をついた。似たもの母娘である。


「でもおかあさま。一人じゃなくて、おにいさまもいますわ」

「……そうね。ラームス様とディスカード様がいるんだから、危険はないと思うけれど……決して二人から離れちゃダメよ」


 ロッカはスッとキッカから身体を離すと、真面目な顔でそう言った。

 大丈夫だ。ディスカードはともかく、ラームスと離れる気はない。そのために同行するのだから。



 屋敷を出ると、門前でラームスが待っていた。

 ディスカードは先に待ち合わせ場所に行っているらしい。


「どこで待ってるの?」

「《ネヒスト》──ハイネンヴァルト領の東の出口だな」


 そこまでは馬車で向かう。

 侯爵家の馬車は外装より、長時間の乗車に耐えうる居心地など、実用性に金をかけている。加えて魔力も使われているため、キッカの感覚では恐ろしく速く、快適な馬車旅だった。


「結局何しに行くの? カターリナ」

「さあな」

「またそれ」

「いや、ほんとに知らん。ディスカードに聞け」

「……行き先も知らないのに、なんで同行してるの?」

「それは──」


 ラームスは、また黙り込んでしまった。

 この話だけじゃない。同行者について聞こうとしても、突然口が重くなるのだ。

 ハッキリ言って怪しすぎる。

 が、ラームスの言う通り。目的はディスカードに聞けばいいし、待ち合わせ場所に行けば同行者はわかる。

 なので、キッカは無理に問いただすことはせず、無言で彼の顔を見つめるだけに留めた。





 馬車が目的の場所に到着すると、馬宿の前には三つの人影があった。

 淑女らしくラームスの手を借り──意外にもラームスの方から手を差し伸べられた──馬車を降りてそちらに近づいた途端、キッカは劈く悲鳴を上げることになる。


「きゃあぁあ〜!! あ。あなたは、アランおうじさまではありませんか!?」


 そこに立っていたのはディスカードと、見知らぬ女性。

 そしてブルネットの髪に、榛色の目。六フィートを超える長身の男──見間違えるはずがない。先日庭園で遭遇した、どえらいイケメンである。


「こんなところで再会できるなんてまさに運命ですわぁ!」


 今回の旅、ご一緒されるんですのぉ? と、胸の前で両手の指を組み、キッカが黄色い声を上げると、隣でラームスの気配がピリつくのを感じた。

 急に大きな声を上げたから吃驚したのだろうか?

 しかし、それは教えてくれなかったラームスが悪い。

 あの時のイケメンが一緒だよって先に言ってくれてれば、わたしだってここまで大きな反応はしなかった。


「いや、俺の名前はレックスだけど……」


 戸惑った表情(かお)で男が答える。そして、隣で震えているディスカードを小突いた。


「ご。ごめんごめん」

 ディスカードは口許を変に歪めながら、キッカの前に出た。

「マア……ブフッ……うん。ね。落ち着いてキッカちゃん。ロイくんビックリしちゃうでしょ」


 ──なるほど、ディスカードの知り合いか。

 まあこの次兄、外面は良いし。学園でも有名らしいし。こんなすごいイケメンが友人でも不思議ではない。


「キッカ、こっちにいろ」


 突然、背後から腕を引かれて、ラームスの隣まで引き戻された。

 なに、と言いかけて見上げるが、彼の視線はこちらになく、ディスカードを通り越し、真っ直ぐレックスへと向けられていた。

 つられて見ると、レックスも、キッカに対するのと打って変わった感情のわからない目で、ラームスを見返している。

 そして二人とも、ほとんど同時に目を逸らした。


(な──なんだ……?)


 その意味ありげな目配せは。

 まさか、わたしの知らないうちに仲良く……? と言うには、寧ろ真逆の顔であったが。

 知らないうちに何かあったんだろうか。


 それに気づいてか気づかないでか、ディスカードは変わらぬ調子で言葉を続けた。


「こちら、ボクと同じ魔導科のレックスくん。カターリナ出身で、今回は不慣れなボクたちを先導してくれる案内人ってワケ。んでこっちは──」

「騎士科の四年、セレニア・リエーフだ。よろしく」


 そう名乗ったのは、紅玉のような燃える赤毛に、瞳は鮮やかな蒼玉。女性にしては高い身丈に、容貌美しい──なんとも目を惹く、華やかな美女だった。

 しかし服装はキッカのようなドレススタイルでなく、騎士の訓練着に似ている。

 胸当てや腰に佩いた剣が、彼女が普通の令嬢でないことを物語っていた。


「レックス殿の剣技に興味があってな。この旅の話を聞いて、それを見る機会もあるかと同行を頼んだ次第だ」


 それを聞いて、キッカは彼女の両手を包み込むように握った。

 セレニアが驚くほどに、機敏な動きであった。


「まあ……! わかりますわ、セレニア様。レックス様ってとってもステキですものね!」

「えっ? いや、それは……」

「わたしたち……恋のライバルですのね!? 共に頑張りましょう!」

「は!?」


 負けませんわ! と目を輝かせるキッカに対して、セレニアは目を白黒させて、手を振り払おうと振った。が、抜けない。


 キッカは興奮していた。

 恋愛小説で良くある展開ではないか。恋の好敵手(ライバル)から始まり、お互い切磋琢磨するうちに、その心根を理解し合い、やがて気心の知れた親友になるのだ。

 つまり、アメリアに続く二人目のお友達である。

 セレニアも喜んでいるのか、なんだか首を振ってジタバタしている。

 キッカがニコニコその様を眺めて頷いていると、ディスカードが背後から「まあまあ」とセレニアを宥めた。


「これからしばらく一緒に過ごすわけだし。仲が良いのはいいことじゃん?」

「いや、しかし。彼女は何か勘違いを……」

「う〜ん……ちょっとこの妹、思い込み激しいとこあるから。マ、困ったことがあったらラームスを使ってよ」


 お前が連れてきたんだから道中面倒みてやれよ、とディスカードがラームスの肩を叩く。

 しかし。セレニアはすげなく、「それには及ばない」と、静かに腰の剣を撫でた。


「──自分の面倒くらい、自分で見れる」


 挑むような顔つきだった。

 華やかな容姿と裏腹に、そう言った彼女の目は、酷く凍てついていた。

 その容貌姿形を侮られることに慣れた女の、怒りと諦念と、侮蔑を孕んだ氷の目だ。

 

 ディスカードの口許が引き攣った。


「ま。まあ確かに。セレニア嬢は心配いらないか……」

 ディスカードは降参、とばかりに両手をあげて苦笑した。「剣闘試合でも本戦まで残ってたくらいだもんねえ」

「剣闘試合に……?」


 これに、キッカは反応を示した。

 剣闘試合に本戦まで残ってた女性──というと、キッカは一人しか思い浮かばない。

 ラームスが、「勝率六割」と言っていた、侯爵家の令嬢だ。


(この人が……)


 試合で見た時も女性らしい身体つきで、羨ましいなと思ってはいたが。そうか。

 鎧の下は、こんな美しい容姿をしていたのか。


「ラームス……おにいさまが、連れてきたの?」

「ん?」

 ようやくラームスと視線が合った。「まあ……そうなるな。アイツ、自分も行くって聞かなかったんだ」


「……ふぅん」


 随分と砕けた物言いだ。

 よく手合わせをすると言っていたし、仲が良いのだろうか。

 まあ学年は違えど同じ騎士科だ。わたしよりずっと、長い時間を一緒に過ごしているのだろう。


「ふぅ〜ん……」

「お前、俺のそばを離れるなよ」


 ──?


「? なに急に」


 また腕を掴まれたかと思えば、そんなことを言われたので、キッカは呆けた声を上げた。


「セレニアは本人の言う通り、放っておいても問題ないだろうが。お前は、その……戦わないだろう」

「……うん」

「俺は、お前の盾だ。道中、何があるかわからん。だからずっとそばにいろ」

「……最初からそのつもりだし。守ってくれるんでしょ」

「ああ」

「魔王からも?」

「当たり前だ」


 まるで、「火って熱いんだよ」とでも言われたような顔で、ラームスは答えた。

 この男は本当に、魔王が現れてもキッカの前に立ち塞がるだろう。

 到底勝てるとは思えないけれど、それでも。



「……しかし、」


 背後で声が上がった。


「今回、カターリナまでは普通の道程で行くのだろう? 乗合馬車はお世辞にも乗り心地がいいとは言えないし、私は騎士科の授業で野営にも慣れているが……彼女のような女性には、ちょっときついんじゃないか?」


 セレニアがもっともなことを言った。

 確かに、か弱いご令嬢に今回のような旅程はとてもじゃないが向かない。

 淑女というのは、休日には社交場に出て、茶会を開いたり、お庭で刺繍なんかをやったりして時間を潰すものだ。

 キッカだって、元々はそのつもりであった。


 なので、キッカは胸を張って答える。


「勿論、キッカには野宿なんてとても耐えられませんわ! だから、疲れたらラームスおにいさまがなんとかします!」

「ああ」


 ラームスは平然と頷いだ。

 ディスカードは呆れたような顔を見せ、レックスは特に興味がなさそうに、セレニアは少し眉を顰めた。



 ──実際、馬車なんて乗れるだけ十分だし、野営に関してはこの中の誰より手慣れている自信がある。なんなら食べれる野草も区別がつくが。

 乗り合い馬車で、何も言わず膝を貸してくれるラームスを見ながら、キッカは思った。

 ──もちろん、言わないけれど。

 物語の可愛いお姫様は、ガタガタと揺れる剥き出しの木の上で、剣を抱きかかえながら眠ったりすることなんてないのだから。





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