スポーツ・デイ4
食堂のごはんはいつも美味しい。
今日はカネロニを選んだ。ナイフで切ったカネロニとチーズを絡めて口の中に入れると、中の挽肉からじわぁっと肉汁が染み出し、一緒に包まれたほうれん草と共に口の中をしあわせにしてくれる。
ついでに、ディスカードとの件をラームスを問い質してみたが、意外にも彼は口を割らなかった。
彼は彼で、でかい肉団子に口を塞がれていたせいもあるかもしれない。あっちも美味しそうだ。
(宥め賺せばチョロいと思ってたんだけどなあ……)
キッカは鎧の下で息を吐く。
アテが外れた。口が軽いとは思ってなかったが、それでも抜けているところが多分にあるので、聞き出すのは簡単だと思っていた。案外、そこら辺はしっかりしているようだ。
秘密を共有している身としては信頼出来るが、今回の件に限っては焦ったい頑固さである。
「──控室で見ないのか?」
背後から、ラームスの声が尋ねた。
剣闘試合が行われる闘技場は、すり鉢状の形をしている。
闘技場部分を一階とすれば、観客席はだいたい三階から上。二階部分には座学に使う部屋や各種用具置き場があり、闘技場の周りをぐるりと囲む円形の通路がそれらを繋いでいる。
通路の闘技場側の壁の半分ほどは硝子張りになっており、そこに椅子が置かれて、参加者の控室のようになっていた。
本来、キッカとラームスが居るべき場所である。
「誰のせいだと思ってるんですのぉ〜?」
キッカは腕を組んで、顔だけで後ろを振り返った。
数刻前、開会式が行われた平らなフィールドは、予想していた通り、今や立派な石造りの舞台が出来ている。
そして今キッカが立っているのは、そのフィールドの隅っこだった。
剣闘試合は舞台の上で行われるので、フィールドに出ていても、通路にへばりつくように隅にいる分には競技に影響はないし、客席が二階の上に迫り出すような形をしている関係で、庇に遮られたように客席からも目立ちにくい。
ただ、何かあった際の安全は保証されないだろうが。
だから周りに、二人以外の姿はない。
魔術がアリな以上、何処にいても攻撃が飛んでくる可能性はある。加えて誰も、見晴らしの良い二階ではなく、わざわざ横から見物するもの好きはいない。
じゃあ何故キッカがここにいるのかというと、ラームスのせいだった。
「な、なんだ?」
「だってラームス、わたしの名前すごい呼ぶんだもん」
キッカは怒った。鎧で見えないだろうが、頬を膨らませて怒っていた。
そう、この男、顔を隠してる意味がないくらい、予選でキッカの名前を叫んだ前科がある。
かなりの乱戦だったし、そんなに気にして耳を欹てているプレイヤーもいないと思うが。不安だ。その調子で、控室でも普通に名前を呼びそうだと思ったのだ。
そう言うとラームスは、「む」と拗ねたような顔をして、口を結んだ。
キッカはそれをとりあえず怒りを収め、黙ってトーナメント表に視線を戻した。
──別に元々、本気で怒っていたわけではない。
ラームスが謀事に向かないのは分かっていたし。だから別に、怒りはポーズで、一応釘を刺しておこうと思っただけだ。
名誉の戦いと言うだけあり、トーナメント表に、名前は一切表記されていなかった。
渡された紙切れには科と、十六までの番号が適当に割り振られている。
そしてキッカ含め、選手たちの腕には、番号が刻まれた金属の輪がある。これは魔道具のようで、鎧の上からでもピッタリと嵌って動かなかった。
「舞台二個あるけど、二試合同時進行なの?」
「じゃあなんて呼べば良いんだ」
「え。なに?」
突然なにを言い出すのかと尋ねれば、話が飛んだ訳でなく、寧ろ彼の頭の中では話が進んでいなかったらしい。
「名前だ」
「? いや……呼ぶ必要があるなら、普通におまえ、とかでいいんじゃない?」
「それでは遠くから呼ぶ時わかりにくかろう!!」
「遠くから呼ばないでよ……」
キッカは肩を竦めた。
まあでも、予選の時のようにクソでか声で名前を叫ばれる可能性を考えると、今だけの呼び名を作ってしまった方が安全なのかもしれない。
それをラームスが覚えてられるのかは知らないが。
自分から言い出したんだ。流石に気をつけはするだろう。
(うーん。ハイネ? それとも、ヴァルトとか?)
いや。どうせなら、キッカ・ハイネンヴァルトとまるで掠らないような名前がいい。
「……《シェオル》」
「? 誰だ」
「誰って、いま適当に考えたわたしの名前。剣闘試合が終わるまでに、わたしのことをどぉ〜っしても呼びたいときがあったら、それで呼んでよ」
キッカは石の舞台に上がった四人の選手を見て、「やっぱり同時進行なんだ」と声を上げた。
これで名前の話は終わりだ。
「一回戦目だけな」
今度は、ラームスもちゃんと答えた。
どうやら時間の都合上、初戦だけ試合を並行するらしい。
「わたしが三戦目で、ラームスは最後か。相手わかる?」
「戦っているところを見れば分かるかもしれないが……ああ、」
ラームスが思い出したように顔を上げた。
「お前の初戦の相手は、おそらく騎士科の先輩だな」
「まあそりゃ《十三番【騎士科】》って書いてあるし」
「それだけじゃない。あの十三番、おそらく《トーツ家》の次男だ」
「トーツ……」
聞き覚えのある名前だった。「あ。なんか、うちと似たような家だっけ」
西のトーツ、北のハイネンヴァルト──
共に国境領を護る領主貴族である。
仲良いの? と聞くと、「いや、」と否定が返ってきた。
「でも、授業で手合わせした時のことは覚えているぞ。魔術なしでも強かった」
「魔術師なの?」
「地属性だな」
「ふぅん……」
地属性なら、警戒すべきは身に付けている剣と鎧あたりだろうか。この舞台じゃ、他に細工するのは難しいだろう。
「それにしてもよく分かったね。みんな顔隠してるのに」
「鎧に三羽の兎の紋章があったからな」
「ああ、なるほど」
家紋が入った鎧なのか。それはバレバレだ。
隠す気がないのか。それとも、ラームスみたいにそもそもよく考えていないタイプなのか。
ラームスが「始まったぞ」と声を上げた。
それに倣って、キッカも舞台の方へ視線を移す。
「敗けは舞台の外に出るか、左手を挙げて降参だっけ?」
「ああ。あと審判判断もある」
「そっか。良かった」
実は少し不安に思っていたのだが、審判判断があるなら安心だ。
ラームスみたいに意固地な生徒は、負けが自己判断に限られてしまうと、本当に死ぬまで戦いかねない。実際の戦場でも、命より矜持を優先する奴はままいるので、そんなに珍しくなかった。
舞台の外からの判断が有効なら、大怪我する前に敗けにしてくれるだろう。
ラームスが急に、「お、」と一時停止したような声を上げた。
「知り合いでもいた?」
「いや、知り合いというか……騎士科はみんな知ってる。おそらく、あの一番、騎士科の監督生だ」
まさか出てくるとはな、とラームスが言うので、今度はキッカが「えっ」と頓狂な声を上げた。
「え待って。そもそも騎士科って全員参加じゃないの?」
「まあ、《ほぼ》だな。本当に全員参加なら、剣闘試合はもっと騎士科の独壇場になってる筈だ」
「どゆこと……? じゃあ、全員っていうのは」
「あくまで、【開催日校内に居て、かつ競技に参加出来る騎士科生徒】という意味だ」
「ん? なにその変な条件」
キッカが首を傾げると、ラームスが説明した。
「そもそも六、七年は校外に出ていることが多い。スポーツ・デイ当日に丁度戻って来れるとは限らないからな。それに寮長や、既に何処かの訓練生として数えられている一部の生徒は、敷地周辺の警邏に合流している。幾ら己の腕を試したくとも、騎士の本分を置いてまでこちらに出るわけにはいかんだろう」
なるほど。キッカは頷いた。
そうか、騎士科はそういうのがあるのか。
普通科ではあまり馴染みがないが、騎士科はわりあい、授業がそのまま進路に直結している。上級生の校外実習も多い科だろう。高学年にもなれば、本配属前の準備期間として扱われそうだ。
ラームスの後輩が言っていた、《参加出来る人間》というのを、キッカは怪我人なんかを除いた人数だと思っていたが。そうではなく、職務の問題らしい。だからあんなに棄権を渋っていたのか。
「え、じゃあ人数のカウントは?」
「そもそも参加出来ない事情のある生徒は、最初から参加登録自体しないからな。全体の数として集計されない」
「じゃ、最初から参加登録しなければ良かったのに……」
参加は己が決めたことなのでもういいが。登録してなければ、幾らでも誤魔化しようがあったのではないかと思う。偽り暴きの魔術でも身近だったのだろうか。
「? 参加するつもりだったが、怪我で出れなくなったんだろう」
「……そういえばそうね」
キッカは肩を竦めた。そんな話になっていた。
でも実際、ラームスの言う通りかもしれない。
最初は参加するつもりだったが、日を追うごとにだんだんと恐ろしくなって、気持ちが萎んでしまった──そう言われても、キッカは納得できる。
その点、ラームスは悪いやつではないが、そういう弱音は吐き難い相手だろう。
「じゃあ、騎士科からそんなに強い人は出て来ないんだ」
「いや。監督生が出てる時点でそうとも言いきれん。あの人強いからな。お前の相手も、既に配属の決まっている男だし」
つまり彼等はたまたま暇だったか、そうでなければ騎士の本分を置いてでも出てきた奇特な人たちというわけだ。
第一試合は、結局一番と十番が勝ち上がった。
確かにラームスの言う通り、一番は余力を残して勝っているように見えた。
「……確かに、騎士科が強いね」
予選の会場は、わりと魔術師有利だな、なんて思っていたが。
本戦は圧倒的に騎士科有利だ。
舞台は急造で、前もって細工しておくことはできないし、魔力干渉できるネタも少ない。遮蔽物がまったくないから、不意打ちを望むのも難しいだろう。そこも魔術で拵えなきゃならない。しかし先に別の魔術が通っている今回のような舞台は、そもそも干渉が難しいのだ。まさに八方塞がり。
それこそ舞台全体を焼き尽くす火力でも出せれば別だが、これだけ素材の限られた中じゃ、そんじゃそこらの魔術師には難しいだろう。
二試合目は間を空けず始まった。
そこで舞台に上がった選手を見て、キッカはポカンと口を開けた。
「……お、おんなのひと……?」
その人は、ラームスと同じような訓練着を着ていた。校内でもよく見かける格好だ。おそらく騎士科の支給品だろう。
ということは、彼女も騎士科である。
格好は同じでも、ラームスとは明らかに見目が違った。
遠目でも分かる、メリハリのある身体。
背はそこそこあるが、男たちに比べて明らかに細身だ。
そして胸あて越しにも、その下の膨らみがよくわかった。
会場も俄かにざわついた。
おそらく、彼女は本戦唯一の──キッカを除いて── 女性選手である。
しかし、ラームスは不思議そうに首を傾げた。
「? 驚くことでもないだろう。確かに全体の数から見れば少ないが、騎士科にも女生徒はいる」
「いや……それは、まあ」
ハイネンヴァルトで育ったラームスに、女騎士が珍しいという認識はないのだろう。
それか、昔に比べて女性騎士が増えているか──両方か。
ラームスは例外として、客席の騒めきも、それほど大きくは無かった。今の世では、ちょっと珍しい、程度のことなのかもしれない。
「町の人かな」
キッカは呟いた。
《町の人》と言うのは、ハッキリ言ってしまえば中産もしくは労働階級の人間のことだ。
何故かこの学園では、そう言った人間を「労働階級」と素直に言うと、傲慢にとられかねないそうで、この迂遠な呼び方が定着している。
労働階級なら、女性でも生計を立てるために騎士を志望するというのは有り得ない話ではないと思う。
キッカは絶対選ばないが。
危険は伴うものの、所属さえ選べば実入りの良い仕事だろう。
ラームスは首を振った。
「あいつが? いや、貴族だが」
「……え? 知り合い?」
「学年は一つ上だが、組み合わせでよく当たる。戦い方を見れば分かるぞ」
俺たちと同じ、侯爵家の人間だ。ラームスは言った。
つまり彼女は、キッカと同じ、侯爵令嬢というわけだ。
この国に三つしかない、侯爵家の、御令嬢──
(な……なんで……?)
キッカは鎧の下で狼狽した。
どんな家か知らないが、どの侯爵家もハイネンヴァルトのように騎士一族というわけではないだろう。子息ならともかく、令嬢が兵役を強いられるようなことは少ない筈だ。
(侯爵令嬢なら、結婚相手だって引く手数多だろうに……)
それなのに何故、命を奪ったり奪られたり、そんなところにわざわざ行こうとするのだろうか。
キッカの夢は、優しくてかっこいい、自分だけの王子様と結ばれて、可愛い子供を産んで、しわくちゃになるまで穏やかに暮らして、家族に囲まれて死ぬことである。
貴族に生まれた人間はそこら辺ラッキーで、日々を生きるための金策に悩むこともなく、そういう幸せに、一番近いところにいると思っていた。
なのに、彼女は何故──
「俺と同じ頃から剣を振り回してたらしいからな。けっこう強いぞ」
「……ラームスより?」
「そんなことはない!!」
ラームスが慌てて、「六割は勝ってる」みたいなことをもごもご言った。
つまり、残りの四割は、ラームスが負けているということだ。
それは確かに強い。
実際、剣を振るう彼女は、ラームスと比べて遜色ない剣技を持っていた。ラームスの一つ上ということは十六歳だ。その歳にしては、けっこう強い方なんじゃないだろうか。欲をかくなら、彼女の戦いは実戦で使うには少しお行儀が良すぎるから、もう少し勝利に貪欲な戦い方を学んだ方がいいというくらいか。女の肉体は、男に比べてでかいハンデがある。それを鑑みれば、ラームスよりすごいかもしれない。
ただ、戦場は相対評価ではなく、絶対評価だ。
女の中で一際優れていても、敵には男も女も押し並べて血の詰まった肉袋である。
「俺は、準決勝であいつと当たる」
ラームスはどこか楽しそうに言った。
すると、キッカの頭から疑問がかき消え、代わりになんだか、面白くない気持ちが押し寄せた。
「ふうん……でもラームス、大事なこと忘れてない?」
不思議そうな顔をしたラームスを、鎧の下から笑みを孕んだ声で見上げた。
キッカは、特に何を考えることもなく、胸に湧いたもやもやを吐き出すように、口を開いていた。
「ラームス、あの人と戦う前に、わたしを倒さなきゃいけないんだよ?」
キッカは無意識に、煽るような眼差しを向けていた。
鎧の下のそれが見えたのか、ラームスはムッとした顔でキッカを睨み下ろした。
「首を洗って待っていろ」
お前を倒す! とラームスが拳を握って宣言する頃には、キッカのもやもやは、気の所為のようにどこかへ行っていた。
(……うん。どうせやるなら、勝つほうが良いもんね)
戦いは嫌いだ。痛いばかりだし、可愛くもない。
だけど、負けるのもめちゃくちゃ嫌いだ。
久しく忘れていた負けん気を、強いと言われた女騎士に発揮してしまったのかもしれないな──
と、キッカはさっきあったような気がしたもやもやに、そんな理由をつけて納得した。
二戦目もそろそろ終わりそうだ。
キッカは手を組んでぐっと上に伸ばし、足を曲げ伸ばしストレッチを始めた。
──ちょうどいい機会だ。
ラームスは、覚え始めた魔力の扱いを持て余している。
昼刻に言った、「手加減なしで魔力を使える相手」に、わたしならなってやれる。
どれだけ誘われても断って、ずっと見ているだけだったこの男の鍛錬だが、今この時のみならば、その望みを叶えてやれる──
(──さて、)
どうやって勝とうか。
キッカの頭に、端から負ける可能性はなかった。
見据えているのは、既にラームスとの二回戦だ。
しかし、この試合も無駄に終わらせるのは出場する意味がない。
キッカには名誉なんてもの価値も興味もないし、動くのは好きだが、戦いは嫌いだ。
(でも、どうせやるなら、ラームスが見て感心するような試合にしたい)
──あの女より。
キッカは、自然と出て来たその思考に、自分でもちょっと驚いた。
大嫌いな戦闘なのに、己はここまで負けず嫌いだったかと、我ながら意外に思ったのだ。
おそらく、一番簡単に勝つ方法は、相手を舞台から落としてしまうことだろう。
でもそれじゃつまらないし、力押しが過ぎる。一瞬で終わってしまいそうだ。ワンサイドゲームを見せたいわけじゃない。
同じような理由で、審判判断されるほどボコボコにするのも気が引ける。
何より、腹を括ったとはいえ、そんなところをラームスに見られるのは嫌だ。
なら最上は──
(足掻く気も起きないくらい、完璧に。完膚なきまでに)
──自ら、負けを認めさせること。
「……ラームス、」
「なんだ?」
久しぶりの戦闘らしい戦闘に、腹の中で魔力がグルグルと渦を巻くのを感じた。
這い寄る魔力に、鎧が軋んだ悲鳴を上げる。
「目に魔力を絶やすなよ」
キッカは振り返り、にんまり笑った。
「見たいもの、見せてあげる」
#
「予選の時ロイくんが言ってたのってアレじゃん?」
ディスカードが声を上げた。
彼は、硝子の向こうに落としていた視線を、くるりと背後に向けて笑う。「ホラ、本戦上がってきてたんだ。ロイくんが目を掛けてただけあるねぇ」
「目を掛けたって……」
そういうんじゃないんだけどな、と困った声が言う。
言葉の通り、男はそこまで興味が無いようで、ぼんやり外を眺めていた。
出番はもう次に迫ってきている筈だが、男は普段の制服のまま、ゆったりアームチェアに腰掛けている。
この男、予選もこの格好で勝ち上がった。
きっと、本戦もこのまま行くのだろう。
ディスカードは見ていて面白いから構わないのだが。何せめちゃくちゃ浮いているので。
しかし本人は目立ちたくないからと、顔を隠すために適当なヘルムを被っていた。でも長い髪は中に入れると邪魔なのか、括って外に出したまま。
見る人が見れば普通にわかる格好だ。おもしれー男である。
「勝った方が二回戦でキミと当たるんだから、見といて損はないと思うけど〜?」
負けるとは思っていないが、負けられると困る事情がある。
退屈そうな男の代わりに、仕方なくディスカードは闘技場の中心に視線を下ろした。
客席の方が見やすかっただろうが、ここ二階通路の方が距離は近い。というか、ディスカードへの義理だけで出ているような男が、気紛れに棄権しないとも限らないので、見張る意味でも一人で客席に行くわけにはいかなかった。
(強すぎるのも考えものだな)
退屈するのも仕方ない。この男を唸らせるような試合は、学生のイベントじゃなかなか出てくる代物ではないだろう。
──この男、いったいどれほど強いつもりなのだろうか。
ディスカードは素朴な疑問を持った。いや、べらぼうに強いことは分かっているが。それでも彼の本気を見たことがあるかと問われると、首を傾げるしかない。
おそらくディスカードのことも、魔術師として一目置いてはいても、脅威には感じていない筈だ。
まあ、脅威認定されても困るが。相手だって、ディスカードの本気を見たことはないのだから。
(それを見せてもらうには、相応の相手が要るからなぁ……)
学生にそれを求めるのは酷か。
ディスカードは再び意識を闘技場に戻した。
十三番対十四番。対戦表を見ると、騎士科同士の戦いだが、並ぶと大人と子供のような体格差だ。
「さぁ〜て! ここまで身体的なハンデがあって、全身鎧の少年はどこまでやってくれるんだろーねえ」
わざと聞こえるように声を上げると、男はちょっと億劫そうにだが、同じ方へ視線を向けてくれた。
この男が少しは興味を示した相手だ。ディスカードも期待している。あわよくば、この男の底が少しでも見れるような試合をして欲しい。
(ま実際そこまで期待してないけど、)
舞台に上がった全身鎧は、相手と向き合って一礼したあと、左拳で胸を軽く叩き、その拳を相手に向けた。
ほんの一瞬の、小さな動きだった。
彼はそのままクルリと背を向け、所定の位置まで下がっていった。
ディスカードが背後の男を振り返る。
男は僅かに、怪訝そうな顔をしていた。
「見た?」
「……カターリナの古い礼だ」
「あ、やっぱり? さっすが未来の王様よく知ってるねえ〜」
「キミこそ。他国の人間なのによく知ってるね」
「……ま。ボクは博識だから」
ディスカードはウインクで返した。
全身鎧はそれこそ、身に馴染んだ癖のように礼を行った。それはとても自然な動きで、注視していなければ、ディスカードも見流していたことだろう。
「ロイくんと同じカターリナ出身かな? ココ留学生もそこそこいるし」
「かもしれないね」
少しは見る気になったようだ。
男の焦点が舞台に合った。
ディスカードも同じ方向を見下ろした。
戦いは、一進一退という調子だった。
最初は十四番が押され気味だったが、段々と十三番に適応してきた──というより、息が合ってきた、という印象を感じた。
十三番が剣を振るい、十四番がアーマーに刃を滑らせるようにして受け流す。体勢を崩した十三番の脇腹に、十四番が殴りつけるように片手の剣を振るう。しかし十三番は、ぎりぎり身体を回転させてそれを避けた。
少しでも気を緩めれば、あっという間に決着がついてしまいそうなヒリついた攻防の連続。
観客たちも、固唾を呑んで見守っていた。
戦いを知らない騎士科以外の生徒にも、レベルの高さが分かる試合だった。
何故ならその戦いは、とても美しかったのだ。
「……どう思う?」
「……十四番のほう」
「あ〜…やっぱ?」
隣を見ると、男はやっと退屈そうな表情を外していた。
彼はディスカードの言葉に頷くと、「彼がこの試合を、《見せる試合》にしてる」と答えた。
「だろうね。美しく見えるのは、ある種の様式が整えられているからだ。ボクは近接専門じゃないけど、一進一退の攻防の随所に、戦いにおいて重要な動きが盛り込まれてるのは解るよ」
「……城の騎士が、部下に型を見せる時でも、ここまで見事な試合は見たことがないよ」
「ど? 強そ?」
「うん……どうだろう。十三番よりは強いんだろうけど、この試合だけじゃわからないな」
「まー確かに。実際戦ってみないとか。上座の連中へのアピールなら、もっと強さを誇示した方が良さそうなもんだけどね」
「ああ……なるほど」
男は、得心がいったように頷いた。
「なに?」
「いや、そういうことかと思って」
男が硝子越しの舞台を見降ろす。
「何故こんな戦い方をしてるのか疑問だったんだけど、そっか。誰かに見せてるんだ」
試合は結局、首元に剣を突きつけられた十三番の降参で幕を降ろした。
何も知らない人間からすれば、十四番の辛勝に見えたかもしれない。
だがある程度訓練された人間なら皆、二人の実力差がわかっただろう。
それはきっと、戦った本人が一番よくわかった筈だ。
結末を見て、男は微笑った。
「もし、その通りなら……その人は随分、贅沢者だね」




