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スポーツ・デイ3





 目の前を覆ったのは、広い背中だった。

 誰のものかは明白だ。


「……なんで、」


 キッカはへたり込んだまま、その背を見上げた。

 彼は、目の前の男を拳で薙ぎ倒し、「大丈夫か!?」とこちらに手を伸ばした。

 キッカはもう、我慢ができなかった。


「なんで、なんでラームス、わたしのこと助けるの? わたしが強いってわかってたんでしょ? だから出場も認めたんでしょ? 前に植木鉢が降ってきた時もそう。わたし、助けなくても勝手に助かるじゃん。それくらいの力があるの、知ってたんでしょ? 自分が傷を負う必要ないじゃん。無駄じゃない? わたしに構ってないで、もっと効率良く敵を倒せばいいでしょ。なんで助けるの? わたし、ラームスより……強いのに、」

「そんなこと戦ってみなければわからんだろう!」

「……はぁ?」

「確かにお前は強いかもしれんが、必ず勝つとは限らん!!」


 そこかよ。

 キッカの口から、思わず気の抜けた声が漏れた。

 負けず嫌いな男だ。


「前にも言った」


 ラームスは、向かってくる敵を力任せに打ち倒しながら、キッカを見下ろした。


「俺がお前を守ることに、お前の強さは関係ない」


 俺は騎士だ。

 そして、お前は俺の妹で、友だ。

 ラームスがそう言って、もう一度、キッカに手を伸ばした。


(……そうか)


 ラームスはほんとに、わたしがどんなに強くても、守ってくれるのか。

 彼たちが兄妹で、友人だから──

 一瞬、ツキンと心臓に刺すような痛みが走った気がしたが、キッカは気のせいだと思った。

 ラームスの言葉が真実なら、それは、己が一番望んで焦がれていたものなのだから。

 

「……わたしより弱いくせに」

「だからそれは──」

「約束できる?」


 ラームスが眉を顰め、「なにを」と問いかけた。

 彼の手を見つめ、そしてその顔を見上げて、キッカは口を開いた。

 それは、過去に強く願い求め、しかし終ぞ口にすることのなかった、数百年ものの想いの残骸だった。


「もしもわたしが怯えたら、その背に隠してくれるのか。

 もしもわたしが苦しめば、代わりに背負ってくれるのか。

 もしもわたしを傷つけるものがあったら──」


 ──何者からも、わたしを守ってくれるのか。

 たとえ、わたしが強くても。


「当たり前だろう」


 ラームスは答えた。

 キッカが目を瞬かせるほど、即答だった。


「お前が望むなら、幾らでも。全てのものから守ってやる」


 ああ──

 キッカは目を閉じた。

 ──なら、わたしも腹を括ろう。


「……お前がそう言うなら、」


 キッカは笑って、ラームスの手を取った。

 何の飾り気もない、心からの笑顔だった。


 わたしの力を知って尚、それを言ってくれるなら。

 なら、おまえの前で、力を隠す理由はない。


「頭を下げろよ、《親友》」


 キッカが言うと、ラームスは問い返すでもなくその通りにした。

 キッカはその頭に、跳び箱の要領で手をつけて、身体を浮かす。

 そうして身体を捻り回すように、背後に迫り来る選手(プレイヤー)を足蹴で吹き飛ばした。


「!? おい、守られたいなら大人しくしていろ!」

「あっはっは今はいいの、気分が良いから」


 剣を振りかぶり向かってくる男の前に、別の選手を力任せに引き摺り出し、盾にした。

 その男の剣を握る手をぐるりと捻ってやり、その落とした剣を、少し離れたところにいた火属性使い(ワンド)目掛けて投擲する。

 魔術師は乱戦だと何をしてくるか分からないので、先に潰しておくのが鉄則だ。


 キッカの戦い方は、型をきちんと学び、訓練してきた騎士科の生徒たちには、めちゃくちゃに見えた。

 手当たり次第を攻撃に、そして防御に変えていく。型も何もあったものではない。ともすれば卑怯に見える戦い方も、平然とした。


 ただ、この乱戦で彼女は、素晴らしく強いと言うほかなかった。


 ラームスもキッカに後れをとらず、負けじと敵を薙ぎ倒していく。

 なんでもありのこの状況では、彼を倒せる人間も、なかなか居ないようだった。

 一対一ならまだしも、ラームスもまた、勘が鋭く乱戦に強い。


 キッカは、鎧の下で笑った。


「わたし、いっぱいいるの得意だから」


 伝承で語られた帝国の筆頭騎士は、残念ながら実在しないけど。

 幾多の乱戦を越えてきた遊撃手ならここにいる。


 ──忘れはしない。

 今も目を閉じれば、かつてこの国の盾であった王の姿は、瞼の裏に鮮明だ。

 忘れられやしない。

 己がその道を平らげる剣であったことは、誰の為でもなく己の意志で、今も後悔はしていない。


 けれど。

 生まれ変わりだとか、記憶の有無だとか、そんなことはもう、どうでもよかった。

 今、この身に湧き上がる歓喜が、

 心からの安堵が、

 それさえ確かであればいい。

 それで理由は事足りる。


 どこぞの選手が作り上げた蠱毒のような輪の中で、集められた選手達は瞬く間に数を減らしていった。

 奮う力に迷いのなくなったキッカは、恐ろしく強かった。





「どれくらい倒した?」

「二……いや、三十は」

「三十か。ちょっと物足りないか、な!」


 キッカは数人の騎士を、思いきりラームスの方へ足蹴で吹き飛ばした。

 ラームスは驚きながらも、それらを地面に転がしていった。「何をする!!」と怒るのが聞こえる。


 その時、キッカは足下が脈動するのを感じた。


「やっとか。思い切りが遅いな」

「おい、キッ──」

「あんまり名前呼ばないでよ。手を出して」

「ん? ああ」


 ラームスは素直に片手を出した。

 言われた言葉を疑わず行動するその癖は、戦場では話が早いが、悪意のある人間に容易く利用されそうで、キッカは心配になった。次兄がいい例だ。

 しかしひとまずそれは置いておいて、キッカは差し出された手を掴むと、間髪入れずに走り出した。

 半ばラームスを引き摺るようにして、かなり数の減ってきた選手達の間を抜ける。


「お、オイ何を──」

「舌噛むよ」


 タンッ、と小気味良い跳躍の音と、鎧の軋む音を響かせ、キッカは自分の身体とラームスを木の上に引っ張り上げた。

 すると、地面から離れようとするその足に追い縋るよう、青白い光が伸びた。

 ──魔力光だ。


 太い枝の上に二人が落ち着き、下を見下ろす頃には、今まで立っていた地面一帯に青白い陣が浮かび上がっていた。


「な、なんだアレは!?」

「紋は《六十七番目》、指向は《磨羯宮》、基礎は……《水界・流動》かな。このくらいなら、風属性(わたしたち)は避けなくても大した怪我なかったかも」

「なんだそれは」

地魔術(ペンタクル)の基礎になる陣だよ。地属性は文字の魔術だって言ったけど、その言葉(センテンス)を簡略化するために体系化された陣の法則がある。彼等が使ってるんだから、これは学校で習うんじゃないの? 七十二の実証段階、十二の形而上学段階、四つの神学段階から派生してるから、それを覚えとけば見た瞬間にある程度の傾向と対策が……」


 キッカは隣の兄のポカンと口を開けた間抜けな顔を見上げて、「……ごめん、なんでもない」と口を噤んだ。

 この世には、理論より勘で戦った方が強い人間も、ままいる。


 輪の周囲は陣に沿って土壁が迫り上がり、地面は形を変え、地上のプレイヤーたちに殴りかかった。

 陣から予想した通りの効果ではあるが、なかなかシュールな光景だ。

 しかし、最高の効果を演出するには一足遅かった。


 一時に比べ、陣の中の人数はだいぶ減っていた。

 キッカとラームスがボコスカ倒したせいだ。

 しかし、そのおかげで攻撃を避け、ある程度周囲を見渡すことのできる隙間が出来ている。二人が来る前なら、こうはいかなかっただろう。

 状況を把握したプレイヤーたちの中から、不規則に動く地面を利用し、輪の中から脱出する生徒が現れるのも当然と言える。

 さすが騎士科(ナイトクラス)。不測の事態への対応も早い。


 しかし、それは想定内であったのか。

 出てくる選手は一人々々丁寧に、潜んでいた魔術師たちによって袋叩きにされ、退場して行った。


「アイツら……ッ!!」

「どうどう。暴れると落ちるよ。ルールに明記されてない以上、彼等のアレは卑怯でなく戦術だ。実際の戦場では、寡兵を大戦力で叩いて、心を折るのも立派な戦法だし」


 とはいえ、ここは戦場ではなく生徒同士の試合である。

 彼等が悪いとは言わないが、どうにもスカッとしないのはキッカも同じだ。


「だからやっぱり戦場でものを言うのは、口ではなくて力なんだよラームス」

「それは確かにそうだが」

「だから彼等が不意打ちのめちゃくちゃな暴力で退場しても、仕方ないことだと思うよ」

「!! ああ!」


 言葉の意味を察したのか、颯爽と木から飛び降りたラームスは、一直線に魔術師たちの元に飛び込んでいった。

 思ってもいない場所から登場したラームスに、狼狽した彼等は、面白いように狩られていった。


 下準備は素晴らしい。

 転移早々に陣を書き上げ、そこに獲物を呼び寄せるチームプレイ。まあ、少し魔法の発動を思い切るのが遅く、キッカとラームスに多くの餌を与えてしまったが。ここまでは概ねよく出来ていたんじゃないだろうか。

 しかし、予想していない動きへの対応は、だいぶお粗末なようだ。

 魔導科(セレマ・クラス)の中でも、生徒は実践的な研究者と、専ら研究室に籠って理論を構築する研究者に分かれるのだろう。今回の彼等は、後者だったのかもしれない。

 戦場での咄嗟の判断は、やはり騎士科の生徒に軍配が上がるようだ。特に、ラームスの身体能力はこの年頃にしてはだいぶん高いし、近接に持ち込まれたら魔術師には辛かろう。



 ラームスが目につく魔術師を全員倒し終えたところで、ドォンッと、大砲のような音が響いた。

 剣闘試合、予選が終了した。





#





「今回のこと考えると、髪が短くなってて良かったかも」



 剣闘試合の予選が終わると、昼休憩の時間になった。

 二人はコロッセオのある第五塔を離れ、食堂のある第九塔に向かっていた。


 己の髪をくるくると指に絡めながら、キッカは言う。

 邪魔にならないよう、鎧の下でキャップに詰めて髪を纏めていたが。己の好みを別としたら、キッカは戦場で、長髪を鬱陶しく思うタイプだった。

 敵に捕まれる可能性もあるし、何かと邪魔だ。戦うなら短い方がいい。

 ──まあ、髪の長さで勝敗が決まるわけではないが。

 長髪で、めちゃくちゃ強い人間も知っている。気分の問題だ。


 ラームスは、そんなキッカを怪訝そうな顔で見た。


「……いいのか、ほんとに」

「え? ……あ、いや普通に伸ばすけど。今回だけだよ」


 戦うなら、と言う話だ。

 キッカは恒久的に戦場に身を置くつもりはない。こんな状況、今回ばかりだ。髪はまた伸ばす。


「ん……? いや違う! 髪の話じゃなく、本戦のことだ!!」

「ああそっち……健闘を祈ってくれるんでしょ?」

「それは……そうだが」


 ラームスは、煮え切らない様子で答えた。

 珍しい態度だ。


 予選の結果、キッカとラームスは本戦出場を決めた。

 別に、そこで棄権することも出来たし、開戦当初はキッカもそのつもりでいたのだが。

 しかし、気が変わった。

 ラームスの鍛錬を見ていた時から、ある程度は協力しようと思っていたのだ。

 心配だったのもあるが。何より、植木鉢の時も、手紙の件で囲まれていた時も、助けようとしてくれたその借りを、ここで返そうと思った。

 今はもう、ラームス本人がキッカを守ると約束したので、借りも何も無いと思うが。それはそれで、自分の安全のためにも、ラームスには強くなってもらわなければならない。どのみち協力するつもりであった。


 今後己が剣を握る機会なんて、そうそうないだろう。

 ならば、ここまで来たついでに最後まで付き合ってやろうと、そう思ったのだ。

 ラームスもそれを望んでいる筈、と踏んでいたのだが──


(なんか、喜んでるように見えないな……)


 キッカは首を傾げた。

 鍛錬馬鹿のラームスだから、強い人間がいればその手合いを見たい、あわよくば己も手合わせしたい! なんて、言うだろうと思っていたのだが。だから棄権せず残ったのだ。キッカとラームスが手合わせ出来るかは、流石に組み合わせの如何によるが──


 なのになんで、こんな浮かない顔なのだ。


「ラームス、本戦楽しみじゃないの? 予選では、念願の魔術師リベンジも出来たのに……」

「! いや、楽しみだが……予選ではそれより、魔力が容易に使えるものじゃないと実感して、どうするか必死だったからな」

「あれ? でも少し時間をかければ、剣に魔力を流せるようになったんでしょ? それを実戦で使えるかどうかは別として、今回みたいな舞台では十分じゃない?」


 実際の戦場では、いつ襲われるかわかったものじゃないので、僅かな遅れが命取りになる。

 しかし、今回のような競技なら、よーいどんで始まるわけだ。逆算して、競技前に準備しておけばいい。


「いや、そうじゃなくてだな。魔力は、魔力で身を守れない相手に、想像以上の威力を発揮することが分かったから」

「あ。なるほど、」


 確かに。それは実戦でなく、訓練だからこその問題だ。

 キッカは微笑った。


「それがもう、十分な収穫じゃない?」

「なに?」


 ラームスは首を傾げた。

 キッカは、今まさにラームスが言ったことこそ、魔力を使う人間にとって、一番大事な基礎だと思う。


「相手の力をきちんと理解できる目と経験がないと、不用意に人を痛めつけるかもって、理解出来たなら十分な収穫だよ。コントロール出来ない魔力は、人も自分も傷つけるから」

「だから簡単に広められないんだな」

「ん……? あ。そうそう! 魔力の操作がきちんと出来るまでは、あんまり人に向けない方が良いしね!」


 ラームスが勝手に良いように解釈してくれたので、キッカはその発言に乗った。

 実際はただ単に、自分にそんな知識があることを人に知られたくない保身だが。


「相手の武器を弾き飛ばしたり、折ったりするのには使ったが」

「だから予選では剣持ってるのにやたら殴ってたんだ……本戦では、まあ、相手によっては使って良いんじゃない?」

「だが……」

「相手によっては、だよ。本戦に上がってきたなら強いだろうし。魔力も、剣の鍛錬と一緒で、一人で上達するには限界があるから……一番は、格上の相手に相手してもらうことなんだけど。そしたらこっちも手加減なしで魔力が使えるし、」


 そう言ったら、「たしかにそうだな!!」と、やっとラームスの顔にやる気が戻ってきた。

 キッカはホッとした。

 別に、どんな顔するのもラームスの自由だが、あまり暗い顔をされると、キッカが落ち着かない。


「あ、あとディスカードおにいさまが出場するなら、あの人には本気出して良いと思うよ」


 寧ろコテンパンにやっつけてしまえ。

 そんなことを思いながらキッカが言うと、ラームスはあっさり「アイツ出ないぞ」と答えた。


「え、そうなの?」

「ああ。自分は出る気はないと言っていた」

「……わたし、おにいさまに、ディスカードおにいさまとは二人きりで話さないように、って言ったはずだけど」

「……そうだったか?」


 キッカは眉を顰めた。

 あの男は危険だ。特にこの、疑念を知らないラームスのような人間は、関われば喰いものにされるのがオチだと思ったから忠告したというのに、このアンポンタン。

 ──しかし。同じ学園に通っている以上、まったく会うなと言うのが現実的でないことは、キッカにもわかっていた。

 いくらマンモス校といえど、偶然、やむおえず会ってしまうことはあるだろう。まして兄弟という関係上、会えば会話に発展するのが自然だ。


「……まあ、いいや。出くわしちゃうのはもう、しょうがないとこあるし。でも、会話には気をつけなよ? まさか約束事とかはしてないだろうけど、」

「…………」

「…………え、」


 ラームスが目を逸らすのを見て、キッカは足を止めた。


「待って、何か約束したの?」

「や、約束ではない。ちょっとした勝負事をだな……」


 ラームスが慌てたように弁明するが、勝負事でも旗色が悪いだろう。フィジカルで劣っているとは思わないが、それ以外の面で不利すぎる。


「なんの勝負? ……勝負で負けた代償とか要求されてないよね?」

「負けた前提で話すな!!」

「え、まさか勝ったの?」

「……まだわからない」


 なにそれ。現在進行形で勝負が続いているということか。


「ちょっと、ほんとに何の勝負──」


 掴み掛かって聞き出そうかと、キッカが身を乗り出したその時。

 不意に、首筋にチリッと粟立つような感覚があった。


 戦場での殺気に似たその感覚に、驚いたキッカは、言葉を止めバッと振り返る。

 視線を向けた先の、少し離れたところに、数名の騎士たちの姿があった。闘技場に向かって歩いているようだ。

 その中の一人と、バチリと目が合った。


「なんだオマエ等、痴話喧嘩か?」


 外套のフードを浅く被った男が、にやにやと笑いながら近づいてきた。

 目があったせいで、変なのに絡まれてしまった。


(……この男か)


 首筋が痛んだのは、こいつのせいだとすぐに分かった。

 今朝からチラホラとでかい気配を感じていたのだ。王の近衛か、それとも騎士団の人間だろうかと思っていたが、こうして目の前にしてみると、なるほど気配が濃い。

 数百年前ならいざ知らず、キッカはこの国の軍備について、詳しいことは知らない。格好から、ある程度身分のある騎士だろうとは思うが。

 しかしこんな手練がいるのなら、ユグエンは安泰そうだ。


「誰だ?」

「おにいさま……」


 キッカは呆れて隣を見る。

 確かに誰か知らんが。たぶん、未来のお前の先輩だぞ。


「あ? なんだ兄妹か」

「ああ、そうだ」

「へぇ。似てねぇな」


 キッカは心中唸った。

 確かに、どんな相手にも物怖じしない性格は、戦場に立つ上で悪いことではないと思う。

 しかし現状、彼は明らかに先輩騎士であろう相手に、とんでもない態度を取っている阿呆だ。軍は基本的に上下関係が厳しい。それが立場や年齢による上下か、それとも実力順かは場所によるが。

 

(ラームス、これで将来やっていけるのかな……)


 キッカは心配になったが、当の騎士はラームスの無礼を怒るでもなく、「そんなことより」と、顔を寄せてきた。

 浅く被った外套の頭巾から、鮮やかな青い髪が垂れる。存在感に気圧されていたが、よく見れば大した白皙の美貌だった。


「オマエら、剣闘試合見てた?」

「へっ?」

「いやそれがよ、」


 男は寄せた顔を離すと、両手を頭の後ろで組み、その顔に似合わぬフランクな態度で聞いてもないのに語り出した。


「一応、未来の後輩候補たちを見とけよってことで連れてこられたんだが、予選かったりぃし、フケて他行ってたんだよ。したらみんなすげー強ぇやつが居たって盛り上がってんの! 気になって来ちまった」

「つえーやつ……」


 ラームスが、チラリとこちらに視線を落とした。おい見るな。


「だからそいつ、どんなんだったのか気になって……」

「まあ、ごめんなさぁい! わたくし、ああいう競技ってこわくって、あんまり見ないようにしてますのぉ!」


 ねえ、おにいさま?

 小首を傾げて見上げると、ラームスは得心がいったという顔で、「あ、ああ! 剣闘試合に出てるのは俺だけだ!!」と答えた。


(こ、コイツ余計なことを……)


 ……いや。でもラームスからしたら、余計なことでもないのか。

 キッカは考え直した。

 今のうちから先輩騎士に覚えめでたくしてもらうのは、先のことを考えれば悪いことではない。まあ、本人がそこまで考えて発言したかは分からないが。


「そうですわね! おにいさまは、予選を突破して本戦の出場権を得たことですし」

「お。なんだお前、本戦の選手か」


 男が少し感心したようにラームスを見た。

 後ろの騎士たちも、「え、ほんとか?」「すごいな!」と口々に寄ってくる。

 キッカは心の中で拳を握った。よし。思惑通り、ラームスは騎士たちに興味を持たれたようだ。先輩と顔見知りになっておくのは、ラームスの将来のためにも良いだろう。


「鍛え方からして騎士科か。歳は?」

「十五だ」

「ほーう。その歳で本戦出場たぁ、なかなかのもんじゃねぇか? この学校でけーしな。名前聞いといてやるよ」

「俺か? ラームス・ハイネンヴァルトだ!」


 腕を組んだ仁王立ちで、ラームスは居丈高に名乗った。


 ちょ、この態度どうにかならんか、とキッカは戦々恐々としたが、意外にも男は気にした風でもなく。周りの騎士たちもラームスを叱り飛ばすでもなく。しかし、俄かに騒ついた。


「ハイネンヴァルトの……」

「ってことはラーディクスさんの?」


 耳に入る言葉からして、彼等は長兄のことを知っているようだ。

 男も、「お前ハイネンヴァルトんとこの息子かよ」と納得したような、いささか驚いたような顔をした。


 ──()()()()()()()()んとこ?


「つーことは嬢ちゃんも騎士か?」

「ッま、まさかですわ!?」


 急に会話の矛先が変わり、キッカは慌てて返事をした。


「キッカみたいな小さな淑女が、闘えるわけないじゃないですのぉ〜」

「……ま、確かに鍛えてきた身体じゃねぇな」


 才能はあると思うがなぁ、と不躾な視線を送られ、キッカは己の顔が引き攣っていないか心配だった。

 いったい何を見てそう思ったんだ。


 しかし頬の筋肉が音を上げる前に、ラームスがキッカの前に立ち塞がった。


「昼休憩は時間が限られているからな。用がないならもう行くが」

「ん。呼び止めちまって悪りぃな」


 んじゃ、頑張れよ。

 男はそう言ってひらりと手を振り、こちらに背を向け、第五塔の方へ歩いていった。



「……ラームス」

「なんだ?」


 呑気な顔で返事する兄に、キッカは大きなため息をついた。


「あれ未来の先輩でしょ? 下手くそでもいいから敬語を使う努力しなよ」

「む。そうなのか」

「そうなのかって……へりくだれとは言わないけど、無駄な軋轢生みたくないでしょ。騎士になる上で、邪魔になるよ。そういうの」

「わかった。気をつける」


 ラームスは素直に頷いた。

 本当に大丈夫か? と心配になる。


 さっきの騎士たちは、どこの所属だろうか。

 男は、ハイネンヴァルトを敬称抜きで呼んでいた。ラームスのような怖いもの知らずのタイプか、もしかしたら、結構立場のある人間なのかもしれない。

 けど、それにしては、彼等はラームスの態度に不快な顔も見せなかった。

 まあ、学生相手だから甘かっただけかも知れないが。ラームスの配属が、ああいう人たちのいる隊だと良いな、と思った。


 正直、他国の人間だった以前より、自国になった今の方が、キッカにユグエンの軍務に関する知識はない。

 そりゃそうだ。淑女教育にそこら辺の話は組み込まれないし、無論、自分から学びとろうという気もなかった。その手の知識は自分に関係のないものだと、バッサリ切って捨てていた。しかし──


(多少は今の政治、調べたほうがいい……?)


 ラームスのこれからを考えると、少しはばかり知識を入れたほうが良さそうだ。

 放っておけばこの男、能力以外のところで躓きかねない。


「そういえば確かに。みんな強そうだったな!」

「……青髪の男の魔力量、えげつなかったもんね」

「何か言ったか?」

「ううん。ディスカードおにいさまとなんの勝負してるのかって聞いたの」

「その話まだ続くのか……」


 ラームスがうんざりと肩を落とした。

 キッカは逃すまいとその手を握った。


 ラームスにとって、長い昼休みの始まりだ。





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