自家撞着4
ラームスがない距離を更に詰めようとしてくるので、キッカは仰反って、潜めた声で尋ねた。
「な、なに?」
「それだ、それ」
「は?」
ラームスは、どこかスッキリした表情をしていた。
「その、魔力を見るとかいう話だ」
「……それが?」
「誰に話しても分からなかったぞ!」
「…………はぇ?」
思わず気の抜けた声が出る。
ラームスは、「言おう言おうと思ってすっかり忘れてたが、やっと思い出せた! スッキリした!」と満足げに定位置へ戻って行った。また剣が風を切る音が夜闇に響く。
──待て。こっちはまったくスッキリしない。
「え、誰に聞いたの? 先生にも聞いた?」
「ああ。教師にも見てもらおうとしたが、そう簡単に魔道具は使えないと言われた」
キッカは首を捻る。
どういうことだ。ここは、多くの優秀な人材が揃う王立学園である。地魔法なんぞなくとも、普通に風属性の教師か生徒を連れてくれば済む話だろう。
「ちょっと待って。目に魔力を集めれば魔力の流れが視認出来るようになるし、血流に乗せれば止血を、神経を弄れば痛覚をごまかしたり、そういう…………そういうの習ったり、聞いたりしたこと、ないの?」
「無いな!」
キッカは口許に両手を当て、小さく唸り声を上げた。
ちょっと待て。どういうことだ。まさか教師が隠している? いや──体内の細かい魔力の操作は難しくとも、部位ごとに流すだけなら、器用な人間はわりとすぐ習得できる。まあラームスが器用かどうか訊かれると微妙だが、体捌きがここまで完成していて、それで魔力がおざなりなのは、見ていてバランスが悪い。
(もしかして、そもそも現代の《風属性使い》って、わたしの時代の魔力の使い方が一般的ではない……?)
「え、じゃあ風属性って何が出来るの?」
「質問が多いな! 授業で習う内容なら、肉体の強化というのは、キッカが言っていたのと変わりないが。そもそも、風属性は魔力持ちの中じゃハズレ扱いだからな。魔力の講義の時間自体、そんなにない。身体を少し丈夫にしてくれるぐらいの属性で、騎士ならあるに越したことはないが、他の三属性と比べれば劣った能力だと、」
(誰だそんな阿呆なこと言い出したのは〜ッ!)
キッカは、顔を両手で覆って項垂れた。
確かに、他の属性と比べ派手なところはないが、逆を言えば一番制限が少なく小回りが効く。魔術師のように一撃で戦場をひっくり返す能力はないが、使い勝手がいいのだ。騎士なら間違いなく一番に欲しい属性だろう。
「まあ俺は魔力に頼らずとも、己の力で強くなってみせるがな!」
ラームスが高笑いしながら言う。
声がでかい。もし教師に見つかるようなことがあれば、全部ラームスに責任を負わせよう。
キッカまだ子供なので、門限とかなんか難しいことはよくわかんないのである。
「とはいえ、あるものを棄て置くのは怠慢だろう。今日お前から聞いた話で、みんな更に強くなれるぞ!」
「ちょっと待って」
キッカはラームスに静止をかけた。この言葉、今日だけで何回言ったか。もう全部待って欲しい。
そうだ。わかっていた事だが、ラームスは得た知識を自分だけのものにしない。知れば、当たり前のように仲間に教えるだろう。
そんなことは百も承知。
予想外だったのは、魔力持ちの現状である。
もしかすると、今の学年では習わない内容があるかも知れない、とは思っていた。
が、しかし学園の蔵書でこと足りる知識だとも思っていた。何か聞かれたら、図書館で見ました、で誤魔化せるものと思っていたのだ。
それが、そうもいかなそうだ。
「ラームス、今日わたしが言ったこと一旦全部忘れて──」
──いや。
キッカは言いかけて、止めた。
確かに、この話を人に知られるのは嫌だ。
こんな知識、こんな経験、淑女には必要ない。それに、なんでそんなことを知っているのかと尋ねられて、キッカにはそれを誤魔化せるだけの現代の知識がない。自らそういった知識を遠ざけてきたツケだ。しかし今のところ、そのスタンス崩すつもりもない。けど──
「? なんだ」
「……ラームス、今日わたしから聞いたこと、人に話さないで」
「魔力の話か? なんで──」
ラームスは何か言いたげだったが、しかしキッカの顔を見ると、残念そうではあるが頷いた。
ラームスはキッカの理想を理解しない。理解はしないが、受け入れていた。
(ラームスに知られるだけなら、問題ないだろう。ラームスだし)
キッカは、己を納得させるよう言い聞かせた。
乗りかかった船を途中で投げ出して、下船したあとに何かあったら、それはそれで嫌な気分にさせられる。だからこの折衷案だ。
家族としてラームスに怪我をして欲しくない気持ちと、自分のか弱くありたい欲を比べれば、当然後者に軍配は上がる。
けど、これくらいの手助けなら、自分の将来設計に支障をきたすことはない。
「けど、惜しいな……俺だけ強くなってもつまらん」
「別に、ラームスが出来るようになったことは教えていいよ」
「ほんとか!?」
キッカは頷く。
別にキッカは、ラームスの仲間が強くなるのはまったく構わない。寧ろ、騎士科は国の未来を担う騎士たちの集まりである。彼等が強くなるのは、か弱いキッカをして、歓迎すべきことであった。
キッカが嫌なのは、その強さの出所を己と知られることだ。
今日得た知識を利用して、出来るようになったこと、経験したことは、それはもうラームスの知識で力だ。好きにすればいいと思う。
「なら早く覚えて、みんなにも教えてやらんとな!」
ラームスは嬉々として剣を振る。一応魔力を動かそうとはしているようで、剣を握る手に少しずつ魔力が集まっていくのが見てとれた。
「剣も、肉体と同じように強化出来るんだよな!!?」
「うん。武器の耐久値が上がる。あとは斬れ味──というか、破壊力が上がるかな」
純粋な斬れ味を上げるには、魔力の操作がちょっと別に必要だが、接触時の破壊力に関しては、魔力を纏えばそれだけで上昇する。
「剣も、身体の一部だと思って。近接メインの騎士なら、そういうの得意でしょ。常に得物を提げているわけだし、」
「確かに、身体の一部のように己の得物を扱えて一人前、と言う言葉もあるしな!!」
ラームスはその気になったようで、剣を振りながら、魔力を集め出す。魔力に集中すると、どうしても動きが単調になるようで、型に嵌った簡単な素振りしか出来ていなかったが、とりあえずはそれでいいだろう。
離れた体温に、少し身が竦む。上着を持って来ればよかった。E.Kカレッジは今絶賛の衣替えの期間だが、キッカは風の節の制服を気に入っているので、まだ半袖だ。
「おい、」
頭上から声がする。
ゆっくり目を開けると、ラームスが目の前に立っていた。
ちゃんと見ていろ! と、怒られるかと思ったが、意外にも、彼はまた隣に腰を下ろした。
「お前、やっぱり寝てないな」
「えっ」
「ずっと目を閉じて動かなかったぞ」
瞬きの間だと思っていたが、どうやら暫く目を瞑っていたらしい。ラームスが息を切らせているあたり、そこそこ時間が経っているようだ。
「ぼうっとしてただけ。どう? 調子は」
「まだ感覚がよく……いや、そんなことよりお前だお前。日に日に顔色が悪くなってるぞ」
誤魔化されてくれなかった。
──顔色が悪い、か。
それはそれで、薄幸の美少女という感じでいいかもしれない。
そんなことを考えていると、隣のラームスが、懐をゴソゴソ探り出した。
「ほら、コレを持ってきたぞ!」
「えぇ……なにを懐にいれてんの……」
ラームスが取り出したのは、数日前に言っていた絵本だ。
キッカはそれを見て、呆れた声を上げた。厚みはないが、大きさはそこそこだから邪魔だったろう。
そう言うと、ラームスはフンと鼻を鳴らして、「こんなもの大した重しにもならん」と、ぺらりとページを捲った。
──まさか読み聞かせする気か。
そのまさかだった。
ラームスの声が、目前の植物図鑑じみた畑に滔々と響く。
特別感情の篭った声ではないが、よく響く、良い声だった。いつもの声がデカいと、そこら辺も鍛えられるのだろうか。戦場で指示を飛ばすには、声は通って損はない。
絵本の中身は、よくある勇者様御一行の話だった。
要約すれば、こんな話である。
とある大きな戦により、怪我を負った五人の勇者がいた。
彼等は休める場所を探して彷徨うが、町々はみな戦に荒れ果て、疲れた身体を癒す場所もない。
そこに、心優しき青年が現れる。
彼は自分の隠れ家に勇者達を匿い、厚く看病した。
勇者たちはみるみるうちに回復し、深く礼を言い、戦いに戻ろうとした。
しかし、青年がそれを呼び止めた。
《どうかどうか、お願いします。わたしも共に行かせてください。わたしも勇者様の力になりたいのです──》
キッカは苦笑したが、ラームスの声を遮ることなく、静かに続きを聞いた。
勇者たちは最初渋ったが、しかし青年の熱意に負けて頷いた。
こうして勇者御一行は、いっとき六人で旅をすることとなった。
道中敵に出くわすことはあれど、勇者たちは皆強く、暫く平穏な旅が続いた。六人は力を合わせ、絆を深め、魔王の城までの道程を進んだ。
しかし、とある国に辿り着いたことで、六人の旅は終わりを迎える。
そこは青年の祖国だった。青年の国は魔王の軍勢に襲われ、人々は争い、飢えと酷い痛みに苦しむ国になっていた。
青年は祖国を見捨てる事はできなかった。
自分はここに残り、国を救わなければいけないと勇者達に伝えた。だからキミたちは、先を急いでくれと。
勇者たちは頷いた。そして言った。──《みんなでこの国を救おう》
勇者たちは魔王のもとへ進む足を、たった一度だけ止め、青年の国を救うことにした。
蔓延る魔物を屠り、国を人々の手に取り戻した。
そうして魔物を追い払った青年は、その国の王となった。
名残惜しかったが、王は国を治めなければならない。新たな戦場に向かう勇者たちと共にはいけなかった。
勇者たちと王は誓いを交わし、固く手を結んだ。互いに何かあれば、きっとすぐに駆けつけると。
そうしてその手を離し、なすべきことをなすために、其々の道へと進んでいった。
それが、《五人の勇者とサーリヤ家の紋章》の物語である。
──懐かしい話だ。
聞いているうちに、だんだん目蓋が重たくなってくる。
ラームスにはああ言ったが、実際、あまり眠れていなかった。
「……夢を見たの」
ラームスの声が止む。
「悪い夢か?」
「そんなことない。楽しい、というか……懐かしい夢だよ」
あれから、二度目は見ていない。
けれど眠ったら、また見てしまうかもしれないと思うと、よく眠れなかった。
(……ラームスがロウだとして、わたしはいったい、どうすればいいんだろう)
過去の私は、友を守るため、自分の理想のため、剣を振った。
けれど今の私は、可愛くなりたくて、荒事に関わるのも嫌で、その、守るための力も失くしてしまいたくて、
だから私は、《シュン》をすっかり失くしてしまうつもりでいた。
なのに、その望みと裏腹に、過去の約束を、その時の気持ちを、今もしっかり覚えている。
《キッカ》と《シュン》が地続きでいる自家撞着。
ラームスがもしロウなら──私はどうあるべきなのか、どうしたいのか。
なんだかよく、わからなくなっていた。
#
「きみの弟妹に会ったんだけど……」
そう切り出されて、ディスカードは思わず顔を上げた。
何故か、目の前の男は非常に言い難そうな顔をしている。
その態度を疑問に思いながらも、ディスカードは軽い調子で答えた。
「へえ、会いに行ったの? 絶対騒いだでしょ、キッカちゃん」
「友達からお願いされた」
「ブフッ! 何それちょーウケる」
ディスカードは、腹を抱えてケタケタ嗤った。
しかし、それは予想していたし、忠告もしていたことだ。
目の前の男が、そんな気まずそうな顔をする理由がわからない。
「友達からって、ゆくゆくは結婚狙ってるってことじゃん。大きく出たねボクの妹」
「ああ、そんなことも言ってたかも……」
「バッカでー! ロイくん婚約者いるのに」
「まあ、俺の婚約者と決まったわけじゃないけど……」
「あの子は王の婚約者なんでしょ? じゃあキミの婚約者も同然じゃん」
ディスカードは、ケロリと言ってのけた。
かの国の現状も鑑みて、実際、彼が本気で王になろうと思えば、なれるだろうと思っていた。
しかし、男は苦笑する。
「大した信頼だね。慣例に従えば、兄が王になる方が自然だろうに」
「でもキミんとこの第一王子、あんまパッとしなくない?」
実際会って話したわけじゃないが、噂を聞く限り、目の前の男ほど強くもなければ、頭がキレるわけでもなさそうだった。
「それともロイくん、王になるの嫌だったりする? 宰相やら貴族院やらに祭り上げられるのが嫌なら、そこら辺は協力するけど」
「はは。ほんと、キミは頼りになるよ……でも……いや、」
権力を欲しがるタイプには見えない。
ここ数年、ディスカードが接してきたこの男は、強さに似合わず穏やかな性格をしていた。
しかし、彼はディスカードの提案に乗ってくることはなく、どこか上の空に見えた。
「ロイくん──?」
「……俺の方が、上手くやれる」
ディスカードはきょとん、と目を丸くした。
珍しい。随分と好戦的な科白だ。
思わず、にんまりと口許が笑みまいだ。
「第一王子より? なにそれ。面白そうじゃん。もし難儀したら、そっちでも力を貸してあげるよ」
「……いや、自分の一人の力で十分だ」
「あ、てことはボクの妹失恋しちゃったじゃ〜ん! かわいそ」
微塵も思っていない揶揄いを男に浴びせかけると、急に男の表情が、先ほど話を切り出した時の、ちょっと深刻そうな表情に変わった。
え、なに……?
「そういえば、その……キミの弟妹のことを聞きにきたんだけど、」
「あ〜…確かに、なんかさっき言いかけてかよね。え、なになに?」
「こんなこと聞くのはアレなんだけど……彼ら、兄妹なんだよね? 全然似てないけど、」
何故急に男がそんなことを聞いてくるのかは分からないが、確かに聞きたくなる気持ちはわかる。
ディスカードは首肯した。
「そうそう。キッカちゃんだけ母親似なんだよ。男三兄弟がみんな父親に似てるから、キッカちゃんとボク等が並ぶと、一人だけ浮いて見えちゃうけど。家族で並べば、ちゃんと血受け継いでんだなって感じするよ」
「そっか……その、彼等に会ったのは実は偶然で。人目につかないところを探してたら、偶然……」
──まあ、ロイくんは歩いているだけで目立つからな。
それでよく、ディスカードの研究室に避難しに来る。ここ数日はちょっと色々あって、ディスカードが部屋を空けていたから、避難する場所がなかったのだろう。
「……立体迷宮の、クピドーの広場で見かけたんだよね」
「……え、二人で?」
「うん、二人きりで」
中央庭園内にある、色鮮やかな生垣で作られた立体迷路は、普段はあまり人気がないが、一定の層には需要のある場所だ。
特に迷路の最奥にある《クピドーの広場》は、女神の加護があると言われ……まあ早い話、恋人たちの逢引きスポットになっている。
「いやいや何かの勘違いでしょ、あのポンコツコンビがそんなの解って行ってる筈ないって」
「距離感がなんか……隣に座るにしても完全密着してたし、」
「ラームスそゆとこあるから! あいつ騎士科の体育会系に慣れてるから距離感バグってんだよ!」
「妹の方も、サンドイッチを手ずから兄の口に運んでいて、」
「餌付けだねそれは! 馬に飼葉をやるのと一緒!」
「ベンチに座る妹に、兄の方が、こう、覆い被さるようにして……」
「わー!! やめて!! 変な想像させないで!! やだよボク身内のそういうの!?」
ディスカードは耳を塞いで叫んだ。
まさか、まさかとは思うが急に仲良くなったのはそういうこと? いやどういうこと?
ぶっちゃけ、ディスカードはあの二人がどんな人とくっつこうが、それでどうなろうが興味はない。ないが、弟妹でくっつかれるのは流石に気不味い。なんというか、親の性交渉を見てしまった子供の気分と似たような感じというか、寧ろ、兄妹でというのは、それ以上のタブーだろう。
「……うん。ちゃんと兄妹だったんだね。最初恋人同士の逢瀬に出会してしまったと思って、気配を殺してたんだけど……あれ兄妹だったんだぁ……」
「遠い目しないで!」
自棄になって《沈黙》の札を投げつけるが、テーブルにあった果物ナイフにあっさり貫かれ、背後の壁に刺さった。本気で黙らそうと思ったわけじゃないが傷つく。
「ま、まあ俺たちが口出し出来ることじゃないし。別れ際には弟くんの方に『俺たち付き合ってる』みたいなこと言われたし……」
「いや絶対誤解だから。今度その誤解といてやるから!」
「うん……」
友人に生暖かい目で見られ、ディスカードは決意した。
──いざとなったら、無理やりにでもお前の愛妾に妹を召し上げてやる。




