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自家撞着2

 




「……なんで?」


 疑問は、そのまま口に出た。

 スポーツ・デイには出場しないと言ったし、ラームスもそれには納得していた。

 なのに突然出てきた「鍛錬」の言葉。いったいどういう意味だ。


 しかし案外、答えはあっさりと出た。


「一年に一度の、大事な試合だ! お前は俺の鍛錬を見る係だろう!」

「……あ、なるほど」


 どんな係だ、と言いたい気持ちもないではなかったが、それで話は通じた。

 キッカもラームスも家にいた頃、ちょくちょく彼の鍛錬に連れ出されては、姿勢の如何や、剣の振り方を、「どうだ! どうだ!?」と聞かれていた。その延長線という話だろう。今回も、試合までの鍛錬に付き合って欲しいというわけだ。

 確かに、身体の癖というのは、自分で気づき難い部分も多い。

 周囲の人間に確認してもらうのは、真っ当で有効な手段である。

 ただ──


「やだぁ」

「なぜだ!?」


 ラームスがガバッと肩を掴む。

 力加減が出来ているのか、前よりは痛くなかった。キッカは気にせず言葉を続ける。


「だってぇ、学園(ここ)ならいくらでも見てくれる人いるでしょお?」

「それは……確かに、去年はお前がいなかったから、仕方なくクラスメイトに頼んだが。しかし、俺はお前に慣れてるから、しっくりこんのだ」

「そんなこと言われてもぉ……」


 まず第一に何が嫌って、幾ら鍛錬の相手をするわけじゃなくても、それをジッと見つめてる令嬢って絵面は、なんかおかしいだろう。

 例えばこれが、素敵な王子様相手なら、恋する乙女のいじらしさも感じられるというものだが。

 なにせ相手は兄である。


 第二に、ラームスの為である。

 早い話、普通に騎士科(ナイト・クラス)の人に見てもらった方が適任だ。

 屋敷にいた頃は、互いに時間を持て余してこともあって、まあ見ているだけなら、とほんとに殆ど見ているだけで彼の鍛錬に付き合っていた。一応、気づいたことがあれば、ぽつぽつと言ってはいたが、私が相手だと剣を合わせる事もできず、色んな相手との打ち合いを見てアドバイス出来るわけでもない。素振りや、型の練習を見るだけだ。

 それなら、クラスメイトと鍛錬する方が余程有意義な時間を過ごせるだろう。

 私より熱心に協力してくれるのも、間違いないのだし。


「騎士科なんだから、風属性(ソード)だってけっこういるでしょお?」

「確かに他のクラスよりはいると思うが。何故そんなことを聞く?」

「なぜって、アドバイス貰うなら、同じ属性の人の方がいいでしょ。風属性は特に……」

「……?」

「…………?」


 ──もしかしてこの男、魔力に関していまいちよく解っていない?


 他科だから詳しいカリキュラムは知らないが、単純な剣技なら、ラームスはこの歳にして結構出来る方だと思う。

 三年目にもなれば、そろそろ魔力の扱いを学んで、早すぎるということはないだろう。

 同じ風属性(ソード)がいないわけでもなし。騎士科の先輩に()()もらったりしないのだろうか。

 まさか──


「まさかおにいさま……友達が、いない……?」

「お前と一緒にするな」

「もうキッカ絶対おにいさまの鍛錬なんて見ないですわ」

「待て待て待て」


 ベンチからすっくと立ち上がろうとするキッカの腕を、ラームスが掴んで引き留める。

 今度は少し力が強く、キッカも負けじと引っ張った。


「なーんーでーキッカなのぉーッ!? 離してよぉ! 友達いるんなら普通にその人たちに魔力の流れ視て貰えば良いでしょお!?」

「魔力を視てもらうってなんだ……? てかお前力強いな!!」

「そんなことないもん!」


 思いっきり力を抜いたら、当然だがラームスに向かって倒れ込んだ。

 そのまましっかりキャッチされ、ベンチに戻される。

 痛くはないが、上から両肩を押さえつけられて、必然的に、その手を振り払わないと立ち上がれない体勢に持ち込まれてしまった。

 しかしキッカは、どれだけ高圧的に脅されても、嫌なものは嫌と言う。

 自分を押さえつけてくる兄を睨めつけるように、キッカは顔を上げた。

 逆光で影のかかったラームスの顔は、思ったよりずっと、至近距離にあった。

 その顔がぐっと、眉根を寄せる。



「だ、だめか……?」



 キッカはぐう、と喉を唸らせ、顔を逸らした。


(……しょげるなッ!!)


 いつもデカい声で意見を通そうとするばかりの──己の意見が誤っていれば素直に反省するが──兄だと思っていたが、殊勝なことに、でかい身体を一回りくらい小さくしてしょんもりと落ち込んでいた。

 その姿は、犬だったら耳がぺたんと倒れて見えるようなしょげ方だ。

 キッカの瞳の険は一瞬で取り払われ、代わりに困った色が浮かぶ。


「……でも、でもとりあえず一回は、先輩とか先生とかに魔力視てもらいなよ。それで納得いかないなら、まあ、」

「本当か!?」

「いや、まだ何も言ってないけど……やるにしても、目立つとこではやだからね」

「ここじゃだめなのか?」

「今は人気(ひとけ)少ないけど、来ないわけじゃないから」

「む……なら、菜園のボロ小屋あたりどうだ? あそこの裏なら人も来んだろう」

「ああ、確かに……」


 ぐぅぅ〜


「…………」

「…………すまん」

「ごはんは」

「食べてなかった」

「なんで」

「なかなかお前のこと見つけられなくて、」


 またクゥと目の前の腹から音がして、キッカはラームスの両手をものともせず立ち上がった。


「あ、まだ話は──」

「話よりごはん。騎士は身体が資本でしょ」

「それはそうだが……むぐっ」


 残っていたサンドイッチの包紙を剥き、ラームスの口に突っ込む。

 なんでここがバレたのかと思ったが、普通に探し回っていたようだ。にしても、この広大な敷地の中から見つけ出したのは凄いと思うが。

 まだ昼休憩が終わるまで、少し時間があるだろう。購買に行けば何かしら残っているはずだ。

 ラームスの手を引きながら、迷路の角を曲がる。

 そこで、何かにぶつかった。


「…………きゃあっ」


 ──少し出遅れたが、なかなか満足のいく悲鳴が出たと思う。

 こんなところに壁はなかった筈だが……?

 そう考えながら、受け身も取らずに弾き飛ばされた身体は、またラームスにしっかり受け止められたため、地面に倒れることはなかった。


「ふぇぇ〜…いったぁい!」

「ごめん……!」


 頭上から声がする。

 まあ、突然壁が出現したのでなければ、人にぶつかったと考えるのが妥当だろう。それにしては硬かったが。


「怪我は──」

「いたかったけどぉ、ケガはだいじょおぶで……す……」


 言葉は途中で小さくなって消えた。

 顔を上げ、息を呑んだ。

 キッカの目の前には、神に愛された少年(アドニス)も裸足で逃げ出す、美しい容貌の男が立っていた。


「あ……アランおうじさま……」

「は?」


 男は眉を顰める。

 無理もない。キッカが呆然と呟いた名前は、彼の名ではなく、《ドキドキ☆恋のラビリンス》、略してドキ☆恋のメインヒーローの名前であった。


 くすみ一つ無い象牙の肌。大きな榛色の目は、長くけぶるような(まつげ)に覆われている。一方で眉はキリリと太く、骨格は精悍だ。ブルネットの長い髪は、獅子の立髪のように緩くうねり、ハーフアップで纏められていた。

 正直なところ、キッカは長髪の男に野暮ったいイメージを持っていた。なので物語の王子は、断然短髪派だったのだが、目の前の男はそういう個人の好みを吹き飛ばすような顔面をしている。

 顔の一つ一つのパーツの美しさは女性的ですらあるのに、その下には六フィートを越える体躯が存在し、それもただ縦に長いだけでなく、ガチガチに鍛えられているのが服の上からでもわかる。

 どおりで壁と思ったわけだ。

 まさしく神の采配で造られた、絶妙なアンバランスさを持つ美青年であった。

 何故かキッカを見てなんともいえない表情(かお)をしているが、それすら彼の顔面の良さの前では愛嬌である。


「お、……おっ……ッ!」

「?」


 海狗のように鳴くキッカを前にして、青年は困惑を深める。

 その心配から伸ばされた手を、キッカは、そっと両手で包み込んだ。


「お友達からで、お願いしますわ……っ!?」

「なんて?」

「おい、キッカ!」


 聞き返す青年に答える前に、ラームスが、支えていたキッカの肩をそのまま掴み、自分の後ろに下がらせた。

 ラームスという、こちらもなかなかでかい壁に遮られて、イケメンの顔が見れなくなったキッカは、不満げな声を上げる。


「何をするんですの、ラームスおにいさまぁ!」

「いや……お前の言動が、おかしいから、」

「あら何を言うんですのかしら! キッカはいつもどおりの慎ましやかな淑女でしてよ! ちゃんと段階を踏んでから結婚の検討をするでござりますわ!」

「明らかに要するがおかしいだろう! お前は結婚じゃなく、俺と付き合うんだ! 行くぞ!」

「やだぁ! 待って待って、あの、おうじさま! おうじさまのお名前、聞いてもよろしくって!?」


 俵のように肩に抱えられて、キッカは必死に手を伸ばして叫ぶ。ラームスの背中越しに、青年は困惑した顔のまま答えた。


「ああ、うん……俺はレックス」

「レックスさまですわね! 素敵な名前ですわぁ! わたくし、キッカ・ハイネンヴァルトと申しますの! ぜったいぜったいぜ〜ったいまたお会いしましょうね!」


 思いきり捲し立てながら、キッカはラームスに担がれるまま、その場を後にするしかなかった。





「……おにいさまぁ、何をそんなに急いでるのぉ?」

「……腹が減ったからだ」

「もっとお話ししたかったのにぃ……」

「おまえは!」


 ラームスが、肩からひょいとキッカを下ろした。

 目の前に立たされたキッカは、クソでか声に、なんだなんだとその顔を見上げる。周りをちらほら歩いていた学生達も、こちらを振り返っていた。


「おまえ……おまえは、俺に……飯を食えと言った」

「? 言ったけど」

「なら、最後まで付き合え!」

「ああ、付き合うってそういう……」


 てっきり鍛錬の話かと思っていた。

 ラームスがスタスタと歩き始めてしまったので、キッカは慌ててその後を追う。

 ははーん。さてはラームス、一人でご飯を食べたくなかったのだな。さっきはああ言っていたが、もしやほんとに友達がいないのでは?

 そんなことを考えながら、キッカは目の前の背中を、そろりと見上げた。ラームスは勘が良いのか、視線にも敏感なので、あくまでさりげなくだが。


 と、そこで、疑問が浮かんだ。


 ──何故わたしは、あの王子様に気づかなかったのだ?


 よくよく考えてみると、不思議である。

 別に、特別気を張っていたわけでもないが。しかしキッカは、常にふんわりとだが周りの動きを感知していた。これは意図してやっているわけでなく、無意識下に身についているものだ。

 だから、ぶつかるまで人の気配に気がつかないなんてこと、今までになかったことなのだ。

(わたしが油断してただけにしては、寧ろ、存在感はあり過ぎるほどにあったしなぁ……)

 顔だけの話ではない。

 肉体の発する圧というか、おそらく魔力持ちでもあったし、まず間違いなく、彼は強いだろう。

 流石、王子様である。

 しかし、だからこそ、その濃い気配を己が感じ取れなかったというのが気にかかる。


(──いや、単にわたしが弱くなって、もう気配とかも感じなくなってるのかもしれないな!)


 キッカは思いついた可能性に納得した。

 筋力も魔力も、そして勘も、幾ら過去に鍛えていても、使わなければ錆びついていく。自分きっと、少しずつ弱くなっているのだ。そうに違いない。


「……上の空だな」

「……えっ?」


 よく聞いていなかった。何か話しかけられていたのだろうか。

 キッカは、首を傾げてラームスを見る。

 いつの間にか食堂近くまで来ており、不機嫌そうな顔が、こちらを振り返っていた。


「まださっきの男が気になるのか?」

「さっきの男って……あの人、先輩じゃないの?」

「知らん」

「でも、あれだけ強──そう、だったら。名前くらいは聞いてるんじゃない? ほら、例の《剣闘試合》とかでも、先輩たちの戦ってるところは見るんでしょ?」

「よしんばさっきの男が試合に出ていたとして、《剣闘試合》は誇り高き騎士の戦いだ。学年と科は明かされるが、名前を言う必要はない。勝者に与えられるのは、名誉と最強の称号のみ……って、まあ、優勝者はだいたいバレてしまうが」


 それはそうだろう。

 いかにも騎士科の好みそうな行事だが、しかし、優勝者は何くれと教師や来賓のお偉方に探し出される筈だ。それはキッカにも想像がついた。

 優勝者はつまり、未来の優秀な士官候補であり、どこへなりと引く手数多というわけだ。


「騎士科の強い先輩なら、だいたい覚えているがな。流石に他科の他学年になると、相当派手な振る舞いをしていない限り、顔と名前は一致しない」

「まあ確かに、ディスカードお兄さまみたいな振る舞いでもしない限り、このでかい学校じゃ知り合うのはむずかし…………え。他科?」


 ラームスは頷いた。「三本足の紋章がついていただろう」

 そっか。全然見てなかった。顔ばっかり見てた。

 ……マジか。耳を疑う話である。


 まだ学生の身でありながら、あれほど戦うための肉体を持ってして、騎士科(ナイト・クラス)じゃないとは。

 言われてみれば、確かに魔力の流れは風属性(ソード)っぽくなかった。属性(スート)は火か地か……しかし、魔術師だからといって、騎士科に行ってはならない道理はない。

 あの身体で。あの、野生の獣のような気配の静けさで、魔導科──


「……今の学生、こわいね」

「? なんだ?」

「ううん……」


 その怖い学生の一人は、自分の次兄なわけだが。


「なんか、すごい心配になってきた……おにいさまぁ、スポーツ・デイ、ほんとに大丈夫? 危なくない?」

「危なくないわけないだろう」

「えぇ……」

「そんな不安そうな顔をするな。剣闘試合は、相手を殺してしまったら失格になるからな。まず死にはしない」

「ひぇ……」


 いや、失格になるから殺さないって発想がもう怖い。

 死人が出たら失格どころの話じゃないだろう。命を大切にしろ。


「フン、騎士になれば傷を負うし死ぬこともある。それをなるべく防ぐための今だ。見縊るなよ」


 ラームスは不満げに鼻を鳴らした。

 昔から、騎士になるため強くなると言ってきたラームスだが、騎士に夢を見ているわけじゃないらしい。

 彼は現実を分かって、それでもそこを目指している。


(今日の王子様みたいのがゴロゴロいたら、ラームス、ちゃんと魔力の扱い覚えないと、危ない気がするな……)


 鍛錬に付き合うのはあまり気が進まないが、剣闘試合に出ると言うなら、魔力の扱いは知っておくべきだろう。何もキッカは、ラームスに大怪我をさせたいわけじゃない。



「きゃっ」


 ドンッ



 ──今日はよくぶつかる日だ。

 食堂から出てくるところで、誰かがよろけてラームスに激突してしまったらしい。

 倒れそうになる身体を、ラームスが危なげなく受け止めた。


「おい、大丈夫か!?」

「も、申し訳ありません……」


 鈴の鳴るような愛らしい声がした。

 彼女はラームスの腕を借りて身体を起こし、紫水晶のような美しい両の瞳で、その顔を見上げた。


「……ラームス様?」


 豊かな濡羽色の髪をした、それはそれは可愛らしい顔立ちの少女は、何故か驚いた声色で、ラームスの名を呼んだ。


「? 俺のことを知ってるのか?」

「あっ、突然ごめんなさい……あなたのお兄様から、お名前をお聞きしていたものですから……」


 少女はしっかり地面に足をつけ、姿勢を整えると、先程の儚げな様子からうって変わって、堂々と気品に満ちた貴族の礼をして見せた。



「名乗もせず、失礼致しました。わたくし、エリザベス=ミア・カターリナと申します」



 立ち眩みで倒れそうになっていたところを助けていただき、有難う存じますわ。

 そう言って、少女はふわりと微笑った。





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