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自家撞着1




 第二塔の、地上からそう遠くない尖塔の窓辺に、ディスカードは腰を落ち着けていた。

 別に、馬鹿ではないので高いところを好んでいるわけではないが、ここが一番()()()()()()()()()のだ。



「何を見てるんだい?」

「んー…? イモウト」


 そう答えると興味があったのか、男は窓際まで寄ってきた。


「……わ」


 覗き込んですぐ、引いた声を出して、男はディスカードと外を交互に見比べた。鑑賞に堪えうるだけの顔面が動揺している様は見ていて愉快で、ディスカードはニコニコ笑った。

 男が顔を顰める。


「……とりあえず、キミの妹はどれだろう」

「銀髪のちっちゃい子だよ」

「……俺の気のせいじゃなければ、その子、大勢に囲まれて髪を切り落とされているように見えるんだけど」

「いやそれが笑っちゃうんだけど、なんかクラスメイトに虐められてるみたいで」

「それを笑っちゃえるキミの神経を疑うよ……」

「え〜…じゃあロイくんが助けてあげればぁ?」

「…………」

「…………」


 軽佻浮薄を体現したディスカードの人となりを、男は知っていた。だからその発言に驚きはしない。

 驚きはしないが、それを白い目で見ないかどうかはまた別の話だ。


 二人は無言で見つめ合った。

 有象無象に非難されたところでどこ吹く風のディスカードだが、しかし数少ない友人と呼べる男に睨まれるのは多少なりとも堪えたらしい。

 沈黙に耐えかね、先に痺れを切らしたのはディスカードだった。

 

「〜ッうそうそ! お兄様ちゃーんと助け舟出してるから! ホラホラ」


 慌てて窓の外を指さすと、男も倣ってそちらに視線を向けた。

 そこには凄い勢いで駆け込んでくる教師と、一人の男子生徒の姿があった。


「アレ弟。弟妹がど〜しても虐めを解決したいっていうから、願いを叶えてあげたんだ。優しい〜ボク」

「へえ……それで妹を餌に敵を誘き寄せて、一網打尽に」

「察しが良くてなにより」


 コンコン、と窓に十字に走る格子を、ディスカードが叩く。


「そもそも今、こっから声かけても無駄だし」

「……ああ、《地魔法(ペンタクル)》か」

「うん。《殻》だから脆いけどね。今だけだしいいでしょ。おかげで気配も声も外には漏れない」

「気配を隠さなきゃならない相手なの?」

「や。念のため。弟の方、なんかやたらカンが良いから」


 ギフテッドだろうね、アレ──

 ディスカードがぼやく。

 別に、バレてすごく困るわけでもないが、この騒ぎに高みの見物を決め込んでいたと知れたら、また騒ぎ出しそうで面倒だった。試験管がいくつあっても足りない。


「仲良いの?」

「え。ボクと弟妹? んーん」

 ディスカードが首を振る。「悪かないけど。用が無きゃ会話しないくらい」


 目の前の男は、そんなもんか、という顔で頷いた。

 次いで出た「どんな子なんだい?」という質問も、殊更気になると言うよりは、なんとなく話の流れで口に出したという感じであった。

 しかし、その問いには首を捻る。


「あ〜…キッカちゃんは……あ、妹ね。キミの顔好きそう」

「は?」


 男が眉を顰める。

 どんな表情でも美しさが損なわれないあたり稀有な男だ。しかしまあ、尤もな反応である。どんな子か尋ねたら、己の顔が好みだと返ってきたのだから。

 しかし、ディスカードも別に、はぐらかしている訳ではない。

 語れるほどの関わりが無いのだ。

 家族のことだが、ほとんど噂でしか知らないようなものである。

 しかもその噂がわりとどれもロクでもない。


 彼女もまた、ディスカードほどではないが普通科の中では有名だった。

 《普通科(アルケミア)の落ちこぼれ》──顔はまあ可愛いが、奇矯な振る舞いが目立つ変人令嬢としてよく名前を聞く。


「いやなんか。白馬のオウジサマに憧れるオヒメサマ〜…っていうか。お洒落と恋と、可愛いもの以外興味ナシ! って感じらしいよ」

「兄妹でも性格は似ないんだね」

「まあ兄弟でも似ないからね。上と下は剣術馬鹿ってとこは共通してるかもだけど──」


 言いかけて、昼間の出来事を思い出す。


「──でもなんか、似てないわりに仲はイイっぽいんだよねぇ」

「良いことじゃないか」

「いやあ。弟が妹に構うの、意味わかんなくて気持ち悪い」

「なぜ?」

「剣術馬鹿のラームスが、あのキッカちゃんと仲良いって、めちゃくちゃミスマッチじゃん?」


 じゃん、と言われても。隣の男からしてみれば、名前も今知ったような相手のことをそんなふうに聞かれても、と思うだろう。

 しかし彼は人が良い。解らないなりに、「家族仲で悩みがあるなら、相談くらいは乗るよ」と大変頼もしい言葉をくれた。

 そこらの有象無象と違い、彼の言葉には価値がある。


「ロイくん……ッ! じゃあずっとボクのそばにいてェン!」

「気色の悪いことを言わないでくれ」


 しなを作って言い寄ると、男は呆れた顔をした。しかしその後、「キミには色々助けてもらったから、在学中はなるべく融通を効かせるよ」と続けてくれた。なんだかんだ甘い男だ。

 その甘さは大いに利用させて貰うとして、しかし相手も馬鹿ではないので一応、「いやいや、」と謙虚に首を振っておく。


「なによそこはお互い様でしょ!? ボクの方こそ、いらん感心はキミの威を借りて蹴散らしてたとこあるし。あんま気にしないでよ」

「でも、それは俺が何かしたわけじゃないし……学園では、名前くらい使ってくれて構わないよ。キミにはど素人に付き合って貰った恩があるから、」

「殊勝だねぇ。ロイくんの居なくなった来年を考えると、ボク怖くて震えちゃう」

「よく言う……キミなら、一人で十分対処できるだろうに」


 男の言う通り、そこらの学生にどうにかされる気はないが。

 しかし、魔術というものは目に見えにくく、見えるようにすれば馬鹿みたいな威力を発揮することが多い。戦時中ならともかく、平時ではおいそれと使いにくい代物だ。

 その点、目の前の男は、羨ましいくらいわかりやすかった。


 魔導科(ウチ)では珍しい、ガチガチの筋肉。

 同じ男でも惚れ惚れする、完璧な逆三角形の身体。


 目に見える武力というのは、年若い学生には抜群の牽制になる。

 そして実際目の前の男は、見た目だけでなく、強かった。


「まあ、その強さでなんで魔導科(ウチ)に来たのか疑問だけど」

「学校っていうのは、自分に足りないものを学ぶ所だろう?」

「ヒェ〜…真面目だって感心すればいいのか、傲慢だって詰ればいいのか悩むところ」


 男が困った顔で微笑(わら)った。


「傲慢かい?」


 その言葉に、ディスカードは苦笑いした。


「いやごめん──事実だね」


 彼の言う通り。騎士科に入ったところで、彼に学ぶところがあったか怪しいものだ。

 それくらい、男は強かった。

 自分は騎士じゃないので、正直比べるべくもないが。その強さは騎士科の寮長と比べても遜色ないんじゃないかと思う。

 その代わり、と言っちゃなんだが。彼は魔術に関してはそれなりだ。勿体無いが、ここ魔導科では寮長(キング)でも監督生(クイーン)でもなく、一般生徒に収まる程度。このディスカード・ハイネンヴァルトが手を貸したのだから、そこらの凡百よりかは余程マシだろうが。マシなだけで、ディスカードから見れば横並びの凡夫だった。


「──あ、そういやロイくん、これなんだかわかる?」


 ふと思い出して、徐に手にした本を掲げる。

 男はスッと眼を(すが)め、一瞬あとに、ギョッと身を退いた。


「そんなモノ、どうやって持ち出したんだい……」


 めちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。

 面白い。が、彼に本気で嫌がらせをすると、怪我では済まない可能性があるので、素直に引っ込めた。

 どうやら知っているようだ。


(まあ、そりゃそうか)


 彼は魔導科(セレマ・クラス)の最高学年で、成績も悪くない。授業でも()()の存在は早い段階で学んでいる筈だ。

 怪訝な顔をする男に対し、「ツテでちょっと」とお茶を濁して、本は布で包み直した。


 この本は確かに、魔術師に馴染み深く、授業でもよく聞くものである。

 しかし、生涯で実際に目にする人間はごく僅かだろう。

 このマンモス校でも、生徒が閲覧出来るところには置いていない。


 《古代魔禩書(イドラ・リベル)》──ディスカードが持ってきた本は、そう呼ばれている。


 他にも《戯言(リディキュール・グリモア)》やら《ブラック・ブックス》やら様々な呼び方があるが、ともかくそれは今の魔術系統が確立される以前の魔導書で、現代の魔術機構(システム)では説明出来ない魔術の記された本だった。未だ解明されていないものが殆どだ。

 言語にしても既に喪われたものが多く、これを読み解くために古代呪文学という専門の科目があるくらい。だいたい本自体が厄介な呪物と化しており、研究中によく人が死ぬ学問でもあった。


 目の前の男も古代呪文学はとっていた筈だから、読もうと思えば読める筈だが。

 視界に入れたくもないのか、思いっきり顔を逸らされた。


「……逆にそれだけ嫌がられると、ほんとに理解ってるんだなって感じするよ」

「なんの話だい」

「危ない危ないって習ってはいても、って話。ま、これはそこまでヤバいやつじゃないけど」


 ほんとにヤバい本は、さしものディスカードも学校には持ち込まない。問題を進んで起こしたい訳でなし、今回のは軽率に開いても死なない程度のものだ。

 それでも一応、布の内側は封魔(アンチマジック)で埋めてあるが。念のためである。


 《古代魔禩書》の存在自体は、魔導科(セレマ・クラス)でも二年目くらいには習う。

 それを読み解くための古代言語学、古代呪文学が科目にあるのだから当たり前だが。

 しかし、なんだかんだ言っても、普通の学生はそこまで危機感を持てないのだ。目の前に本物が出てきて、知識で識ってはいても、本当に死ぬものだと思えない。人はそもそも、自分の死を思うことに鈍感だ。生存バイアス。それが普通だ。

 ちなみに目の前の男は、規格外だから当て嵌まらない。


(──けど、数時間前に同じ反応をした人間がいるんだよなぁ……)


 偶然だろうと思う。

 何もこの本自体に言及したわけでなし。そもそも、明らかそういう知識に疎そうな相手だ。


 でも、何か引っ掛かる。


「どうかした?」


 うんうん唸っていると、怪訝そうな顔で男がこちらを見た。

 ハッと閃きが頭を過ぎる。


「そうだ! ロイくん。ボクが困ったら、力になってくれるって言ったよね?」

「……企み事かい?」


 男は前言撤回したそうな顔をするが、魔術師の前で容易な発言をする方が悪い。

 ディスカードはパン、と両手を合わせ、愛想の良い笑みで男を見上げた。



「一つ、お願いしてイイ?」





#





 E.K.カレッジの中央庭園は、広大な庭が一つあるわけでなく、大きな庭園が幾つも集まって出来ていた。学校のイチ施設としては破格の規模である。

 中央にある噴水広場。薔薇園。温室。中には畑や、生徒が個人で栽培している菜園もある。違法な植物もある。違法なのでみんな近くを通るときは一旦視力かIQを下げる。気づかないんだから仕様がない。そのうち魔導科の誰かが回収していくだろう。


 そんな多種多様な庭園の中で此処、キッカのいる立体迷路の庭園は、一部の人種を除き不人気スポットであった。



「今日も一言も喋れなかった……」


 パンをもそもそ咥えながら、キッカは項垂れた。

 先日の一件があってから、クラスメイトに物を隠されることはなくなった。あれだけぷりぷり怒っていた教師も、今までのキッカの忘れ物をなかったことにしてくれたのか、ちょっとだけ優しくなった気がする。

 けれど、それをディスカードの功績とは到底思いたくなかった。

 今までこちらを見て笑っていたクラスメイトは、今や一切目が合うこともない。

 ふとした瞬間、偶然にも目が合えば、殺意の篭った形相で睨みつけられる始末。

 教科書は無事だけれども、代わりに蛇蝎の如く嫌われている。正直何かされるより、今の状況の方がキッカには堪えた。キッカの言動に反応を返してくれるのは、今じゃフロレンス嬢くらいのものである。


 今日は詩歌の授業があったのだが、お題の「自然と愛」についての詩を諳んじたところ、先生にめちゃくちゃ険しい顔で「地獄ですわ」と感想を貰った。その時、フロレンス嬢が「あらいったいどんなセンスの詩を書いたのかしらっ!」とキッカの詩を掠め取ったのだ。

 そして思い切り噴き出した。

 最終的にクラス中に回し読みされ、他の令嬢たちも頬を噛みながら爆笑を耐えていた。

 どこが悪かったのかまるで解らないが、先生に二点をつけられたあたり、あまり良くない出来だったんだろうと思う。後から知った話だが、百点満点の課題だったらしい。


 でも、反応を返して貰えただけいい。いやほんとに何が面白かったのか解らないけど。良い詩が書けたと思ったのに。

 今のところ、フロレンス嬢はキッカを無視をしてこないので、たぶんもう友達なんじゃないかな? と思っている。どこらへんから友達が始まるか実は詳しく解っていないのだが。とりあえずもっとたくさん話したい。

 とくに最近は、入学してから初めて大きな行事が近づいていることもあり、クラス中が浮き足立っていた。

 キッカもクラスのみんなとワクワクドキドキしたいのだ。



「鍛錬だ!」

「……キッカ、《スポーツ・デイ》には参加しませんわよぉ〜」

「む。それは解っている」


 そう言って、突然現れたのは兄のラームスだった。

 近づいてくる気配は感じていたが、しかし、どうやって此処を探し当てたのだろう。この兄は耳も鼻もよく効くから、それでだろうか。犬みたいな男だ。

 ラームスは隣に腰を下ろした。

 どうやら居座るつもりのようだ。

 キッカは食堂で買ったパンをごくんと飲み込んだ。


「お前、《スポーツ・デイ》についてどの程度聞いてるんだ?」


 ラームスが尋ねる。

 《スポーツ・デイ》というのは、まさしく、最近身近に迫ってきている学校行事(イベント)のことだった。

 毎年(クラス)ごと、学年ごとに、選抜された選手が弓術、馬術、舞踊など、様々な競技で競い合うのが《スポーツ・デイ》である。代表以外は、観戦と応援が主になる。マンモス校なので全員参加はやっていられないのだろう。

 しかし毎年、審査員や来賓にかなりのお偉いさんが来るそうで、単なる学校行事の規模ではないらしい。「くれぐれも本校の生徒として恥ずかしくない行動を!!」と先生に言われた。広いクラスの中、何故かバッチリ目と目が合った状態で言われた。


「だいたいのことは先生から聞きましたわぁ。キッカたち、参加するの初めてだものぉ〜」

「お前は、競技に参加する予定はないんだな?」


 何故か念を押すように聞いてくる。──おかしい。

 いつものラームスなら、「何故参加しない!!」とかなんとか言ってきそうなものだが。

 実のところキッカも浮ついた雰囲気に当てられて、ちょっと馬術とかに心が揺れた。

 馬に乗るのは嫌いじゃない。馬の方には好かれていなかったが。それに、上手く活躍出来れば友達が出来るかもしれない、と思ったのもある。

 まあ結局、どこでボロが出るか解らないから参加は諦めたのだが。


「ないけど……ラームスお兄さまは、()()出るのぉ?」

「あれ……。! ああ、《剣闘試合》のことか? 当たり前だろう! 騎士科(ウチ)はみんな出場するぞ!」


 ラームスがキラキラした瞳で拳を握った。

 まあ(クラス)で話を聞いた時から、出るだろうなとは思っていた。


 《スポーツ・デイ》では多くの競技が催されるが、その中でもメインは、なんと言っても志願制の《剣闘試合》である。

 第五実践棟にあるコロッセオで開催される、むくつけき男共の祭典。


 ルール/相手を殺してはいけません/終わり


 ──つまり、何でも有りの模擬戦闘だ。

 魔術の使用も──塔を破壊するような大掛かりなものは禁止らしいが──許されている。


「キッカも参加できれば良いんだがなあ」


 ラームスが残念そうにぼやいた。

 出来たとて、キッカが参加するはずもなかったが。しかし《剣闘試合》には唯一、一年生だけ出場出来ない決まりがあった。

 安全面を考慮してのことらしい。最低でも学園で一年学べば、身の丈に合わない行いはしないだろうというわけだ。


 ──まあラームスがこれだけイキイキするのも当然か。

 学生たちの集大成を披露する場としては、水の末月にある《オープン・デイ》が一番大きな行事だが、《スポーツ・デイ》に関しては、紛れもない彼ら騎士科(ナイト・クラス)が花形である。

 というわけで、この時期の騎士科(かれら)は皆一様に浮き足立っているのである。


「まあ、キッカには関係ない行事ですわぁ〜」


 そう言って、キッカはパンの包み紙をクシャッと丸めた。

 そもスポーツ・デイというのは競争ごとの多い行事だから、か弱い淑女には向かないのだ。確かフロレンス嬢が馬術競技に出るそうだから、そちらを全力で淑やかに応援しに行こうと思う。


「何を言っている。鍛錬と言ったろう」


 え、なんで?





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