身一つで在れば
「……落ち着きましたか?」
「ああ、さっき寝たばかりだ。本当に辛い思いをさせていたみたいだ……」
「アンが言ったのは、あんたも落ち着いたかって意味なんですけど」
「……分からない。僕は落ち着いているように見えるか?」
「一見、ね。でも、その顔はあたしを不安にさせるやつ」
リリアの鋭い指摘に、僕は苦笑いを零す。
処置が良かったのか、サーラという名の少女は先程まで夢うつつといった風に安定していた。今は規則正しい寝息をしているので、快方に向かっていると信じたいところだ。
眠りに入る前に、サーラはうわ言のようにぼんやりと話してくれた。
村が盗賊に襲われ、両親を目の前で失ったこと。村に金目の物が無かったので、奴隷として売られたこと。ケインに買われ、従順であれば痛めつけられなかったこと。しかしそれが変わったのは、二人目と三人目の奴隷が連れてこられた日からだったそうだ。
やはり、サーラは違法奴隷だった。
なのに、現状はそれを証明する手段が彼女の口しかない。奴隷という、最も身分が低い人間の言葉だ。ほとんどの者はただの厄介事と考えて、彼女の手を取らないだろう。
「エドワードさん、さきほど組合長と話をしてきたのですが……」
「聞かせてくれ。組合はどう動ける?」
「……難しい、そうです。サーラさんを売った奴隷商人は流れだったらしく、もうこの街には居ないと言われました。サーラさんの身柄はケインさんに帰属するのも変わらず、よくて監査官を何度か送るのが精々だと……。既にケインさんから身柄の引き渡しが要求されています」
「法はあちらに傾いてる、か。ケインも分かっているんだろうな」
「それで、なんでこの子はこんなに痛めつけられてんの? さっきポツポツ喋ってたけど、あんたが邪魔で聞こえなかったんですけど」
「ああ、知りたいと思うよな……」
サーラがこうなったのは、僕達が逃げたせいでもある。僕がケインに追放を言い渡したせいで、彼女に擦り付ける形になってしまったのだ。
それはただの偶然で、本来は責任を感じなくてもよいのかもしれない。見ない振りを続けていても、誰からも咎められないだろう。
でも、そちらに逃げるのを、僕はもう良しとは思えなくなっていた。
「理由は簡単だよ。サーラは夜伽を拒んで、他の奴隷は受け入れた。そこから始まったそうだ」
「よ、よと!?」
「……下種すぎませんか?」
「さっきちらりと聞こえたと思うが、サーラの故郷は盗賊に襲われている。略奪と殺戮、それと……とにかく、サーラは見たんだろうな。だから怖くて、拒んだ。ケインも一応は納得して、サーラには手を出さなかったみたいだ」
「あー、それが他の奴隷が来たせいで……」
「そう、状況が変わった。やはり奴隷の方も所有者をよく観察しているらしくて、誰がケインの気を引けるのか、どうすれば効果的なのかが分かったみたいなんだ。気性が荒いのも分かってしまうから、彼の矛先から逃れたい一心で奴隷の中でも序列を作ろうという動きが生まれたらしい」
「そうなると、拒否をしているサーラさんは弱いですね……」
「多分、一番最初に買われた奴隷というのも大きいのだと思う。あとは違法奴隷とか、値段が安いとか……まあ、聞くに堪えない理由ばかりだろうさ」
まず奴隷達からサーラへの虐めが始まり、食事や睡眠が削られていった。そして主であるケインまでもが感化されて、彼女を蔑ろにし始めた。
これが一般人や他の冒険者ならまだ分からないが、迷宮に潜る奴隷にとっては地獄だ。
食事や睡眠は肉体のコンディションに直結する。実際にサーラは早い段階で魔物との戦いに付いていけなくなり、怪我が増えていったという。
一応は回復魔術やポーションで治療はされていたらしいが、そういった回復手段の連続使用は逆に肉体への負担となる。子供の体には特に、だ。
しかし、サーラは環境の改善を望めなかった。
強い反抗は契約魔術で禁じられており、言葉にも行動にも出せない。意見という形なら主であるケインに伝えられるが、彼の周りでは他の奴隷が目を光らせている。そもそも、ケインはサーラの言葉を理解するつもりがない。
雑事を全て押し付けられて満足に眠れず、食事も皆と違う時間に残飯を食べされられ、それでも迷宮に連れ出されて消耗していく。
ケインは言ったそうだ。「俺に着いてこい」、「お前がそうなのは弱いからだ」、「俺のように強くなれば全てが変わる」、「お前の考えが足りないからそうなるんだ」。立場を利用して、好き勝手な言葉でサーラの逃げ道を塞いでいった。
だから、彼女は外に救いを求めた。どうしようもない世界の中でも、生きたいと、死にたくないと願った。
街の住人達は、ケインの奴隷だからと彼女に手を差し伸べなかった。衛兵に相談しようにも、服や髪が綺麗だからと、冒険者組合が既に動いているからと、話を聞いてもらえない。冒険者達はケインという人間によく触れていたので、誰も彼もが遠巻きに彼女を見るだけだった。
そうして絶望へと落ちていく中で、彼女は見付けたのだ。
主であるケインと、決して相容れない存在を。彼と立つ瀬を違える存在を。
地獄のような世界で、最後の可能性――ケインを追放した、僕達を見出した。
「複雑だわ……。こうなってしまったのも、助けようにも簡単に身動きできない状況にも、ね。助けてあげられたらいいんだけど……」
「神殿に連れて行っても、ケインさんなら取り返しに来るでしょう。私達の行動だと知れば、尚更です」
「間違いない。そして、僕達は今の状況だと大きな動きが取れない。彼女を助けるには、色々な人に迷惑が掛かってしまう……。ケインへの壁になってくれている組合には不義理になるし、何より今の彼は危険だ」
「でも、エドワードは見捨てるつもりがないんでしょ?」
「もちろん」
言って、僕はニコリと笑った。
「そこで、だ。僕は一つの名案を思い付いたんだ」
「あ、それ聞きたくない話をする顔だわ。あたし聞きたくないんですけど」
「私も嫌な予感がします……」
流石というべきか、僕の大切な二人の仲間は理解が早い。むしろ、僕が単純だから考えを読まれ易いと見るべきか。
だが、二人が予想してくれているなら話が早い。
すぅ、と息を吸い込み、吐く。
まさかこの言葉を自分に使う日が来るとは、因果なものである。
「僕はクソ野郎だから、ちょっとパーティから追放してくれないか?」
見直しがてら少し休憩します。
誤字脱字等ありましたらご報告いただけると助かります。