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嫌な現実

「エドワードさーん、この書類を隣の酒場までお願いしまーす!」

「組合の内側がこんなに大変だったとは……」

「そりゃ大変に決まってますよ。休みは不定期だし、夜勤もありますし。ただ、他よりも三連休とか多めにあるんですよね。ちょっとした観光旅行とかは行きやすいですよ?」

「勧誘に聞こえるのは気のせいですか?」

「あはー、実際助かってますからねー。アンさんの回復魔術は大活躍だし、リリアさんは気が利くし、エドワードさんも意外とフレンドリーでしたから」

「僕からはキャロルさんが意外に見えますよ」

「そうですか? アレですよ、表の顔と裏の顔ってやつです」


 受付では澄ました顔が多かった新人受付さんことキャロルさんは、そう言ってニヤリと悪そうに笑って見せる。残念ながら、全く似合っていない。

 ギルドの庇護下に入ってから一月、そろそろ年の終わりが見えようとしている。

 僕達は最初こそ組合長に言われたようにのんびりと過ごしていたのだが、やはりというか忙しそうにしている職員達に気圧され、少しずつ仕事を手伝い始め……気付けば、仕事の方からやって来るようになっていた。

 現在進行形で経験しているから分かるが、組合の仕事は本当に多い。依頼主との折衝、冒険者に対しての諸々のケア、関係各所への報告及び打ち合わせ、それらによって生まれる書類の作成……等々。

 たまに冒険者が愚痴る「組合職員を減らして報酬の取り分を増やしてくれ」という言葉が如何に愚かなのかを痛感させられる。この仕事量は個々人の能力云々では解消されると思えず、ひたすらに純粋かつ物量による人的資源が必要だと言えよう。まだ僕が慣れていないからそう感じるのかもしれないが、これなら冒険者をやっている方が楽ですらある。

 僕達はまだお客さんの部類なので仕事といっても限られているが、緊急依頼を受け持つ部署なんかは悲惨だ。昨日もポーション片手に壁と話している職員を見てしまい、僕は組合の闇を少しだけ知った。

 冒険者組合の職員はエリートしかなれないと聞く。だが、実際はエリートという名の戦士しか務まらないらしい。


「そういえば、あの変態奴隷フェチ……じゃなくて、裏の顔しかないケインさんの方はどうなってますか? 最近は私にさえ妙な噂が飛び込んできますし」

「怖いですよね、カウンターの裏では何言われているか分からないんですから」

「いやあ、あんな大物は久々らしいですよ? 私も皆さんがここまで言うのは初めて聞きましたし」

「ケイン……。まあ、ボチボチらしいです。最近は裏のルートで素材や装飾品なんかをさばいているそうで」


 良いのか悪いのか、ケインは冒険者組合どころか街の有名人になりつつある。

 冒険者として依頼を受けられないのに、ずかずかと奴隷達を引き連れて迷宮に潜る。羽振りがよく、いつも違う服を着ている。また違う奴隷を連れ歩いていた。関わると碌な事がない。路地裏で日陰者達と話をしていた。

 そんな噂が求めずとも勝手に舞い込んでくるのだから、こちらとしては乾いた笑いが出てくるほどだ。

 しかし、同時に分かってしまう。

 彼が今この時も金集めや見栄を張るのに勤しんでいるのは、満たされていないからだ。僕達と一緒だった頃と同じく、終わりの見えない飢えを抱いている。

 だから、分かり易い一つの目的――僕達への理不尽な復讐の意志は、消えていないのだろう。


「双子先輩方が後ろ暗い部分の証拠を集めてくれているみたいなんですが、まだ決定的なものが足りないそうです。さっき会った時、もう少し待つように言われました」

「おー、それ本当にもう少しってことですよ。よかったですね」

「そうなんですか?」

「あの二人の『もう少し』は『近日中』って意味らしいですよ。寿退社した先輩が言っていました」

「……あの人はお元気ですか?」

「赤ちゃんが来年生まれるそうです。女の子らしいと聞きましたねー」

「……お幸せそうで何よりです」


 喜ぶべき内容と目出度いのに心にくる情報が一緒に手に入り、僕はもう駄目そうだ。


「……では、書類届けてきます」

「あれれ? 体調悪いんなら無理しなくていいですよ?」

「……行ってきます」

「いってらっしゃーい」


 彼女が幸せなら、それでいいではないか。何を不満に思う必要があるのか。

 そう自分に言い聞かせながら、僕はふと思う。

 もしかしたら、ここから突き抜けた先にケインの心があるのかもしれない、と。



§



 ふらふらと組合のロビーへと出てくると、強い違和感を感じた。

 新人冒険者達が、割れている。大きな魔獣でも通った跡のように、何かを避けている。

 不思議に思って彼らの視線を辿ると、そこには一人の少女が居た。


「……なん、で……」


 知らず、声が漏れ出た。

 あの少女だ。

 ケインが最初に買った、あの獣人の子供だった。

 姿勢が酷い。強風に晒され続けた樹木のように背が曲がり、杖を突いていないのが不思議に思える。右足に体重を乗せているのを見るに、左足が思うように動かせないのだろう。

 目の下には、真っ黒な隈がある。眠れていないのか、眠る時間さえ与えられていないのか。どちらにせよ、極度に衰弱しているように見える。

 呼吸が浅く、早い。血色が失せているのも考えると、内臓の機能まで低下しているかもしれない。

 なのに、少女の服と髪だけは綺麗だった。それが酷く歪で、いっそ不気味にすら思える。

 歪な少女は、死に体だった。


「……あ……」

「っ!」


 そんな少女が、僕を見て目を見開いた。

 濁った目だ。ただただ暗く、一切の光を拒絶しているかのようだった。

 少女は小さく震えると、また口を開こうとする。

 そして――その場で崩れ落ちた。


「なんでだっ! どうして!」


 関わらない方が良い。周りがそうしているように、奴隷には所有者が在るのだから。相手次第では些細な事でも問題になりうる。

 彼女の所有者はケインだ。特に僕達三人は、絶対に関わるべきではない。双子先輩方が解決してくれる矢先であり、組合からは助力をこんなにも受けているのだから、それを水に帰すような事は……。

 分かっている。ちゃんと、分かってはいるのだ。

 でも、僕には少女が何を言いたかったのかが分かってしまった。

 それは単純で、誰もが幾度も思う言葉。


 ――――助けて――――。


 音にならなかったそれが聞こえた時、僕は少女へと駆け寄っていた。


「銀級冒険者エドワードだ! 誰か回復魔術を使える者は居るか!」


 そう叫ぶも、誰からの反応もなかった。時間が時間だったからだろう、腕利きの冒険者達は皆出払ってしまっている。この場に居るのは新人ばかりだった。

 抱き寄せた少女の体は軽く、全身が硬直している。先の光景が嘘だったかのように息が荒い。明らかな過呼吸だった。

 すぐに少女の口を手で軽く覆い、吸い込める空気の量を調節する。ここまで衰弱した体で無理な呼吸をすれば、確実に負担となってしまうだろう。


「エ、エドワード、その子……」

「リリアか、良かった。アンを呼んできてくれ。点滴と経皮吸収型の回復薬も必要になる。この衰弱は回復魔術だけでは追い付かない」

「わ、分かったわ!」


 リリアが駆けていくのを見送り、すぐさま少女へと意識を向ける。


「大丈夫、大丈夫だ」


 痛々しいまでに見開かれた目を掌で覆い、閉じさせた。

 こんな汚い現実、見たい筈がない。体を壊され、心を蝕まれ、それでも僕なんかに助けを求めなくてはいけないなど、辛くない筈がない。


「助ける。絶対に、君を助ける。僕に君を、助けさせてくれ」


 謝るように呟き続けた。

 僕がこの少女から目を逸らしたせいで、ケインという人間を野放しにしたせいで、この不幸は起きてしまったのだ。

 自分の口から出たその言葉達は、少女に向けてか、自分に向けてだったのか。散り散りになった思考のまま、僕は少女の傍に居続けた。

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