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飽和

 降格から五か月が経ち、僕達三人は平和な日常を取り戻し始めていた。

 組合の窓の外では、街路樹が見事な赤色に染まっている。明日の朝も、外で落ち葉を集める子供達の声で目が覚めることだろう。


「ありがとうねぇ。普通の銀級じゃ難しいし、黄金級に頼むには予算が足りないしで困っていたのよ。貴方達が引き受けてくれて、本当に助かったわ」

「こちらこそ、今回はありがとうございました。よければアーマードボアの素材、お店まで届けてくれるように頼みましょうか?」

「大丈夫よ。台車も組合の裏に停めてあるし、孫が手伝ってくれるみたいだから。これで先方の伯爵様も喜んで下さるわね」

「婆ちゃん、これも一応仕事なんだけど……」

「お婆ちゃん、気を付けて帰って下さいねー」

「ふふ、ありがとう。また仕事ができたら頼んでもいい?」

「ええ、お婆さんのお願いなら歓迎します。私達は当分銀級のままですから、お安いと思いますよ?」

「上手なんだから。ふふふ、またね」


 昨日迷宮で仕留めたアーマードボアの外皮を抱えた鉄級冒険者を連れ、依頼主のお婆さんが去っていく。

 ケインの常設採集依頼独占でお金に困った新人冒険者達は、組合の仕事を少し任される形でお小遣いを稼ぐようになっていた。

 一方の僕達はというと、少しずつ依頼主達の信用を取り戻しながら働けている。

 動き出すタイミングも良かったようで、ケインの悪評が広がっていく前に常連の依頼主達に会えたのが大きかったのだろう。やはり直接声を交わすのと交わさないのでは大きな違いがあった。

 今は以前のような分を超える無茶はせず、自分達に合った迷宮の深度で、常に余裕を持った行動ができている。

 ケインが居た頃と比べると、仕事終わりの疲労具合に雲泥の差があった。装備はすぐボロボロにならず、怪我もほぼしなくなり、より迷宮に潜れる時間を延ばせてきている。一つの依頼で懐に入ってくるお金の量こそ減ってしまったが、二つ三つと同時に依頼を受けられる余裕があるからか、三人で割れば黄金級だった頃の収入を僅かに上回るほどだ。

 一つ問題点があるとすれば、新しいパーティメンバーが現れない事だろうか。どうやらケインの元所属パーティという点で嫌煙されているらしい。流石はケインだ、今現在も僕の予想を簡単に上回ってくれている。


「平和だなぁ。冒険者って、こんな仕事だったんだな……」

「エドワード、それ新人に聞こえちゃ不味いわよ。あっちはまだ苦労してるんだから。誰かさんのせいで……」

「ほら、また騒いでますよ……。早く隅っこのテーブルに行きましょう」


 アンに背中を押され、三人でいつぞやの席に座る。

 それとほぼ同時に、大きな怒声が建物内に響き渡った。


「オークの毛皮が大銅貨一枚だと!? ふざけるな! 買い叩きも大概にしろ!」

「ですから、前回言ったように需要を追い越しているのです。オークの毛皮なんて、新人冒険者の防具にしか使えないのですから」

「いずれ必要になるだろうが! 防腐処理して棚に放り込んでおけばいい! そんな事も分からないのか!?」

「一度に処理できる量にも限界があるのです。それを一度に五十枚も持ち込んで……本当ならお断りしたいくらいですよ」


 まただ。またケインが騒いでいる。

 かれこれニ週間くらい前から、こんな光景が始まった。今では周りの冒険者達も受付の人達も慣れたものだ。

 周りのテーブルから、いつも通りヒソヒソと声が聞こえてくる。


「あれ、昨日だけでオーク五十体も倒したってこと? よくやるわ、呆れる」

「流石に一日じゃ厳しいんじゃないか? いや、腐っても元黄金級だし……」

「奴隷の子、なんか姿勢が左に傾いてない? 私の勘違い?」

「確かに傾いてるな。可哀想に……あれは長く持たないかもしれないな」


 もはや見世物になっている感まである、ケインの奇行。

 この五か月もの間、彼のパーティは他の冒険者達とコミュニケーションを取らず、依頼人達との顔合わせにも力を入れず、ひたすら常駐依頼をこなしていた。

 周囲に与えた最初の印象が悪かったのに加え、本人達が誰とも話さないせいで余計に孤立してしまっている。彼らにどういった考えがあるのかは分からないが、陰で囁かれる勝手な憶測や噂も気にしている様子がない。根拠のない陰口については僕がそれとなく消しているものの、当のケイン達がああでは焼石に水だった。

 今日にしてもそうだ。一日でオークを五十体も倒すなんて、あの頃の僕達でもやらなかった。ブレーキが無くなって加速し続けた結果がこれとは、本当に笑えない。付き合わされている奴隷の子供が本当に哀れだ。


「サーラさん、大丈夫ですか? これほどの数のオークを倒すなんて、どれだけの無茶をこの子にさせたんですか! その上で今日も迷宮に潜ろうだなんて、到底許可できません!」

「ハッ、組合が迷宮に入る入れないの許可を出してるのか? そんなのは初耳なんだが? それに、サーラの事は俺が一番よく分かってやっている。他の奴隷についてもだ。俺を、俺達をそこらの雑魚と一緒にするな」


 そう言いながら、ケインは自分の後ろを見た。

 そこに居るのは、二人の新たな奴隷だ。周りの迷惑を顧みずに荒稼ぎをしたケインは、また奴隷を買い込んでいた。自分のパーティを奴隷だけで構成するつもりなのかもしれない。

 ちなみに、全員が女性だ。今の僕が言えた義理ではないが。


「はぁ~あ。ねーエドワード、私達が最近陰でどう言われてるか知ってる?」

「知らない。でも、聞きたくない」

「聞いてよ。なんと、『奴隷じゃない方のパーティ』よ。ふざけんなって思うんですけど。あたし、それ聞いた時に頭の血管が切れる音を久々に聞いたんですけど」

「ケインさん……なんて忌々しい……」

「アン、落ち着いてくれ。僕も胃がムカついて吐きそうなんだ」


 だから聞きたくなかったんだ。

 ケインに関わると奴隷にされる、なんて話は新人冒険者達が冗談として言っているのを耳にしたが、そこまで進んでいるとは思わなかった。なんだか周囲の目が生暖かくなってきたと感じていたのには、そんな理由があったなんて……。


「ねー、銀級って新人からは尊敬とか恐れで見られるんじゃないの? なんでアタシ達、マジもんの同情の目で見られてんの?」

「やめてくれ、それ以上は聞きたくない」

「私が聞いた別の呼び名は、『男女比が許されなかったパーティ』ですね。実際、あれを見ると間違っていないのかもしれないと思います」

「自分以外は三人とも女、三人とも奴隷。女の冒険者達からゴミクズ扱いされて当然だわ。そういえばあの兎耳の奴隷、アンに何処となく似てない?」

「エドワードさん、実はリリアさんって――」

「ごめんごめんなさい! そんなに怒んないでよ!」


 アンには悪いが、実は僕もリリアと同じ事を思っていた。しかし、彼女の精神と尊厳を考えて口に出さなかっただけだ。今のはリリアが悪い。

 おそらく、サーラという女の子は安かったから目を付けられたのだと思う。そして彼女を白磁級冒険者にして常設依頼で荒稼ぎし、余裕が出てきたのを見て本当に欲しかった奴隷を買ったのだと思う。

 僕も男だから、少しくらいはケインの心が読める。男の下心だ。

 とはいえ、彼のそれは僕の常識を簡単に打ち破ってくれた。

 想い人だったアンに似た奴隷を見付け、頑張って手に入れるのは分かる。でも、ついでにもう一人奴隷を買ってくるのは分からない。奴隷というのは、そんなオマケ感覚で買ってくるものではないと思っていたのだが……。やはり、なかなかできる事じゃない。


「待ちなさい! まだ話は途中ですよ!」

「もう十分だ。これ以上ゴチャゴチャ言うなら、少し痛い目に遭わせてやろうか?」

「……脅迫かね? よかった、これで買い取りを拒否できる理由を作れたよ。ケイン君の温かな協力、感謝しておこう。キャロル君もまだ仕事を覚え始めたばかりだというのに、災難だったね」

「く、組合長!? いつの間に……」

「なっ!?」


 そして、あちらでは組合長が出現していた。普段は奥に引っ込んで出てこない人なので、これはかなり珍しい。


「丁度いい、アンタに話した方が早そうだ」

「話すも何も、もう終わりだよ。君の冒険者資格は凍結だ。二か月の間、君のよく分かっているらしい奴隷達と一緒に羽を伸ばすといい。よく働いてくれる君達へ、我々からの小さなプレゼントだ。なぁに、感謝は要らんよ?」

「き、貴様……っ! ならアイツらはどうなんだ! アイツらも毎日ここに来ているだろうが!」


 そう叫んだケインが指差すのは、僕達の方向だ。後ろに双子先輩方でも居やしないかと振り返ってみるが、残念ながら僕達以外は誰も居なかった。

 三人で顔を見合わせると、何故この場面で引き合いに出されたのか分からない、と全員の表情が物語っている。


「エドワード君達かね? 君は追放されたのだから、もう関係がないと思うのだが……彼らがどうかしたのかね?」

「だから、俺達と同じように毎日組合に顔を出しているだろうが!」

「キャロル君、彼らも休みなしで?」

「いえ、三日前と……十日前に二日連続で休んでいます。節度も守っているかと」

「だ、そうだ。異論は?」

「……クソ、クソッ! 裏で手を回していたのか!」


 リリアとアンを見ると、顔の前で掌を団扇のように振られた。僕にも知らず知らずの内に組合長と談合していた記憶はない。むしろ、久々に組合長の顔を見たからラッキーだ、とすら思っていた。


「なら、こちらにも考えがある。行くぞ、お前達!」

「は、はいっ」

「では、長期休暇だと思って楽しんできなさい」

「言ってろ、クソ爺が!」


 半ば追い出されるような形で、ケインが入口へと向かう。

 そして、扉を開ける時に僕達を底冷えのする剣呑な目付きで睨んできた。


「……覚えていろよ。お前達は、必ず……」


 小さく、それでいて嫌に響く声を残し、彼は去っていく。彼の奴隷達は怯え、そして僕達をよく分からない顔で眺めながら出て行った。

 パタン、と扉の閉まる音さえも大きく聞こえる。

 今日中に終わりまで投稿したいと思います。

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