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降格

「行こ行こ、早く等級下げたいし。アレと一緒なのはマジで嫌だけど」

「……そうだな。さっさと済ませてしまおう」


 周囲に聞こえぬ程度で先を促すリリアに頷き、受付まで歩く。

 磨き上げられて艶のあるカウンターの向こうでは、眉根を寄せた新人受付嬢が僕達を待っていた。


「エドワードさん、話は聞いてますけど……どうにかならなかったのですか?」

「迷惑を掛けて申し訳なく思っています。でも、どうしても耐えられませんでした。あのままではパーティ自体が壊れてしまいますから……」

「引き継いだ内容にも多少の問題点は書かれてありましたが、そこまで酷かったのですか?」

「今のあいつ見てたら分かりません? アレ、外から見えないようにするのも大変だったんですよ。あたしは絶対に無理です」

「私達も色々と手は尽くしたのですが……急ぎ足になったのはすみませんでした」


 追放を言い渡すタイミングが早くなったのは僕の独断だったのだが、二人はそう説明してくれる。少しだけ心の重みが抜けていくようだった。

 新人受付さんはそんな僕達の表情を暫し眺めると、盛大に溜息を吐く。


「分かりました。黄金級が欠けるのは組合としても痛手なのですが、事情が事情らしいので受理します。こちらの書類に間違いがないか、確認をお願いします」


 彼女が渡してきたのは、パーティに関する書類だ。もう五年も前の、皆で悩みながら項目を埋めていった記憶が蘇る。

 組合の方で幾つも訂正された痕跡があるそれには、最近になって書き加えられた部分があった。パーティの構成員に関する項目だ。

 ケインの部分に太く赤い斜線が走り、その上から組合長の判子が押されている。片隅には『他メンバーの判断により追放』と書き添えられていた。


「ふーん、こういう風になるのね。あ、等級も銀級になってる」

「そちらはケインさんの処理が終わった時点で、私の方から勝手ながら変更させていただきました。もし黄金級に残留を望まれるのでしたら、組合長を交えた話し合いが必要になります。どうしますか?」

「いえ、望みません。今までその要望が通ったという話を聞きませんから」


 僕がそう答えると、新人受付さんは苦笑いを零しながら頷く。彼女の立場から考えても、その方法は現実的ではないのだろう。


「では規定通りに一つ等級を下げ、皆さまは銀級となります。認識票をお出しください」


 言われた通りに三人の認識票を渡して少し待っていると、その色が黄金から白銀へと変わって返ってきた。


「あ、これ……」

「昔の認識票、ですね」

「ああ、あの無茶苦茶だった頃の傷までそのままだ。組合はこんな物まで取っておくんですか? 降格なんてそんなに起こらないと聞くのですが……」

「はい、冒険者達が記した思い出の一つですから。ご不満であれば作り直すことは可能ですが、どうされますか? ちなみに、ケインさんは作り直しを望まれました。新たな始まりだから、だそうです」

「じゃ、このままで」

「アンはどうしたい? 僕もリリアと同じで、作り直しは必要ないと思う」

「私がケインさんと一緒の行動をすると思いますか?」


 満場一致で作り直ししないと決まった。アンの言葉に少し頷きそうになった自分が嫌だ。


「ごめんね……。もう絶対、こんな傷だらけにならないから……」

「リリア……」


 震える声に目を向けると、リリアが泣きそうな顔で銀の認識票を握り締めている。あの頃の、本当に死と隣り合わせだった日々を思い出しているのだろうか。


「リリアさん、もう誰もこの認識票みたいにはなりませんよ。そもそも、受ける依頼内容自体が違うようになるんです。さっきみたいにハイオーガの依頼を間違えて取らない限り、ですけど」

「あ、あはは……」

「エドワードさんも、あの特殊能力に頼らなくて済むんですから」

「……そうか。そう、なんだな……」


 神殿にて神様から役割を与えられる時、個々人には必ず特殊能力が与えられる。一人一人が違う、その人だけの力だ。

 例えば、アンにしてみれば魔術を使う際に必要となる魔力の軽減。例えば、リリアの斬撃を飛ばす能力。例えばケインの……そういえば、彼はそれを最後まで教えてくれなかったのだった。今思い出しても意味が分からない。

 そして僕の特殊能力は、僕が最も忌み嫌う状況で発揮される類のものだった。それがどうしてかあの日々の中で判然としなかった全容を把握でき、最も役に立っていたのだから、世の中分からないものである。

 気付けば、しんみりとした雰囲気が流れていた。降格して安堵するなんて、僕達くらいのものだろう。何か感じ取るものでもあったのか、新人受付さんまで僕達と同じ表情をしている。


「……あの、それで間違いはありましたか?」

「い、いえ。ありませんでした」

「そうですか。では、これからご依頼を受けますか?」

「うーん、あたしはパスの方向で考えてます。朝方で良さそうな依頼は取られちゃったみたいですし。二人はどう?」


 リリアに問われ、アンと共に頷く。

 よく探せば今の僕達に丁度いい依頼もあるのかもしれないが、ケインの変貌っぷりを見て精神的に疲れてしまった。


「常設の採集依頼でしたらご用意していますよ?」

「ご用意というか、それって事後報告でもいいやつじゃないですか。受けません受けません、受けたらノルマになっちゃうし。新人達の恨み買いたくないし」

「そ、そうですよね……」


 冒険者への依頼には、幾つかの種類がある。

 先ずは緊急の必要性があるもの。人的物的被害を出した魔物の討伐や、のっぴきならない事情から素材を欲する職人達からの嘆願、自然災害への救援要請など。

 次に、専門的な技術や知識を必要とするもの。迷宮で消えた冒険者の遺族が望む遺品の回収や敵討ち、一般的な旅商人の護衛、遺跡の調査なんかがこれに当たる。

 最後に、そのどれにも当て嵌まらないもの。市場で不足する気配のある素材の採集、街路の清掃などがある。

 ケインが受け、リリアが断ったのが最後に類する依頼だ。別に冒険者がやる必要はなく、かといって誰かがやらないと困る。組合としてもその程度の認識でしかない。

 誰かがやらないと困るのだから、気付けば本当に誰かがやっているのもこの類の依頼が冒険者を悩ませるポイントと言えよう。錬金術用に水晶を取ってくる依頼を受けたら、近くの鉱山から大量の水晶が出てしまい、成功報酬が減額されたという話は有名だ。偶然かつ同時期に誰も彼もが同じ素材を持ち込んだせいで、組合が迷惑したなんて話まである。

 何より、これらの依頼は期限が緩く、新人冒険者の小遣い稼ぎとしての意味合いを持っている。銀級の僕達のような者に望まれる仕事ではない。本当に困った時には掲示板に張り出される依頼として扱われるのだから、そうなった場合に引き受けるべき依頼だった。


「ですが、そうなるとケインさんが先に黄金級に戻ってしまう可能性も……」

「あー、そういうの気にしませんから。っていうか、あいつ常設依頼受けまくってるんですか? 元黄金級の銀級なのに?」

「はい……。昨日は手に入れやすい迷宮由来の素材を、ケインさん達が独占する形になってしまいまして」

「新人達が困っている、と。そりゃ元黄金級なんだし、迷宮でも幅広い階層を知ってる分、その気になれば浅い階層の素材なんてすぐに集まるでしょうけど……。マジでそんな事やってるんですか?」

「ですから、リリアさん達が常設依頼を引き受けてくれたら……そうしたら、ケインさんも違う依頼をしてくれるのではないかと考えたのです」


 三人で顔を見合わせると、真っ先にアンが首を横に振った。


「それは望むだけ無駄だと思います。逆に私達への対抗意識を燃やして、在庫がだぶつくくらい素材を集めてくると思いますよ」

「えぇ……」

「言いたくはないのですが、僕も同じ考えです。さっきの態度を見るに、彼は僕達を変に意識していますから」

「一応は追放された側なのですから、意識してしまうものなのでは?」

「なら意図的に近付いてきたりします? あの目、絶対に見返してやるって感じだったんですけど」


 リリアの言葉がトドメとなったのか、新人受付さんが頭を抱え始めた。僕達まで頭が痛い。


「奴隷の子が登録したばかりで白磁級ですから、こちらも強くは言えず……」

「妙な知恵だけ回すんだから、マジで性質(タチ)が悪いわ」

「力になれず、申し訳ないです。何か別の協力できそうな方法を思い付いたら、すぐに伝えます。本当にすみません」

「追放したのに……どうしてまだ私達を苦しめるんでしょう?」


 常設依頼の件は意図してではないと思うが、アンがそう思いたくなる気持ちは分からないでもない。おそらく、ケインは僕達が苦しんでいたのも、今現在もこんな理由で苦しんでいるのも分かっていないのだろう。

 追放したとはいえ、元黄金級パーティメンバーだったケイン。周囲が完全に別の存在として考えてくれるようになるまで、きっと多くの時間が必要になる。


「……もう帰ります。もうやだぁ! 本当になんなのよあいつはぁああああ!」

「お、お疲れさまでした」

「ありがとうございました。帰ったら寝て下さい、リリアさん。エドワードさんもですよ? 今日からはエドワードさんだけ別の部屋で寝ていいですから」

「あれ? いいのか?」

「はい。ケインさんに買われた女の子には悪いですが、矛先を向けやすい相手ができたとも考えられますから」

「……なるほど、一理ある。もの凄く気分の悪い話ではあるが……」

「まっとうな奴隷とは思えませんし、その内に天罰が下りますよ」


 天罰とは、如何にも神官らしい表現だ。僕も神様がケインの性格に何らかの改善を施してくれるように願っておこう。

 無駄に疲れ果てた足取りで受付を去る。

 帰り際、まだ居た双子先輩方が僕にだけこっそりと教えてくれた。

 どうやらケインは受付での僕達の様子を一部始終観察していたらしく、銀の認識票を受け取ってしんみりしていた僕達を見て、含み笑いをしていたらしい。

 そうじゃない、そうじゃないんだケイン。きっと、君は僕達が落ち込んでいると思ったのだろうが、そうじゃない。

 僕達は本当に安堵していたんだ。

 やっと君が抜けてくれた証明ができたと、これで無茶な冒険をしなくて済むようになる、と。大切な仲間の血が流れる危険が減って、心底安堵していたんだ。

 こんな小心者の僕は、きっと黄金級冒険者には相応しくない。元々からして、相応しくなかったんだ。

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