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絡まれる

「常識考えろ! どんな思考回路してんだアンタは!」

「なんだお前、俺の物に文句でもあるのか? 主人以外の第三者が奴隷へ命令する権利なんてないんだが?」

「これは助言だって言ってるだろ! 君、そんな歳で冒険者なんてやっちゃいけないよ。もっと体が大きくなって、重たい物とか持ち上げられるようになってから――」

「黙れ……それは俺が決める事だ!」


 勢いよく入口の扉が開いたと思えば、若い冒険者が転がり込んできた。どうやら殴られたか蹴られたかして飛ばされてきたようだ。

 ちらりと見えた彼の認識票は鉄。年齢は十五、六に見えるので、頑張って白磁から等級を上げたばかりなのだろう。


「まただよ。別に悪意があって絡んでんじゃねえんだから、当たり散らすなって話だよな。テメーに問題があったから追放されたんだしよ」

「……あれ、もしかしてケインですか?」

「見違えただろ? いつも小綺麗にしてたヤツが、ドブネズミに大変身だ」


 若い冒険者に続いて入ってきたのは、ボロボロのローブを羽織った男だった。

 あれがケインとは、にわかに信じ難い。依頼主との顔合わせをすっぽか割には身嗜みに気を付ける人間だと記憶していたのだが、今の彼から受ける印象は随分と違う。


「新人の方も厄介なヤツに正義感出しちまったな。ありゃ災難だ」

「奴隷は所有物……分かっていても、あんなに若い子供の奴隷だと言いたくもなりますよ」

「組合の方もそれとなく注意はしてるらしいんだがな。あの野郎、まだ俺から奪うのかだの騒いで話にならねえってよ」


 様変わりしたケインの少し後ろを歩くのは、どう見ても十代前半の子供。頭から伸びた犬耳、尾骶骨辺りには箒のような尾。獣人の女の子だった。

 彼女の首にある奴隷の首輪は、何らかの罪で奴隷落ちした者に着けられるそれだ。しかし、あんなに体の小さい少女が奴隷落ちするような罪を犯せるとも思えず、どこかの犯罪組織に攫われてきたのではないかと勘繰ってしまう。


「ねー、アレ本当に無理なんですけど。というか、マジで信じらんないし怖い」

「だから言ったじゃないですか。もうケインさんとは絶対に関わっちゃ駄目ですよ? あ、こんにちは双子先輩」

「おお、綺麗どころが来やがったぜ」

「こっちでコソコソしとけ。関わらねえのが正解だ」


 気付けば、僕達のテーブルにリリアとアンがやってきていた。どうやらケインの豹変に恐れをなして逃げてきたようだ。

 無理もない、あれは男の僕でも強い忌避感を感じる。人間として近づき難い。


「揚げ芋も持ってきたけど、食べる? もう塩豆でお腹一杯?」

「あ、ああ……。ありがとう、食べる。先輩方、二人が隠れるような配置に座り直してもらっても?」

「構わねえぜ」


 あちら側から積極的に関わってくるとは思わないが、意味不明なほどにやさぐれている今のケインには警戒が必要だ。たった三日であそこまで落ちぶれるとは、毛ほども想像できなかった。


「こ、このクソ野郎! いきなり殴り飛ばすとか、頭にウジでも湧いてんのか!?」

「ごめんなさい……。ご、ご主人様……もういいですから……」

「なんだサーラ、許すのか? ククッ、お前は優しいな」

「え、えへへ……」


 かつてないほどに引いている僕達の事など露知らず、あちらでは気色の悪い光景が繰り広げられている。

 奴隷の少女が主人――ケインの内面を知る僕だからか、『ご主人様』という呼称を使わせているのが怖気を誘う――の凶行を諫め、それを粘ついた笑顔で褒めているケイン。彼は嬉しそうに頭なんて撫でているが、第三者には分かってしまう。

 少女は怯えていた。

 主人が暴力的だと知り、従順であらねば、その矛先が自分に向けられると考えている。撫でられている最中も顔でこそ笑っているが、体の方は強張っていた。


「触り方がねちっこいんですけど。う、うわー……」

「やはりケインさんは邪悪の塊です。あんな子供にまで気味の悪い事を……」

「酷えな、日に日に酷くなりやがる。ただ、奴隷の装備が無駄に良いんだ。兄貴、それについてはどう考えるよ?」

「そらオメー、アレだよ。奴隷でも子供には喜んでほしいだろ? ……いや、それなら乱暴なトコを見せる意味は……奴隷は装飾品とでも思ってんのかもな」

「さっき俺の物、なんて言ってましたから……そうは考えたくないんですが……。ああ、新人が離れていきますよ。あれ以上関わると女の子の迷惑になると判断したみたいです。よかった」


 各々で思った事を口に出していると、気付けば他のテーブルでも同じような光景が繰り広げられ始めた。

 皆が皆、声を潜めて話をしている。声を潜める理由など、ネガティブな内容を口にしているとしか考えられない。流石に内容までは聞こえないが、彼ら彼女らの視線はケインと奴隷の少女に注がれたままだ。


「フン、見せしめにはなったようだな。俺を侮るからだ」

「さ、流石ですご主人様」


 それに対し、ケインは意味の分からないことを言っていた。

 誰も彼を侮ってなどいない。そもそも胸に下げられた認識票で銀級冒険者と分かるのだから、侮る理由なんて一つもない。

 追放された側へのせめてもの配慮として、冒険者組合は追放したパーティと同じ等級を追放された者へと与える。なので、これから受付で降格申請をする僕達は銀級、ケインも同じ銀級だ。……降格申請をする気が減退していく。


「ねー、あたし達もアレと同じ銀級になるんでしょ? 嫌なんですけど」

「奇遇だな、僕もそう感じてきた」


 いっそ銅級へ下げてしまおうかとすら思ってしまう。あんな銀級が居たのでは、世間様の銀級冒険者に対する風当たりが冷たくなっていくかもしれない。

 そう、ケインに他の冒険者達が迷惑そうにしているのは、今の僕が考えている内容と一緒の心配をしているからだ。

 ああいった存在は悪目立ちする。他の人がどうであろうと、自然と目を吸い寄せられてしまう。今は冒険者組合の中で済んでいるが、これが街中で起こった暁には、本当にどうなるか予想できない。


「ありゃ気付いてねえな。俺達がどう思ってるのかなんてよ」

「流れの冒険者によくあるやつだ。俺達みてえな居つきの冒険者を考えもしねえ。おいエドワード、さっきはああ言ったが訂正するぜ。もうケインが垂れ流す悪評は訂正すんな。今のアイツに関わりゃ、誰だってオメー達が間違ってなかったと分かるからよ」

「はい、それが正解に見えてきました。僕達もなるべく接点を消していきたいと思っていますし……」


 リリアもアンも二の腕を摩っている。鳥肌が立っているようだ。彼女達の精神を考えれば、ケインの流す悪評を訂正して回ることすらストレスになるだろう。

 その一方、あちらはあちらで寿退社した受付さんから入れ替わった新人の子に注意されていた。


「組合員同士の争い事はご法度です。次は衛兵にも話を持っていきますから、ご注意下さい」

「チッ、あちらが絡んできたから対処しただけだ。それに、御法度なのは組合内での話なんだが? さっきのは外だろうが。見ていなかった訳でもないんだろ? これだから新人の受付嬢は……」

「見ていたから口頭での注意で済ませているのですが……。はぁ……それでケインさん、今回も常設の素材採集依頼ですか?」

「そうだ。これからもそれをメインにする」

「依頼人に直接会う依頼の方が、報酬も組合からの評価も高いのはご存知ですか?」

「そんなのは知っている。会っている時間が無駄だ。今はレベルを上げたい」

「はぁ……」


 ケインの言う『レベル』とは、僕達が神様から与えられた役割の強化具合、もしくは強度を指す。大昔は『成長度』なんて言われていたらしい。

 邪神の眷属が生み出す迷宮、そこに巣食う魔物達を倒すことでレベルが強化されていくのは有名である。

 しかし、彼が今更になってレベルなんてものに拘り始める意味が分からない。

 レベルなんて、普段からの訓練でも上がっていく。地道に剣の素振りをやっていれば、魔術の知識を蒐集していれば、コツコツと積み上がっていくものだ。実際、魔物を直接倒す機会の少ないアンは、そうやってレベルを上げてきた。


「レベルだけ上げて意味なんてあんの? 確かに身体能力は違ってくるけどさ」

「どうなんだろうな? 個人としては戦い易くはなるだろうが、連携や技術にはあまり関係のない部分だし……先輩方はどう考えますか?」


 リリアと同じく不思議に思い、経験豊富な先輩方に話を振ってみる。


「一応、体そのものの防御力っつーか、生命力そのものが上がるから死ににくくはなるぞ」

「でも、それで魔物からの攻撃を受けていいって訳ではないですよね?」

「そりゃそうだ。軽くなろうが怪我は怪我、永く冒険者をやりたいなら尚更だな。これ、オメーらが白磁だった時にも教えたぞ?」

「あ、そういえば言われましたね。すみません、誰が教えてくれたか忘れてしまって……」

「他のヤツにも言われたんだろ。まあ、あの嬢ちゃんの為だと考えれば……それでも、まず訓練でレベルを上げさせる方が良いとは思うが」

「魔物を倒す方が上がりは早いからな。難しい問題だとは思うぜ」


 なるほど、流石のケインも考え無しではなかったらしい。方法に性急さこそ感じるが、あの少女の為だと考えれば一応の納得がいく。


「それに、レベルの数値だけで判断する依頼主も多少は居るんだ。まあ、それは先達が残してくれた信頼で成り立ってんだが……たまにやらかすヤツが出てくる」

「いわゆるレベル詐欺、ですね? 私達も、以前そんなパーティを助けた事があります」

「ああ、そういえばあったな。僕もあれは二度と御免だ」


 ケインにグチグチ言われて迷宮の深くに潜らされた時、そんなパーティに出会ってしまった経験がある。思い出したくもない。

 全滅の危機に陥っていたところを助けられたばかりだというのに、「俺達の方がレベルが上だから、こっちの指示に従ってくれ」だの、「そうじゃない、それは~~だ。高レベルの言葉は聞いとけ」みたいに変なことばかりを言う人達だった。

 帰還の途中、手遅れになっていた一人が介錯を望んだのも最悪だった。誰が手を下すのかで揉めて、結局はケインがキレながら介錯したのをよく覚えている。


「ね、ねー……あたし、ケインがあの人達みたいになる未来が……」

「いや、それは流石にないだろう。あの時のケインのキレっぷり、常人だとなかなか真似できる事じゃなかった」

「エドワードさん、それこそ否、ですよ。常人じゃないんですから、私達の考えを易々と打ち破ってくる可能性があります」

「マジであの奴隷の子、死ぬんじゃないの? あたしも絶対やらかしそうな気がするんですけど」


 ケインを心底嫌っているアンはまだしも、リリアにまでこうも言われるとは……。少しだけ追放した元仲間に同情してしまう。


「おい、こっちに来やがったぞ。嬢ちゃん二人は俺達を盾にしろ」

「ひっ!」

「怖いんですけど! 無理なんですけど!」


 そうこうしている間にケインは依頼を受理ようだ。偶然なのかわざとなのかは分からないが、こちらの方に歩いてくる。そしてすれ違いざま――いつも通りの見下ろすような目線を投げ掛けてきた。

 相変わらず腹立たしい目線だ。子供の奴隷なんて連れているから、今日は余計にこめかみが疼く。

 僕達のすぐ近くにあるテーブルに腰を下ろしたのを見るに、この接近は当てつけなのだろう。自分には何一つ瑕疵が無いとばかりの尊大な態度に、胸中で苦々しい感情が湧いてくる。


「行こう、リリア、アン。先輩方、ありがとうございました」

「おう、さっさと仕事してこい」

「こっちもありがとよ。依頼前の腹ごしらえになったぜ」

「いえいえ、ありがとうございましたー」

「双子先輩方も、ご依頼が上手くいくように祈っておきますね」


 努めて普段通りを装いながら、先輩達に別れを告げる。だが、内心ではこの場を一刻も早く離れたい一心だった。

 関わりたくない。嫌な出来事だから、早く心理的にも距離を取りたい。自分達の行動が間違っていなかったと理性で分かっていても、やはり気まずい。

 どうして、ケインはそう思ってくれないのだろうか。僕達が思っているような、そんな考えは浮かんでこないのだろうか。

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