追放
「エドワードォオオオ! 殺すっ! アイツだけは絶対に殺すぅぅうう!」
朝日が昇ってしばらくした翌朝。
僕は昨夜の愚痴大会で寝不足なまま、ケインの出立を見届けていた。
大型の魔獣を入れる頑丈な檻の中、ケインとその奴隷達の姿がある。結局は止血だけされて終わったらしいケインを除き、全員が手足に枷をされて転がっていた。
「アイツこそが悪魔だ! 俺じゃないぃい!」
そう叫び回るケインは、失われた両手首から鎖を生やしていた。惨たらしいというか、もはや斬新に思えてくる拘束方法である。
「あんな風に言われてるけど、あんたは腹が立たないの? ねー、今からあのクソッタレの下顎砕いてやりなさいよ」
「いやいやいや、今僕が顔を見せるのは不味いだろ。それこそ『サラマンダーに油を飲ませる』じゃないか」
「悪魔です。とうとうケインさんは悪魔になったんです。これはもう、早く神殿の近くに引っ越さないといけません」
昨夜、ケインは本当に神様から見放されたらしい。役割もレベルも何もかもを失ったそうで、その話題で見物人達は持ちきりだ。
ケインの檻を眺める人々の数は、昨日の決闘よりも多い。その数は千人を軽く超えるほどである。なんでも、この街で神様から見放された者が出たのは初めてなのだそうだ。流石はケイン、誰も経験したことのない事件を巻き起こすなんて、そうそうできる事じゃない。
「だ、誰だバナナァなんて投げたヤツは!? 殺すっ! お前も殺してるぞぉおおおおお!」
檻に投げ入れられたバナナァにキレ、ゾンビのような雄叫びを上げるケイン。その気持ちは分からないでもない。僕でもバナナァは流石にキレる。
「あーもう、子供達泣いてるじゃない。ねーエドワード、ちょっとあのクソッタレの前歯を全部へし折ってきなさいよ」
「いや待て、ケインの奴隷達も泣いている。これはお相子だろう」
「アンデッドです! ケインさんはアンデッドだったんです!」
檻の中には、ケインを含めて八人の姿。一人だけケイン以外の男が居るのを見るに、あれは共犯者といったところだろうか。
なんにせよ、サーラを含めて七人もの奴隷を買ったというのが驚きだ。あの六人全員に夜伽を命じていたとしたら、ケインは本当に凄い男と言えよう。絶対に真似してはいけないが……少し憧れもする。
あの奴隷達の中にサーラが含まれていないのは、彼女の存在が誓いのコインを使った決闘に関わっていたからだ。そうでなければ、今頃はあの檻の中でケインの暴れっぷりに怯えていただろう。
奇妙な話、ケインの後先考えない行動でサーラは救われた部分があったのである。
「あの中ですぐに牢屋から出てこられるのは何人になるんだろうな……。二人か三人? 強要されていただけならいいんだが……」
「いやー、あたしは一人も居ないと予想するわ。あんたのそういうトコ……すっ、好き……だけど、正直ダメだとも思う。あれは全員悪女よ、間違いない!」
「何人かは嘘泣きですね。見て下さい。あの女なんて、貧相な胸を無駄に寄せてますよ」
「こ、この巨乳マウント……」
やはり女の敵は女なのか、二人は辛辣だ。
奴隷で身を崩す貴族の話は聞いたことがあるが、こうも二人が言うとなると、奴隷が怖く見えてくる。
奴隷であろうと、人間は人間。自分の身をより良い環境に置く為なら、時には悪知恵を働かせてもおかしくない。それも性別の違う相手ともなれば、尚更にその心の内を知るのは難しそうだ。
「ところで、そこの『聖騎士』さんはこれからどうすんのよ?」
「え? あ……はい」
「はい、じゃないわよ。あたし達のパーティ、また二人になっちゃったんですけど! 頼れる盾役とか、今すっごく必要なんですけどっ!」
そう言って、リリアは僕の鳩尾に強力なパンチを繰り出した。
これは良いパンチだ、間違いない。こんなパンチを打てる『剣豪』なんて、彼女以外には存在しないのではなかろうか。
「結構痛いんですが……」
「銅級冒険者のリリアちゃんを助けてくれる、優しい聖騎士とか探してるんですけど! 誰かさんまで無茶してくれたせいで、色々と不安なんですけど!」
「リ、リリアさん、だからちゃん付けは……。それに、本当にダメージ喰らってるみたいですよ?」
鋭いボディーブローに苦しむ僕を、温かな光が包み込む。アンの回復魔術だ。
これは良い回復魔術だ、間違いない。僕の顔色を見ただけで対応ができる『神官』なんて、彼女以外に存在しないのではなかろうか。
やはり、僕にはこの二人の大切な仲間が必要だ。心からそう思う。
「はぁ、もう追放なんて懲り懲りだ」
「エドワードォオオオ! 隠れていても分かるぞぉおお!! お前がバナナァを投げたんだろうがぁあああ!! 殺すっ! 殺してやるからなぁあああ!!」
「……本当に深く、反省しています。僕をパーティに復帰させて下さい」
ケインの叫びに後押しされ、僕は深く頭を下げた。ああなりたくはない、絶対にだ。
情けなく懇願する僕の頭を、二人は笑いながら持ち上げてくれる。視界に映ったその表情はとても柔らかくて、温かなものだった。
「はぁ……本当によかった。これも愛が成せる技ですね」
「えっ!? あ、愛!? アン、愛って一体……」
「ちょちょちょっと!?」
「え、アンって僕のことが……? そ、それはどうお返事をしていいか……」
「は? なんで私なんですか?」
「アンがあんたのこと好きな訳ないでしょ!」
ついでに、上げて落とすという荒業。
いや、追放に対する意趣返しだというのは分かるのだが、僕の心はそこまで強度が高い訳ではない。心まで『不屈の定め』の効果は及ばないのである。
「ここ数日、僕は心のあちこちをへし折られてばかりなんだが……」
「おーい、そろそろ出発させてくれー! ほら、どいたどいた!」
少し泣きそうになっていると、そんな声が聞こえてきた。
人並みが割れていく。
馬の嘶きが聞こえる。
檻が載せられた荷車が、ゆっくりと進み始める。
割れた人並みの中には、双子先輩の姿があった。
何故かは知らないが、拍手なんかを送っている。周囲の見物人達まで影響されて、次第に拍手の音が大きくなっていく。
組合長とキャロルさんを含む、組合職員達の姿もあった。
何故かは知らないが、キャロルさんは右手にバナナァを装備している。なるほど、犯人はあの人だったようだ。
「エドワードォオオ! 俺の復讐は終わらないぞぉおお! 必ずお前を殺し、全部を奪い返してやるからなぁあああ!」
盛大な拍手に送られながら、しかしケインは叫び続ける。最低でも終身刑は保証されているというのに、あの元気はどこから来るのだろうか。
それに対し、御者の人が恥ずかしそうにしているのが印象的だった。
「出てこいエドワードォオオオ!!!」
「さっきはああ言ったが……ケイン、君にはもう一度言おうと思う」
人込みに埋もれながら、僕達も流されて意味の分からない拍手を送る。
これが追放した相手への最後の手向けとなるかは知らないが、とにかく皆がそうしているのだから、これが正解なのだろう。おそらく、この万雷の拍手は煽りではないと思う。多分、きっと。
「さよならケイン、君は永遠に追放だ」
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
本当は2万字程度の短編を書くつもりが5万字を超え、投稿してから6万字を超えていたと判明して乾いた笑いが出ました。
執筆期間は約一週間だったので、遅筆な自分にしては早く書き上がった方だと思います。
よろしければ感想欄にて本作を読んで思った事、その一部でも教えて頂けると、今後文章を書く上で助かります。