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それでも強くは在れず

 目を覚ますと、そこは冒険者組合の医務室だった。

 思うように動かせない体で外を見ると、窓の外は何時の間にやら暗くなっている。どうやら僕は長い時間眠っていたらしい。

 まだ毒が効いているのか、両腕の感覚が希薄だ。特に左腕の痺れが酷い……と思っていたら、そこで寝息を立てている存在に気付いた。

 リリアだ。彼女が僕の左腕を枕代わりに眠っている。

 見れば、壁際の長椅子でアンまで眠っている。気持ち良さそうに、涎まで垂らして眠っている。

 そんな二人を見て、僕は苦笑いを浮かべた。

 彼女達の頬には、涙が伝った跡がある。特にリリアは相当に泣いてくれたらしく、折角の綺麗な顔が台無しだった。

 今回は麻痺毒だったから大事なかったとはいえ、僕が意識を失ったのは鉄級冒険者だった時以来だ。心配を掛けただろうし、申し訳なく思う。

 でも、僕にはその心が何よりも嬉しい。もしもこの二人の大切な仲間が今の僕のように倒れでもしたら、僕も同じくらい心配するだろう。もしかすると、リリア程とまではいかなくとも泣いてしまうかもしれない。


「……ごめん。ありがとう」


 なんだか寝ているリリアが可愛らしく思えて、その頬に触れたくて右腕を伸ばす。


「……エドワードさん」

「は、はいっ! エドワードです!」


 急に真横から声が飛んできて、僕は全身を硬直させながら返事をする。

 何故、思い至らなかったのだろうか。ここは冒険者組合の医務室であり、医務室は空間をより広く使えるように二つのベッドがくっ付けて置いてある。

 そして、ここ数日は先客が居るのだった。


「サ、サーラか。驚かせないでくれ……まさか隣のベッドとは」

「……すみませんでした」

「い、いやいや、怒ってるんじゃないんだ。ただ、少し油断していたというか……本当に心臓が止まるかと思っただけなんだ」

「……それじゃ死んじゃいます」


 茶化すように言うサーラは、それでも上手く笑えていなかった。

 当然だった。体の方は快方に向かっているとはいえ、心の傷は簡単には癒えてくれない。彼女が再び本当に笑える日が次に訪れるのはいつになるのか、僕は予想できないでいる。


「君にもお礼を言わせてくれ。ありがとう、君のおかげで勝てたよ」

「……本当にあんな事に意味なんてあったんですか?」

「勿論。僕は仲間がピンチな時ほど強くなるタイプなんだ」


 サーラは僕の言葉を信じられないようだが、事実は事実だ。

 彼女が言う『あんな事』とは、リリアとアンとパーティを組むというもの。そして、この二人の仲間であれば、僕は心からサーラを仲間だと思える。

 あの決闘で『不屈の定め』が本領を発揮したのは、僕が死にかけていたのだけが理由ではない。僕がケインを『敵』だと認識し、僕の命とサーラの命に危機が迫り、そしてもう一人の誰かが僕の死と自分の死を重ねてくれたからだった。

 そのもう一人は、今も眠りこけている二人のどちらかだろう。おそらくは感情豊かなリリアだと思うが、想像力豊かなアンという線も否定できない。

 三人分のピンチによって、『不屈の定め』は麻痺毒すらも撥ね退ける力を発揮できたのである。


「決闘に勝った以上、君の身柄は僕達の元にある。もうケインも彼の奴隷達も、君に近寄らせない。僕は、仲間を守るのが仕事の聖騎士だからね」

「……ありがとうございます」

「冒険者は、仲間を何よりも大切にするんだ」

「……でも、やっぱり私は……」

「あ……あー……いや、言わなくていい。冒険者なんて、続けたくないんだろ?」


 サーラとしては言いにくい内容だと思い、僕から口に出した。

 瞳を不安定に揺らしながら、彼女は小さく頷く。

 僕にとっては、冒険者はなかなかに良い職業だ。休日も仕事時間も自分達で決めて、気の良い同僚に囲まれて、大切な仲間達と過ごせる。実入りにしても、銀級になれば世間一般には高給取りだ。

 しかし、サーラにとってはそうならない。泣き言は許されず、魔物から怪我を負わされ、拠点に帰ってからも不当な扱いを受け続ける。それが彼女の知る冒険者であり、ケインが彼女の心に刻んだ記憶だ。

 その人が立つ視点によって、一つの物事でも印象はこんなにも違いが生まれてしまう。残念ながら、僕にはどうしようもない事だった。


「……それでも、何かお礼を……私ができるお礼なんかじゃ、碌なものを用意できませんけど……」

「なら、神殿で魔術の勉強をしてくれ。そして、神官のアンにこっそり教えてくれないか?」


 実のところ、サーラの身柄は最終的に神殿に委ねる事が決まっていた。

 僕とケインの決闘が決まり、サーラには冒険者を続ける意思がないと気付いた二人が、そう手配してくれている。


「……神殿、ですか? 前は素敵だと思ったことがありますけど……」

「そうか、なら大丈夫そうだ。ところで、君はケインとその奴隷達が偽造品を作っていたのを知っていたか?」

「……えっ!?」

「その反応で安心した。どうせ旨味のある仕事だとでも思って、君を除外していただろうと思っていたんだ」

「ほ、本当にそんな事を?」

「まあ、もっと酷いのもあるが……こっちに関しては君では無理だと知っているから、どうでもいい」


 盗賊に村を襲われた記憶のせいで、サーラは夜伽を拒んだ。なら、人殺しに加担するのはもっと無理だろう。

 おそらく、彼女は犯罪に加担していない。加担していたとしても、本人には分からない形でやらされていたと思われる。

 しかし、それでも彼女を見る人々の目は厳しくなるだろう。ケインの奴隷だったというだけで、相当な色眼鏡を向けられるに違いない。それこそ、ケインを追放した直後の僕達よりも酷い扱いを受ける可能性があった。

 だからこそ、神殿に入るのが一番なのだ。神様の御膝元で働いていれば、身の潔白の何よりの証明になる。


「……酷いの、ですか?」

「ああ。ケインの奴、王様まで怒らせていたらしい。流石にこれは僕も予想外だった。組合長も呆れてたよ」

「えぇ……」

「そもそも、僕達のパーティに居た時からケインはおかしかったんだ。やれお前は無能だの、やれそんな事もできないのかだの、本当に同じような台詞を何度も何度も……」

「そ、それ私も言われました!」


 何故か元気よくそう答えたサーラの声を皮切りに、ケインへの愚痴大会が始まってしまった。

 僕は傷付いているサーラを考えて、できるだけ面白おかしく聞こえるように。サーラは割と本気目で……いや、本気も本気でケインの愚痴を漏らし続けた。

 人間とは、弱い生き物である。

 気付けば、僕達は寝る二人を放置して話し続けていた。サーラの本気具合に感化され、いつしか僕まで本気の鬱憤を口から漏らしていた。

 嫌な記憶は、時として同類を生む。人間の心は強くないからこそ、その時のシナジーは半端ではないらしい。

 そう強く実感させられた夜は、信じられない速度で過ぎていく。そして翌朝、僕とサーラは案の定寝不足になった。

 誰だよ5万字くらいで完結って言った奴……。マジでごめんなさい;

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