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『不屈の定め』

「ハハハッ! やはりお前は雑魚だったな。毒への対策すらしていないとは」

「な……なんて事……これが、神前で……の決闘と、分かって……」

「戦いを前に万全の体制で臨まない――それが、お前の限界だ。金を惜しみ、俺を追放したお前のな!」


 ケインは、毒と言った。この決闘は神様の前で行われる神聖なものであるにも関わらず、だ。

 誓いのコインを使った決闘で、毒殺を試みた人間の話なんて聞いたことがない。それどころか、普通の決闘でも毒殺は卑劣な手段とされている。暗殺者の役割を持っていようと、こんな方法は試そうとすらしないのが普通だ。

 しかし、彼にはそんな世間の常識は通用しないようだった。自分の行動は全て正解とでも思っていなければ、こんな馬鹿げた真似はしないだろう。


「この腕だな、さっき俺を殴ったのは」

「ぐっ……まさか……」


 薄ら笑いを浮かべたケインは、倒れた僕の顔を覗き見る。

 そして僕の盾を持つ左手に、毒のついたナイフを深々と突き立てた。


「あぁ? 痛覚まで麻痺してんのかよ。なぶり殺す為に用意した麻痺毒だったんだが、これは予想外だぜ」

「やめ、ろ……何を、考え……」


 これが人間のやる事なのか。

 神様の前で決闘に毒を使ったばかりか、拷問までしようとする。こんな事は誰もやらないし、やろうとも思わない。


「痛みを感じないのは面白くないな。ああ――なら、別の手段があるか」

「ケ、イン……」

「地獄に送る前に教えてやろう、俺の『拡大解釈』についてな」


 そう言って、ケインは心底嬉しそうに笑う。どうやら僕の聞く意志の有無は関係ないらしい。


「俺の『拡大解釈』が役割を得る方法は簡単だ。目的の役割を持った人間を、殺せばいい」

「――な、に?」

「前にレベル詐欺のパーティの一人を介錯しただろ? あれで分かった。つまり、魔術師も暗殺者も俺が殺したんだ。これからお前がそうなるみたいにな」


 ケインの言葉は、信じられないものだった。

 彼は、もう人を殺してしまっていた。以前のような請われた末の介錯ではなく、誰かを守る為の行動としてでもなく、ただ自分だけの都合で。


「分かるか? 分かるよな? お前を殺せば、俺の手札に聖騎士が加わる。そして、次は――」


 剣呑な光を帯びるケインの視線が、僕から離れていく。

 そして、その先に居たのは、僕の大切な仲間達だった。


「い、嫌っ! エドワード! お願いだから立ってよ! は、離して!」

「駄目ですリリアさん! 神前の決闘に貴女が手を貸せば、エドワードさん共々見放されてしまいます!」

「こんなのを見逃すなら、神様なんてゴミクズよ! 加護なんてこっちから願い下げなんだから! 離して、離してって!」

「嬢ちゃん落ち着け。おい兄貴、手を貸してくれ」

「ああ、分かってるよ。……神様は何考えてやがる」


 取り乱すリリアを、アンと双子先輩達が止めている。

 その光景を見て、僕は自分の愚かさを知った。

 形だけの追放ではあったが、追放は追放だ。彼女達には、そういった逃げ道を用意したつもりだった。僕はもう追放したから、関係がないと言えるように。

 しかし、僕の大切な仲間達にとっては意味がなかった。仲間は仲間であり、パーティメンバーはパーティメンバーだった。追放したかどうかなんて、これっぽっちも関係がないのだ。


「ククッ。次は、あのビッチの剣豪だ。ああそうだ、お前の聖騎士で殺してやろうか?」

「……――は」


 その心底楽しそうな言葉に、あちらとこちらの差に、僕の中で何かがストンと落ちた。

 もし今のケインとリリアが戦えば、毒を使うのさえ知っていれば、リリアが勝てると思う。しかし、そこに聖騎士まで加わってしまえば、さしものリリアも負けるだろう。

 負ければ、リリアが殺される。

 自分の大切な人が、自分自身が、負ければ殺される――そういった存在を、僕達はよく知っていた。


「ああ――そうだった、のか……」

「ハ、ハハハハハ! なんだ、その声音は。今更になって何を理解したんだ? クク、だからお前は間抜けなんだよ。間抜けなお前はこれから死んで、次はあのビッチだ。これは復讐だ、どっちも無残に殺してやるよ!」


 人間には、変えられない部分がある。ならば、人間以外もそうなのだろう。

 最初から、ケインは仲間ではなかった。だから追放した。分かっていた筈だった。

 だというのに、僕は今この瞬間まで分かりたくなかったのだ。

 彼が仲間であったと、命を懸けた戦いを共にしたパーティメンバーだったと、最後の最後まで信じ続けたかった。

 それが僕の思い描く、冒険者の形だったから。

 だが、目の前の男が人間の皮を被った何かなら、その想いに意味なんてない。


「……ん? おいおい、まだ動けるのかよ。ハハッ、それでも足元で藻掻くしかできないってのは面白いぜ?」

「……この――」


 見下ろすケインの足を、何とかして掴む。

 カチリ、と何かが僕の中で嵌る。

 そして――


「この――――クソ野郎がぁぁああああ!!!」


 握り締めたケインの足から、何かの砕ける音が聞こえた。

 知った事か。

 この男は、僕の仲間ではなかった。そんなものは、僕の幻想でしかなかった。人間と呼べるような存在ではなかった。

 激流のように頭を巡る血の赴くまま、僕はケインを投げ捨てる。


「な、何が起き……っ!? う、うがぁぁぁああ! お、俺の足がぁあああ!」

「……ようやく、ようやく理解した」


 先程までの光景を裏返すように、のたうつケインを見下ろしながら僕は立ち上がった。

 毒がまだ効いているようだが、そんなのは関係がない。身の内から湧く『不屈の定め』による力の奔流の前では、このくらいは些末事にもならない。


「ずっと考えていた。君が僕にとっての何なのかを。仲間だった人間、元パーティメンバー……ああ、どれもこれも間違いだ。君は本当にクソ野郎で、どれもこれも全く当て嵌まらない」

「あ、足が……足が……」

「君は――僕の敵だ。それも、とびっきりに最悪の敵だ」


 負ければ殺される相手を、僕たち冒険者は簡単な言葉で表す。

 それは、『敵』だ。

 そして、『不屈の定め』を神様から持たされた僕は、()を前に倒れることを許されていない。


「な、何だそれは! なんで毒が効いていない!?」

「君の特殊能力と同じだよ。僕も、君と同じで全容を教えていなかっただけだ」

「な、なな……ふざけるな! 俺に隠し事なんて――」

「ああ、何でも知りたがりな君には、今から教えてあげるよ。僕の『不屈の定め』は、戦闘時間による身体能力の向上だけじゃない。本命の効果は――僕が明確に敵と定める相手との戦闘状態で、仲間と自分の命に危険が迫った時に発揮される」


 唖然とするケインに教えながら、自分でも嫌な能力だと思う。

 『不屈の定め』は強力だが、本当の性能が発揮される場面は稀だ。しかもそれは僕達が最も忌み嫌う状況であり、一歩間違えただけで簡単に綻びる。


「死に瀕した者が一人増えるにつれ、僕は強くなる。……君の特殊能力も、本来はこういった類の能力だった筈だ。時に腐った性根で神様の加護を歪ませる者が居るとは聞くが、まさか実例を君で見るとは思わなかった」

「ひ、卑怯だぞ! そんな能力をどうして俺に隠していた!?」


 それは君のせいだ、と言いたくなったが、僕の口は動かなかった。

 おそらく、ケインの『拡大解釈』が役割の力を得る方法は他にあったのだと思う。そして、その全容は僕の『不屈の定め』同様に難解で、ケインは終ぞ掴みきれなかった。掴みきれないまま、『拡大解釈』は彼の精神の影響で歪んでいったのだろう。

 思えば、ケインの付与魔術は最初から効果が高かった。それは『拡大解釈』の発動条件を掴みきれなかった時の保険として、神様が与えてくれた力だったのだろう。


「早く負けを認めろ、ケイン。僕に君を切らせないでくれ」

「まだだ! まだ俺は――」


 脚を折られた状態で何を言うのかと思えば、ケインは右手の指輪を光らせ始めた。

 それを見ると同時に、彼が認識できない速度で手首から先を切り飛ばす。


「頼む、切らせないでくれ。切りたくないんだ」

「もう切ってるじゃねぇかよぉおおお! お、俺の手がぁああああああ!」

「すぐに治療すればくっ付く」


 もう敵なのだから、より確実な無力化を狙うのは当然だった。この状況で抵抗を試みる方が悪い。


「お、俺にだって……まだ切り札が残って……」

「やめてくれ、それ以上言うと首を落とさないといけなくなる」

「ふ、ふざけるなぁああああ!」


 切りたくないという言葉に嘘はない。

 故郷が同じだったから、僕はケインがまだ人間の心を持っていた頃を知っている。知っているから、その面影を残したこの化け物を切るのが辛い。

 しかし同時に、今もなお故郷の思い出を汚し続ける目の前の敵が、何かを一言を喚くだけで……耐え難い虫唾が走る。

 一応、彼が諦めたくないと思う理由は分かる。

 せっかく特殊能力を自由に使えるようになったばかりなのに、それを失うのは嫌だろう。しかも『拡大解釈』に加え、元々から強力だった付与魔術を完全に使いこなせるようになれば、彼の『最強』という妄言は現実へと変わるのだ。簡単に諦められる筈がない。

 ただし、それを免罪符として使えるのは仲間に対してだけだ。決して敵同士の間で成り立つようなものではない。


「どれだけ駄々をこねようと、君は負けるんだ」


 今だからこそ、なんとなく分かる。

 神様は、この結果が分かっていたのだと。歪み続け、人を殺めてまで強さを追い求めたケインを、最初から見逃すつもりがなかったのだと。

 ロングソードの切っ先を眼球の前に持っていくと、今度こそケインは押し黙った。


「この決闘、エドワードの勝ちとする! 双方、離れたまえ!」


 僕がどう負けを認めさせようかと迷っていると、そんな威勢の良い声が響いた。

 声がした方向に振り返ると、組合長が衛兵を引き連れてゆっくりと近づいてくる。


「か、勝手に決めるな! これでも喰ら――」

「切り札は出させないと言った」

「ギャァアアアアア!!」


 振り返る僕が隙だらけに見えたのか、また指輪を光らせるケイン。

 僕はげんなりとしながらも、残った左手首も切り落とす。


「は、早く離れたまえ! なんて関係なんだ、この二人は……」


 一気に速度を上げ、全速力でこちらにやって来た組合長は、乱れた白髪を直しながら僕に語り掛ける。


「たった今、神殿に神託が下った。正確には、君が特殊能力を発揮した瞬間だそうだ。全く、こんな老いぼれに走り回らせてくれるな」

「す、すみません……」

「おい、その男は殺人犯だ。早く縛り上げろ!」


 連れてきた衛兵にそう指示する組合長に、僕は驚いた。

 ケインは確かに人を殺したと言ったが、それは僕に対してだけであり、珍しく周囲に聞こえるような声量ではなかった。ケインが魔術を使い始めたせいで、今も決闘を見ていた人達は遠くに居る。あの距離では、ケインの叫び声くらいしか拾えなかっただろう。


「……何故知っているか、不思議かね?」

「はい。ケインが人殺しだという証拠が出てきたのですか?」

「いいや、君の背中に盗聴用の魔道具が張り付けてあったのだよ。あの二人のどちらかに背中を叩かれただろう?」

「え……あっ!」


 そういえば、決闘が始まる前に双子先輩から叩かれた。彼等らしい励まし方だと思っていたが、そんな意味があったとは露にも思わなかった。


「偽造品の製造、裏社会への物品の横流し、貴族への詐欺。特に偽造品が王家の手に渡ったのが不味かった。一見すると本物と変わらないらしいが、魔力の質で判明したそうだ。王女様への贈り物だったようで、国王様は相当にお冠らしい」

「そ、それはケインの……?」

「全て、彼と彼の奴隷達が犯した罪だよ。それに殺人まで加わるとは、私も驚きを隠せずにいる。銀級の魔術師が迷宮で消息を絶っていたが、彼ではないと信じたいところだ」


 あまりの無茶苦茶加減に、開いた口が塞がらない。

 ここまでやってもケインは自分の正道を疑わなかったというのだから、本当になかなか……いや、絶対に真似できることじゃない。気が狂っているという一言では片付けられない所業だ。


「放せ! 放せコラ!」

「こ、こら暴れるな! 出血死するぞ!」

「まだ俺はやれるぞ! 俺が最強なんだ、エドワードごときに負ける訳がないぃぃいいいい!」


 一方、あちらはあちらで最悪な光景が広がっている。

 犯罪者となったケインを取り押さえようとする衛兵達だったが、ケインが無駄に上げたであろうレベルと垂れ流し続ける血液のせいで、上手く縄で拘束できないようだ。

 レベルを上げると死ににくくなるとは聞くが、あんな怪我でも暴れ回れるというのは正直気味が悪い。衛兵達まで血塗れになっている光景を見て、僕は絶対にケインの真似はしたくないと思った。


「君も早く治療を受けたまえ。見たところかすり傷ばかりのようだが、一度倒れていただろう?」

「そ、そうですね。そういえば僕、毒を使わ……れ……あ……れ?」

「ど、毒!? 神聖な決闘で毒を使われたというのか!?」


 驚く組合長の顔がぼやけていく。

 不味い、『不屈の定め』の効果が切れたようだ。

 見れば、ケインはとうとうお縄についていた。

 本当に最悪のタイミングだ。ケインが身動きの取れない状態になったことで、戦いが終わったという判定が生まれたに違いない。

 何故だケイン、どうしてもう少し粘れない。こんな所で倒れたら、それこそ――


「た、担架を持ってきてくれ! 毒だ! ケインが毒を使ったようだ!」

「い、嫌ぁあああ! エドワード死なないでぇぇええ!」

「エ、エドワードさん!」

「死ぬんじゃねえエドワード!」

「担架なんて待ってられるか! 俺が運ぶ!」

「ケイ、ン……恨むぞ……」


 ただの強力な麻痺毒なのに、僕の大切な仲間達が勘違いするではないか。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで振っといて、ケインが負けたので★1つ。 ケインにかかわりたくないなら、そもそも、この地を離れればいいだけ。
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