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『拡大解釈』

 どういった形で話が広がったのか、広場には数百人にも上る人々が見物に来ている。大きな円を描くように各々が陣取っている光景は、さながら巨大なまほろばのようだった。

 その中央で、ケインは僕を待っていた。

 あの時から変わらない、見下す目付き。自身の勝利を疑わない、傲慢な佇まい。ただ勝敗を決するだけでは済ませないという、明確な殺意。

 それらに気圧されないよう、僕は鋭く息を吐く。


「ようやく来たか。エドワード……俺がこの時をどれだけ待っていたか、お前は知っているか?」

「知らないし、知りたくもない。君を知れば知るほど、同じ人間とは思えなくなってくる」

「そうかよ。だが、俺も同意見だ。俺とお前が同じと思われるのは癪だ。思えば、最初からだった。迷宮でお前ばかりが怪我を負い、お前ばかりが心配される。注目される。お前には足を引っ張っているという自覚はあったか? 自分の実力が足りないという認識は? 聖騎士なんて御大層な役割を貰っておいて、アンの回復魔術に頼り切りだっただろうが」

「知りたくないと言ったんだが……。そうか、君はそこから勘違いしていたのか。――本当に下らない」


 聖騎士が護りの役割である以上、真っ先に傷付くのは当たり前だ。そして護りを破られればパーティが崩壊すると分かっているから、アンは僕への回復魔術を多くしてくれていた。

 そんな当たり前に対する嫉妬が始まりとは、なんとも下らない。

 確かに、パーティの盾となる者が傷だらけになるなんて、本来あってはならない事だ。それは冒険者の間では一般論として扱われている。

 しかし、その捉え方さえケインは並外れていたようだ。パーティが危機に瀕するのは僕のせいだとでも考えていたのだろう。


「下らない、だと? お前程度が分かったような口を利くな! 自分の無能を俺のせいだとでっち上げ、追放までしたお前が!」

「どんな理論展開なんだ……。まあいい、そうだよ、全部僕のせいだ。はいはい、全部僕のせいなんだよ。君の大切なサーラが死にかけていたのも、僕のせいにすればいいさ」

「出鱈目を言うな! サーラは死にかけてなんていない!」

「……ああ、そういう判断の仕方をするのか。あの頃の僕と同じように、サーラも耐えられると? 聖騎士の僕ですら音を上げそうになって、特殊能力頼りで切り抜けてきたのを、あんな子供に強要したのか」

「……お前の『不屈の定め』程度で死ななかったのなら、サーラが死ぬ訳がないだろうが。もう黙れ、お前の言葉は一々癇に障る」

「被害妄想も大概にしてくれ。そんなに僕が嫌いなら、あの子の比較対象に挙げる必要もなかっただろ?」

「黙れっ!」


 髪の毛を逆立てるケインに対し、僕はやるせない気持ちになっていた。

 ケインが持つ基準の一つが壊れたのは、僕が原因だったようだ。

 肉体の頑強さに定評のある聖騎士に加え、特殊能力の『不屈の定め』を持つ僕は、護りとしてはやたら堅くて粘り強い。自分でも自信を持っている部分だったのだが、まさかそこが問題となるとは思わなかった。

 『不屈の定め』の効果の一つに、戦闘時間が長引けば長引くほどに身体能力が増していくというものがある。

 しかし、これはケインも知っている内容だった筈だ。そして、身体能力の向上は蓄積していく疲労を補えるものではない、とも。

 もしかすると、ネガティブな部分を強調して覚えていたのかもしれない。


「もういい、お前は今日殺すと決めている。まず最初にその五月蠅い口から舌を切り落とし、じわじわと苦しめて殺してやる」

「……この決闘が神前で行われるものだと知っているだろ? そんな方法、神様が許す筈がない」

「いいや、神は俺の味方だ。お前のじゃない。この決闘を認めたのが証拠だ」


 言って、ケインは剣を抜き放った。

 確か、あの剣は『刀』と呼ばれる異国の武器だったと記憶している。斬撃に特化してるだけでなく、刺突では『切り貫く』と表現すべき傷を相手に負わせる恐ろしい剣だ。斬撃では他の剣を寄せ付けず随一、貫通力でも並の刺突剣を容易く上回ると聞く。

 ただ、そのポテンシャルを維持するにはメンテナンスが欠かせず、普段使いをする上では維持するのも一苦労だった筈だ。しかも、あの刃の輝きは聖銀(ミスリル)に違いない。聖銀(ミスリル)の刀なんて聞いたこともないが、多分間違いないだろう。

 ケインの手にする剣はどこまでも彼らしい、超高額の剣だった。


「剣ですらこの差だ。お前が持つ全ての装備を足しても、まだ格が足りない」

「色々と用意していたようで、感心するよ。真似したいとは思わないが」


 対し、僕が構えた剣と盾は量産品ではないものの、決して高額とは言えない代物だ。

 でも、僕はこのロングソードとカイトシールドを何よりも信頼している。

 飾り気のないロングソードは、昔へし折った愛用の剣と同じ鍛冶師が打った、全く同じ形の剣。カイトシールドも前に使っていた聖騎士用の盾と同じ物で、昔リリアと一緒に探し回って見付けたこれは、一般的なカイトシールドよりも大柄で分厚い。

 追放によって装備を一新する羽目になったが、この二つと簡素な革鎧があれば僕は戦える。五年前の冒険者になったばかりの頃と比べれば、剣と盾は上等すぎるくらいだ。


「さあ、始めようぜ。お前が何もかもを失うのを。その薄汚い命も、最後に摘んでやる」

「残念ながら、その期待には応えられない。負けるのは君だ、ケイン」

「ほざけ! この木偶の坊が!」


 ケインが刀を僕へと向ける。刃の上を朝日が滑り、切っ先から零れ落ちた。

 それが始まりの合図となった。


「最初に教えておいてやる。お前に万に一つの勝ち目などない。俺が神に与えられた力は――俺だけの特殊能力が、最強なんだよ!」


 吠えるケインの周囲に、五つの火球が浮かぶ。

 それを見て、僕は目を見開いた。

 あり得ない。ケインの役割は『付与師』であって、『魔術師』ではない。魔道具による簡易魔術かとも考えるが、あの火球の大きさは不自然に思える。それこそ、本物の魔術師が扱う攻撃魔術と同等だ。


「俺の特殊能力――『拡大解釈』は、全ての役割の力を引き出せる! 俺という器を拡大し、どのようにでも解釈できる! 俺の手札にある役割とその技を、俺の体に付与することでだ!」

「……なるほど、君が調子に乗り続ける訳だ。僕達に秘密にしていたのも、君の性格からなんとなく分かる気がする」

「そうだ。俺は何でもできる、何にでもなれる! お前みたいな雑魚と違ってなぁ!」


 火球が形を変え、細長い槍の姿へと変わる。そして、僕へと殺到してきた。

 間違いない、これは本物の魔術だ。ケインの『拡大解釈』なる特殊能力は、本当に他の役割の力を引き出せる。

 押し寄せる火の槍をカイトシールドで叩き伏せながら、その威力に舌を巻く。この魔術は見せ掛けではない。確かな殺傷力があり、聖騎士である僕の体にも十分な傷を負わせられる。

 厄介だ。

 付与師として強化や弱体の魔術を同時に使用していないのを見るに、流石に万能な能力ではない、とは思う。しかし役割を切り替えるタイミングが傍から見て分からないのでは、対処が難しい。


「後ろだ鈍間!」

「っ! その歩法、『暗殺者』の役割まで!」


 ご丁寧に声が掛けられた方向に剣を振るうと、金属同士のぶつかり合う感触が掌に伝わった。僕のロングソードとケインの刀が互いの刃を削り合い、鮮やかな火花を撒き散らす。

 なんとか己の膂力と武器の重量差を頼りに押し返し、空白の時間を得る。

 見ると、僕の剣とケインの刀は同程度の刃毀れを起こしていた。


「……暗殺者を付与したから、なのか?」


 口の中で浮かぶ思考を声として転がし、組み立てる。

 一般的に聖銀(ミスリル)と元が鉄の鋼では、聖銀(ミスリル)が上位の金属として扱われる。この二つは硬度も脆性も、靭性も大差がないというのに。

 ではそれは何故かと問われれば、聖銀(ミスリル)と鋼には魔力への親和性に圧倒的な差があるからだ。

 魔術の燃料となる魔力を込めると、聖銀(ミスリル)のポテンシャルは鋼を圧倒する。同体積に籠められる魔力の量も聖銀(ミスリル)が優れているのもあり、保有する魔力の量と扱いに長けた役割の者が使えば、聖銀(ミスリル)は最高の金属となるだろう。

 しかし、今はそんな聖銀(ミスリル)の刀と鋼の剣が同じように傷付いている。これはつまり、ケインは先程の攻撃に魔力を使っていなかったということだ。

 そして暗殺者という役割は魔力を必要とせず、そもそも使えない。聖騎士同様、己の肉体と技術のみで戦う役割である。

 考えられる答えは、先の攻撃の瞬間、ケインは完全な暗殺者となっていたというもの。だから魔力を使えず、聖銀(ミスリル)の刀が刃毀れを起こしたのではなかろうか。


「ハハッ、どうした? まだ呆けるには早いと思うぜ?」


 思考する僕がそう見えたらしく、ケインは笑う。

 ケインの『拡大解釈』が本当に役割の力を十全に引き出せるものだとしたら、その効果は絶大と言うより他にない。

 だが、強大な特殊能力というものは難解で、本当の意味で使いこなすのは苦労するものだ。ケインの場合は好き放題に役割を切り替えている節があるので、その前の段階にネックがあると推測する。


「……その特殊能力、本を読んだ程度では発揮しないんだろ? 僕が暗殺者を見たあの依頼、君は当日になって放り出していた。あんな歩法、どこでどうやって使えるようになった?」

「どこで手に入れたかなんて、お前が知る必要ないんだよ。これから死ぬんだからな」


 否定されないということは、前半部分は正解だったようだ。ケインの『拡大解釈』は、元となるモデルが存在している。

 そして、「手に入れた」という言葉。これがどうにも気になる。

 もっと考える材料が欲しい――そう思っていたのだが、彼はそれを待ってくれるつもりはないようだった。


「さあ、どこまで耐えられるかな? 何度も……何度もお前が消えればいいと思っていた。それを生き延びてきたご自慢の運の良さ、どこまで続くか見物だ」

「運が良いなんて思ったことはない。少なくとも、君とパーティを組んでからは」

「クク、ハハハ! そうかそうか、そりゃ良かった! お前がパーティの纏め役みたいになっていたからな、ウザくて仕方がなかったんだ。お前が死にそうになる場面で俺が手を貸さなかったのは、そういう理由だよ。当たり前だよなぁ?」

「……どこまで腐っていたんだ、君は」


 どうやらあの頃に感じた命の危機の数々は、ケインの悪意もあって起こっていたらしい。道理で息が合わないと感じていた訳だ。

 嘲笑うケインの周囲、踏み固められた白い地面が色を濃くしていく。六感を意識しながら見れば、莫大な魔力が注ぎ込まれているのが分かった。次は土系統の魔術でも使うつもりなのだろう。

 僕の心が、冷えていく。ケインが何かをする度、ケインが何かを言う度、カチリカチリと凍り付くような感覚を覚える。彼の一挙手一投足が、ただただ見ていて辛い。

 ケインにとって、パーティメンバーだった頃から僕は邪魔者だった。仲間ではなかった。悪意を向けてもよい相手であり、虐げるべき対象だった。

 今も彼がやっている一つ一つの動作が、そう伝えてくる。本気なのだと、心の底からそうなのだと教えてくる。


「――ふぅ……」


 熱を帯び始めた頭を冷やすように、僕は大きく息を吐いた。

 冷静で在らねばならない。これは決闘であり、敗者は全てを失う。そう強く自分に言い聞かせる。


「踊り狂えエドワード! 串刺しだ!」

「くそっ!」


 五つの指輪が光を放つ手を振るい、ケインが魔術を行使した。足元から無数の土の槍が伸び、僕の全身を貫こうとしてくる。


「お前の特殊能力はゴミだが、聖騎士はなかなか良い。ムカつくが、この俺の攻撃に耐えられるんだからな」

「っ、君のは本当に面倒な能力だな!」

「ああ、その無駄な堅さも見方を変えれば悪くない。少し欲しくなってきた」


 全方向から襲い来る土の槍を躱し、切り落とし、叩き落す。それでも対応しきれないものは、聖騎士の頑強さに飽かせてそのまま体で受ける。皮膚の破れる感覚が、肉の抉れる感覚が全身に走った。

 だが、こんなものは慣れている。とっくの昔に、ケインが居た頃に幾度となく味わってきた。


「お返しだ!」


 頬を掠めた槍を盾で弾き、ケインへの投石に変える。

 すると、ケインは一瞬で暗殺者にでも切り替えたのか、流れるような足運びでそれを避けて見せた。


「そんな攻撃が俺に――チッ!」

「オォオオ!!」


 それを確認し、僕は脆くなった土の槍達を砕きながらケインへと肉薄する。

 魔力の入力が途切れた土の槍など、聖騎士の突破力の前では無力だ。前方に押し出すカイトシールドの横から、大量の砂塵が後方へと流れていく。


「調子に乗るな! このウスノロが!」

「お互い様だろうが! この似非魔術師!」


 これが僕の知る腕利きの魔術師なら、魔術を押し退けられた時点で距離を取る。

 しかし、やはりというか、ケインは後退しなかった。聖騎士の突撃を前に逃げない魔術師なんて、聞いたことがない。

 盾越しに見える足から、次の彼の行動を予測する。僅かに前方へと重心を移したのを見るに、正面から迎え撃つつもりのようだ。


聖銀(ミスリル)が鉄で防げる訳ねぇだろうが!」


 風を切る音と、盾に伝わる奇妙な感覚。

 知覚すると同時に、僕はその場でクルリと回った。

 カイトシールドごと僕の腕を切り落とそうとしていた刀が、急に力の方向を変えられたせいで悲鳴を上げる。ガリガリと砂でも噛むような音が聞こえる。


「だから言ったんだ。あの時、斥侯の真似はやめてくれって」


 剣とは、刃とは案外脆いものだ。

 切断を目的とするからこそ、特に刃の部分は硬く作られる。そして、硬い物は変形に弱い。曲げる、もしくは捻るような複雑な力を加えられると、あっさりと()()()しまう。


「なっ――」

「君は剣について素人だ」


 景気良く鋼のカイトシールドを切り裂いていた聖銀(ミスリル)の刀に、特大の虫食いが生まれている。先程とは比べ物にならない刃毀れは、あのケインを驚愕させるのに足りたようだった。

 聖騎士が使うような分厚い盾に刃を噛まれた状態で捻られたのだから、この欠損具合は当然だ。

 間髪を入れず、がら空きとなったケインの脇腹に肘鉄を叩きこむ。

 これだから聖銀(ミスリル)は嫌なのだ。使いこなすには超一流の技術が必要であり、素人が使うとあっさり破損してしまう。確かに潤沢な資金を持ったパーティが好む金属ではあるが、稼げる冒険者は誰も彼も超一流なのである。


「こ、このっ……この俺に一撃入れやがったな!? お前みたいな雑魚が!」

「ああ、付与師に切り替えていたのか。道理で魔力を使えた訳だ。今の一撃も肉体強化魔術で大したダメージがないようだし、付与師が一番強そうだ。ほら、僕達が言った通りだろ?」


 散々撃たれた魔術の意趣返しにそう言うと、ケインのこめかみに太い血管が浮かんだ。


「……たった一度当てた程度で調子に乗るな。この程度、俺には何の痛痒にもならない」

「一度で十分だよ。君の魔術は僕の命まで届かないし、ご自慢のミスリル刀は御覧の通りだ。そして、後衛の付与師は前衛の聖騎士を正面から打ち破れない」

「一般論だな。俺の『拡大解釈』は、そんな枠に収まるようなもんじゃない」


 かたや少し刃毀れした程度の剣と、かたや次に振るえば折れてしまう剣。そんな絶望的な違いを見ても、ケインの闘志は挫けていなかった。

 本当に意味が分からない。まともな武器が失われた以上、僕には勝敗が決したとしか思えなかった。

 ケインはここから逆転を狙うつもりのようだが、刀がもう使い物にならないと分かる僕は、次から間合いをもっと詰められる。それこそ、彼が魔術を使えば自爆になるように立ち回るつもりだった。


「もう負けを認めてくれ。神様には僕からも減刑を願うから……」

「チッ、この刀もゴミだったか。この俺を騙すとは、あの商人も痛い目を見ないと分からないようだな」


 僕の言葉が聞こえないのか、ケインはブツブツと恨み言を言っている。


「まあいい、まだ手持ちは『剣士』だからな。それに、『剣豪』なら心当たりがあるしなぁ?」

「……どういう意味だ?」

「お前が死ぬ時に教えてやるよ!」


 叫ぶように吐き捨て、突っ込んでくるケイン。

 彼は途中で折れそうな刀を放り投げ、懐からナイフを取り出す。また暗殺者にでもなったのだろう。


「無駄だ! 君の暗殺者では、僕の聖騎士に勝てない!」

「ああ、本当にムカつくぜ。本当ならお前の喉か心臓でも切り裂いてやりたかったんだがな」

「このっ、どこまで狂ってるんだ君は!」


 僕は次々に繰り出される暗殺者の技を捌きながら、ケインの狂気に怖気を感じていた。

 五年間も一緒に戦い続けてきた相手にそんな仕打ちをしたいなんて、考えられない。彼にはその認識がなかったとしても、ここまで歪んだ思想を抱くのは異常だ。


「どうした? 俺の速さに手も足も出ないか?」

「もうやめろ! これ以上は本当に切らなきゃいけなくなる!」

「切れるもんなら切ってみろよ。お前の実力じゃ無理だがなぁ!」


 速度と手数で僕を圧倒しているように見えるケインだが、それは僕にまともな攻撃の意志がないから成り立っている光景だった。

 僕が好んで使うこの剣は、並のロングソードよりも頑丈な分、とても重い。だからこそ、本気で振るえば簡単に相手を死に至らしめる。

 僕の体に小さな傷を刻んで喜んでいるケインは、あの頃のままだった。

 本職には遠く及ばない斥侯や前衛の真似事。方々に手を伸ばし、多芸に酔いしれていた心。一つで満足するつもりはなく、僕達の声に耳を貸さなかったあの頃。

 特殊能力を誰の目も気にせず使っている今でも、ケインは多芸であって多才ではない。折角の付与師という才を御座なりにし、『拡大解釈』のみに注目している。その事実として、今の彼は僕が戦ったことのある暗殺者より一つか二つ落ちていた。


「いい加減にしろ――この大馬鹿野郎!」

「がっ!?」


 斜め後ろから切り付けようとしていたケインを、カイトシールドでぶっ叩く。

 胸中に湧く感情のせいか、その一撃で僕の息は上がっていた。


「チッ、無駄に頑丈なヤツだ」

「はぁ、はっ……もう、負けを認めてくれ……。僕に、君を――」

「はぁ? これからお前が死ぬって時に、なんで俺が負けてやらなきゃならないんだ?」


 ケインが、ニヤリと笑う。

 その瞬間、僕は自分の異変に気付いた。

 指先がおかしい。気を緩めれば剣を取り落してしまいそうだ。

 呼吸が乱れている。不規則で、ゼーゼーと詰まったような音が混じる。

 視界は僅かにぼやけ、思考もそれに倣うように判然としない。

 何故、と思うよりも早く、僕は地面に手を突いていた。

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