すれ違い
「あたし、司法院から書類が来た時点で凄ーく嫌な予感がしてたのよね」
「酷い顔だ。当事者の僕より酷い」
「……あんただけには言われたくないんですけど。そっちこそ大丈夫なの?」
「リリアさん、寝てませんから。エドワードさんは眠れましたか?」
朝日を待つ僕に、二人は気遣う声を掛けてくれる。いつもならそれが心を晴らしてくれるのだが、今は憂鬱な気持ちが消える気配はない。
「仮眠程度には眠れた。この程度なら問題ない」
「問題大ありだから。こんな事になるって分かってたら、絶対にあんたを追放なんてしなかったし」
「サーラさんには悪いとは思いますが、私も同意見です」
「そう言わないでくれ。僕だってこれは予想外だったんだ」
そう言いつつ、内心で溜息を吐く。
多くの場合、誓いのコインを使った決闘は無効になる。そもそも神様が認めないからだ。
しかしどういう訳か、今回は認められてしまった。神様が認めた決闘となれば、少なくともこの街の神殿には神託という形で伝わっていたのだろう。
まだ朝日が昇る前だというのに、広場からは多くの声が聞こえてくる。滅多に起こらない出来事というのもあるのだろうが、善し悪しを別にしてケインという存在がどれだけの注目を集めているかが嫌でも分かった。
ケインと僕の決闘が行われるのは、普段は衛兵達の訓練場として使用されている場所だ。どうやら神殿が勝手に手配してくれたようで、有難いのか迷惑なのか判断に困るところだった。
「昨日の夜も、最悪の場合は戦闘が起こると覚悟していた。まさか誓いのコインを持ち出すとは思わなかったが……」
「最悪で済まなかったって訳でしょ? これに負けたら何もかもを失うのに、正気じゃないわよ」
「ただ、この決闘が狂気の沙汰だとしても、ケインさんには自信があるように思えます。その根拠が何なのか、私には不気味に思えて……」
「僕もそれが引っ掛かるんだ。前衛と後衛が一対一で戦えば、前衛が有利とされている。ケインは前衛もこなせるとはいえ、それだけで決闘を挑むとは思えない」
「……特殊能力でしょ。あいつ、最後まであたし達には教えてくれなかったし」
リリアの言葉に、なるほどと思う。僕はケインが装備していた魔道具を理由の一つとして考えていたが、そちらの方が可能性が高そうだ。
「なら、僕もお相子だ。僕もケインには特殊能力の全容を話していないから」
「それは知られたらリスクがあったからじゃないですか。ケインさんがエドワードさんの特殊能力の全容を知ったら、もっと無茶を言っていたに決まっています」
「あんたの『不屈の定め』は強力だけど、本当の効果を発揮する条件が厳しすぎるのよ。あの馬鹿に知られるのは、あたしも絶対に嫌だったし」
確かに、あの時の判断はそうだった。そうしなければ、誰かが死ぬまで突き進まされると思っていた。
しかし、今はそれすら負い目に感じてしまう。自分にとってのケインが何なのか分からなくなっているからこそ、戦いを前にしても心に迷いがあった。
「……朝日だ。じゃあ、行ってくる」
外から光が差したのを見て、立ち上がる。
「ちょ、ちょっと! まだ少しくらい……まだ行かなくていいでしょ?」
「絶対に勝ってくださいね」
「ああ、負けるつもりはない」
負けるつもりはないが、勝つつもりにもなれないのが問題だ。
誓いのコインを用いた決闘は、あまりに重すぎる。もし僕が勝った場合、ケインは追放に加えて何もかもを失ってしまうのだ。
それが本当に正しいのか、前は仲間だった彼と僕が辿り着くべき結末なのか、未だに答えを出せずにいる。
それ以上は言葉が出ず、僕は無言で外へと繋がる通路を進む。背後では追い縋ろうとするリリアをアンが止めているようだった。
「よう、相変わらずしけた顔してんな」
「調査が終わって帰ってきた途端にこれだからな。もう一日待ってほしかったぜ」
「双子先輩……」
出口では、尊敬する双子の先輩方が待っていた。
このタイミングでケインに関する調査が終わるとは、僕は本当に間が悪い。
「すみませんでした。この埋め合わせは必ずします」
「そういうのは勝った後にしとけ。どの道、俺達もこの決闘には手出しできねえんだからよ」
「よくもまあ、神様もこんな決闘を認めたもんだぜ。色々と勘繰っちまう」
すぐさま謝るものの、先輩方はどこ吹く風といった感じだ。むしろ笑顔さえ浮かべており、大きな掌で僕の背中を叩いてくる。
「エドワード、勝ってこい。絶対に負けるんじゃねえぞ」
「負けたらオメー、悪魔になるだけじゃ済まねえみたいだぞ?」
そう言って弟さんの方が指差す先では、泣き顔のリリアが居た。アンに羽交い絞めにされているが、その表情はボロボロだ。
「なんでっ! なんであんたばっかりが傷付かないといけないのよ!? この銀の認識票みたいにっ! もう嫌、そんなのあたしに見せないでよ!」
「リリアさん、落ち着きましょう。ほら、はいしどうどう」
「だ、そうだぜ? オメーがボロボロになるのは嫌だってよ」
「いや、僕は護りの役割である聖騎士ですからね。パーティメンバーに傷を負わせるなんて、恥以外の何物でもないですよ」
「……おい兄貴、コイツどう思う?」
「俺も一発殴ってやりてえが、決闘の前だ。我慢しとけ」
「ちょっ!?」
やはり仕事を有耶無耶にされたのが腹立たしかったのか、先輩方はそう言って青筋を立て始めた。これは後が怖そうだ。
「あんたが負けたら死んでやるからねっ! あたし、死んでやるんだからぁ!」
「リリアさん、それじゃ病んでると思われますよ……」
「おいおい、大事になってるぞ。マジで負けんなよ?」
「一応、彼女達に迷惑が掛からないように追放してもらったんですが……」
「オメーが望んで追放された身になったのは聞いてるが、そんな理屈で割り切れるもんかよ。本当はオメーもそろそろ気付いてんだろ? な?」
そろそろも何も、とっくに気付いている。
ケインを追放した後でも、僕は彼の事をずっと考えていた。追放したことで彼にどれだけの影響があったのか、彼の未来に影を落とす結果となりはしないかと、ずっと気になっていた。
あの追放劇の原因はケインにあったが、彼は僕達のパーティメンバーだったのだ。もう追放したから、と簡単に割り切れるような間柄ではない。心理的な距離を取ろうとしても、どうしても彼を意識してしまう。
そして、ケインの方もそうだ。この半年間ずっと僕達を意識し続け、僕達の上に立とうと手段を選ばずに行動してきた。
「……難しいですよね。簡単に割り切れたら、どれだけ楽だったか」
「お、おう。なんだ、分かってんじゃねえか」
「本当に分かってんのか? とにかくオメー、負けられねえ立場なんだぞ? アイツの為を思えばこそ、絶対に勝ってこいよ?」
ケインの為、と先輩は言うが、本当にそうなのかは疑問が残る。
先輩方の言う通り、失って初めて気付く事もあるのだろう。
しかし、神様から見放された人間を、人々は悪魔と呼ぶ。そこまで堕ちないと気付けないものがあるというのも、残酷な話だ。
この決闘がどれだけ重いのか、嫌でも再認識させられる言葉だった。
「……分かりました。先輩方がそこまで言うなら……」
「いや、俺達じゃねえよ。俺達じゃねえから」
「コイツは本物っぽいぞ。そっち方面のポンコツだよ」
確かに先輩達から見れば、僕はポンコツかもしれない。この土壇場でも迷い続けているのだから、相当なものだ。
「死んでやる! あんたが負けたと同時に腹切って死んでやるんだからっ!」
「リリアさん、それじゃエドワードさんが負けるように聞こえますよ?」
「嬢ちゃん、もっと分かり易い言葉を使った方がいいと思うぜ……」
「ああ、俺もそう思う」
「……ははは」
何にせよ、ここまで応援されていると分かれば、勝つしかない。
きっと、これは優先順位の問題なのだろう。僕にとって何が大切か、それを試される決闘なのだ。
この戦いの行方に命を懸けるというリリアの言葉が少し大袈裟に思え、妙な笑いが込み上げて緊張が解れていく。
「勝ってきます。必ず」
「そ、そうだな。要は勝てばいいんだよ、勝てば」
「兄貴、もう面倒だと思ってねえか?」
「なんであんただけ戦うのよ!? あたしだって戦いたいのに!」
「リリアさん、それじゃ戦闘狂みたいに聞こえますよ?」
迷惑が掛からないようにと追放を望んだ。だからこの身は、僕だけの範囲で終わる。
だというのに、僕が大切に思う人達はこんなにも温かい。
そして、これはケインにも起こり得た未来なのだろう。
違えた道の違いは、あまりにも大きい。その是非を知る為、僕は朝日に照らされた広場へと足を踏み入れた。
何故か猛烈な眠気が襲ってきている辺り、自分の文章を公開するというのは予想以上のエネルギーを必要とするのだと知りました。
寝落ちして明日に持ち越しは嫌なので、まだ見直しが甘い部分もあるとは思いますが、ここから一気に投稿させて下さい。