第九話:チート能力
「俺? 俺の力、気になる?」
月澤は急に茶化すように、そんな事を言った。
気になるし、そもそも、こっちは手の内を見せたのだから、そちらも見せるのが礼儀というものではないだろうか。
とは思ったが、ここで気になると答えるのも、なんか癪だった。
そんな思いから無言でいると、
「へっ、冗談だって、見せるよ」
俺が怒ったと思ったか、月澤はヘラっと笑って、ポケットから、黒い石と金属の棒のようなものを取り出した。
そして、それぞれを両手に持ち、金属棒で、黒い石を削るように打った。
すると、大きな火花が空中に散った。
「これは火打ち石ってやつさ。言葉は知ってるけど、実物はこの世界に来た時に初めて手にしたね。で、これを使ってだな」
月澤はもう一度、火打ち石で火花を起こす。
すると、今度は、空中に散った火花が消えずに、空中にとどまり、炎になった。
「炎を操るのが俺のチート能力さ」
そう言いながら月澤は火打ち石をポケットにしまったが、炎は中にとどまり続けている。
「見てなよ」
彼が言うと、炎の群れが、まるで生き物のように空中で動き始めた。
「火力も自由自在だ」
その言葉を受けて、炎がだんだん大きくなる。一つ一つの炎がちょっとした焚き火の炎ぐらいになり、俺は熱気を感じて後ずさった。
「こいつを最大火力でぶつければ、家ぐらい軽く消し飛ばせるぜ。ちょっとそのへんの家にぶつけてみようか?」
「やめろ」
俺は間髪を入れずに言った。
冗談で言っているのだと思いたかったが、情報によれば、こいつは過去に強姦や殺人をやっている疑いがある。
何をしでかすか分からない。
「俺に声をかけた理由はなんですか」
俺は気になっていたことを聞いた。
「え? ほら、海外旅行中とかにさ、旅先で日本人に会ったら、挨拶ぐらいしたくなるじゃん? それ」
月澤は極めて軽い調子でそう言ったが、本気で言っているのかどうか、疑わしく思えた。
「もうそろそろ行こっかな~」
月澤はそんな事を言いだした。
「行く? どこへ?」
俺は、月澤が、【暗黒の王】を倒す上で、なにかプランを持って行動しているのかと思い、そう聞いた。
「いや、どこへとは決めてないけど、なんかここの宿に泊まる気がしなくてさ、適当なところまで旅して野宿しよっかなって。クボちゃんはどうするの?」
「俺は、そこの宿で泊まる予定で」
「そっか、じゃ、またね」
意外なことに、月澤は、このまま俺と別れるつもりのようだった。
本当に、特に大事な用件は無かったということだろうか。
すこし拍子抜けした思いだった。
月澤と、彼に付き従う背の低い人物は、ゆっくりと俺から遠ざかっていく。
その時、背の低い人物のほうが、石につまづいたようだった。
「あっ」
か細い、女の子の声が聞こえた。
転びはしなかったが、一瞬バランスを崩したその子に対して、
「大丈夫か?」
月澤が優しい声をかけた。
「はい」
あまり感情を感じさせない、抑揚の少ない声がそれに答えた。
「ハーテはフードを深くかぶり過ぎなんだよ。こんな所でお前を知ってるやつなんていないって。顔を見られても困らないだろ」
「はい……」
ハーテと呼ばれた子が手をフードの縁まで動かしたが、結局フードには触らずに手を戻した。顔を晒したくなかったのだろうか。
「ま、いいさ、顔を隠していたいならそれでも。でも、転ぶなよ」
「はい。気をつけます」
そんな会話をしている二人は、まるで優しい兄と、その妹の組み合わせのようで、なにか不思議なものを感じた。
ハーテと呼ばれていた子は、ほとんど肌を見せていないが、唯一手をフードに持っていったとき、彼女の指先が見えた。
その肌の色は、褐色だった。
つまり人種的に黒人。黒人で、名前が『ハーテ』と言うなら日本人ではなく、この世界の人間だろう、多分。
であれば、月澤とハーテは出会ってからそれほど時間が経ってないと思われる。
それなのに、二人の風景が、長い時間を共に過ごした兄妹の様に見えたことが、少し不思議だった。
俺は宿屋に戻った。
食堂に入ると、中にいた人たちの視線が、一斉にこちらを見た。
「おい、あいつ、どうだった?」
「どういう関係なんだ? 知り合いか?」
「あいつはもう行ったのね? こちらには来ない?」
質問攻めにされた。
俺は一つ一つ、質問に答えた。
「危険な人物かどうかは、分かりませんでした」
「彼とは初めて会いました」
「彼はどこかで野宿をすると言っていました。ここには来ないでしょう」
答え終わると、次の質問が来た。
「奴はあんたに何の用があったんだ?」
俺はどう答えようか迷ったが、
「俺を見て、同じ国出身だと分かったので、声をかけたって言っていました」
どよめきが広がった。
謎の悪党と、俺が、出身国という共通点を持つことがバレてしまった瞬間だった。
だがあえて言った。
隠し事をして、信頼を失うより良いだろうと思ったのだ。