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第六話:雨宿り

「リーリア。聞きたいことがあるんだ。声を聞かせてくれないか?」


 大きな木の下で雨宿りをしながら、俺は俺をこの世界に誘った存在、リーリアと名乗った彼女に呼びかけ続けた。


 するとやがて、どこからともなく小さな声が聞こえた。


「今姿を現します。わたしの姿はあなたにしか見えず、わたしの声はあなたにしか聞こえませんが、それでいいですか」


「それでいい」


 俺は答えた。


「今まわりに人はいない」

「分かりました、では……」


 その声が聞こえるのと同時に、まるでずっと前からそこにいたかのように、二歩前にリーリアが姿を現していた。


 宗教画の天使が着ているようなゆったりとした服。

 白い髪、白い肌、白い衣装。

 今は、その姿は輝きをまとってはいなかったが、それでも十分に神秘的な雰囲気をまとっていた。


「聞きたいことというのは?」

「色々あるが、まずは『暗黒の王』ってやつについてかな。そいつはどこにいる?」

「彼はブルド国の王。その首都、ワルディナに彼の居城があります。彼はそこにいるでしょう」

「ブルド国の王……って事は、そいつは人間なのか」


 俺は少し意表を突かれた思いだった。

 俺は、人間を殺すことを頼まれていたのか?

 それは、正直、抵抗があった。


「彼がかつて人間であったことは間違いありません。しかし、彼は暗黒界の悪魔と契約を取り交わし、強大な力を得たのです。今の彼が、人間の姿をしているかどうか、それすら分かりません」

「たとえば、ドラゴンみたいな姿になっていたりするかも知れないのか?」

「そうかも知れません」

「なるほど」


 俺は頷いた。

 それなら、殴るとき罪悪感を感じずにすむかな、と思えたが、まだ心に引っかかるものがあった。


「けど、姿はどうあれ、元人間か。そいつを殺したら、俺は人殺しってことになるのか」

「人を殺すことに、抵抗がありますか」

「そりゃある」


 俺は即答した。


「しかし、彼は、この世界の歴史をさかのぼっても比肩するものもないほどの悪です。この世界に生きるすべての人達にとっての災いです。彼が滅べば、この世界のすべての民が喜ぶでしょう」

「どんな悪いことをしたんだ?」

「暗黒界の悪魔を呼び出し、彼らがこの世界を侵略する手伝いをしているのです。すでに、いくつかの国が、悪魔たちによって滅ぼされました」


「そうか」


 とりあえず頷いたが、聞けば聞くほど分からないことが出てくる。

 暗黒界の悪魔って何だよ。

 それを聞こうと思ったとき、リーリアが口を開いた。


「今回姿をあらわしていられるのはそろそろ限界みたいです。まだなにか聞きたいことはありますか」


 ずいぶん短いな、と感じた。

 一つ一つわからないことを聞いて行きたかったが、時間がないのでは仕方がない。


「当面、俺は何をすれば良い?」


 半分、思考放棄のような質問を俺はしてしまった。

 何をすればいいか聞いて、そのとおり実行するなんてのは、俺の好きなパターンではない。

 自分なりに考えて、自分でどうするか決めるのが、俺のポリシーだった。

 けど時間がないのでは仕方ない。

 話の要点を聞いておこう。


「ブルド国はここからはるか遠く、東の方角です。東に向けて旅をするといいでしょう。道中、怪物に苦しめられている人がいたらできるだけ助けてあげてください。怪物は悪魔の手先です。怪物を倒すことは、悪魔の力を削ぐことであり、ひいては、暗黒の王の力を削ぐことでもあります」

「なるほど」

「もう限界のようです。あなたの旅がこの世界の希望となることを祈っています。ご武運を」


 その言葉を最後に、リーリアの姿は消えた。


 雨は通り雨だったらしく、いつのまにか空には晴れ間が広がっていた。

 俺は、道に戻り、東へと歩き出した。


 当面の目的地を、東のクヴー砦と定めたのは、東へ進めという指針を聞く前だったが、偶然方角が同じなのは幸運だったと思った。


 しばらく行くと、前方から、人が歩いてくるのが見えた。

 男が一人、なんだか元気のない様子だ。

 前方と言うより、地面を見ながら歩いているようだった。落ち込んでいるのだろうか。


「こんにちは!」


 俺はやや大きな声で、挨拶をした。


「あ、ああ」


 男は、びっくりしたようにこちらを見た。

 痩せていて疲れた顔をした中年の男性だった。


「すまん、人がいたことに気づいてなかった……んっ!?」


 男は急に、びっくりしたように口調を変えた。

 俺の姿のなにかに驚いたようだ。

 ショックを受けた様子で、彼は一歩後ろに下がった。


「何か?」


 俺が聞くと、男は警戒するようにこちらを見ていたが、


「いや……勘違いか?……あんた、その服は何だい?」


 そう聞いてきた。

 ちなみに、俺が今着ているのは、この世界に来たとき着ていた詰め襟の学生服だ。


「この服は……俺の故郷では、珍しくない服ですが」


 俺は言葉を濁した。


「そんなに驚くほど珍しいですか?」

「いや、そういうことじゃねえが、その、いや、すまんかった」


 彼が何を考えているのか伝わってこない。


「すまなかった? 何がですか」

「悪党と勘違いしたんだよ。なんだかな、そんな服を着た悪党がこのあたりに出るって聞いたんでな。いや、すまん」


「悪党? こんな服装の?」

「ああ」


 気になる情報だった。

 この世界に来てから、詰め襟の学生服に似ているような服装は見たことがない。


 もしかして。

 俺がいた地球から、この世界に転移してきたのは、俺一人ではない?

 そいつがこの世界で、悪事を働いている?


「詳しく聞かせてもらえませんか」


 俺はどうしても、その話が気になった。

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