第三十九話:宿屋での話し合い
「どうしたの」
俺は心配になって聞いた。
今まで遠慮して口をきかなかったハーテが今あえて全員に発言してるのは、彼女なりになにか大きな気がかりがあるのに違いなかった。
ハーテは俺に対して軽く頭を下げたあと、東条たちがいる方に向き直って、
「すいません、このあとはやはりウイバハレに向かうのでしょうか……」
うつむきながらそう聞いた。
「ウイバハレ?」
俺は聞き返す。
知らない地名だったが、どこかで聞いたことがあるような気もした。この世界に来てからどこかで誰かが話しているのを、耳に挟んだことぐらいはあったかも知れない。
「そうだね」
東条が答えた。
「この地方で一番大きな街さ」
彼は俺に説明するようにそう続けた。
「王都ダネロゼに行くにもそこを通るしね。どうして気になったんだい?」
「それは……」
東条の質問を受けて、ハーテは言いよどんだ。しかしやがて意を決したように口を開いた。
「わたしもウイバハレにいました、わたしは何度も脱走したことがある奴隷で、捕まるたびにお仕置きを受けていて、あの町の多くの人がわたしのみっともない姿を見ています」
「例の、公開処刑みたいな話か」
俺が確認の質問をすると、ハーテは頷いた。
「あなたが昔そこで恥ずかしい思いをしたから、行きたくないってこと?」
姫川さんはそう言いながら、横目でハーテのことを見ている。
「わたしの事は大丈夫です。でも、私を連れいている人まで、おかしな目で見られてしまうことがあったら、申し訳なく思います」
「その話か……」
そう言えば、ハーテは以前にもそんな事を心配していた。
俺はハーテの心配は大げさなのではないかと思っている。
公衆の面前で辱めにあったのがトラウマなのだろうけど、実際問題その町の人々の全員がハーテのことを覚えているということもないだろうし……。
ふと、国吉の方を見ると、彼はリュックサックから何かを探していた。折りたたまれた布みたいなものを引っ張り出し、ハーテの方に放り投げた。
驚いたような顔でそれを受け取ったハーテは、疑問の顔を国吉に向ける。
「レインコート。顔が隠せる」
国吉が言葉少なに言った。
「ああ、いいんですか? ありがとうございます」
俺がハーテに変わって礼を言った。ハーテは驚いたのか、言葉をなくしてそのコートを握りしめている。そのあと、国吉の方に向かって、深々と頭を下げた。
「でも、だれもそんなことは気にしないかも知れないな。戦場になるからね」
東条が遠い目をしながら言った。
「戦場になる……その、ウイバハレって町がですか」
俺は聞いた。
「そうなりそうなんだ。僕ら『絶望勇者同盟』はあと一人いてね、彼はウイバハレにいるんだが、情報収集系の能力を持ってるんだ」
「情報収集系?」
「彼は能力で大量の情報を入手できるんだ、まるで何万人の調査員を使って、ローラー作戦で沢山の人に質問をしたかのように。莫大な知識が一瞬で彼の頭に入るらしい」
「それが、その人がこの世界に来る時にもらった能力ってことですか」
「もちろん」
東条の話を聞いて俺は少し考えた。
人を殺傷したりする能力じゃなくて、そういう能力ならもらっても良かったかなと少しだけ思えたのだ。
「ともかく彼の分析によるともうすぐウイバハレは戦場になる。クヴー砦から敵軍が来るからね。ああ、そう言えば詳しい話をまだ聞いてなかった、窪君はそのクヴー砦で戦ったんだよね」
「はい」
「死霊術を使うトカゲ兵士の将軍はいたかい?」
「シリョウ術?」
俺は聞き返した。『シリョウ』が何なのか分からなかった。
「死体からゾンビを作ったり、幽霊を生み出したりするのが死霊術さ。そんな事をする敵はいた?」
幽霊と言われてすぐに思い当たった。
俺は幽霊のように透き通ったトカゲ兵士に殺されかけたのだ、忘れられるはずもない。
俺はすぐにそのあたりの事を説明した。
「なるほど、幽霊を生み出す場面は見ていないけど、大量の幽霊兵士に襲われたと」
東条が興味深そうにうなづいた。
「それと、体が大きくて四本腕で、杖を持ったトカゲ人間がいたのね。そいつが死霊術師で間違いなさそうね」
姫川さんも会話に加わってくる。
「その砦は正規軍の攻撃とは思われない、小軍勢の散発的な攻撃に何度もさらされてたって聞いたんだね?」
「はい、砦の人はあれは山賊か何かじゃないかって言ってましたが」
「多分、死霊を生み出すために、その砦でトカゲ兵士を死なせていたんだろうな」
東条は何でもないことのようにそう言ったが、随分と恐ろしい作戦もあったもんだと俺は思った。
あとで幽霊兵士として利用するためにあえて兵士を死なせる?
随分血も涙もない作戦だと思った。
まあ、通常のトカゲ兵士には対処できたクヴー砦の兵士たちが、幽霊兵士には手も足も出なかったのだから、その価値はあるのかも知れないが……。
「今日はもう面倒な話は抜きにして、休みたいわ」
姫川さんが椅子から立ち上がり伸びをしながらそう言った。
「そうだな。じゃあ、明日から街道を北に向かって、ウイバハレを目指そう。まだそこが戦場になるまで時間はあるはずだが、行動は早いほうが良い」
東条がそう言って、話し合いを打ち切った。




