第三十五話:回復
「な、なんで服を」
自分の声が上ずっているのが分かった。
「背中の下に敷いてください。地面に熱を奪われるのを、少しだけ防げます」
ハーテが静かな声で答えながら、脱いだブラウスを地面に敷こうとしている。
「そ、そっちね。うん、そっちだと思ってた」
エロス的な意味でなかったことに安堵と失望を覚えながら、俺は嘘をついた。
「……じゃなくて。その間、ハーテは何を着るのさ」
「わたしは、裸で構いません」
「俺の心に悪いから、服は着ていて……いてっ」
調子に乗って喋っていたら、首の傷に痛みを感じた。動かさないようにしていたつもりだったが、多少筋肉に力を入れてしまったらしい。
痛みのために体が揺らいだのを見て、ハーテが俺の体を支える。
彼女の控えめな胸の膨らみが俺の腕にあたって、心臓が跳ねた。
「とにかく服着て」
バツが悪くて、視線を逸らしてからそう言った。
「分かりました」
彼女がそう言って、服を着たので俺は安心した。
俺が立って歩けるようになるまで、更にそれから一日が必要だった。
だから会話をする時間はたくさんあった。
俺はハーテといろいろなことを話した。
「……そうですか。ご主人さまは、この世界に来る前にご家族をなくしていたのですね」
「ああ」
「さぞかし辛かったでしょう」
「う……うん」
俺は微妙な返事をした。『辛かった』と言う言葉が何故かそぐわないような気がしたのだ。
「最初は呆然として、それから徐々に悲しくなってきた。それで、一番俺の心をかき乱したのは、それは、父親の学んでいた武士道ってのはなんだったのかなって事かな……」
「ブシドウ?」
「高潔な戦士の生き方、みたいなことかな。祖父も親父も武士道を学んで、それに沿った生き方をしていた。俺もその武士道の心を教え込まれていた。それを誇りに思っていたんだ」
ハーテは黙っているが、話をよく聞いてくれているようだった。
「けれど、事故で、あっけなく死んでしまった。祖父と親父が大事にしていた武士道ってのは何だったんだろうって、分からなくなったんだ。変かな。変かもな。武士道ってのは別に生き残るためのスキルじゃないから、俺の言っていることはおかしいかも知れないけど……」
「それは、ご主人さまが、答えを見つけるしかないと思います」
ハーテが、妙にはっきりとした発言をした。俺にはそれが意外に感じられた。
「俺が答えを見つける?」
「はい。見当違いなことを言ってたら、すいません」
「ああ、いや、いいんだ。話し相手になってくれるだけでとてもありがたいよ」
このときの俺は、答えを見つけるなんて不可能だと思っていた。
ハーテは見当違いのことを言っているのだと思っていた。
そうではなかったと分かるのはだいぶ後のことだ。
「ご主人さまは」
ハーテが口を開いた。
沈黙が長くなると、気を利かせてなにかしら会話を始めてくれている。
「違う世界から、この世界を救うために、来てくださったのですよね」
「救えるかどうか分からないけどね」
思わずため息が出た。
自分はその目的のためには今、あまりにも非力だ。
「どうして、そのような気持ちになったのですか」
「それは……自分が必要とされていると聞いた時、目の前が明るくなったように感じたんだ」
あの時、事故で家族を失った直後の俺は、単に家族を失ったと言うだけではないショックを受けていたと思う。
武士道が無価値なものかと思ったこともある。
そして、なによりも、世界から自分が拒否されたような気持ちになっていたのだ。
世界からと言って悪ければ、神様から拒否されたような気持ちと言っても良いかも知れない。
「家族が死んだ時、もう誰からも必要とされてないんじゃないかと、そう感じたんだ」
うまく説明できてないかも知れないと思いながらそう言った。
今にして思うと、家族が死んだことと、自分が必要とされることは関係なく思える。
だけどその時の自分はそう思ったのだ。
「分かるような気がします」
「そうか。とにかくそんな時に、リリーアっていう天使に出会った。天使かな、本当のところはよく分からないけど。彼女が俺に言ったんだ、『私たちの世界を救ってください』って。それを聞いて……」
俺は言葉が出てこなくて、思わず手を宙にさまよわせた。
「……それを聞いて、まだ俺は必要とされているって、思えたんだ。自分が生きる意味なんてないかと思ってたのに、そうじゃなかったって思えたんだ。だから、その世界に行きたいと思った」
「素晴らしいことだと思います」
ハーテがほほえみながら言った。
「あんまり深く考えたわけじゃなくて、パッと決めちゃったんだけど、時間をかけて考えたとしても、やっぱり俺はこの世界に来たと思う」
「きっと、この世界にとって、良かったことだと思います。ご主人さまがきっと、この世界を救ってくれるのだと思います」
ハーテは真っ直ぐに俺の目を見て、言った。
その顔に浮かんでいるのは尊敬の色、のように思えた。
「ハーテさ、なんか表情豊かになったよね」
俺はちょっと気づいたことを言ってみた。
「え、わ、わたし、そうですか」
彼女は顔を赤らめた。目をそらして、
「わたしは……いえ、そうかも知れません」
そう言って、視線を地面に落とした。
俺は改めて、そんな彼女を可愛らしいと思っていた。




