第三十一話:引き渡し要求
「観察だって? 随分余裕のある話だな」
正規兵の一人が食って掛かるように言った。負傷しているのだろう、左腕を抑えながらテハクさんの方に一歩踏み出す。
「俺は傭兵だからな。新手の敵を見たら、そいつを観察していくのさ。後で敵についての情報が売れるかも知れない」
テハクさんの面長の顔は冷静そのものだ。やや収まりの悪いブラウンの前髪を兜の中に指で押し込みながら、そう言った。
「……その『後』とやらが訪れてくれるといいけどな」
正規兵の男は機嫌が悪そうにそう言って後ろに下がった。
「ショーヘー、来るか? 城壁の上だ」
「行きます」
テハクさんの誘いを俺は受けた。
彼の後に続いて、階段を登り、城壁上の回廊に出た。
「そっと覗け、敵に見つかるなよ」
テハクさんはそう言いながら、凸凹の形をした胸壁の隙間からそっと敵を覗く。
物音を立てないように動きながら、俺も敵を覗ける場所を見つけて、隙間から目を凝らした。
「敵は何体見える?」
「七体見えます」
テハクさんの問いに簡潔に答える。
「そうだな、俺にもそう見える。他に気づいたことは?」
「全部四本腕ですね」
「そうだな、前回やそれ以前に襲撃してきた二本腕はいない。それから?」
「大きくて、杖を持ってるのは一体だけです」
「そうだな、クソッタレの『魔術師』野郎だ。鎧の上に紫の長衣みたいなものを付けている、と」
彼の口調に苦味が感じられた。
「もうちょっと新情報が欲しいところだな、何かに気づかないか」
「特には……」
「そうか」
会話が途切れた。
トカゲ兵士たちは、『魔術師』を中心に残りの六体が周りを固めている。
「これ以上観察しても仕方ないか……? いや、なんだ、動き出したな」
俺も気づいた。
『魔術師』が、杖を天に掲げたのだ。
何かを呟いているらしく思えた。呪文でも唱えているのだろうかと思っていると、突然それは起こった。
『魔術師』が、飛び上がった。
脚力によるものではない。明らかに魔法か何かの仕業だった。
この砦の城壁を越える高さまで上昇して、その高さで宙に停止したのだ。
俺は『魔術師』と目があってしまった。見つかったのだ。
「ウセロ、ネズミ!」
『魔術師』がたどたどしい発音で言った。多分彼らトカゲ人間の言語ではなく、この世界の人間の言語で言ったのだろう。
やつは腕をすっと伸ばし、黒い影のようなものを飛ばしてきた。
それはまっすぐ俺に向けて飛んでくる。
俺は動けなかった。
いきなり敵に見つかってしまって、動揺していた事が原因だと思う。
もしかすると、あの黒い影のような攻撃は、一度自分に効かなかったから、今度も大丈夫だと踏んだ心理があったかも知れない。
とにかく俺はその攻撃をまともに受けた。黒い影が胸に吸い込まれていき、特に何も起こらなかった。
『魔術師』が、笑った。
トカゲ人間の表情は分からないが、笑ったように見えた。
「ミツケタゾ、フウインノガレ」
耳障りな響きの声で、『魔術師』はそう言った。
『フウインノガレ』とは、『封印逃れ』の意味だろう。
封印とは、多分この世界の人間すべてが、『暗黒の王』を倒せる可能性を封印されたという、その封印のことだろう。
俺はその封印の影響下にないから、『暗黒の王』を倒せる可能性がある。
そこまでは良いとして、敵勢力は、俺のような『封印の影響下にない者』がいることを把握していたのか。
そして、それを探していて、今、見つけたのだ。
俺を。
ヤバい。
頭の中が真っ白になった。
奴らが俺を生かしておくはずはない。
「何してる! 早く戻れ!」
テハクさんの音量を抑えた声が聞こえた。
見ると、砦の内部に入る下り階段を降りかけた場所で俺に呼びかけていた。
動揺していた俺は何かを考える余裕もなく、そちらに駆け出した。
「キケ! トリデヲマモル、ニンゲンタチヨ!」
『魔術師』の大きな声が響き渡った。
俺の前にいるテハクさんは、『魔術師』から見えない位置まで階段を降りたところで止まり、『魔術師』の声に耳を傾けるようだった。
「オマエタチノ、ナカニ、シュクメイノ、フウインヲ、ノガレタモノガ、イルヨウダナ」
「ソイツヲ、サシダセ。ソウスレバ、ホカノモノノ、イノチハタスケテヤル」
俺は衝撃を受けた。
そういう手で来るのか。全く考えもしていなかった。
俺は恐る恐るテハクさんの表情をうかがった。
「安心しな」
テハクさんは厳しい表情ではあるが、俺を安心させるように言った。
「お前を差し出しはしない、誰もな」
「ハントキノアイダ、マツ」
『魔術師』の声が響く。『ハントキ』は『半刻』の意味で、約一時間のことだと察しがついた。
「みんなの所に戻るぞ」
テハクさんが俺に言う。
俺は若干の恐怖を感じていた。
皆が、俺を差し出して助かろうという意見だったらどうなってしまうのか。
「みんな、戦士としてのプライドを持ってる奴らさ」
テハクさんが穏やかな笑みで、そう言った。
「誰もお前を売らない。安心しろ」
俺はテハクさんを信用することにした。二人で階段を降りて、皆がいる砦内の集合場所に向かった。




