第三十話:避難指示
廊下を走り抜け、非戦闘員の生活区までやってきた。
ここに住んでいる女の人達が慌ただしく動き回っていた。
お湯を沸かしているのは、戦いが終わったあとに治療にお湯を使うのだろうか。
「あんたは、最近来た傭兵の……」
年配の女性が俺に気づいて声をかけてきた。
俺は、半ば無意識にハーテの姿を探していた。
見える範囲には見当たらない。
「戦いの最中じゃないのかい? 何であんたこんな所に?」
「みなさんに、避難するように伝えに来ました」
年配の女性の発言を遮るように、おれは大声で言った。
慌ただしく動いていた人たちが、動きを止める。
「避難!? どういうこったね」
まるで俺が非常識なことでも言ったかのように、年配の女性が突っかかってくる。
「すごく強い敵が襲ってきています。今のところ、勝ち目がありません」
俺は説明した。
「そんな! この砦には強い兵士さんが集まってるんじゃなかったのかね!」
「ソブーは! あたしのソブーは死んじゃいないよね!?」
「とにかく大半の兵士がやられました、みなさんも逃げてください! ソブーと言う人のことは分かりません!」
俺が答えると、状況は大混乱といった風になった。
とにかく出口に向かうもの、何か荷物を取りに行こうとするもの。
沸かしていたお湯を床にぶちまけてしまうものまで居た。
しかし一人また一人とこの部屋を出ていき、次第にこの部屋の混乱は収まるのだが、俺は一つ気になることがあった。
ハーテの姿がまだ見えない。
荷物をまとめている女の人の一人を見つけ、声をかけてみる。
「あの、ハーテはどうしていますか、姿が見えませんが、ここにはいないのですか」
「あの奴隷娘? さあね」
その女はそれだけ言って、さっさと逃げ出していく。
もうそろそろこの場から人が居なくなる、ハーテの情報も得られなくなると心配していると、最後に残った娘が、
「あの子なら地下の井戸にいると思います」
そう教えてくれた。
「地下の井戸?」
「そこの下り階段を降りた先です」
彼女はそれだけを言って、俺にお辞儀をして部屋を出ていった。
俺は迷わず言われた階段を下る。
彼女に危険を伝えなければ。
ジメジメした空気の漂う階段を降りながら、どうして彼女が一人で違う場所に居るのか考えた。
やはり、面倒な仕事を押し付けられたりしていたのだろうか。
それともただの偶然か……。
砦の内部のほとんどは煉瓦の壁だが、下っていくと煉瓦がなくなりただの岩壁になっていた。
天然の洞窟につながっているような感じだ。
やがて広い空洞に出た。天然の地下空洞なのだろう。
ところどころに松明が壁にかかっていて、全くの暗闇ではない。
「ハーテ! ハーテ、いるか?」
「ご主人さま!?」
すぐに声が帰ってきて俺は安心した。
見ると、井戸の近くに、大きなツボを抱えたハーテがいた。
「ハーテ、説明している時間はない、逃げるぞ! 全員避難してる!」
「えっ……はい!」
ハーテは物分りが良かった。
俺は彼女とすぐに階段に向かう。
階段を登りきり、生活区の中央の部屋にたどり着く。
「誰も居なくなってる……」
「みんな避難した。ハーテも行くんだ。砦から西に逃げたに決まってる、みんなと合流して」
「ご主人さまは!?」
ハーテが悲しそうな声で、叫ぶように言った。
俺は自分の考えを整理しながら答える。
「ここにいたみんなを逃したことを、報告に戻る。そのあとは……たぶん、この砦を放棄して逃げることになる」
「また、会えますか」
「必ず迎えに行く。だから先に逃げいていてくれ」
「分かりました」
ハーテは唇をきゅっと結び、一瞬だけ俺の顔を見つめて、すぐに駆けていった。
彼女が冷静に行動してくれて、大いに助かる。
俺は仲間の兵士や傭兵たちがいる集合場所に向かった。
「生活区のみんなを逃してきました」
俺は報告した。
「よし。少しは冷静になれたか」
テハクさんが俺にそう言ったので、俺は、俺がその役目を任された意味を知った。
俺を落ち着かせるためだったのか。
つまり、俺は冷静さを欠いていて、それが他人の目にも明らかだったということか。
恥ずかしくなってきた。
「状況はどうですか」
俺は照れ隠しの目的を兼ねて聞いた。
「扉を閉じて立てこもっているぶんには、向こうとしても攻めあぐねているようだ」
テハクさんが答える。
「だが、こちらはそれ以上に攻めあぐねている。あの『魔術師』に対抗する手が見つからない、飛び道具は返され、近接攻撃を当てようにも近づくまでに殺される」
「ここを放棄して、逃げますか」
俺は肯定の返事が返ってくればいいと思って聞いた。
「いずれそうなるだろう。だが、できれば、なにか手土産を持ち帰りたいな」
テハクさんが不敵な笑みを浮かべた。
「少しでも敵の数を減らすってことか?」
傭兵の一人が疲れたような様子でそう言った。
「やつを、『魔術師』を観察しておきたい」
テハクさんは俺からすると意外なことを言った。




