第二十六話:心構え
「こんな時間に敵襲か?」
砦の内側の集合場所に集まった兵士たちがざわめいていた。
中央に、火のついた松明がたくさん立てられていた。
これを持っていって戦えというのだろうか。
両手で棒を持って戦う俺には無理なことだと思った。
「全員静かに! 聞け!」
大隊長の号令がかかった。
皆が私語をやめ、大隊長に注目する。
「東の荒野から明かりを持ってこちらに接近してくるものが確認された! 数は20以上と思われる!」
「人間ですか」
「トカゲ野郎か?」
兵士たちが口々に問う。
「分からん、トカゲ野郎どもが夜に攻撃してきたことは一度もなかったからな。奴らついに明かりを使うことを覚えたのかも知れんな、ハッ」
大隊長は俺には冗談なのか本気なのか判別のつかないことを言った。
「じゃあ人間ですか」
「分からんと言っているだろう、だが、今になって東の荒野から人間が来るってのもありえんような気がするな」
「よし敵だ」
誰かがそう言うと、皆がうなづいた。
「よし、全員外に出ろ。大弩隊は準備できてるな? 歩兵隊第一と傭兵隊が正面へ!」
傭兵隊に含まれる俺は、他の傭兵たちと一緒に戦場の正面に向かう。
「気をつけろよショーヘー。何が起こるか分からん」
そう声をかけてくれたのは長剣使いのテハクさんだった。
「トカゲ人間たちは夜は活動しないんですかね」
俺は聞いた。
「そういう事もないだろうが、だが聞いてる限りでは夜に戦いを仕掛けることはないらしい。今回は何かが違うってことだな。警戒していけ」
「はい」
警戒するのは言われるまでもない。
敵は20体以上と言う報告だが、その中に『暗黒の王』か、その力を持つ存在がいるかも知れないのだ。
「もし自分の命が危なかったらためらいなく逃げろ。この砦がどうなっても構わんと言う気分で行け」
「それは、俺達が傭兵だからですか」
テハクさんの言っていることが無責任に思えた俺は聞いた。
「正規兵でもだよ。考えてみろ、他のみんなが逃げて、お前一人がこの砦を守るために最後の一人になって討ち死にする場合を。お前には何の得もないぞ」
正論かもしれないが、俺は素直にうなづけなかった。
それは、父が教えてくれた教えに照らし合わせて見て、どうだろう。
父は祖父から学んだ武士道の心を、現代の時代に合うようにアレンジして俺に伝えてくれていた。
その、武士道的な教えに照らし合わせて考えてみると……。
ふと、俺の心に深い悲しみが湧き上がってきた。
今まで感じないようにしていた家族の死。
武士道の心を持ち、身体の鍛錬も欠かさなかった祖父と父。
俺は二人を尊敬していたが、事故で暴走して家に突っ込んできたダンプカーの前には、武士道も鍛錬も何の役にも立たなかった。
俺が誇りに思っていた教え、今の俺の心の根底にある考え方も、もしかして無意味なものなのか。
そう思うと深い虚無感に襲われる思いだった。
「迷うことはないだろう。俺は金のために傭兵をやっているからな、死ぬぐらいなら逃げる。お前はそうじゃないのか?」
テハクさんの言葉には説得力があった。
だけど俺はうなづけなくて、
「この砦には俺が連れてきた奴隷が居るし……」
そんな事を言った。
「奴隷なんざまた買えば良いんだよ」
テハクさんは敵がいる東の方を見つめながら言った。
かすかに敵が手に持っているのであろう松明の火が見えた。
俺は、テハクさんの発言を看過できなくて彼の顔を見た。
彼は遠くを見つめたままだけど、こちらの気配に気づいたのか、
「思い入れがあるなら、連れて逃げるんだな」
そう言った。
「……はい」
俺はようやくうなづく。
父の教えに従えば、勝てない戦いでも途中で諦めず、死ぬまで戦うのが正しい行いであるのかも知れなかった。
けれどそれは今は保留しようと決意した。
「距離よし! 大弩、撃てーっ!」
砦の上の方で号令がかかり、多数の弦を持つ連射式の大弩たちが攻撃を開始した。
ヒュンヒュンヒュンと音を立てて、無数の矢が敵のいる地点に吸い込まれていく。
「どうだ? くそっ、やったかどうかよく分からん! 弓兵第一第二、用意!」
指揮を執る大隊長のいらだったような声が聞こえた。
「なあ、なんか今妙じゃなかったか」
俺の近くにいた傭兵の一人がそんな事を言った。
右手には曲刀を、左手には小型の盾を持ち、背中に弓と矢筒を装備している男だった。
「妙とは」
テハクさんがその男に聞く。
「こっちの矢がよお、まるで敵のいるところを避けるみたいに動いたように見えたんだ」
それを聞いてテハクさんは眉をひそめた。
「向こうの方で一瞬強い風でも吹いたのか? 当たらなかったのか」
「ああ、全部外れたんじゃないかな」
「敵にしてみれば幸運だな。だが、そんな偶然が二度も続いてたまるか」
テハクさんがそう言いながら視線を送ったのは、戦場の側面で弓を引き絞っている弓兵隊だった。
「弓兵第一第二、撃てーっ!」
大隊長の号令とともに無数の矢が放たれた。
その瞬間、俺は急激に嫌な予感を覚えた。
それは強烈な死の予感。
俺は無意識に自分の得物である棒を握る手に力を込めていた。




