第二十四話:危険の予告
「リリーア。聞こえるか、姿を見せてくれ」
俺は、リリーアに呼びかけた。
やがて、俺の目の前に、白い煙のような何かが現れた。
俺は、それがリリーアの姿に変わることを期待したが、いつまでたってもそれは煙のままだ。
「リリーア?」
俺は心配になって呼びかけた。
「気を……つけて……」
白い煙から、とぎれとぎれのか細い声が聞こえてきた。
声はリリーアの声だが、かなり聞き取りづらい。
「何に気をつけろと?」
俺は緊張した。もしかすると、なにか急を要する事態なのかも知れない。
「暗黒の王、もしくは、彼の力を受け継いだもの、そのどちらかが、今、近くにいます」
「何?」
俺は思わず、あたりを見回した。
近くに怪しい人影はない。
それから思い直して、
「近くってどれぐらい?」
そう聞いた。
「徒歩で三日以内の距離です」
「ああ、そういう」
一安心、と思ったが、すぐに思い直す。
三日後には『暗黒の王』がここに攻めてくる可能性があるってことか?
全然安心できない。
脇腹の傷も三日では完治しないだろう。
三日で戦えるレベルまで回復できるかどうか?
「そいつは、こちらに向かっているのか」
「おおむねそうです。それは、東の方角から来たはずです」
なるほど。
この砦を目指しているかどうかは分からないが、だいたいこちらの方に向かっているらしい。
「とにかく……その存在は……」
また、リリーアの声が聞き取りづらくなった。
「リリーア、聞こえにくいぞ。なんて言ってるんだ」
「その存在は強い力を持ち、大変危険かと思われます。戦う場合は気をつけて。わたしの言葉が伝わりにくいのは、その存在が私のエネルギーを阻害しているのです」
「ああ」
俺はうなづいた。声が聞き取りづらいのは、そういう事情だろうとは思っていた。
「話は変わるが、俺のいた世界から、こちらに来たのは俺だけじゃなくて……」
不意に、白い煙が消えてしまったので俺は言葉を止めた。
「おい、リリーア? もっと聞きたいことがあるんだが?」
「……はい……わたし……」
リリーアの声は聞こえなくなってしまった。
「ここまでか」
誰もいない見張り塔の上で、俺はため息をついた。
夕暮れ時の涼しい風が吹き抜けていったが、あまり爽やかな気持ちにはなれなかった。
俺は病室に戻った。
「おう、長かったじゃないかショーヘー」
病室に戻ると、先ほど世界情勢の説明をしてくれた年配の男が言った。
「存分に外の空気を吸ってきましたよ。ところで俺、名前いいましたっけ」
「だいぶ前にお前が自己紹介してたのを横で聞いてたんだ。名前合ってたか」
「ええ、ショウヘイです」
おれはベッドに横たわった。
木製のベッドがギギッときしむ。
「名前を聞いてもいいですか」
「おう、ベスクが俺の名だ。覚えときな」
「俺はギガボドだ」
反対側のベッドの大男も名乗った。
「ベスクさんに、ギガボドさんですね」
「で、本当は何しに行ってたんだ?」
妙にニヤニヤしながらベスクさんが聞いてきた。
俺は彼の意図が分からない。
「普通に、見張り塔まで登って、空気を吸ってきただけですが」
まさか俺をこの世界に連れてきた天使と話をしていたとも言えず、俺はごまかした。リリーアが天使なのかどうかよく知らないが。
「何だよ、あの奴隷ちゃんと会ってたんじゃないのか」
「違いますよ。忙しいらしいし」
「まあな。この砦で働いてるやつに奴隷はいなかったから、色々仕事押し付けられてるだろうぜ」
「そう……なんですね」
そう言われると、なんだか心配になってきた。
ハーテはつらい思いをしていたりしないだろうか。
「心配か」
背後からギガボドさんがぼそっとした声で言った。
「ええ、まあ」
俺は正直に答える。
「会いに行くのはよした方が良いかもしれんぞ」
「どうしてですか」
本当に分からずに俺は聞いた。
「働く娘が男と会っていたら妬まれる」
低い声でギガボドさんは答えた。
「なるほど……」
俺は言葉をなくした。
「おい、黙りこくるなよ。なんか話題を出せよ」
ベスクさんが軽い調子でそう言った。
「話題ですか、じゃあ……」
俺は深く考えずに喋った。
「強い敵が、ここから徒歩で三日の所に迫ってるとしたら、どうすればいいですかね」
「なんだと?」
俺の言葉に、ベスクさんの表情が固くなった。
「妙に具体的だが、どこ情報だい」
「いや、もしもの話です」
俺は焦ってごまかした。
「ふむ、じゃあ三日後に強い敵が来るってことはないんだな」
「それは……あるかも知れません」
「あんた、まさか、敵と通じてるんじゃないだろうな」
ベスクさんが目をすっと細くした。
「違います」
俺は言ったが、すこし自分の言葉がうかつだったことはよく分かった。
部屋の雰囲気が重くなっている気がした。




