第二話:チート拒否
俺が、「戦うよ」といったのを受けたようなタイミングで、扉が音もなく開き始めた。
扉の向こうは、大理石のような床以外は光に包まれている、不思議な空間だった。
そこに、宗教画に出てくる天使のような服装の若い女性がいた。
「わたし達の世界に来て、戦っていただけるのですね」
彼女の声がはっきりと聞こえた。
白い肌、白い髪、白い服。輝きをまとったその姿は、とても神秘的だった。
「ああ」
俺は頷いた。
なんだか、今まで止まっていた心臓が、鼓動を打ち始めたような気がした。
すべてが嫌になった自分だけど、違う世界に行って、なにか新しい人生が始まるのなら、悪くないことに思えた。
「ありがとうございます! では、こちらへ」
彼女は、静かな喜びの表情で、扉の奥の方へ入っていく。
俺はためらわずに、扉をくぐった。
数歩歩くと、背後で扉が静かに閉まった。
なぜかスッキリした気分だった。
「では、行きましょう、私の世界へ」
彼女が僕に向かって手を差し出す。
俺はその手をとった。
ふわりと、彼女の体が宙に浮く。白く長い髪が空間に広がる。
ついで、俺の体もすっと浮かび上がった。
「これから行く世界は、あなたの世界よりも、霊的位相が低い世界です」
彼女は、こちらを見つめながら、俺には意味のわからないことを言った。
「ですのでそれを利用しまして、あなたは、超常能力を一つ、取得することが出来ます」
「超常能力?」
俺は眉をひそめた。
「どう説明すればいいでしょうか……魔法のような、強力な力を、あなたは得ることができるのです」
微笑みながら彼女は言ったが、俺はそれになにか嫌なものを感じた。
「例えば、どんな力を?」
俺は聞いた。
「そうですね、例えば、どんな重傷を負っても即座に回復するですとか、敵を睨むだけで動きを封じることができるですとか、念じるだけで城壁をも打ち砕くような攻撃を……」
「それはいらないな」
俺は彼女の言葉を遮った。
「えっ……」
「そんな力を得てしまったら、使いたくなってしまうかも知れない」
俺は自分の気持ちを正直に言った。
「使ってよいのですよ」
「自分の力だけで戦いたいんだ。そうでないと、戦いに勝っても喜べない」
「それは……」
彼女は絶句しているようだった。困っているようにも見える。
「なんて言えば良いんだろう……」
俺は考えながら説明する。
「そんな、インチキみたいな力を使って戦いに勝ったら、それはその力のおかげで勝ったって事になるだろう? 勝利が台無しだよ。そんな勝利は喜べない」
「でも、危険な世界なのですよ」
「俺、強くなるよ、危険に負けないように」
「でも……」
「もしそんな力を得ないとその世界に行けないというのなら、俺はその世界に行かない」
俺ははっきりと言った。
嘘偽りのない、正直な気持ちだった。
「……分かりました」
困ったような顔のまま、彼女は頷いた。
「能力を与えずに、あなたを私達の世界にお連れします」
「頼むよ」
俺が頷くと、俺たち二人の体が、徐々に上昇し始めた。
真上を見上げると、そこに、水色に輝く不思議な円が見えた。
(あれをくぐると、俺は、この人の世界に行くのか)
何となくそう分かった。
俺たちの体は上昇を続け、円をくぐった。
周囲が光に包まれ、ついで暗転した。
次の瞬間、俺はふわりと緑の大地に降り立っていた。
なだらかな起伏の多い、雑草に覆われた地面。
近くに馬車などが通るらしい道があり、その先にのどかな感じの村が見えた。
「ああ、こんなにかの者の力が強くなっている……! これでは、私は姿を保っていることが出来ません」
斜め後ろに彼女の声を聞いて、振り向いてみると、彼女の体は半分透明になっていた。顔のあたりはしっかり見えるが、下半身の辺りは完全に透明だ。
「あんたは……人間じゃないのか」
なんとなくそんな気はしていた。天使か妖精か、何かそういうものなのだろう。
「最後に伝えておきます。わたしの名はリリーア。これより存在を隠して力を蓄えます。助言が必要になった時は、わたしの名を念じて呼びかけてください。十分な力が蓄えられていたら、あなたの前に姿をあらわせるでしょう」
「分かったよ、リリーア」
俺は頷いた。
「近くに村があります。まずは、そこの人を頼るといいでしょう。あなたは霊的位相の高い世界から来ましたから、あなたはこの世界の言葉を理解できるはずです。ご武運を……」
そう言って、彼女、リリーアの姿は見えなくなった。
「言葉か」
思わず苦笑いが浮かんだ。
違う世界に来ると言うのに、言葉が通じるかどうかってことを全然考えていなかった。
「うかつだったな、まあ言葉は通じるらしいけど、これからはこんなうっかりはしていられないな」
パチパチと両手で自分の頬を叩き、気合を入れて、俺は村への道を歩きだした。