第十八話:相互理解
俺に『待って』と言われたハーテは黙っているし、俺は何を言えばいいかわからないしで、テントの中には気まずい沈黙が流れているように思えた。
「とりあえず、言いたいことを言っておくぞ」
俺はそう宣言した。
「はい」
ハーテは神妙な面持ちでうなずく。
「君は魅力的だ。性的な意味でも魅力的だし、きっとそれ以外にも人間的に良いところがあると思う、だから自分に自信を持つと良いと思う」
ハーテは言葉を発しなかったが、困ったような顔で、ほんの僅か頭を左右に振っていた。
「とにかく、俺はそう思ってる。それで、今からエッチなことをするかと言うと、それは、しない。君の魅力の問題じゃないぞ。俺の側の問題だ」
「わたしは、ご主人さまの好みのタイプではないのですね」
「そういうことでもない」
寂しそうにつぶやくハーテの言葉を食い気味に否定した。
ハーテは困惑した表情でこちらを見る。
「いいか、君が許してくれるなら、俺はエッチなことをしたいんだ。それはもう、欲望を抑えておくのに大変苦労してるんだ」
「なぜ、抑えておられるのですか」
「……なんでだろうな」
俺がそう言ってしまったので、ハーテはますます困惑したようだった。
「それはだな……」
俺はそこまで言ってから考える。
学校の校則が不純異性交遊を禁じてるから? 違う。
親父の教えに反するから? 少し違う気がする。
じゃあ何でなんだ?
俺は自問自答を繰り返した。
「それは、一つには、そんな簡単に幸せを得て良いのかと疑問に思うからだ」
俺は自分の心の中から見つけ出した答えを言った。
俺はこの世界に転移するとき、強力な能力を貰えるチャンスをあえて棒に振った。
強い力を振るうことができれば、それは嬉しかったり楽しかったりするかも知れない。
でも、その力を努力や鍛錬で習得するのでなければ、それはただのズルだ。
卑怯なことでしかない。
そう考えて、能力を得ることを断った、あのことと今の状況は似ているように思えた。
ハーテは、今度は無言でうなずいていた。
何かしら、納得してもらえたらしい。
「わたしごときとエッチするだけのことを、幸せと言ってくださるのですね」
彼女はそう言って、少し嬉しそうにうつむいた。
「『わたしごとき』とか、言うなよ」
「はい、もう言いません」
ハーテはまっすぐに俺の目を見た。
「ご主人さまがわたしにそれだけの価値を見てくださっているのなら、もう決して言いません」
「うん」
ようやく、俺と彼女の間に、相互理解が成立した気がした。
「あと理由があるとしたらそうだな……エッチなことは、まず恋人としたいっていうか」
「えっ」
「えっ」
驚きのあまり体勢をくずしたらしいハーテを見て、俺も驚いた。
なにか驚かせることを言ってしまっただろうか。
「何か?」
「い、いえ、勘違いです。ご主人さまが、童貞でいらっしゃるという意味で言ったのかと、間違えました」
「それは、間違ってない」
「えっ」
「えっ」
なんだかコントみたいなやり取りだな。頭の片隅でちょっとそう思った。
「童貞だとおかしい? 奥手な方だったんだよ」
「い、いえ、そういう人もいらっしゃるとは思います、世の中広いですから、その、失礼しました」
どうもこちらの世界では初体験の平均年齢がだいぶ低いのかな、そんな事を思った。
「でも、そうですか、今恋人はいらっしゃるのですか?」
「いないよ、こっちの世界に来たばっかりだし」
「そうですか」
ハーテが残念そうな顔をする。
「それでは、わたしがご主人さまに性的なご奉仕をできるのは、ご主人さまが恋人を見つけてから後のことになってしまうのですね」
「ん? いや」
ハーテは俺の発言を誤解しているようだ。
この誤解は解いておかなければ。
「俺は、君が恋人になってくれればいいと思って、言ったんだけど」
「無理です!」
ハーテが悲鳴を上げるように全面否定したので、俺はハンマーで頭を殴られたようなショックを受けた。
あれ?
今否定されるような流れだっけ?
何かがおかしい?
「無理? 君から見て、俺、無理?」
俺は弱々しい声で聞いた。
「そうではなくて!」
ああ、そうではないんだ、それはよかった、けどじゃあどういう意味だろう。
「奴隷を恋人にするなんて無理です!」
「……どのへんが無理なの」
「ご主人さまが、奴隷である私のことを恋人だなんて言おうものなら、たちまちのうちにご主人さまの評判が地に落ちてしまいます」
「本当に? それって……奴隷が恋人だっていうのは、他の例えで言うとどんな感じなの?」
「家畜のブタを恋人とみなしているのと同じぐらい気持ち悪がられます!」
「エグいな! って、いやいやおかしいだろ!? 奴隷ったって人間じゃん!」
「とにかく、奴隷を恋人なんて言ったら、まともな人間だとは思ってもらえなくなります!」
「そうなのか……覚えておくよ」
俺は疲労を感じた。
どうやら俺は覚えないといけないことが沢山あるようだった。




