第十七話:テントの中で
「ありがとうございます。わたしをあなたの奴隷にしてくれて」
そう言ってこちらを見上げるハーテの表情は、ほんの少しいつもより笑顔気味だった。
表情に感情が出ない彼女なりの笑顔なのかも知れない。
「あ、ああ、いいんだ、今後よろしくな」
多少うろたえながら返事をした。
可愛い女の子が自分の奴隷になったという事実からくる背徳感がジワジワ来る。
「はい……ところで、なにか今すぐのご命令はありますか」
「無いよ」
俺は答えた。
「まだ雨が降ってるしね。もう少しここで雨宿りかな」
「はい」
俺は彼女から目線をそらし、少し遠くに見えるテントの方を見た。
雨は小降りになってきていて、見ていると多少濡れるのをいとわずに瓦礫の撤去の作業をしているものもいるようだった。
このあとはまた瓦礫の撤去を手伝うかな、などと考えて、ふとハーテの方を見ると、彼女は服を脱いでいるところだった。すでに上半身は半裸になっている。
「ま、待って!」
ちょっと悲鳴みたいな声が出てしまった。
「は、はい!」
こちらの声に、彼女も驚いたようだった。脱いだブラウスを手に持ったまま、こちらに向き直る。
「そういうのじゃないから! たしかに俺は君を自分の奴隷にしたわけだけど、いきなりセックスがしたいとかそういう事じゃないから!」
「……はい」
彼女の顔に、少し困惑の色が浮かんでいた。
だめだ、彼女の褐色の肌の半裸がまぶしい。直視しているとヤバい。俺は彼女に背中を向けた。
「君はもう少し、自分を大切にしたほうがいいと思うんだ」
「……はい。その、濡れた服を身に着けていると、体調を崩してしまいがちですので、脱ぎたかったのですが……」
「あ、そっちか!」
「はい」
むちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
顔が熱い。
「そういうことなら問題はない……けど、いきなりだったからびっくりしたぞ」
彼女に背中を向けたまま言った。
「失礼しました、今後気をつけます」
「うん」
雨はもうすぐ上がりそうだった。
ハーテは替えの服を持っていなかったので、結局来ていた服を手で絞って水気をとって、それをまた着ていた。そのうち何か服を買ってあげないといけないなと思った。
その後、俺とハーテは、瓦礫の撤去作業などを手伝った。
ハーテは筋力はないようだが、彼女なりに仕事を見つけてこなしていた。
その間、特に彼女が他の人に蔑まれているような様子もなかったので、俺はやはり彼女の自虐はちょっと思い込みがすぎるのではないかと思った。
作業が一段落したあと、医学の心得があるという人に、俺は負傷した右足を診てもらった。簡単な手当をしてもらったが、右足の薬指と中指は短くなってしまった。
色々あったので、結局、俺とハーテは、この宿場でもう一泊することにした。
宿場と言っても、いくつもの建物が壊れていて、大半の人はテントで寝泊まりだった。
「今日は色々ありがとうな」
テントの中で、俺はハーテに言った。
ラッキーなことに、この小さなテントに割り当てられたのは、俺とハーテの二人だけだった。他人を気にせず会話できるのはありがたかった。
「何がでしょう?」
ハーテは首を傾げる。
「いや、瓦礫の撤去とか、手伝ってくれて」
「ご主人さまにお礼を言われることではないですよ」
彼女は不思議そうな顔をした。
「そういうもん?」
「そういうものですよ」
「うーん」
俺は天を仰いだ。テント内だから布地しか見えなかったが。
「俺の国には、奴隷とかいなかったから、付き合い方が分からないかも知れない」
「そうなのですか? どんなことでも、してほしいことを命令すればいいのですよ」
「それだと、奴隷は辛いでしょ」
「たまにねぎらいの言葉でもかけてあげれば大丈夫です」
「そうか……」
自分をご主人さまと呼んでくれる奴隷少女から、奴隷の扱い方を教わるなんて、なんかドキドキするものがあるな、とか思いながら生返事をしている俺がいた。
「例えばですけど」
ハーテが口を開いた。
「ん?」
「今何か、ご命令はありませんか?」
「今? 今は特に無いかな」
「そうですか……ご主人さまは、とても心が優しい方ですね」
ハーテは目を伏せて、そんな事を言った。
「うん……うん? どうして?」
今、俺の心が優しいとか、そういう会話の流れだっただろうか。
「わたしの体に魅力を感じていないのに、わたしをご主人さまの奴隷にしてくださったのでしょう?」
水かなにかを飲んでいるタイミングでなくてよかった。そうだったら絶対吹いてた。
「どこからその結論になった? すごく魅力的だと思うんだけど」
「昼間わたしが服を脱いだとき、背をむけていらっしゃいました」
「ジロジロ見たら君が嫌な思いするかと思ったからね!?」
「そんなことはありませんのに。それと、今もご命令をくださいませんし」
「命令ってなんの……あ……いや……そういう系の?」
「多分、ご主人さまの思われる意味の、です」
「そういうのはその、いきなりは、君も嫌だろうと思って」
「わたしは……」
「待って」
俺は慌ててハーテの言葉を遮った。
今『わたしは大丈夫です』というような内容のことを言われると逃げ場がなくなる。
逃げ場?
そもそも、俺はセックスから逃げる必要があるのか?
俺は平静を装おうとしていたが、多分成功していなかったと思う。




