第十六話:ハーテという少女
もう高校二年にもなるというと言うのに、人前で涙を見せてしまった。
それも、自分より年下の女の子の前で。
恥ずかしいと言うか、気まずかった。
「ええと……」
気まずさをごまかそうと、口を開いた。
「はい」
ハーテはもう感情を表に出していない。
静かな、抑揚のない声だった。
「今はどんな気持ち? まだ死にたい気持ちはある?」
俺は一番気になっていたことを聞いた。
「生きていたい気持ちはありません。でも、死にたい気分でもなくなってしまいました」
ハーテの口調からはあいかわらず感情が読み取れない。
まるで、紙に書いてある文字を読み上げているだけかのようにも聞こえる。
「どうして、わたしの命に関心があるのですか」
「俺のせいで、誰にも死んでほしくはないんだ」
ハーテの問いに、正直な気持ちで答える。
「あなたのせいでは、ないですのに」
つぶやくような彼女の言葉。
「でも、昨夜、月澤と二人歩いていた君は、なんだか兄妹みたいに親しそうで、なんだか幸せそうに見えた。それが、生きていたくなくなったのは、俺が月澤を……」
殺したからだろう、と言う言葉に罪悪感を感じて、最後まで言えなかった。
「あなたは、悪くないです」
ハーテはそう言った。
多分本当にそう思っているのだろうが、こんな会話をしていても、話は進まない。そんな気がした。
「なあ、聞いてくれよ」
俺は、自分の秘密を話すことにした。
「はい」
抑揚のない声が答える。
「俺は、違う世界から来たんだ。不思議な天使みたいな人に導かれて」
ハーテは少し驚いたような表情をした。
「【暗黒の王】を倒してくれって言われた。それが、この世界を救うことになるんだと思ってる。言ってみれば、俺は、この世界を救いに来たんだ」
「では、コジロウ様と、同じなのですね」
彼女はなにかに納得したようだった。
「そういうことになるかな。それでだ、これから世界を救うって言うのに、目の前の女の子一人救えないのは、嫌なんだ」
俺は彼女を救いたい一心で言った。
「でも、わたしは、どうすれば自分が救われるか、分からないのです」
「俺が、月澤を殺したからか?」
罪悪感を押し切って、俺は言った。
「あの人が死んだからです」
ハーテは、俺に気を使った言い方をした。
「俺じゃ、あいつの代わりになれないのか?」
俺は勢いでその言葉を言った。
「わたしを、あなたの奴隷にしてくれるのですか?」
ハーテは、こちらにまっすぐ向き直り、俺を見上げながら言った。
奴隷じゃなくて友達でもいいと言おうとしたが、今それを言えばむしろ彼女を混乱させそうなので、それは言わずに、
「俺と来てくれないか」
そう言った。
「分かっているのですか、私のようなものを連れていたら、あなたまでが笑いものになるのですよ」
「俺は気にしないし、そもそも、世界中の人が君の顔を知ってるわけでもないだろう」
俺は彼女が語った、かつて受けた『お仕置き』の事を考えながら言った。
大きな町で、何日間にもわたって、ある種の公開処刑的なことをされたということだった。
多くの人が彼女の惨めな姿を見ているわけだろうが、それでも、世界中の人が彼女の事を知っているはずはない。
「でも」
彼女は何かを言いかける。
「なあ、月澤はお前と一緒にいたよな? あいつは良くて、どうして俺はだめなんだ。俺に何かが足りないのか?」
「そんなことはありません! ただ……」
「ただ?」
「一生に一度のことと思っていましたから」
「一生に一度?」
「あの人との出会いです。わたしが最後に『お仕置き』を受けたあと、わたしが、わたしの人生が終わってしまったと思っていたとき、あの人がわたしの前に来てくれたんです」
『お前、面白そうだな』
『へえ、奴隷だけど今は誰のものでもないのか』
『じゃあ俺のものになれよ』
「あの人はそう言って、わたしのご主人さまになってくれました」
俺は黙って彼女の話を聞いていた。
「こんな幸せなことがあっていいのかと思いました。わたしはこれは神様がくれた最後のチャンスだと思いました。わたしには過ぎた幸せです。わたしは、これを最後に、これ以上の幸運は受け取ってはいけないと思ったのです。すでに、過剰に受け取っているのですから」
ハーテの話は、分かるようで、分からなかった。
彼女なりの信念があるようだったが、俺にはその意味が分からない。
言葉の意味は分かるが、その信念を守る意味が。
と言うか、話を聞いていて、一つ思いついたことがあった。
もしかしてこの子には、強引な言葉を使ったほうが、効果的なのではないだろうか?
「そのへんの心の問題は、俺は知らない」
俺は口調を変えて、言った。
ハーテがハッとしたようにこちらを見た。
「俺はお前が欲しいんだ。だから、俺のものになれ」
普段の自分なら到底言えないようなセリフを、なんとか言い切った。
ハーテは、ゆっくりした動作で、俺の前にひざまずいた。
「ありがとうございます。これより、わたし、ハーテのすべてを、あなたに捧げさせていただきます」
俺はブルッと震えた。
なんか背徳感が半端ではない。
とにかく、こういう経緯で、俺はハーテという旅の仲間を得た。




