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第十五話:涙と涙

「この辺までくれば、雨宿りができそうだな」


 木立の中に入り、俺はそう言った。

 ハーテは俺から二歩離れた所に(たたず)んでいる。


「もう少しこっちに来たほうが濡れないですむよ」


 俺が言うと、ハーテは一歩だけこちらに近づいて、


「どうして、私に構うのですか」


 小さな声でそう言った。


「俺は君の大切な人を殺してしまった、そのせいで君が死のうとしている。だから……」


 俺は言いかけたが、言葉がうまく出てこなくて、言いよどんだ。


「君が死んだら、それは俺の罪なんだ。俺は、君に死んでほしくない」


 まとまらない心を無理にまとめて、そう言葉にした。


「わたしは、死んであたりまえのものです。そんなに価値のあるものではないです。私が死んでも、あなたのせいではないです」


「死んであたりまえの人間なんているものか」


 俺は思わず食ってかかった。

 ハーテは少し俺の方を見てから、彼女が着ている服のベルトに手をかけた。

 そのまま、着ていたローブ状の衣服を脱ぎ捨てていく。


「な、なにを」


 女の子が目の前で服を脱ぎだしたという事実に、俺は慌てた。

 幸い、というべきかどうか分からないが、彼女はローブの下にも衣服を着ていた。

 上半身はノースリーブの地味なブラウス、下半身は布面積の少ないホットパンツ状の衣服だった。

 細めだが、形のきれいな脚をしていた。


「ほら……見れば分かるように、わたしに価値なんかないんです」


 ハーテはそう言ったが、俺には彼女の言わんとすることが分からなかった。


「どこを見ればその結論になるんだ?」


「これが見えませんか」


 ハーテは、自分の左肩を俺に見せた。

 そこにはなにか複雑な形の入れ墨のようなものが見えた。


「それは?」


 俺が聞くと、ハーテはふと何かに気づいたような表情になり、それから涙をこぼした。

 ポロポロと、切なげに。


「あ、ごめん、その」


 取り繕おうとする俺に、ハーテは、


「あの人も、そう言いました。あなたも遠い国から来たのだから、この焼き印の意味を知らないのですね」


「焼き印……」


 俺はその言葉の残酷さにショックを受けていた。


「わたしは、何度も脱走しようとした奴隷なのです。自分のご主人さまに従うことができなかった、悪い奴隷だったのです」


 そう言ったハーテは、もう涙をこぼしてはいなかった。


「それは」


 俺は言葉を失っていた。


「脱走に失敗して捕まるたびに、焼き印を足されました。だからこんな複雑な形なんです。これを見たら、わたしが何度も脱走した悪い奴隷だってこと、みんな分かります」


 自嘲するように彼女は笑った。


「もう、私を奴隷商人に売ろうとしても、買取を拒否されるか、売りに行く手間のほうが高く付くような値段しかつかないか、そんなところだと思います」


「君は価値のない人間なんかじゃない、そんな事があるもんか、価値のない人間なんていない」


 俺は以前読んだ漫画から得た信念を口にした。


「でも、わたしに何の価値があるのでしょう。もう、娼婦の仕事もわたしには出来ません」


「そんな事はないだろう、あ、いや、そうじゃなくて」


 言った瞬間失言だと気づいた。今の流れで『そんな事はないだろう』って言ったら、まるで『娼婦ならできるだろう』という意味のようだ。そんな失礼なことを言うつもりは無かったのだ。ただ、自分自身を卑下する彼女の言葉を否定したかっただけなのだ。


 でも、ハーテはこちらの失言を気にするでもなく、言葉を続けた。


「無理です。もう、私の性に価値を感じてくれる人など、いませんもの」

「ど、どうしてそう思うんだ」


 俺は会話の流れで、思わずそう聞いてしまった。


「脱走の罰として、何度もお仕置きを受けましたから」

「お仕置き?」

「はい」


 ハーテは自分が受けたというお仕置きの内容について話した。


 俺は、その話を聞いて、衝撃を受けた。

 人間というのは、こんなか弱い女の子に対して、そこまでひどいことをすることができるのか。

 人間の尊厳を踏みにじるもいいところだ。

 話を聞いただけで頭がくらくらした。


 ハーテが、日本に生まれていたら中学生か高校生か、それぐらいだろう。

 普通の中学生、高校生が仮にそんな目に合わされたら、心が壊れて言葉をしゃべることも出来ない廃人になってしまうのではないかと思った。


「ですからわたしは……」


 ハーテが自嘲的に言葉を続けるので、俺の心は耐えられなくなった。

 地面に膝をついてしまった。

 自分で自分の顔がグシャグシャになってるのが分かった。

 頬に熱いものがつたう。

 嗚咽を止めることも出来なかった。

 半ば無意識に、彼女のいる方に手を伸ばした。


「ど、どうされたのですか」


 うろたえたハーテの声が聞こえた。

 雨で冷えた冷たいハーテの手が、俺の手を掴んだ。


「もしかして、わたしに、同情してくれているのですか」


 彼女のその言葉の、最後の方は涙声になっていた。

 俺はみっともなくも、嗚咽を止めることが出来なくて、言葉が喋れなくて、ただ彼女の手を握った。


 俺の泣き声を追うように、彼女も声を上げて泣き出した。

 二人、幼い子供のように、()いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 絶望から始まる主人公がいかにして活躍するのか楽しみです! [気になる点] 誤字ですかね?「半ば無意識に、彼女の方に手を伸ばした。」のところ片→肩でしょうかね? もしくは彼女の方角に手を伸ば…
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