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第十四話:雨の中

 俺は戦いの構えを取らずに、ハーテからの攻撃を待った。

 数秒が経過した。

 ハーテが構えた短い刃の先が、ツッと下にさがった。


 俺はそれが次の瞬間に攻撃するための、溜めかと思ったが、そうではなかった。

 ハーテの手が震えだしたかと思うと、彼女は地面にへたり込んでしまった。


「どうしたの」


 俺は言った。

 自分でも意外なほど、優しい声が出た気がした。


「こんなもの、刺せません」


 ハーテは言った。

 いつも抑揚のない喋り方の彼女の声が、今は震えていた。


「どうして」

「刺された方は痛いじゃないですか」


 聞き取りづらい小さな声だが、彼女はそう言った。


「じゃあ、君は僕の敵じゃないな」

「殺してくれないのですか」


 恨めしそうな顔で、ハーテはこちらを見ていた。


「俺にはできないよ」


 俺はその場に座り込んだ。


「今死ねたら、幸せなのに」


 ハーテはそう言ったが、俺はそれにかける言葉を持たなかった。


「時間的にはもうすぐ朝かな」


 話をそらして空を見ると、今にも雨になりそうな曇り空だった。

 しばらく前には沈みゆく月が見えたのだが、今は雲で見えなくなっていた。

 あたりを見回すと、まだ焼けている建物を消化したり、瓦礫を片付けたりしている人達が見えた。


「俺はあの人達を手伝ってくるよ、じゃあ」


 俺は彼女を置いて建物の方に向かった。

 彼女のことは少し心配だったが、俺が何かを言っても状況が好転するとは思えなかった。

 もしかすると俺が作業を手伝っていれば、彼女も手伝いに来てくれるかも知れない、そう考えたのだ。


 瓦礫の撤去、それからテントを立てるなどの作業を手伝っているうちに、朝になり明るくはなったが、やはり雨が降ってきた。

 少数の人は雨を気にせず作業していたが、他の人は屋根が残っている建物やテントで雨宿りをしている。


 そのうちひどい雨になった。

 俺は少し疲れて、テントの中で椅子に座り込んで休んでいた。

 その時、急にハーテのことが気になった。

 彼女はどうしているのか。


 俺は、建物やテントを行き来して彼女を探したが、どこにも見つからない。

 そしてふと思い当たる。


 まさか、まだあの、月澤が死んだ、あの場所にいるのだろうか。

 こんなに雨が降っているのに?

 そんな事は……。


 俺は駆け出していた。

 降りしきる雨の中を走る。

 そんなに遠くではない、もし彼女がそこに居るのなら、すぐに見えてくるはず。

 こんな雨の中、いるわけは無いのだが……。


 いた。

 大雨の中、地面にへたり込むような姿。

 俺は駆け寄る。


「生きてるか?」


 呼びかけると、わずかに彼女の体が動いた。


「大丈夫か?」


 彼女がうつむいたままなので、俺はそっと彼女の肩をつかんでこちらを向かせる。

 その時の彼女の表情は、やはり今までと同じ、冷たい表情だった。


 ふと急に、俺は、その表情を見たことがあるような気がしてきた。

 その顔でなく、その表情を。


 それは、ほんの十日ほど前、鏡で見た自分の表情だった。

 家族が死んだと知らされ、確認のため、遺体安置所に案内されて、家族全員の死体と対面して、それから――。


 家に帰り、洗面所で見た自分の表情。

 悲しすぎて、悲しみを感じなくなったとでも言うべき、心が空っぽになった状態。

 あのときの表情。


 今、この眼の前の少女は、そんな深い悲しみの中にいるのか。

 そう思い当たって愕然とした。

 さっき会話していた時は、どうしてそれに気づけなかったのか。

 朝が来る前で、暗くて表情が見づらかったとは言え。


「こんな所で雨に打たれていたら死んじゃうよ」

「死にたいんです」


 降りしきる雨より冷たい声が帰ってきた。


「悪かったよ」

 考えるより先に、その言葉が出た。


「何が、ですか」

 彼女の表情は凍りついたように動かない。


「月澤……あいつを殺したのは俺だ。君にとっては、大事な人だったんだろう」

「あなたは悪くないです」


 彼女のその言葉は、俺に対して気を使っているのかも知れないが、俺は何かを拒否されたようにも感じた。


「命をかけた、戦いだったのですから」


 少女はそう言い足した。


「そうだけど、君にとって大事な人だっただろう?」


 俺がそう言うと、彼女は口を閉ざした。

 大雨が、さっきから俺たちをずぶ濡れにしている。

 だからよく分からないが、もしかして、少女は涙を流しているのかも知れなかった。


 しばらく待っていると、少女は、顔をまっすぐにこちらに向けて、そして口を開いた。


「こんな雨に打たれていたら、健康に良くないですよ」


 彼女はそう言ってから、何かに気づいたように、少しだけ笑った。

 自分のほうがよほど長い時間、雨の中にいた滑稽さに気づいたのかも知れない。


「そうだな」


 俺は頷いた。

 そして、少し強引に彼女の手をとった。

 彼女は戸惑ったような表情を見せた。


「行こう」


 俺はそう言って、さっき設営されたテントの方に向かって、一歩を踏み出した。

 だが、彼女の手が、意外と強い抵抗を見せた。


「人のいる所に行くのが嫌なのか?」


 俺がそう聞くと、彼女はごく小さく、頷いた。


「じゃあ向こうだ」


 俺はそう言って、建物やテントから反対方向の、雨宿りができそうな木立に向かって歩き出した。

 彼女は先ほどのような抵抗は見せなかった。


 つないだ手の冷たさに、俺は強い哀れみを覚えた。

 こんなに冷えるまで雨の中にいたなんて。

 どうやら、俺が次にすべきことが見えてきたのかも知れない。


 彼女の心を救ってあげなければ。

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