第一話:異世界への門
とても幸せだったんだな。
俺はそう思った。
退屈な学校から家に帰ると母さんがいて、親父がいて、妹がいて。
家族で夕食をとる、ありふれた日常などが。
とても幸せなことだったんだ……。
俺は、放心状態で夕暮れ時の商店街を歩いていた。
悲しいを通り越して、何も感じなくなった心。
世界は灰色に見えたし、聞こえてくる声も物音も無意味だった。
どこをどう歩いたのか。
いつしか、俺は路地裏にたどり着いていた。
そこに、なにか不思議なものがあった。
水色に淡い光を放つ、扉が道の真ん中に。
(これは、なんだろう)
何も感じなくなった心が、少しだけ動いたその時。
(ああ、やっと見つけた! あなたには、この扉が見えるのですね!)
不思議な響きを持つ女の子の声が聞こえた。
「見えるよ」
枯れた声が出た。
本当は、何もかもがどうでもいいと思っていたけど、聞かれたから答えた。
(お願いします! 私たちの世界を救ってください! 私達の世界を救うために、戦ってほしいのです!)
「世界? それはどこ?」
心は悲しみに沈んでいたけど、女の子の声がとても必死そうだったので、少しだけ心が動いた。
(この世界のどこでもありません、違う世界です。わたしは、違う世界から語りかけています)
「……誰と、戦えばいいの」
(暗黒の王。世界を恐怖に陥れる暗黒の王を、討ち滅ぼしてほしいのです。それは、私達の世界の、誰にも出来ない事なのです)
突然『暗黒の王』と言われても何のことだか分からない。なんとなく、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のような話なのかな、と思った。
「どうして、俺に」
(私達の世界の人間は、呪術により『敗北の宿命』を植え付けられてしまったのです。今いる人も、これから生まれてくる人も、暗黒の王には勝てないのです。ですから、違う世界の人でなければなりません。そして……)
その声は説明を続ける。
(世界をつなぐ門を見ることができ、通り抜けることができるのは、深い悲しみを知り、世界に絶望した者だけなのです。今のご自分の世界に未練を持たないものだけが、異世界へ行けるのです)
それを聞いて、なぜか、俺の顔に悲しい笑みが浮かんだ。
そうだ。
俺は、世界に絶望した。
俺は、この世界に未練はない。
死んでもいいと思った、そんな自分が、違う世界で必要とされているなら。
「いいよ」
俺の口が言葉を紡いでいた。
「戦うよ」