僕の彼女はAIロボット
僕の彼女はAIロボット
星野☆明美
プロローグ☆研究所
「最近盛んに開発されているAI(人工知能)搭載ロボットについて、モニタリングしてくれないか?」
江入博士が単刀直入に言った。
「僕がですか?」
おっかなびっくりで松坂直也が答えた。
「なぜ僕なんです?そのう、大学のレポートとか溜まっててあんまり時間がとれないもので・・・」
何か断る口実は無かったかな?と直也は頭を巡らせた。厄介事はごめんだ、とその時は思っていた。
「レポート?それこそロボットに手伝わせれば宜しい。家事や身の回りの些事をなんでもやってくれるぞ」
『家事をやってくれる』というのが効いた。大学の学費と生活費を工面するためにバイトも掛け持ちしていて時間が本当になかったのだ。直也は気がつくと、二つ返事でAIロボットのモニタリングを引き受けていた。
「でもなぁ、なんでも開発途中のものって壊れたり不具合が出たりするもんだよなぁ」
ぶつぶつ呟いていると、部屋に若い女の子がお茶を運んできた。
直也と年は変わらないくらい。白い陶磁器のような肌、長いストレートの黒髪。目が合うとちょっとドキッとする。
「紹介しよう七瀬君だ」
博士が彼女を直也に紹介した。
なんてきれいな子なんだろう、と直也はつい見惚れてしまった。
「モニタリングのロボットだよ」
言われて、改めて気づいて直也はびっくりした。
「なんて精巧にできてるんですか?本物の人間かと思いましたよ!」
「見分ける方法として、左手に製造ナンバーが刻まれている」
「参ったなぁ・・・街で出くわしても一目じゃロボットだってわからないじゃないですか。・・・まさか、もう他にもAIロボットが出回ってたりしないでしょうね?」
「そうさなあ」
博士はくっくっくと笑った。
「現段階では公表できないことになってるが、そのうち発表されるだろうて」
「なんてこった」
ちょうど大学の教養の講義で、AIロボットが人間の仕事をとってかわる可能性についての課題レポートが出ていた。
どちらかというと直也はAIロボットに反対の立場だった。レポートには「ロボットは人類の敵だ!」とまではいかないにしても、こき下ろすことを連綿と綴っていたっけ。
「本当に、なんで俺なんですよ?他にも俺なんかより優秀な学生いっぱいいるだろうに・・・」
「直也さま。よろしくお願いいたします」
七瀬が優雅にお辞儀した。
「・・・はい」
直也はしぶしぶ返事した。
1☆家事は万能
「直也さま?」
アパートまで無言だった直也が、七瀬を振り向いて、何か言おうとしたら、七瀬のほうが先に口をきいた。
「あのな・・・その、『さま』付けをやめてくれないか?」
「じゃあなんとお呼びしましょうか?」
「『直也』でいいよ」
「わかりました。直也」
にっこり微笑む七瀬に、直也は頭をぽりぽりかいて、アパートの部屋に一緒に入った。
「まあ!」
散らかり放題の部屋。
七瀬は「片付けましょうか?」とちゃんと許可をとってから掃除を始めた。
「今日は午後から大学の講義が2コマ入ってるんだ」
黒い肩掛けバッグに講義で使うテキストの類いを詰め込んで、直也は出かける準備を始めた。
「私はどうしましょうか?」
「留守番・・・かな?できそう?」
「できればご一緒させていただきたいのですが・・・」
連れていっても大丈夫なのだろうか?直也は眉間にたてじわをつくって考え込んだ。
「ごめんなさい!直也。嫌なんですね?」
「・・・うん」
「家事のマニュアルを呼び出して、家のことをやっておきます。どうぞお一人で大学に行かれてください」
「わかった」
直也は正直ほっとして出かけた。
「ロボット3原則・・・だったっけ?」
自転車をこぎながら直也はひとりごちた。
それは、SF作家のアイザック・アシモフが「われはロボット」で提示した三つの基本法則のことだった。
第一条・ロボットは人間に危害を加えてはならない。また人間が危害を受けるのを何も手を下さず黙視してはならない。
第二条・ロボットは人間の命令に従わなくてはならない。ただし第一条に反する命令はこの限りではない。
第三条・ロボットは自らの存在を護らなくてはならない。ただしそれは第一条、第二条に違反しない場合に限る。
でも、小説で読む机上の空論と現実は違うはずだ。直也はさっきのことを反芻するように思い返した。
「多分、俺の表情で状況判断したんだろうな、あれは」
思わず身震いした。
人間そっくりに擬態したロボットだ。どこまで精巧にできてるんだ?くわばらくわばら。
一瞬、遠い未来に人類がいなくなったあと、ロボットの世界が栄える幻が浮かんだ。
直也は首を横に振ると、気持ちを切り替えて学校に行った。
「直也。なんで浮かない顔してんの?」
友だちの一人がめざとく言った。
「江入博士から変なののモニタリング押しつけられちゃってさ・・・」
「いいじゃん、うまくやれば教授に良い評価くれるように助言があるぜ」
「それはそうなんだけど」
「嫌なら俺が代わってやろうか?」
「マジか?」
「おう」
「じゃあ、講義が終わったら待ち合わせして俺んち来てくれる?」
「いいよ!」
そんな約束をして講義が終わったら、友だちが3人引き連れて待っていた。
「みんな来るの?」
「うん。興味があるってさ」
直也は自転車を押して歩いて、他の4人と並んで帰った。
帰り道で七瀬というAIロボットのことを悪し様に話した。4人は顔を見合わせた。
「ただいまー」
ドアを開けると、部屋の奥の窓が開いていて、新鮮な空気が流れていた。
「こんにちは、お邪魔します」
青年たちは直也の後から部屋にあがった。
「すげえ」
掃除が行き届いて居心地の良い空間が広がっていた。台所からシチューの匂いが漂ってくる。
「おかえりなさいませ」
七瀬がエプロン姿で出迎えた。
「なんだよお前ら、どうした?」
「俺ら邪魔みたいだから帰るわ」
「なんで?おい!待てよ!」
なぜか直也を残してみんな帰ってしまった。
2☆注目の的
「わりぃ。てっきり直也の彼女が来てるんだと思ったんだよ俺ら」
翌日問い詰めると、友だちはみんな七瀬が人間だと思い込んでいたことが発覚した。直也はため息をついてがっかりした。
「本当にあの子ロボットなのか?」
「本当だよ」
「ここに呼んで、みんなに証明できるか?」
「おう、やったろうじゃないか」
スマホで遠隔操作して七瀬を大学の学食に呼んだ。
たどり着くまで間があったが、七瀬が来たら、学生がざわついてすぐにわかった。
「七瀬!こっち」
直也が呼ぶと、白いワンピース姿の七瀬がゆっくりこちらへ歩いてくる。
「あの子、モデルかなにか?」
そんな声さえ聞こえる。
「直也、どうしたの?」
七瀬がにっこり微笑んだ。
「こら!お前ら逃げるな!お前らが証明できるかって言ったんだろ?」
逃げ出そうとする友だちを捕まえて、直也は七瀬の左手のそでをまくった。
「製造ナンバーが、無い」
一気に血の気がひいた。直也は目をまんまるに見開いて七瀬を見た。
「お前、誰だ?」
すると七瀬が直也に耳打ちした。
「ロボット七瀬のモデルなの私」
「人間・・・なのか?」
彼女はこっくりとうなずいた。
「モニタリングはなるべくひっそりやってもらわないと困るのよ」
「それでか!・・・じゃあ、ロボットの方はどこにいるんだ?」
「あなたのアパートで待機中よ」
「まさか、ロボットのモデルの人間が出てくるとは思わなかったぜ」
「見分けがつかなかったでしょう?」
「ああ」
「ねー直也!帰りましょ?お友だちさんまたね~」
そう言って人間の七瀬が直也と一緒にアパートへ帰っていった。
あとに残された友だちはみんな何がなんだかわからずにいたが、「直也、いいな。彼女できたんじゃん」「それもあんなかわいい子」と口々に言っていた。
「ひじょーに困るんですよ」
人間の七瀬が腰に手を当ててぷんすか怒った。
「いや待て、ちょっと待て」
「なによ」
「ちょっとそこに並んで立ってくれ」
「こう?」
二人の七瀬が並んで立った。
直也は七瀬たちの左手をじっくり見た。
「確かにロボットの方はナンバーが刻印されてる」
「これでわかった?」
「いや・・・」
ちょっと考え込む直也。
やおら七瀬の着ているワンピースのスカートをめくった。
「何すんのよ!変態!」
バチコーン。
七瀬からビンタされて直也の頬にくっきり手形が残った。
「大変よくわかりました」
直也はそう言って、お茶をすすった。
「怒ってる方が人間様ですね」
人間の方の七瀬の白い頬が怒りで上気してピンクに染まっていた。
「こんなふざけた人だなんて思わなかったわ!」
「江入博士から真面目な人って聞いてたのか?」
「そうじゃなくて、大のロボット嫌いだって聞いてたわ」
「そうそれ!」
「なにが?」
「なんでよりにもよってロボット嫌いの俺にモニタリング依頼するんだあの人は?」
「モニタリングしている相手はあなたの方だからよ」
「えっ?」
直也はおたおたした。
「俺の方が反応見られてんの?」
「そうよ」
「あちゃー。・・・もしかして現在続行中?」
「うん」
「スカートめくったのもバレバレ?」
「うん」
どってんばってん。直也は畳の上にひとしきり転がった。
3☆どっちだ
「ただいまー」
コンビニのバイトから帰ってきた直也を七瀬が出迎えた。
「疲れた。メシ」
「はい」
ワカメと筍の煮物。直也の好物だ。
「俺さー」
「はい?」
「餃子食いたい。出来合いのもの焼いたやつじゃなくて、一個ずつ中身詰めながら作りながら食べる餃子。お前、できるか?」
「・・・」
返事がなかった。直也はそりゃそうだよな、と思いながら筍を食べた。
いくらなんでも、そういう作業は人間にしかできないだろう、と直也は思った。
すると、翌日。
直也が望んでいた餃子が食卓に出た。七瀬が器用に具材を皮に包んでいく。ホットプレートに並んだ手作り餃子に直也は息を飲んだ。
「七瀬~」
てっきり人間の方の七瀬だと思い込んだ直也は、彼女に甘えようとした。
「直也。なにをなさってるんですか?」
「ロボットのふりやめろよ!」
「あっ」
左手を見ると、そこに製造ナンバーがあった。
直也は愕然とした。
「俺、俺は・・・」
直也の目から涙が流れた。
「さびしいんだ。一人でとても」
「はい」
ロボットの七瀬が返事した。
「・・・子守唄、歌える?」
「はい」
七瀬がきれいな歌声で子守唄を歌った。
それから直也はロボットの七瀬に甘えるようになった。
「俺、このままじゃ駄目になるんじゃないかって怖いよ。なんか前より弱くなっちまった」
「大丈夫ですよ」
七瀬が勇気づけてくれる。直也は幸せだった。
そりゃ、人間の方が何倍も良いよ?でも、誰もいないとき孤独感を癒してくれる存在として、AIロボットに勝るものは無いんじゃないのか?
いつのまにか、直也はそんな風に考えるようになった。
「モニタリング終了だよ」
江入博士からそう告げられた時、直也は狼狽してしまった。
「終わっちゃうんですか?本当に?」
「そうだよ。君の心境に変化があったみたいだし、今回のモニタリングは得るものがたくさんあったと思う」
「俺・・・」
呆然としている直也の前に、人間の方の七瀬がやって来た。
「あれから気になって、私もずっとモニタリングしてたの」
「うん」
「ロボット相手に恋愛するのって、なんか倒錯の世界じゃない?」
「そうかな」
直也はしょんぼりした。
「私たち、つきあわない?」
「えっ?」
「博士に頼んでロボットの方も譲ってもらいましょう?」
「なんで?」
「だって私、家事はいっさいできないんだもの。雑誌のモデルやってるし、手のモデルもやってるからきれいに保たなきゃならなくて」
「・・・うん」
人間の七瀬がたまにテレビCMに出てるのは知っていた。
彼女は本当にきれいなんだ。
直也は七瀬を抱きしめた。心臓の鼓動が響いてきた。とくんとくん・・・
生きている七瀬だ!直也は極上の気分だった。
「苦しいよ、直也」
「もうちょっとだけ・・・」
「バカ直也」
「口が悪りぃな」
「だってこれが『私』ですもの!嫌だったらロボットを抱きしめたら?」
「嫌ですぅ」
あはははは・・・と二人は笑った。
「どうですかね?今回のAIロボットの出来は?」
「うむ。十分合格点じゃろ。・・・だけど」
「だけど?」
「左手の製造ナンバーだけは決して無くしちゃいかんぞ。人間の倫理とロボットの倫理は違うことを我々科学者はわきまえておかねばならん」
「はい」
江入博士とその助手たちは、科学の発展に貢献するため、日夜頑張っていた。
「恋のキューピッド役までやりおった」
博士がそう言うと、AIロボットの七瀬はにこやかに微笑んで見せた。
おしまい