運命の指輪
この世界の一部の人は指輪をして生まれてくる。
そして対の指輪の相手が運命なのだと言われている。
でも、別に強制じゃないし、見つからない場合もあるし、見つかっても別に絶対結婚しなくちゃいけないって訳でもない。地位があればなおさら、政略結婚だって仕方がない。
だというのに、目の前の男は、さっきから乙女のように、対の指輪の相手が見つからないことをくどくどと管を巻いている。
「だけど、カイラスはいずれ公爵なんだし、近衛隊きっての腕利きだし、モテるのになあ。つうか姫さんと結婚って話じゃなかったの?お前」
全く身分を気にせぬ、タメ口をきいたのは、私とカイラスと同じ、学生時代の同期でダーシャ。
ダーシャは元々、平民の出で、現在は軍部にいる2児の父親だ。
今日は仕事帰りに城を出たところで軍のダーシャと近衛のカイラス、そして宮廷魔術師の私が一緒になった。ダーシャが久しぶりに飲みに行こう!って誘って、ただいま下町の居酒屋兼食堂で飲んでいる。
そして、氷の公爵(但し、奴の祖父も父親も健在なので本当に公爵になるのはずっと先だ)は外見に似合わず、酒に弱い。すぐ酔っ払って……この話だ。
「あの人は指輪の相手じゃないし。わがままだし」
心底嫌そうにカイラス。
「美貌の姫をわがまま呼ばわり出来るのはお前くらいだよ」
「でもって、隣国の王子様にサクッと嫁いで行かれてしまいましたね」
結婚すれば良かったのに。
「こいつ待ってたら、婚期を逃すって気付いたんだろう」
まあ、そうだね。
「近くにいる感じは、するんだよ……ずっと」
「そんなのわかるのか?」
「うん。他の指輪持ちも同じ様な事を言ってたから、間違いないと思う」
「そう言いながら、かれこれ十年以上になるよね?」
「きっと、塔に幽閉されてるんだ……」
カイラスは涙ぐんだ。この国にそんな不穏な物は城にだってない。つうか泣くか?
「泣くんじゃねえ!そうだ、シェイラ、魔法でババババーンって指輪の相手出せないの?」
「普通は何もしなくても出逢うし、過去にそういう人もいるけれど、何しろ範囲が広いから、凄くたくさんの魔術師が必要で、とてもお金がかかったみたい」
宮廷魔術師になる前の話だが、それだけは知っている。
「公爵家のお金でなんとかならないのか?」
「うちは指輪持ちが他に居ないし、指輪に対して否定的だから、給料以外は無理……給料貯めたら探せる?」
「近衛が給料良くてもなかなか難しいでしょうね、おじいちゃんになる頃かなあ」
「うわー」
「あきらめて、その辺のご令嬢とでも一緒になっちゃいなさいよ。年取ってから運命と出逢うより良くない?」
「嫌だ。絶対、塔から助け出してみせる!」
だから、塔って何?
「そうだ、そうだ、いばらをかいくぐって、竜と戦って、こういう悪い魔女が隠してるお姫様を助け出すんだよな?」
「失礼ね!私、悪い魔女じゃないし!」
わいわいしゃべって、さんざん食べて、へべれけになるまで飲んで。
そして二人と別れて、私は一人暮らしの部屋に戻った。
そう、カイラスの祖父である公爵は孫息子の指輪の相手を彼が3歳のうちに探し出して、相手が貧乏男爵家の娘であることを突き止めた。
魔法で指輪を他の人から見えないようにして、指輪の相手であるという事を孫息子に伝えないという約束の元、男爵家に有り得ない金額を融資した。
だから、カイラスの指輪の相手は見つからない。決して。
カイラスが他の誰かと一緒になってくれたら、私もあきらめがつくのに。
自分にだけ見える指輪の青い石に向かって、「おやすみなさい」とつぶやいて、私は目を閉じた。