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「う~ん、そうねぇ。向こうも仕事は仕事でしょう? 商品の仕入れのことは警察に睨まれたら大変だし、そこんとこはウチと一緒だと思うけどねぇ」
それもそうか。
この肉屋と仕入れ業者は一蓮托生、下手に足を引っ張ることはしないだろう。
「でもミコちゃんみたいに疑わしく思う人もいてね。客足が減っているのはそのせいもあるのよ。とっとと解決してくれないかしらねぇ」
「そうなんだ…」
商品が減ったり、高値になったせいだけじゃなかったんだ。
つまり精肉店の夫婦も仕入れ業者も、この連続失踪事件には頭を痛めている。
確かに霞雅美の言った通り、リスクが大きいし、完全な白だと思っていいだろう。
「ミコちゃん、お待たせ。骨を洗ったから、見に来な」
店の奥からご主人の呼ぶ声。
「はぁい、今行くぅ」
お茶を飲み干し、奥さんに空の湯飲みを渡して、奥へ行った。
すでに肉と骨はバラバラにされ、中は強い血の匂いに満ちていた。
赤い液体が、床に広がる。
原型は見るのに抵抗があるけれど、こうなれば平気。
骨はブルーシートの上に山積みにされていた、けれど…。
「うう~ん…」
「何か骨もイマイチだよな。肉の方もだ」
ご主人は血まみれの大きな鉈をタオルで拭きながら、険しい表情を浮かべた。
確かに肉の塊はあまり良い色をしていない。
「でも鮮度は良かったんじゃない?」
「多分、コイツの食っている物があんまり良くなかったんだろうなぁ。加工して売るしかないな」
確かに食べている物によっては、肉の質も変わってくる。
豚や牛だと、ビールとかハーブとかで変えるみたいだが、この精肉店の売り物はそういうのを指定していない。
仕入れ業者に指定すると、また高くつくからだ。
アタシは骨を一つ、手に取った。
肋骨部分の骨だが切られた部分を見ると、中がカスカスだ。
栄養不足。小魚と牛乳が足りなかったようだ、この骨の持ち主だったモノは。
「ん~。まあアタシの方も選り好みはできないからね」
骨を手に入れられる場所なんて、滅多に無い。
この店はだからこそ存在がありがたい。
…他の人にとってはどうなのかは知らないけど。
「どうする? 持ってくかい?」
「うん、一応材料にはなるでしょう。高級とまでは言わなくとも、ある程度のレベルの物は作れるでしょうし」
「じゃあ待ってな。今、袋に入れてやるから」
「うん、お願い」
ご主人が袋詰めしている間、アタシはふと肉の方に視線を向けた。
そこで二つの目玉と視線が合った。
…いや、この言い方はおかしい。
目玉はとっくに濁っているのだから、視線などあるはずもない。
黒く丸い目玉。
これもまた、売り物だ。
数の少ない貴重品だから、高く売れるらしい。
「ん? ミコちゃんは目玉でも何か作るんだっけ?」
「時々材料にしているわ。でも本当に時々よ? それに眼ってすぐに濁るから、扱いに難しくてさ」
「相手が生物だと、そういうところが難しいよなぁ」
ご主人は苦笑しながら袋を縛り、可愛らしい布袋に入れてくれた。
「ほら、大したものじゃなくて悪いな」
「ううん、ありがとう。でもホントにお金払わなくて平気?」
「いいんだって。ウチじゃあ一部の骨以外、捨てるだけだしな」
骨付き肉と軟骨は流石に必要だが、その他の部分はゴミにしかならないみたいだ。
「出汁を取るにしたって、原材料がこれじゃあな。まっ、気にせず持ってってくれ」
「ありがとう」
アタシは頭を軽く下げ、布袋を受け取った。
表に出て、奥さんにもお礼を言って、バス亭へ向かった。
「…しかしどうしたもんか」
バスを待つ時間の間に、アタシは考える。
一番の心当たりが白だった。
他に思い当たるのはあることはあるが、どうしてもリスクの高さを考えると不可能となる。
みんな、リスクを恐れている。
表の世界で騒がれたくはない。
このことが一番重要で大切。
だから目立った行為は絶対にしないと言い切れる。
「ならやっぱり裏か影、あるいは…光?」
アタシ達とは近くて遠い存在達の動きだと考えた方が良いだろう。
それならもう大人しく、霞雅美の情報を待っていた方が良い。
アタシ自身、あんまり人脈を持っているわけじゃない。
高校を卒業した後、職人として引きこもり人生を生きてきた為、外部との接触が少な過ぎる。
下手に動いて目立つ真似はしたくないのは、アタシも同じ。
「また家の中に引きこもることにするか」
やってくるバスを見ながら、深くため息を吐いた。