2
そしてアタシは残った骨を貰う。
昔から骨を使った食器があり、手触りの良さで愛されていた。
今の日本人には合わないみたいだけど、一部の人は夢中になる魅力がある。
なのでアタシはここから骨を貰い、いろいろと作って売っているのだ。
時々は良い毛並みをしているのもあるので、それも貰ったりする。
本当はお金を払うのが礼儀だと思うのだが、人の良い夫婦はどうせ捨てる物だからと無料で譲ってくれているのだ。
「表に出るの、久し振りなんじゃないのかい? また仕事でこもりっきりだったの?」
「うん。最近注文が多くてさ。嬉しい悲鳴ってやつ」
「そりゃあいいこった。こっちは売れるのは良いが、今は肉の仕入れが厳しくてなぁ」
ご主人が顔をしかめながら言う。
確かにお肉は今、かなり仕入れが難しくなっているらしい。
「ミコちゃんとこは材料、お客さんが持ち込むこともあるんだっけ?」
「うん…まあね」
「持ち込みかぁ。材料費は取れないが、それでも楽に仕事は進むだろう?」
「あはは、そうだね」
二人と会話をしながら、アタシの視線は売り物に向かっていた。
売り物は普通の肉屋と同じ名前のものが多い。
もも肉、ハラ肉、胸肉などの他に、この店ではハムやベーコン、ウインナーなどの加工食品も売っている。
ご主人の趣味で作っているらしいが、評判は良いみたいだ。
「そう言えばお肉の方、ちょっと寂しいですね」
「まあ今、仕入れ待ちというのもあるけどねぇ」
「商品が手に入りにくいせいで、値段も上げなきゃいけないから、厳しいもんだ。不景気がもろにきやがった」
不景気…なのか?
この店からはちょっと考えにくい。
と言うか、不景気が問題ではない気がする。
つまり商品自体の問題が…。
「あっ、来た来た」
「ようやく来たな」
そこへ一台の小型トラックが、店の前で止まった。
「お待たせしてすみません!」
若い青年が、慌てた様子で下りて来た。
「途中、検問に引っかかってしまって…」
「検問?」
そんなの、この街へ来る途中には見かけなかったが…。
多分、青年が通って来たのはバスとは別ルートなんだろう。
検問があるというなら、普通の一般道路を使って来たんだろうな。
「あら、大丈夫だったの?」
「ええ、向こうに知り合いがいたので何とか…。最近、失踪事件が流行っているみたいでして、来るのも大変でした」
青いツナギを着ている青年は、疲れた様子だ。
ご主人が急いで持ってきたお水を一気に飲み干し、一息ついた。
「ああ、でもちゃんと品物は持ってきましたから」
夫婦の表情が、一気に緩む。
かなり心配していたんだろう。
検問なんぞに見つかったら、この青年は来ず、お店の売り物も無くなっていただろうしな。
青年は荷台を開け、ビニール袋に入った品物を出す。
「おえっ…」
長年職人をしてきているが、こうやって原型を間近で見るのはまだ慣れない。
命の灯火が消えて間もないのだろう。
中身はまだ生きているような温もりがあるように見えた。
少なくとも、死後数時間経過した姿ではない。
肌の色も、眼の色も。
形もそうだ。
まだ時間はそんなに経っていないことが分かるからこそ、少し嫌悪がある。
…アタシの扱う材料は、完全に命が無いものばかり。
元はあっても、アタシの手元へ来る頃には完全に消えているのだ。
だからこそ、こういう過程を見るのはちょっと…。
「う~ん。以前と比べると、ちょっと質が落ちたかしら?」
「そうだな。それに痩せ型だ」
「すみません。今はこれが精一杯なんですよ」
青年は苦笑しながら、頭を下げる。
アタシの作る品物が売れるのと、この生肉店が繁盛することは、決して良いこととは言えない。
だけど続けていられる。
この仕事で食べていけるんだから、やっぱりこの世はおかしいのかもしれない。
…まっ、アタシも普通じゃないのは重々分かっているけどさ。
そんなことを思っている間に、ご主人は青年にお金を払い、領収書を貰った。
青年は申し訳なさそうに何度も頭を下げながら、トラックに乗って帰って行った。
「ミコちゃん、ちょっと待っててね」
「今、捌くからよ」
「ゆっくりで良いよ。待ってるから」
二人はいそいそとビニール袋を持って、店内に入って行った。
その作業と工程を見ていたくなくて、アタシは商店街に眼を向けた。
「はぁ~、やれやれ」
しかし奥さんが二つの湯飲みを持って、戻って来た。
「あれ? 捌かなくていいの?」
「アレだけ痩せていたら、主人一人でも充分よ。ミコちゃん、お茶どうぞ」
「ありがと」
奥さんはお茶を一口飲むと、ため息をついた。
「最近、連続失踪事件なんて起っているせいで、ウチも影響を受けちゃっているのよ」
それは売り上げが減った…とかではないな。
この店では、ありえない。
「でも検問が敷かれるほどだから、この付近で起った?」
「ん~。二つほど山をはさんだ所で、女子中学生がいなくなったらしいわ。そのせいだと思うわよ」
「…ちなみにこういうの聞くのアレなんだけど」
「うん?」
「失踪事件、関わりないよね? この街に」
奥さんは一瞬キョトンとした後、すぐにふき出した。
「あっはははっ! ないない。あるワケないわよ。そんなことしたって、意味ないし」
奥さんの大笑いは周囲に響き渡るほど。
コレは…白だな。
「そう、だよね」
「そうよぉ。そもそも迷い人やおかしな人がいたら、すぐに分かるし。そういう時はちゃんと帰してあげてるから」
ここは深い山の中に隠れて存在している。
けれど時々、年に何回かは迷って来る人がいるらしい。
そういう時は、ちゃんと帰しているのなら問題は無い。
「疑わしくとも、とっとと帰しちゃえば良いのよ。下手に手出ししたら、こっちの方が危なくなるしね」
それは霞雅美も言っていたな。
「だからこの街に住む住人達は、見知らぬ人がいたらすぐに保護して、帰すことにしているの。何かしようものなら、それこそ怒られる以上のことをされるわ」
そう語る奥さんの眼は真剣だ。
表情は笑顔ながらも、この街の掟の厳しさが雰囲気で伝わってくる。
「じゃああの仕入れ業者の人も白かな?」