3
視線をショーウィンドウに向けると、この前作ったばかりのアンティークドール三体が無くなっていた。
「ねぇ、霞雅美。あのアンティークドール、売れちゃったの?」
「ええ。最近ファンだと言う方が多いんですよ。新製品が入荷したら、すぐに連絡するよう言われましてね。電話した当日にはご来店いただき、買っていかれるんです」
「嬉しい悲鳴どころか、絶叫しそうよ」
アンティークドールは作るのに数ヶ月かかることがある。
もちろん、その分売値も高い。
ファンが多くなることは素直に嬉しいけれど、作った物片っ端から買っていかれると、ちょっとありがたみも薄れてしまう。
「気にしなくても大丈夫ですって。入手困難なほど、お客様は燃え上がるんですから」
「…そのうち、オークションでもやらないかと心配になってくるわ」
「そうですねぇ。まあ電話連絡は早い者勝ちとなりますし、今度から抽選という形にしようか悩んでいるところです」
抽選…普通に買っていただけないものだろうか。
アタシの作品達を。
「相変わらず売れ行きが良いのは人形と家具ですね。値段は高いですけど、貴重価値も高いですから」
「アクセや刺繍は個人的な依頼の方が良いみたいね」
「そうですね。でも買っていただけるお客様はいらっしゃいますから、店内には置いてほしいです」
「そうね。まあ売れるんなら、置いとくわ」
アクセは作るのが楽しいし。
でも付ける人を限定するので、飛ぶようには売れないみたいだ。
「それと最近人気なのは、お洋服ですね」
「服、かぁ。今は女性物しか作っていないけど、男性物も作った方が良い?」
「今のところリクエストが出ていませんから、女性物だけで良いと思いますよ」
白い首なし全身マネキンに、アタシの作った洋服を着せている。
一つは真っ黒な艶やかなドレス。
黒い糸で編み込み、製作時間は三ヶ月以上という力作物。
二つめは真っ赤なドレス。
これはシルク生地にアタシ自身が染め付けをした。
生地のおかげか、染料のおかげか、はっきりした赤い色が非常に目立つ。
後はまあショールとかも作っていて、これは金の糸と茶色の糸で編んで作った。
落ち着いた金色と茶色は、ドレスに映えるだろうと思って作った。
「値段はバカ高いのに。不況知らずの人は多いみたいね」
「そうですね。でも不況でも買うぐらいの魅力があるんですよ。あなたの作る作品には」
口が旨いこと。
呆れながらも嬉しく感じてしまうのだから、アタシも単純だな。
「こっちの新規の客も増えてきているみたいね」
「ええ、まあ…。口コミで広がっているみたいです」
店の顧客は残念ながら、個人的な依頼を引き受けたりはしない。
あくまでも紹介状がなければ、どんなに金を積まれようが引き受けない。
ちなみに個人的な依頼のやり方は、まず顧客か、紹介状を持った人が霞雅美の店を訪れる。
そこで依頼の内容を霞雅美が確かめ、引き受けられるものは引き受ける。
…まあごくたまに、引き受けられないものもある。
そして霞雅美から、アタシの方に依頼を伝えてくるのだ。
霞雅美は工房へ、依頼書と、あれば持込材料を持って来る。
そしてアタシは仕事を取り掛かる。
依頼品が完成したら霞雅美に連絡して、店へ運んでもらう。
そうして依頼人に霞雅美が連絡し、引き取りに来させ、依頼料を貰って終了となる。
一般的な依頼品はこうやってこなす。
コレが古株だと、話はアタシの方に直接来る。
そして物の扱いだけ、霞雅美に任せるという形になる。
霞雅美は仲介人みたいな役目をしてくれているが、ここで報酬は発生しない。
何故なら彼は、アタシの保護者でもあるから。
その役目の中に、怪しげな人物との接触をさせないことも含まれている。
いくら古株の顧客でも、霞雅美を通さなければ、アタシに接触することは不可能。
職人としての腕を一番に買ってくれているのは霞雅美だから。
だからアタシは彼に全てを委ねているのだ。
古株というのも彼が良いと言わなければ、そういう扱いもできない。
徹底した束縛こそが、アタシの身の安全を保障する。
―決して傷付けないように、そして奪われないように―
その為に報酬なしでも、彼は動いてくれるのだ。
まっ、さすがに最近はただ働きのし過ぎでちょっとお疲れのようだから、依頼はしばらく控えることにしよう。
霞雅美は正面から文句を言うことはしないが、言葉の節々に嫌味が出てきたら黄色信号だ。
赤の場合は笑顔なのに、冷気が迸る。
…コレがかなり肝を冷やす。
「最近は洋物が多かったから、今度は和物にしてみようかな? 染め付けならそんなに時間かかんないし、真っ赤な着物とか季節的に良くない?」
「それは素晴らしいですが…あんまり考え込まないでくださいよ? 休暇中はしっかり息抜きした方が良いんですから」
「まあね。でもアタシの場合、仕事が趣味の一つって言うのもあるからさ」
どうしたって、仕事のことは頭から離れない。
「考えるだけならいいでしょ? 工房には足を踏み入れないから」
仕事道具は全て工房に置いてある。
さすがに私生活と仕事の区切りをつけないと、いつまでも作業ばかりしていそうになるから。
「そうですね。まあ新作のことはわたしの方でも考えてみますから」
「うん、お願いね」
時にはお客の方からリクエストが来ることもある。
そういうのは霞雅美の判断に頼ることもある。
何せアタシの作る物の材料は、彼の人脈に頼っている部分が大きいから。
材料が不足したり、無かったりするのに、依頼を引き受けるワケにもいかない。
だからアタシにとって霞雅美は保護者であり、マネージャーや秘書みたいな存在でもある。
彼がいるからこそ、アタシはスムーズに作業に没頭できるのだ。
「んじゃまっ、依頼品の方もよろしくね」
「ええ、お預かりします」
ちなみに支払いは全て、現金で支払ってくれる。
何せ家が山の中にあるので、銀行や郵便局が近くにないのだ。
なので家の物置には、札束がそれこそゴロゴロ転がっている。
…そろそろどこかに預けた方が良いな。
泥棒が入る確立はゼロに近いものの、あの光景はちょっとイヤだ。
「じゃあアタシは帰るね」
「送っていきますよ」
「でもこれから依頼人に連絡するんじゃないの?」
「あなたの身の安全の方が大事です。連絡は明日でも大丈夫です。期日まで、大分ありますしね」
それもそうか。
アタシは素直に頷いた。
「分かった。車で送って」
「はい」
普通にここから帰ろうとしたら、バスを待たなくてはならない。
あんまり本数が多くないので、霞雅美の申し出はありがたかった。
まっ、彼は彼なりに、心配してくれているのだろう。
アタシの職人としての存在を―。