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「どうやら彼女、眼を覚ましてしまったみたいなので」
トランクの中で、女子高校生の体がビクッと震えた。
「おや、本当だ。少し長話しが過ぎたみたいだね」
「ええ。なので騒がれないように、眠らせようと思いまして」
「そうだね。暴れられると、厄介だ」
「―同感です」
アタシはスプレーを構えながら、二人に近付いた。
自分にかからないように、風の流れを感じ取りながら。
そして男性が女子高校生の体に触れようとしたところで、
「あっ、そうだ。言い忘れていましたが…」
「何だね?」
無防備にこっちを振り返った男性の顔に、至近距離でスプレーをかけた。
「ぶあっ!」
「このスプレーをかけるのは、彼女ではなく、あなたに、です」
笑顔でスプレーをかけ続ける。
「くっ、うっ…!」
男性は慌てて後ろに下がるも、このスプレーは強力だ。
すぐに膝をつき、倒れてしまうぐらいに。
アタシは男性に近付き、足先で顔を上に向けさせた。
その上に、もう一度スプレーをかける。
小型のスプレー缶は、すぐに切れてしまう。
だがこれで男性はしばらく目覚めない。
「やれやれ」
万が一にと購入しといて良かった。
ポケットからケータイ電話を取り出し、霞雅美に連絡をする。
『魅古都、こんな時間にどうしました?』
霞雅美はすぐに出てくれた。
けどっ!
「どうしたもこうしたもあるかぁ! 不審者がウチにやって来たのよ!」
山に響くほど、怒声を発した。
怒りはまだおさまっていない!
『なっ! 不審者があなたの所へ?』
「ええ、仕事を依頼してきたわ。顧客でもないのに、生きた原材料持ち込みでねっ! 今は麻酔スプレーで眠らせているから、とっとと引き取りに来なさいっ!」
言いたいことを言って、通話を切った。
けれど霞雅美はすぐにやって来るだろう。
事件を処理する連中と共に―。
「っとと。まだ残っていたわね」
アタシは慌ててトランクに駆け寄り、女子高校生の目隠しとさるぐつわを取った。
「あっあの…」
怯えて後ろに引くので、アタシは笑みを浮かべて見せた。
「大丈夫。あなたはすぐに家に帰してあげるから」
被害者には何の落ち度もない。
だからすぐに帰されるだろう。
しかしこの女の子、可愛いなぁ。
同性のアタシから見ても、魅力あるコだ。
男性が持ち込む気持ちも分からないことはない。
こういう原材料なら、良い作品が作れるだろう。
…イヤイヤ。
生きた人間は使わないことが、アタシの人間としての最後の良心だ。
どんなに魅力的でも、理性で抑え付けなければ、いけない。
―本物の闇に堕ちることがないように―




