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個人的な依頼だと、霞雅美には収入がない。


お店ではなく、アタシに直接仕事が来るからだ。


「ああ、今の依頼が全部終わったら、ちょっと休もうかと思って。さすがに最近、ハイペース過ぎたわ。お肌がカッサカサだもん」


まだ三十前なのに、肌に水分が無いのはさすがにちょっとへこむ。


「そうしてください。依頼が多くなってから、生活パターンがかなり荒れていますしね」


そのことを気にしてか、霞雅美は三日と空けず、食事を持ってきてくれる。


「集中できるときに、仕事を終わらせたいからね。…にしても、アタシへの依頼が増えることと、品物が売れること、本当は良くないのよねぇ」


唇に付いたチーズを指で舐め取り、アタシは眼を細めた。


「まあ霞雅美に置いてある品物は良いとして、依頼は、ねぇ?」


「そうですね。…しかし以前と比べると、格段に多いですよね。依頼の条件、そんなに緩いものでしたっけ?」


「厳しいってほどじゃないわよ。だって言わば紹介制だもん」


アタシが信用したお客にだけ、最初は依頼を引き受けていた。


そのお客から紹介状を受け取った人物にのみ、依頼を受けてきた。


でもここ数年で、依頼数は以前の十倍にもなっていた。


「依頼品はアクセ中心だからまだ楽なもんだけど…さすがに家具とか人形は作るのに手間がかかるからね」


アクセサリーであれば、半日もあれば完成する。


しかし家具や人形であれば、それこそ数ヶ月を必要とする。


そして最近の依頼はアクセサリーが多かった為、依頼も簡単に引き受けてしまったのだ。


「材料も依頼人の持ち込みが多いし、簡単だからってヤリ過ぎたわ。さすがにしばらく自分の作品を作っていないと、ストレス感じちゃう」


「材料の持ち込みは不景気…とはまたちょっと違いますしね」


霞雅美は苦笑する。


アタシも思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「まあそこら辺は良いとして、問題は依頼人自体ね。ちょっと軽めのが多くなってきたのが頭痛の種だわ」


前はそれこそ本当にアタシの職人としての腕を必要としてくれるお客が多かった。


しかし最近のお客は興味本位として、近寄ってくる。


…まあお客を選り好みできる立場じゃないけどさ。


「口の軽い連中ばかり来ると、さすがにヒドイわね。ウチの材料、とんでもない物が多いから」


そう言いながら、机の隅に置いた材料を見る。


さっきまでやっていた仕事は、刺繍だった。


白い絹のハンカチに、黒い糸で薔薇を刺繍する。


黒い糸は一定の長さで束になっていて、艶やかな光を放ち、白いハンカチに妖艶な薔薇を描く。


「簡単には口外しないでしょうが、不安はありますね。まあ紹介人の立場もありますでしょうから、おいそれとは言わないでしょう」


「言わなくても広まらないことを祈るわ」


最後の一口を押し込み、コーヒーで流した。


「そう言えばお店の品物はどう? 少なくなってきてる?」


「売れていますから、多少は。でも急ぐ必要はありませんよ? なかなか手に入れられない物ほど、夢中になりますから」


爽やか笑顔で、腹黒いことを言うんだから、やっぱり怖い男。


「依頼の品を作り終えたら、そっちに集中するわ。材料もそろそろ新しいのが入荷したでしょうし、問い合わせないと」


先のことを考えていると、霞雅美が困り顔になる。


「魅古都は仕事のし過ぎですよ。少し休んだ方がいいですよ。お店は休んでも良いんですから」


…と言い出すほど、高値で売っているんだな?


とは言えない。


売ってもらっている立場は、結構弱いものだ。


「うっうん。じゃあお言葉に甘えて、ちょっと休んでいい?」


「しばらくでも結構ですよ。ここ数ヶ月、外に出ていないんでしょう? ちょっとは外の空気に触れた方が良いです」


「分かったわよぉ。んじゃ、まとまった休みを取るから。お客さんにもそう言っておいて」


「かしこまりました」


満足そうに頷く霞雅美を見ながら、アタシはホットドックを頬張った。


「ああ、でも一段落つきましたら、お店の方に来ませんか?」


「店の方か…。そうね、たまには行きましょう」


「残りの依頼、あとどれぐらいで終わりそうですか?」


「今やっていた刺繍でほぼ終了。だからこの後でも行けるわよ?」


「なら久し振りに顔を出してください。お客様の中で、魅古都を心配している方もいらっしゃいますし」


…そんなに心配されるほど、引きこもっていたっけ?


確かに最近、寒くなってきた気がしていた。


前外に出た時は、アウター類が必要なかったような…。


「そっそうね。じゃあ徹夜明けだけど、久し振りに霞雅美のお店に行くとしますか」


「そうしてください。あなたは少し、太陽の光に当たった方が良いですよ」


何かちょっと違和感のある言い方だけど、アタシは大人しく頷いた。


食後、依頼品を霞雅美の車に詰め込み、アタシは久し振りに外へ出た。


「う~。太陽が眼に染みるぅ」


目薬はさしてきたけれど、しょぼしょぼする。


「サングラスでもしたらどうです?」


「やぁよ。それこそ眼が退化しちゃう」


あんまり太陽の光を見ていない生活が続いたせいか、体は暗闇に慣れてしまった。


ただでさえ低血圧なのにこれ以上、いろんな意味で冷たくなりたくない。


アタシの工房から、霞雅美のお店までは車で三十分程度。


そろそろお昼時だが、お店がある一帯は静けさに満ちている。


まあ街外れの住宅地だから、かもしれないけど…。


「人が住んでいるのに、不気味な雰囲気がある所よね」


「まあそう言わずに。だからこそ、店が開けているんですから」


…それもそうか。


思わず納得しながら、店内に依頼品を持ち運ぶ。


カウンターまで運べば、後は霞雅美が奥の部屋にしまう。


その間、ぐるりと店内を見回した。


ここに置いてある商品のほとんどがアタシが作った物。


ナチュラルな白さの食器や美しい糸で繊細な刺繍をされたハンカチ、そして血のように真っ赤な石を使ったアクセサリー。


落ち着いた肌色の皮張りのソファーやランプ。


前に来た時は結構商品で溢れていたが、あっという間に売れてしまったと霞雅美が苦笑しながら言っていたっけ。


今では空のスペースが目立つなぁ。


霞雅美は休むように言って来たけど、こうもガラガラな店内を見た後だと、ちょっと気を揉む。


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